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1話
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「あ。キャシー、それ引いてますよ」
「え。あ、やられた……」
「はぁ。これは今夜も草ばかりのおかゆですかねえ」
右隣で糸を垂らしているアーチャーのアリシアがため息をつく。
この川は魚影が薄い。朝から釣りを始めて昼過ぎになってようやく引きがあるほどだ。その肝心なときに、アタシは半分寝ていたんだから、これは責められても仕方がない。
とはいえ、言い訳もさせてほしい。そもそもソードマンに釣りは向いてないんだよ。こういうのは狩人の領分なのだ。アリシア、お前が釣ってくれなきゃ困る。
「そうそう、聞いた? この間の吸血鬼の話。あれ、デマだったらしいわよ」
左隣で寝転がって本を読んでいたメイジのベアトリクスが脈絡のない話題を振ってきた。
てかなんでお前は釣ってないんだよ。
「私は魔道書より重いものを持ったことがないの」
なんて言っていたようだが、よく考えてみたら分厚い魔道書より釣り竿の方がよっぽど軽いよな……。
「まぁ吸血鬼なんてお呼びじゃないですからね。もっと簡単にぶち殺せてお金たっぷりの敵がいいです」
すっかり忘れているようだが、そもそも、その吸血鬼の話をしたのはアリシア、おまえだぞ。
「ん?」
その、おまぬけのアリシアが突然に真面目な顔になる。耳をそばだてているような、気配を探っているような。アタシとベアトリクスはだまってそれぞれの武器を準備する。こういうときの暗黙の手順だ。
「なんかいます。こっちは風下ですね。偵察の余裕はありそうです」
「私たちのすることは?」
「いずれにせよ移動します。荷物をまとめてこの場に待機していて下さい」
「ああ、わかった」
釣りやキャンプの道具をまとめている間に、アリシアが戻ってきた。
「いました。オークです」
「オークだと? ここはやつらの縄張りなのか?」
「そんな話は聞いてないけど」
「わかりませんけど、とにかくオークです。ただし1匹だけ」
「1匹?」
「はい、群れじゃありません」
オークの恐ろしさは、単体の能力より群れを成して攻撃を仕掛けてくることにある。
1体のドラゴンを倒せる英雄が、100匹のオークに勝てるかと言えばそうではない。
戦いは数だよ兄貴。アタシは一人っ子だけど。
「1匹なら……いけるか?」
「いけますね」
「またアリシアは考えなしに。ところで、間違いなく1匹なの?」
「少なくとも、ヤツが助けを呼べる範囲にはオークはいませんでしたよ。ぼっちです。ぼっちオークです。どこにでもいるもんですね、ぼっち」
どこにでもいる、というのはそうなのだろう。ただの動物たちの間ですら、群れに馴染めずに1匹で飛び出してしまう個体は必ずいるのだ。人間に比べればずいぶんと低くても、知能のあるオークであれば、なおさらだ。
しかし、どうしたものか。
オークは群れが恐ろしい。それは決して単体が怖くないことを意味しない。 英雄様ならさておき、一般人やアタシら駆け出し冒険者には充分すぎるほどの強敵だ。
「まず、キャシーに囮としてヤツの前に飛び出してもらいます」
は?
「びっくりしてオークが動きを止めたところに、あたしの矢が火を噴きます」
いや、火を噴くのはいいんだけどさ。
「そして、最後にベアちゃんの魔法で止めを刺すって寸法ですよ! どうです?
「いや、どうって」
「いいんじゃない? 私は賛成」
「おい、ベア子!?」
お前は反対してくれると思ってたのに!
「前衛は体を張ってなんぼじゃない?」
「うち、前衛はキャシーだけですし」
『ね~~?』
てめえら、ときどきそうやって『女の子の友情』ごっこやるよな。
☆★☆★☆★☆★☆★
きた。アリシアの言うとおりに隠れて張っていたら、確かにオークが歩いてきた。バカのくせにこういうことには有能なんだよな。これでバカじゃなければ文句ないのに。
ともあれ、アタシが隠れている草むらの前5mまで近づいてきた以上、ここは覚悟を決めて囮役を務めてみせるしかない。女は度胸、なんでもやってみるもんさ。
「やあやあやあ!われこそは! えーっと、剣士のキャシーなり!」
バカはアタシだ。
何言ってんだ、ノープランにも程がある。
だいたい、オークに名乗りを上げたところで――
「これはこれは人間の方ですか。初めまして僕は25番オークの次男です」
イケボ。
まずアタシの頭に思い浮かんだ単語は、それだった。
「このへんは気持ちがいいですね。僕の故郷は蒸し暑くてたいへんです」
「あ、はあ。て、え? 大陸公用語?」
「はい、がんばって覚えましたよ。いろんな人とお話ししたいですから」
ええええ? オークってそんな高知能だったの?
ええええ?
「えっと、あの、に、25番?さん?」
「ああ、長いし無機質でつまらないですよね。オークの集落では個々人の個性など尊重されませんからこんな番号で分けられてしまうんですよ。それでなにかいい名前をつけたいと思っているんですが、何かないでしょうか」
「う、うーん? ゴメン、思いつかない」
「そうですか。僕は『ガタリオン』なんかどうかと思うんですけど、どうです?」
なぜガタリオン。
「あ、はい。ガタリオンいいと思いますね。似合ってます」
「そうでしょうそうでしょう。ちょっと自信があったんですよ」
おい、アリシア。アタシは十分足止めしてるぞ。矢はどうした矢は。
ビュン。シュコ。
そう思ったと同時に矢が飛んできた。刺さった。
アタシの盾に。
「ひぃぃぃぃぃ!!」
「え、なんです? 弓矢ですか。ねらわれてるんですか。僕はちょっと腕っ節には自信がありますよ。お味方します」
ビュン。
2発目。
かきん。
あ、あっぶねぇ。顔にもろ飛んで来たぞ、剣で弾かなければヤバかったぞ。
ヘルメットがあっても即死だ。
アタシはあわてて大木の裏に逃げ込んだ。
「いい腕のアーチャーですね。面倒な刺客にねらわれているようで」
一緒に避難したオーク――ガタリオンが言う。
実際、2発連続で外した矢がアタシの体めがけて飛んでくるってあるか?
本気でねらってないか? あいつに恨まれることなんかしたっけか?
考える暇も無く、
ドーン。
身を隠したアタシらのすぐ横に、今度は炎の玉が着弾し爆発四散する。
「ファイア・ボール? メイジもいましたか」
ベアトリクスか。なんで撃つ? 理由がまったくわからん。
「おい、やめろ! 中止だ。なんでアタシがねらわれてんだいいかげんにしろ!」
体を隠しながら叫んでみても、連中からの返事はまったくない。
どうすんだよこれ。だからこんな雑な作戦は嫌だったんだよ。
「敵は近くにいるのですか」
「敵っていうか……そうですね、うまく隠れてますけど10m近辺にいると思います」
「わかりました。任せて下さい」
「え?」
そう告げて、彼は木の陰から無防備に体を晒す。
「え、ちょっとあぶな――」
止めようとして、それをやめた。
より正確には、止めることができなかった。
彼は、おもむろに腰を低く落とし、続けて四肢に力を込める。
二の腕が大きく膨らんだことが厚手の上衣の上からでも見て取れる。
「うぉぉおぉぉおおおおお!!!!」
雄叫び。激声。鬨の声。
正直やばい。漏らしそうだった。
これがオークのリーダー種が使うという『ウォークライ』か。
味方を鼓舞し敵を萎縮させて一斉に突撃を駆けるための恐るべき兵法。
ザコ敵ならばその怒声に触れただけで剣を落とし戦意を失うという。
「ふぎゃ」
「あ……う」
前方の木の上から、アーチャーが降ってきた。
同じ木の向こう側では、メイジが倒れ伏している。
あー。あいつらザコじゃん。
☆★☆★☆★☆★☆★
「それでぇ、ガタリオンさん?は、一人旅に出たわけです?」
「オークの世界では生きづらそうなヒトよね」
息を吹き返したアリシアたちは、その後、何事もなかったようにしれっと話に混じってきた。アタシは忘れてないからな、殺されかけたこと。
「そうなんですよ。僕は普通のオークよりちょっとデキがいいだけなのですが、もう彼らとは会話する価値を見いだせないし。やっぱり、能力は平均値でいいんですよね」
「そうですよねぇ」
「私もそう思うわ」
しかし、お前らホントに普通に話すよなぁ。
まだ慣れないぞアタシ。
「それにしても、人間の方との会話は楽しいですね。なにせオーク族には『犯せ殺せ食え』以外の語彙がないですから、明るい話題が振りにくいんですよ」
オークならそれだけで明るく話してそうなイメージがあるけどな。
ともあれ、いつまでも呆けていても仕方がないか。あたしも話に混ざろう。
「でもホントに、最初に紳士的に話しかけられたときは面食らったよ。こう言っちゃなんだけど、オークと言えばアタシらみたいな女冒険者の天敵みたいなところがあるからさ」
「ああ、ありますあります。ほら、オークって美少女好きじゃないですか」「麗しの姫騎士なんか格好の獲物よね」
後で考えたら相当に失礼な発言で畳みかけていたものだけど、ガタリオンさんは決して怒ることもせずに、
「あ。あなたたちは女性なんですか。すみません、人間のオスメスはなかなかわかりづらくて」
意外なことを言い出した。
「え、それはガタリオンさんがってことだよね? 普通のオークは女をねらって、その……犯してきたりするじゃん?」
「いえ、むしろ普通のオークの方がそんなことに頓着しないと思いますよ」「え。じゃあ、姫騎士がねらわれるのは?」
「人間はオスに比べてメスの方が極端に小さく細いですよね? しかも、騎士ということは指揮官です。弱そうに見える指揮官となれば、そりゃ真っ先にねらいますよ」
お、おう。なんだそれ、そんなまっとうな理由だったのか?
「で、でも、やっつけたあと、レイプするですよね?」
「そうよね、それはよく聞く話だけど」
そんな当然の疑問にも、事も無げに彼は答える。
「オーク種はもともと生殖本能が旺盛ですからね。それでいて知能は低い。つまり、戦闘での高揚状態と、性的興奮状態の区別がつかないんですね。だから犯す」
え。
「たまたま姫騎士がメスだからですね。その姫騎士がオスであっても結末は一緒です。ですから『女性の敵』扱いは少々不本意ですね。群れとは袂を分かちましたが、僕がオークであることは間違いないですから」
男でも構わず犯す、と、ニッコリしながら話された。
やはり、ちょっとだけデキがよくてもイケボでもオークはオークのようだ。人間とは相容れない絶対的な価値観の違いがあるように思えてならない。
「そうなんですね。そういえばガタリオンさんのいた群れはどのへんにあるんです?」
「なんび……何人くらいの群れなのかしら。大人の数は?男女比は?」
「そうだ。あたし、今まで襲った村の話とか聞きたいです」
「オークは別の群れとの交流はあるの?」
「オーク村で流行の武器とかあるです?」
ガタリオンのキツい話にアタシが沈んでいる間にも、他の二人との和やかな会話は進んでいく。ホントに図太いというか頼もしいというか、やっぱりこの中でまともなのはアタシ一人だよなぁ。
そのあとしばらくして、ガタリオンと別れた。
なんでも彼は、自分と同じようなちょっとデキがよくて能力が平均値でない仲間。できればメスオークと出会うために旅を続けるらしい。
根本的な性質の違いは隠しようもないが、とりあえず本人は人間との友好関係を望んでいるようだし、間違って討伐されたりしないことを祈りたい。
――とある街の酒場で、袋に詰まった銀貨の数を数えながら、そんなことを思う。
風のウワサに聞いた話では、この近辺で1、2を争うオークの大集落が壊滅させられたそうだ。以前から国家騎士団が血眼になって探してもようとして見つからなかったその集落が、とある冒険者たちの報告によって明らかになったらしい。
もちろん、その冒険者たちには、それなりに多額な報奨金が支払われたという話。
「これで弓の新調ができるです! いい弓弦を張るですよ! 最近人気の素材に興味があったですけど、あれお高いんです」
「ああ、魔道書のローンから解放されるわ。幸せ」
えーっと。
なにか言いたいんだが言葉が出てこない。
そんなアタシに満面の笑顔を向けて、二人はこう言った。
「ところで、キャシーはなにを買うですか?」
「いい盾を買いましょうよ。頼れる前衛さんになって?」
これやっぱ、アタシも共犯者だよねぇ……。
「え。あ、やられた……」
「はぁ。これは今夜も草ばかりのおかゆですかねえ」
右隣で糸を垂らしているアーチャーのアリシアがため息をつく。
この川は魚影が薄い。朝から釣りを始めて昼過ぎになってようやく引きがあるほどだ。その肝心なときに、アタシは半分寝ていたんだから、これは責められても仕方がない。
とはいえ、言い訳もさせてほしい。そもそもソードマンに釣りは向いてないんだよ。こういうのは狩人の領分なのだ。アリシア、お前が釣ってくれなきゃ困る。
「そうそう、聞いた? この間の吸血鬼の話。あれ、デマだったらしいわよ」
左隣で寝転がって本を読んでいたメイジのベアトリクスが脈絡のない話題を振ってきた。
てかなんでお前は釣ってないんだよ。
「私は魔道書より重いものを持ったことがないの」
なんて言っていたようだが、よく考えてみたら分厚い魔道書より釣り竿の方がよっぽど軽いよな……。
「まぁ吸血鬼なんてお呼びじゃないですからね。もっと簡単にぶち殺せてお金たっぷりの敵がいいです」
すっかり忘れているようだが、そもそも、その吸血鬼の話をしたのはアリシア、おまえだぞ。
「ん?」
その、おまぬけのアリシアが突然に真面目な顔になる。耳をそばだてているような、気配を探っているような。アタシとベアトリクスはだまってそれぞれの武器を準備する。こういうときの暗黙の手順だ。
「なんかいます。こっちは風下ですね。偵察の余裕はありそうです」
「私たちのすることは?」
「いずれにせよ移動します。荷物をまとめてこの場に待機していて下さい」
「ああ、わかった」
釣りやキャンプの道具をまとめている間に、アリシアが戻ってきた。
「いました。オークです」
「オークだと? ここはやつらの縄張りなのか?」
「そんな話は聞いてないけど」
「わかりませんけど、とにかくオークです。ただし1匹だけ」
「1匹?」
「はい、群れじゃありません」
オークの恐ろしさは、単体の能力より群れを成して攻撃を仕掛けてくることにある。
1体のドラゴンを倒せる英雄が、100匹のオークに勝てるかと言えばそうではない。
戦いは数だよ兄貴。アタシは一人っ子だけど。
「1匹なら……いけるか?」
「いけますね」
「またアリシアは考えなしに。ところで、間違いなく1匹なの?」
「少なくとも、ヤツが助けを呼べる範囲にはオークはいませんでしたよ。ぼっちです。ぼっちオークです。どこにでもいるもんですね、ぼっち」
どこにでもいる、というのはそうなのだろう。ただの動物たちの間ですら、群れに馴染めずに1匹で飛び出してしまう個体は必ずいるのだ。人間に比べればずいぶんと低くても、知能のあるオークであれば、なおさらだ。
しかし、どうしたものか。
オークは群れが恐ろしい。それは決して単体が怖くないことを意味しない。 英雄様ならさておき、一般人やアタシら駆け出し冒険者には充分すぎるほどの強敵だ。
「まず、キャシーに囮としてヤツの前に飛び出してもらいます」
は?
「びっくりしてオークが動きを止めたところに、あたしの矢が火を噴きます」
いや、火を噴くのはいいんだけどさ。
「そして、最後にベアちゃんの魔法で止めを刺すって寸法ですよ! どうです?
「いや、どうって」
「いいんじゃない? 私は賛成」
「おい、ベア子!?」
お前は反対してくれると思ってたのに!
「前衛は体を張ってなんぼじゃない?」
「うち、前衛はキャシーだけですし」
『ね~~?』
てめえら、ときどきそうやって『女の子の友情』ごっこやるよな。
☆★☆★☆★☆★☆★
きた。アリシアの言うとおりに隠れて張っていたら、確かにオークが歩いてきた。バカのくせにこういうことには有能なんだよな。これでバカじゃなければ文句ないのに。
ともあれ、アタシが隠れている草むらの前5mまで近づいてきた以上、ここは覚悟を決めて囮役を務めてみせるしかない。女は度胸、なんでもやってみるもんさ。
「やあやあやあ!われこそは! えーっと、剣士のキャシーなり!」
バカはアタシだ。
何言ってんだ、ノープランにも程がある。
だいたい、オークに名乗りを上げたところで――
「これはこれは人間の方ですか。初めまして僕は25番オークの次男です」
イケボ。
まずアタシの頭に思い浮かんだ単語は、それだった。
「このへんは気持ちがいいですね。僕の故郷は蒸し暑くてたいへんです」
「あ、はあ。て、え? 大陸公用語?」
「はい、がんばって覚えましたよ。いろんな人とお話ししたいですから」
ええええ? オークってそんな高知能だったの?
ええええ?
「えっと、あの、に、25番?さん?」
「ああ、長いし無機質でつまらないですよね。オークの集落では個々人の個性など尊重されませんからこんな番号で分けられてしまうんですよ。それでなにかいい名前をつけたいと思っているんですが、何かないでしょうか」
「う、うーん? ゴメン、思いつかない」
「そうですか。僕は『ガタリオン』なんかどうかと思うんですけど、どうです?」
なぜガタリオン。
「あ、はい。ガタリオンいいと思いますね。似合ってます」
「そうでしょうそうでしょう。ちょっと自信があったんですよ」
おい、アリシア。アタシは十分足止めしてるぞ。矢はどうした矢は。
ビュン。シュコ。
そう思ったと同時に矢が飛んできた。刺さった。
アタシの盾に。
「ひぃぃぃぃぃ!!」
「え、なんです? 弓矢ですか。ねらわれてるんですか。僕はちょっと腕っ節には自信がありますよ。お味方します」
ビュン。
2発目。
かきん。
あ、あっぶねぇ。顔にもろ飛んで来たぞ、剣で弾かなければヤバかったぞ。
ヘルメットがあっても即死だ。
アタシはあわてて大木の裏に逃げ込んだ。
「いい腕のアーチャーですね。面倒な刺客にねらわれているようで」
一緒に避難したオーク――ガタリオンが言う。
実際、2発連続で外した矢がアタシの体めがけて飛んでくるってあるか?
本気でねらってないか? あいつに恨まれることなんかしたっけか?
考える暇も無く、
ドーン。
身を隠したアタシらのすぐ横に、今度は炎の玉が着弾し爆発四散する。
「ファイア・ボール? メイジもいましたか」
ベアトリクスか。なんで撃つ? 理由がまったくわからん。
「おい、やめろ! 中止だ。なんでアタシがねらわれてんだいいかげんにしろ!」
体を隠しながら叫んでみても、連中からの返事はまったくない。
どうすんだよこれ。だからこんな雑な作戦は嫌だったんだよ。
「敵は近くにいるのですか」
「敵っていうか……そうですね、うまく隠れてますけど10m近辺にいると思います」
「わかりました。任せて下さい」
「え?」
そう告げて、彼は木の陰から無防備に体を晒す。
「え、ちょっとあぶな――」
止めようとして、それをやめた。
より正確には、止めることができなかった。
彼は、おもむろに腰を低く落とし、続けて四肢に力を込める。
二の腕が大きく膨らんだことが厚手の上衣の上からでも見て取れる。
「うぉぉおぉぉおおおおお!!!!」
雄叫び。激声。鬨の声。
正直やばい。漏らしそうだった。
これがオークのリーダー種が使うという『ウォークライ』か。
味方を鼓舞し敵を萎縮させて一斉に突撃を駆けるための恐るべき兵法。
ザコ敵ならばその怒声に触れただけで剣を落とし戦意を失うという。
「ふぎゃ」
「あ……う」
前方の木の上から、アーチャーが降ってきた。
同じ木の向こう側では、メイジが倒れ伏している。
あー。あいつらザコじゃん。
☆★☆★☆★☆★☆★
「それでぇ、ガタリオンさん?は、一人旅に出たわけです?」
「オークの世界では生きづらそうなヒトよね」
息を吹き返したアリシアたちは、その後、何事もなかったようにしれっと話に混じってきた。アタシは忘れてないからな、殺されかけたこと。
「そうなんですよ。僕は普通のオークよりちょっとデキがいいだけなのですが、もう彼らとは会話する価値を見いだせないし。やっぱり、能力は平均値でいいんですよね」
「そうですよねぇ」
「私もそう思うわ」
しかし、お前らホントに普通に話すよなぁ。
まだ慣れないぞアタシ。
「それにしても、人間の方との会話は楽しいですね。なにせオーク族には『犯せ殺せ食え』以外の語彙がないですから、明るい話題が振りにくいんですよ」
オークならそれだけで明るく話してそうなイメージがあるけどな。
ともあれ、いつまでも呆けていても仕方がないか。あたしも話に混ざろう。
「でもホントに、最初に紳士的に話しかけられたときは面食らったよ。こう言っちゃなんだけど、オークと言えばアタシらみたいな女冒険者の天敵みたいなところがあるからさ」
「ああ、ありますあります。ほら、オークって美少女好きじゃないですか」「麗しの姫騎士なんか格好の獲物よね」
後で考えたら相当に失礼な発言で畳みかけていたものだけど、ガタリオンさんは決して怒ることもせずに、
「あ。あなたたちは女性なんですか。すみません、人間のオスメスはなかなかわかりづらくて」
意外なことを言い出した。
「え、それはガタリオンさんがってことだよね? 普通のオークは女をねらって、その……犯してきたりするじゃん?」
「いえ、むしろ普通のオークの方がそんなことに頓着しないと思いますよ」「え。じゃあ、姫騎士がねらわれるのは?」
「人間はオスに比べてメスの方が極端に小さく細いですよね? しかも、騎士ということは指揮官です。弱そうに見える指揮官となれば、そりゃ真っ先にねらいますよ」
お、おう。なんだそれ、そんなまっとうな理由だったのか?
「で、でも、やっつけたあと、レイプするですよね?」
「そうよね、それはよく聞く話だけど」
そんな当然の疑問にも、事も無げに彼は答える。
「オーク種はもともと生殖本能が旺盛ですからね。それでいて知能は低い。つまり、戦闘での高揚状態と、性的興奮状態の区別がつかないんですね。だから犯す」
え。
「たまたま姫騎士がメスだからですね。その姫騎士がオスであっても結末は一緒です。ですから『女性の敵』扱いは少々不本意ですね。群れとは袂を分かちましたが、僕がオークであることは間違いないですから」
男でも構わず犯す、と、ニッコリしながら話された。
やはり、ちょっとだけデキがよくてもイケボでもオークはオークのようだ。人間とは相容れない絶対的な価値観の違いがあるように思えてならない。
「そうなんですね。そういえばガタリオンさんのいた群れはどのへんにあるんです?」
「なんび……何人くらいの群れなのかしら。大人の数は?男女比は?」
「そうだ。あたし、今まで襲った村の話とか聞きたいです」
「オークは別の群れとの交流はあるの?」
「オーク村で流行の武器とかあるです?」
ガタリオンのキツい話にアタシが沈んでいる間にも、他の二人との和やかな会話は進んでいく。ホントに図太いというか頼もしいというか、やっぱりこの中でまともなのはアタシ一人だよなぁ。
そのあとしばらくして、ガタリオンと別れた。
なんでも彼は、自分と同じようなちょっとデキがよくて能力が平均値でない仲間。できればメスオークと出会うために旅を続けるらしい。
根本的な性質の違いは隠しようもないが、とりあえず本人は人間との友好関係を望んでいるようだし、間違って討伐されたりしないことを祈りたい。
――とある街の酒場で、袋に詰まった銀貨の数を数えながら、そんなことを思う。
風のウワサに聞いた話では、この近辺で1、2を争うオークの大集落が壊滅させられたそうだ。以前から国家騎士団が血眼になって探してもようとして見つからなかったその集落が、とある冒険者たちの報告によって明らかになったらしい。
もちろん、その冒険者たちには、それなりに多額な報奨金が支払われたという話。
「これで弓の新調ができるです! いい弓弦を張るですよ! 最近人気の素材に興味があったですけど、あれお高いんです」
「ああ、魔道書のローンから解放されるわ。幸せ」
えーっと。
なにか言いたいんだが言葉が出てこない。
そんなアタシに満面の笑顔を向けて、二人はこう言った。
「ところで、キャシーはなにを買うですか?」
「いい盾を買いましょうよ。頼れる前衛さんになって?」
これやっぱ、アタシも共犯者だよねぇ……。
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