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1-1.司書のクリフ
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「勇者は勇ましく剣を掲げて言いました。『呪われし竜め。娘をおとなしく返すんだ』。竜は恐ろしい声で唸るように言います。『ウーハッハ。ただで返す気はない。力づくで奪い返して見せろ』」
クリフは絵本に合わせて声色豊かに登場人物のセリフを演じながら読み上げた。
「勇者がえいやと剣を突き立てると、遂に竜はその身を地に伏せました。そして、横たわるその体は緑を湛える山に、流れる血は清らかな川へと姿を変えました。勇者は王となり、さらわれていた娘を妃としてその場所に国を作りました。それが我が王国の始まりなのです」
めでたしめでたし、と付け加えて絵本をぱたんと閉じる。静かに聞き入っていた子供達からやんややんやと喝采が巻き起こった。
王都中央図書館の一角。絨毯の敷かれたスペースで行われる絵本の読み聞かせタイム。始めはクリフに下っ端の仕事としてあてがわれていたのだが、よっぽど読むのが上手だったのかすぐに人気が出て、その噂は口コミで外にも広がり大人までもがこれを目当てに図書館に足を運ぶほど。当番制でやっていた読み聞かせも半年も経った今ではすっかりクリフの役目になってしまった。
帰る子供達を見送って、司書としての通常の業務に戻る。蔵書の確認、返却された図書の収納。読み聞かせも確かに仕事の内だが、楽しいのはこちらだ。
書物が多いこの国でも、その中心となる王都の更に中央図書館ともなればその蔵書量も利用客数も桁違い。仕事は多いのだが、幼少より本に囲まれて育ったクリフには苦にならない。
磨かれた石の床の上、木で作られた書架の合間をメモを片手に歩く。書架に直接日が当たらないように開けられた窓からは柔らかな日差しが差し込む。すると、その日差しの中、読書スペースで机に伏せて寝る人影を発見した。金属製の軽装の鎧を身に着けている。
「お客様。居眠りはご遠慮いただいています」
肩を軽く叩いても、むにゃむにゃと気持ちよさそうな寝言が返ってくるばかり。しょうがないので頭を思いきり掴んで締め上げる。
「おい。警備兵が規約守らないで居眠りなんかしてたら示しがつかないだろ」
「いだだだ。もう起きてる! 起きてるから!」
指をめり込ませると、シグは悲鳴を上げて立ち上がった。
「いてて。ク、クリフ君ひどいよ」
「読書スペースにも限りがある。居眠りしてる奴に場所を取られてはかなわないからな」
「でも、私もちゃんと本読んでたんだよ。ほらあ」
確かにシグの頭があった場所の傍らには本が何冊か積まれている。子供向けに描かれた絵本や、そもそも絵だけの本。
「だって、文字ばっかりの本を読んでると眠たくなっちゃうし……」
「ぐっすり寝てたぞ」
大体寝てたにしろ本を読んでいたにしろ警備兵の仕事をサボっていることに変わりはない。いくらシグでもこんなことばかりでは立場が危ういだろう。
「分かってるって。十分休憩したし、もう行くから」
そう言ってそそくさと立ち去る彼女を見送りに入口のほうまで行くと、なにやら受付が騒がしい。中年男性の客と女性職員が言い争いをしているようだ。その職員はクリフを見つけると、こちらに助けを求めて来た。
「ああ、クリフ君。それにシグトゥーナさんも。ちょうどよかった」
「何かあったんですか」
「それが、こちらの方が借りた本を紛失してしまったらしくて」
それは困った事だ。しかし、図書館で借りた本を失くしただけで死刑になっていた大昔ならいざ知らず、現在では失くした本の価値にもよるが賠償金だけで済ませられる場合がほとんど。気の毒には気の毒だが、一回の下っ端司書であるクリフに介入できることはない。
「いや、違うんです」
役に立てないことを告げようとすると、客の方が先に喋り出した。
「ここに返すために本を持ってきたのですが、途中で路地裏から現れたならず者たちに本を奪われてしまいまして……」
確かにそう話す客を改めて見ると、顔には少々の生傷、服にはあちこち土汚れ。説得力はある。ただ、ならず者が本を、それもよりによって図書館の本を奪うだろうか。
怪訝な表情を浮かべていると、客は涙を滲ませて言葉を続けた。
「本当なんです。信じてください」
そこまで言われるとこちらとしても思うことがある。これがクリフとシグのちょうどよかった理由か。
「分かりました。その本を探してくればいいんですね」
「ちょ、ちょっと。クリフ君、この人の言うことを信じるの」
「確かに俄かには信じられないけど、嘘をついているようにも見えない。それに、いざこざの解決が王都警備兵の仕事だろ」
クリフの言葉に、シグはグウと唸って下を向いた。
街に出た二人は客が本を奪われたという場所にやって来た。大通りから一本入った通りの、更に路地裏と交差する場所。路地裏の左右は煉瓦で出来た建物の壁。確かに物陰が多く、飛び出してきてそのままそこに逃げ込まれれば追うことは難しい。
現場まで来たはいいものの、ランダムな色の石畳の道には痕跡らしい物は残されていない。さて、どうしたものか。
「本のにおいで追えたりしないの」
「馬鹿を言うな」
図書館からほど近く、川が流れているこの辺りは紙、インク、製本の工房が特に多い。本らしいにおいなどとっくに充満している。一冊の本など追えるわけがない。
(ここじゃなければ本をにおいで追えるのかなあ)
とシグは思ったが、出来ると言われると怖いので胸にしまっておくことにした。
虱潰しに路地裏を調べてみるかと歩き出そうとしたとき、後ろから二人の名を呼ぶ声が聞こえて来た。
「やっぱり、クリフお兄さんとシグちゃんだ」
道の向こうから歩いてきたのはこの辺りに住む子供達だ。いつも読み聞かせを聞きに図書館に来てくれるのですっかり顔なじみになった。
「なにしてるの? 一緒に遊ぶ?」
「いや、仕事中なんだ」
と断る間に、シグは既に後ろの方の子供達と手遊びを始めている。
「……。君達、この辺りで怪しい人とかガラの悪い人とかを見なかった?」
「見たよ。たくさんご本持ってた」
この辺りでは見たことのない身なりの悪い集団で、本を抱えて路地裏に向かっていたと一本の細い道を指さした。他の子供達も頷いて同調する。
「ありがとう。君達も気を付けて遊んでてね」
未だに遊び続けるシグの首根っこを掴んで引きずり、子供達に手を振り返しながらその細い路地裏へと進む。しかし、せっかく事が進展したというのにシグの表情は渋い。
「何か気になることでもあるのか?」
「うん……。さっきの子供達さあ、クリフ君の事はお兄ちゃんって呼んだのに私の事はちゃん付けだったよね。同い年なのになんでだろう……」
「そりゃ日頃の行いだ」
クリフのため息が路地裏にとける。
クリフは絵本に合わせて声色豊かに登場人物のセリフを演じながら読み上げた。
「勇者がえいやと剣を突き立てると、遂に竜はその身を地に伏せました。そして、横たわるその体は緑を湛える山に、流れる血は清らかな川へと姿を変えました。勇者は王となり、さらわれていた娘を妃としてその場所に国を作りました。それが我が王国の始まりなのです」
めでたしめでたし、と付け加えて絵本をぱたんと閉じる。静かに聞き入っていた子供達からやんややんやと喝采が巻き起こった。
王都中央図書館の一角。絨毯の敷かれたスペースで行われる絵本の読み聞かせタイム。始めはクリフに下っ端の仕事としてあてがわれていたのだが、よっぽど読むのが上手だったのかすぐに人気が出て、その噂は口コミで外にも広がり大人までもがこれを目当てに図書館に足を運ぶほど。当番制でやっていた読み聞かせも半年も経った今ではすっかりクリフの役目になってしまった。
帰る子供達を見送って、司書としての通常の業務に戻る。蔵書の確認、返却された図書の収納。読み聞かせも確かに仕事の内だが、楽しいのはこちらだ。
書物が多いこの国でも、その中心となる王都の更に中央図書館ともなればその蔵書量も利用客数も桁違い。仕事は多いのだが、幼少より本に囲まれて育ったクリフには苦にならない。
磨かれた石の床の上、木で作られた書架の合間をメモを片手に歩く。書架に直接日が当たらないように開けられた窓からは柔らかな日差しが差し込む。すると、その日差しの中、読書スペースで机に伏せて寝る人影を発見した。金属製の軽装の鎧を身に着けている。
「お客様。居眠りはご遠慮いただいています」
肩を軽く叩いても、むにゃむにゃと気持ちよさそうな寝言が返ってくるばかり。しょうがないので頭を思いきり掴んで締め上げる。
「おい。警備兵が規約守らないで居眠りなんかしてたら示しがつかないだろ」
「いだだだ。もう起きてる! 起きてるから!」
指をめり込ませると、シグは悲鳴を上げて立ち上がった。
「いてて。ク、クリフ君ひどいよ」
「読書スペースにも限りがある。居眠りしてる奴に場所を取られてはかなわないからな」
「でも、私もちゃんと本読んでたんだよ。ほらあ」
確かにシグの頭があった場所の傍らには本が何冊か積まれている。子供向けに描かれた絵本や、そもそも絵だけの本。
「だって、文字ばっかりの本を読んでると眠たくなっちゃうし……」
「ぐっすり寝てたぞ」
大体寝てたにしろ本を読んでいたにしろ警備兵の仕事をサボっていることに変わりはない。いくらシグでもこんなことばかりでは立場が危ういだろう。
「分かってるって。十分休憩したし、もう行くから」
そう言ってそそくさと立ち去る彼女を見送りに入口のほうまで行くと、なにやら受付が騒がしい。中年男性の客と女性職員が言い争いをしているようだ。その職員はクリフを見つけると、こちらに助けを求めて来た。
「ああ、クリフ君。それにシグトゥーナさんも。ちょうどよかった」
「何かあったんですか」
「それが、こちらの方が借りた本を紛失してしまったらしくて」
それは困った事だ。しかし、図書館で借りた本を失くしただけで死刑になっていた大昔ならいざ知らず、現在では失くした本の価値にもよるが賠償金だけで済ませられる場合がほとんど。気の毒には気の毒だが、一回の下っ端司書であるクリフに介入できることはない。
「いや、違うんです」
役に立てないことを告げようとすると、客の方が先に喋り出した。
「ここに返すために本を持ってきたのですが、途中で路地裏から現れたならず者たちに本を奪われてしまいまして……」
確かにそう話す客を改めて見ると、顔には少々の生傷、服にはあちこち土汚れ。説得力はある。ただ、ならず者が本を、それもよりによって図書館の本を奪うだろうか。
怪訝な表情を浮かべていると、客は涙を滲ませて言葉を続けた。
「本当なんです。信じてください」
そこまで言われるとこちらとしても思うことがある。これがクリフとシグのちょうどよかった理由か。
「分かりました。その本を探してくればいいんですね」
「ちょ、ちょっと。クリフ君、この人の言うことを信じるの」
「確かに俄かには信じられないけど、嘘をついているようにも見えない。それに、いざこざの解決が王都警備兵の仕事だろ」
クリフの言葉に、シグはグウと唸って下を向いた。
街に出た二人は客が本を奪われたという場所にやって来た。大通りから一本入った通りの、更に路地裏と交差する場所。路地裏の左右は煉瓦で出来た建物の壁。確かに物陰が多く、飛び出してきてそのままそこに逃げ込まれれば追うことは難しい。
現場まで来たはいいものの、ランダムな色の石畳の道には痕跡らしい物は残されていない。さて、どうしたものか。
「本のにおいで追えたりしないの」
「馬鹿を言うな」
図書館からほど近く、川が流れているこの辺りは紙、インク、製本の工房が特に多い。本らしいにおいなどとっくに充満している。一冊の本など追えるわけがない。
(ここじゃなければ本をにおいで追えるのかなあ)
とシグは思ったが、出来ると言われると怖いので胸にしまっておくことにした。
虱潰しに路地裏を調べてみるかと歩き出そうとしたとき、後ろから二人の名を呼ぶ声が聞こえて来た。
「やっぱり、クリフお兄さんとシグちゃんだ」
道の向こうから歩いてきたのはこの辺りに住む子供達だ。いつも読み聞かせを聞きに図書館に来てくれるのですっかり顔なじみになった。
「なにしてるの? 一緒に遊ぶ?」
「いや、仕事中なんだ」
と断る間に、シグは既に後ろの方の子供達と手遊びを始めている。
「……。君達、この辺りで怪しい人とかガラの悪い人とかを見なかった?」
「見たよ。たくさんご本持ってた」
この辺りでは見たことのない身なりの悪い集団で、本を抱えて路地裏に向かっていたと一本の細い道を指さした。他の子供達も頷いて同調する。
「ありがとう。君達も気を付けて遊んでてね」
未だに遊び続けるシグの首根っこを掴んで引きずり、子供達に手を振り返しながらその細い路地裏へと進む。しかし、せっかく事が進展したというのにシグの表情は渋い。
「何か気になることでもあるのか?」
「うん……。さっきの子供達さあ、クリフ君の事はお兄ちゃんって呼んだのに私の事はちゃん付けだったよね。同い年なのになんでだろう……」
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