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帰ってくるフランス人形

1-1.帰ってくるフランス人形

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 住宅街を貫く太い道。等間隔に街路樹が並んでいて、歩道も太く整備されているが、車通りはほとんどない。昼間ともなればなおさらだ。
 その道路に面する並び、住宅に交じってその店は建っていた。

七生ななお古道具店』

 大きなガラス窓から見えるその店の中は和風洋風問わず様々なアンティークが所狭しと並べられている。
 その入り口に一人、高校生ぐらいの少女が立っていた。
 直方体の風呂敷包みを体の前に抱えて、入ろうか入るまいかと迷っている風に、その店の扉に手を伸ばしたり、引っ込めたりしている。
 しばらくそんなことを繰り返した後、ついに少女は扉の取っ手に手をかけた。いよいよ意を決したか、それとも突き刺さる夏の日差しに負けたか。どちらにしろ、少女は扉を開け、店の中に入った。
 カラカラと扉についたベルがなり、扉が閉まる。店の中は日も当たらないし、エアコンも聞いているので心地よい涼しさが漂う。
 中は静かだ。外からの視線を遮るように店の中央には大きな洋服箪笥が置いてある。そのせいで奥までは見ることができないが、もしかして留守なのだろうか。
 そんな不安を抱えながら中を進む。こちらを見ればそれ自体がアンティークであろう棚の上には、きれいな食器や、美術品が並べられている。あちらを見れば墨で描かれた掛け軸などが掛けられていた。
 少女は当然このような古道具店には入ったことがなかったので、興味津々だ。まるで美術館に来たかのように、隅々まで視線を巡らす。
 アンティークを眺めながら歩いていると、店の奥までついたようだ。腰までの高さのカウンター、その前には丸い椅子が置いてある。カウンターの上にはやはりアンティークらしいこまごまとした雑貨が並べられている。その隣には、黒い、塊?いや、これは、髪の毛?まさか……、人の頭!?
「ひっ」
 思わず小さく悲鳴をあげる。しかし、よくよく耳を澄ますと、すうすうと寝息が聞こえる。カウンターの奥を除けば体がちゃんとついている。カウンターに突っ伏して眠っているだけだ。
「ん、んん」
 少女の悲鳴で気付いたか、突っ伏していた人物が、ムクリと体を起こした。
 腰までの長い髪をバサリとかき分け、着ている白いブラウスの裾で細身の眼鏡を少しぬぐってから、少女の方に視線をやった。
「ん?ああ。お客さん……?最近どうも夏バテ気味で……。すぐ眠くなっちゃうんだ……」
 言い終わるか否かのところで大きなあくびをした。
 どうやらこの二十歳そこそこの女性が、この店の主らしい。噂には聞いていたものの、怖そうな人だったらどうしようと内心ビクビクしていた少女は少しホッとした。
「女の子のお客さんなんて珍しいね。ゆっくり見て行ってね。ふああ……」
「あ、あの。お客、ではあるんですけど。ここって買取もしてるんですよね?」
 また突っ伏して寝る体勢に入った店主を、少女は慌てて引き留める。
「ん?もしかしてその包み?うん。見てあげるからカウンターの上に置いてもらえる?ああ、君はそこ座っててね」
 言われたとおりに抱えた風呂敷包みをカウンターに置き、その前の椅子に座る。その間に店主は、店に奥の方へ消えて行った。

 座って一息ついた所で、もう一度周りを見渡した。
 店の手前の方は、やはり所せましとアンティークが並べてあるのだが、カウンターの奥はテレビや本棚が並べられて、半分住空間のようになっている。それはこの店の客の少なさを物語っているようだ。店主が昼寝をしていたことからも分かっていたことだが。
 しばらくすると店主がお盆を持って帰ってきた。
「緑茶でよかった?熱いから気を付けてね。暑気払いには熱いお茶がいいんだって。冷えたものばかりだと体に良くないからね」
 お茶をカウンターに置きながら、早口で喋りきる。
「で、これが売りたい物?開けてもいい?」
「あ、はい。お願いします」
 店主が風呂敷を解くと、そこから現れたのはガラスのケースに入ったフランス人形。いかにも年代物といった感じだ。着せている服は色あせ、補修の跡も見える。
「ふーん。なかなか年季入ってるね。ところでご家族は君がこれを売りに来たこと知ってるの?」
「あ、はい。母に処分するように言われてきたので」
「なるほど、なるほど。じゃあ、どこで手に入れたものかとかは分かる?」
「それが、これは元々亡くなった祖父の物だったんですけど、その祖父も友達からもらったみたいで。分かるのはその友達が海外で買ったものだって言うことくらいなんですけど」
「ああ。ふむふむ。そういうことね。分かった。それなら値段をつけるのにちょっと調べさせてもらうけど、ちょっと時間がかかりそうだから、名前と連絡先を教えてもらえる?」
「私は水無月睦実みなづきむつみと言います。連絡先もこちらに……」
「うん。じゃあ査定が終わったら連絡するからね。そんなにはかからないと思うけど」
「はい。お願いします。……、あと……」
 立ち上がり、出入り口の方に向かった少女改め、睦実が、一旦足を止めた。
「ん?なに?」
「……。いえ、なんでもないです」
 少しモゴモゴと口を動かした後、それだけ言って店を後にした。
「なんか気になるけど……。眠い……」
 店主は預かったフランス人形を奥の机に移動して、またもカウンターに突っ伏して昼寝に突入してしまった。

 そんなこんなで日が暮れて、やっと店主は目を覚ます。伸びをしながら大きなあくびを一つ。
「ん~。よく寝た。ってもうこんな時間か」
 日が暮れればもう閉店時間だ。あの人形のことは明日にしよう。そう考えて後ろの机に振り返ると、そこにはなにもない。
「あれ?お人形どこ行った?」
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