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第一章 その魔女はコーンスープが苦手

突撃魔女エリア

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「ハル君。これ、地図ね。とりあえず今日の分の荷物はまとめてあるから、持ってちゃって」

 荷物管理を完了したアルカが俺を呼ぶ。
 確か三つ上の先輩である彼女は、小柄な体格に見合わぬ大荷物を片手に引き下げて、自分の配達に向かっていった。
 受け取った地図を確認して、俺は誰もいない事務所でため息をつく。

「この区域、人がほとんどいないせいで仕事量は少ないけど……」

 町はずれの湖近くの区域は、人の住む住宅を示す記号が異様に少なかった。
 それもそのはずだろう。なんたってそこには魔女が住んでいる。

 魔女。それは職業の一つである。
 高い魔力と干渉力が確約されるうえに魔法スキルも取り放題なのだとか。
 それだけ聞けば魔女という職業はとても魅力的に聞こえるが……。
 
 魔女とはいわゆる、外れ職というものなのだ。

 その職に就いているだけで何かと不便なことの多い「外れ職」だが、なぜこれだけメリットの多そうな魔女がそこにくくられてしまうのか。
 その理由は魔女が持つ危険性にあった。
 有り余る魔力と干渉力により、感情をきっかけに周囲に際限なく変化を起こす様子から、つけられた別名は「人間兵器」。

「昔魔女狩りなんて文化があったのも納得だな……」

 自分の中にある魔女についての知識を掘り起こしながら、俺は思う。

 職業のせいで急に手に入れた力を制御するなんて簡単なことではないから、転んでひざを擦りむいただけで魔力暴走を起こし、周辺一帯を更地にするような事態もあったという。そんな危険因子、気軽に放置はできないのだろう。

 そんな危険に突っ込んで行って、無事帰ってこれるのか……?
 アルカに聞いた話では、先輩たちにも死者はいないという。そう、死者は。

「歓迎会でも、みんな元気だったでしょ?」
 とは彼女の談。

 怪我くらい、覚悟しないといけないな。

 最近じゃ職業差別も厳しく処罰されるようになった。
 魔女だから荷物を届けないなんて言ったら上が何て言うか。
 綺麗ごと語ってないで自分でやれって話なのだが。


 ★

 カラカラと硬い音のなる謎の荷物をカバンに入れて荷台に積み込み、足漕ぎタイプの運搬車にまたがる。
 魔女エリアに近づくにつれて、人気は目に見えて減っていった。

 職業を理由に隔離することは基本できないが、周りから人が立ち退くのは自由だ。家はあるのに人の気配がさっぱりしないのは、つまりそういう事なのだろう。

 魔女も人間だ。寂しいという感情はあるのだろうが。
 俺も近所に住んでる身だったら、引っ越しを考えてしまうだろうな……。

 しばらく進んだ道のど真ん中に、木製の立て札を見つけた。
 砂色が目立つ地面に刺さった白のそれは良く目立つ。そこには警告を思わせる黄色の文字で【ここから先、魔女の最大干渉域】と、まるで農村にある【洪水の時の水の到達点】のような指標があった。

「願わくばご加護を」

 簡略化した幸運のおまじないを唱えると一呼吸。
 ゆっくりと慎重に、俺は魔女の領域へと踏み込んだ。

「これは酷いな……」

 先ほどまでの寂しいだけの街並みとは違い、ここには明らかな「破壊の痕跡」が見受けられる。
 半壊した家は一部が焼け焦げていながらも見慣れぬ植物をまとっている。極彩色の花を咲かせたそのつた植物は、辺りに点々と確認できた。

 不気味と幻想的の情景を反復横跳びするかのような光景は見ていて飽きない。噂に聞いていた景色とはまた違うが、これも魔女の影響が頻繁に更新されるという裏付けなのだろう。
 明日また来た時にここら一帯が氷漬けになっている可能性も否定できないのが魔女の恐ろしさなのだ。

 なだらかな丘を越えると、見下ろす形となっていながらも尚向こう岸の見えない大きな湖が見えてくる。その湖のそばに、魔女は住んでいるのだというが……。

「見えねえよ。広いし、花ばっか生えてるし」

 湖のほとりには、これでもかというほど大量の、大きな花が咲いていた。
 これだけ離れていて花弁の一枚一枚がはっきり見えるのだから、実際の大きさは身の丈を軽く超え、花弁一つが布団程度あってもおかしくはない。
 近くによらなくても感じ取れる甘い匂いは、若干の眠気を誘った。

「……微睡んでる場合じゃないだろ」

 ここは危険な場所なんだ。
 こうして近づいて、ただただでかいだけに見える花たちも、隙を見せたら大口開いて噛みついてくるかもしれない。
 頬を張り、気を引き締めたところで、ようやくそれは見えてきた。

「家ってより、城じゃないか」

 黒みがかった木で作られた、小さくもセンスの良いつくりの城だった。
 バラに彩られた門の前には小さく表札がかけられている。

 金属製のプレートに「ラトナ・フレイア」とだけ書かれた簡素な表札ではあったが、手作りなのか温かみを感じられた。

 昨日の内に聞いた話だと、魔女の家だけは特例で、荷物を家の前の物置に置いてきていいとのことだった。本来は受け取りの確認をする必要があるのだか、不安定な魔女相手にそれは危険すぎるとか。
 そんなんもう、魔女の家まで貨物列車でも通しましょうよ。

 そんなことを考えながら荷物を置く場所を探せば、ご丁寧に屋根のついた物置場が用意されていた。
 魔女側も俺らサイドへの気遣いはしてくれているようだ。
 そこへ荷物を置いたら任務は完了。何も起きないことが確約されているなら楽な仕事なんだけどな。

「ん?メモと、葉っぱ?」

 手に取って確認すると、やはり葉っぱであった。透明な小瓶に詰められた赤色のハーブと、小さなメモだった。
 メモにはかわいらしい文字で【いつもありがとうございます。疲労に効くハーブです。お使いください】と書かれていた。

「案外、良い奴なのかもな」

 危険であることに変わりはないが。と内心で捕捉する。

 とにかく、今日の仕事は終わりだ……。
 せっかくお土産をもらったのだからと、大切にしまい込んだところでそれは聞こえてきた。

「きゃっ!」

 小さな、しかしながら確かな悲鳴と。
 パキュン!!という甲高い破裂音。
 すぐそばの窓の向こう側から聞こえてきたその音に、俺は思わず反応してしまっていた。

「おい、大丈夫か!?」

 思わず駆け寄って覗き込んだ窓の中。
 視界を真っ赤に染める赤が、俺が最後に見た景色だった。
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