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第52話 観光です。

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 領都であるジャジルの街はサルハの街に比べても数倍の規模の違いがある。エレナさんは好奇心いっぱいで、きょろきょろしながら隣を歩いているが、僕はというと少し落ち着かない。勢いというか、誤魔化しついでに「どこかでお昼ご飯」の提案をしたのだけれど、大きな建物が立ち並び、多くの人々が行き交う場所は、いまひとつ落ち着かないのだ。目的地に移動するための通過点であるならば、ある程度許容できるだろうけど。

「アタールさんは何を食べたいですか?」

 エレナさんの積極性は、相変わらず減退していないようだ。僕が異世界に転移するようになってから、こちらで食べる食事も殆どがインベントリに入れた日本の食品ばかりで、サシャさん家で振舞っていただいた昼食以外は全くと言って良いほど印象に残っていないな。

「エレナさんの食べたいもので良いよ。僕はこっちの食べ物分からないですから。」

「あの、私も・・・集落以外では・・・。」

 そうか、そうだよね。お店で外食するような生活してなかったね、昨日、今日と有能秘書の面ばかり見て驚いていたから、考えが至らなかったよ。そしてこういう時は男性がエスコートするものですよね。謁見では、脳内もセリフもサシャさんの手紙と緊張のせいで回らなくなっておかしい感じだったけど、こういう思考が回るということは落ち着いているな僕。

「それじゃぁ、向こう側に見えている、おしゃれなお店に入ってみましょうか。食べるものは何でもいいですから。」

 コクコクと頷くエレナさん。そういえば彼女とはまだ、会話はしているけれど、いわゆる普通の話はしていない気がする。最初は身投げの話で、その次は家族、島の家の部屋について、そして僕と同行する話。後はその同行のための設定とか・・・最初の方以外は、世間的にはこれ、話ではなく打ち合わせというのではないだろうか。食事ながらでも、ゆっくり話せればいいな。今から入る店ではしないけど。目的があるからね。

「このお店です、入ってみましょう。」

 再びコクコクと頷くエレナさん。遠目で見ても、店先にお洒落な装飾がしてあるのがわかったからね、女性受けしそうな感じだ。このお店を選んだのは、遠目に店先で店員のお姉さんが何かしているのを見かけたからなんだけども。透明化させたコンデジで隠しど・・・撮影するつもりだ。でもこういう店に入るのは、とても緊張する。今日は女性の同伴者がいてくれて助かった。

 お店に入ると、店員さんが早速席に案内してくれる。これ、けっこういいお店というか、お高いんじゃないだろうか。エレナさんとは円形のテーブルを挟んで向かい合って座っていて、それぞれ差し出されたメニューを見ている。エレナさん、字読めないよね?そうだよね?

「お決まりになりましたか?」

 店員のお姉さんが、注文を聞いてきたので、お勧めをお聞きする。

「今日は、魔法で冷凍された海のお魚が入っておりますので、こちらの白身魚のムニエルがお勧めです。」

 ムニエルって、小麦粉まぶして焼いたやつだよね。それじゃそれにしよう。

「じゃぁ、それで。あと、スープは野菜のコンソメスープというのをお願いします。それと白パンで。」

 エレナさん、の方を見ると、コクコクしていたので2人前を注文した。先に水が出されたけど、無料なんだろうか・・・。まだまだこっちの仕組みは未知ものもばかりだ。地球なら未知であっても、ある程度ネット情報で基礎知識を得られるからね。まあ、日本のあんな田舎で女性と食事なんて行く機会は無いだろうけど。

「だいぶ落ち着いた?」

「はい。・・・・でも、あんなに良くして貰っていいのでしょうか。いくらアタールさんが大魔法使いといっても、私にまで領主様ご家族があんなに良くしてくれるのはちょっと・・・。それにその、スラム地区だって、他の貴族様さえ文句を言わないなら、ご自分で出来たということですよね。国も領も違いますが、私が居た集落も何十年と放置されていました、そんな簡単な問題じゃないと思うのです。」

 返事をしたあと少し考え込むようにエレナの話は話すのだけど、落ち着いてはいるようだ。そして謁見とその後の歓談での話を咀嚼しようとしている。僕はエレナさんと奥様やお子様たちとの話は全然聞いていないのに、エレナさんは僕と領主様の話もある程度聞いていて自分なりに考えている。

「そうですね。僕もあの場では納得したと言いましたが、まだまだ疑問だらけです。この国や領でお会いした方々がみんな良い人であることは間違いないですが、あ、盗賊を除いてね。でも実際にはかならず悪人は居るし、為政者だって領主様が警戒しているように、敵の方が多いのだと思います。本当に平和な国なら、僕が少し手伝っただけでなくなるようなスラム地区を長年放置しているとは思えないんです。」

「あ、あの、アタールさん、その口調どうにかなりません・・・か・・・。少し丁寧すぎると思います。」

 ダメ出しを食らった。

「あ、わかりました。えっと、少しは気を付けます。僕の普段の話し方がこういう感じなんです。」

「ならいいのですが・・・。まだ出会って間もないので、信用してもらえてないのかなって・・・。」

「それは僕も同じ思いですよ。でもね、エレナさんが言った通り、まだ出会って間もないですから、これからお互いもっと信用を築いていきましょうね。その中で話し方も変わっていくと思います。」

 そう、僕たちはまだ出会ってから今日を入れてまだ3日しか経っていないのだから。

「それにさっきエレナさんが言ってくれたこの国、いや多分この国だけじゃなくて、この世界というのかな。そういうのもこれから知って行かないといけないと思います。そして、知ったら、なぜこんなに厚遇してもらったのかが分かるような気がします。」

 大魔法使いというだけで、厚遇する理由が何かしらあるのだろう。もしくは、膨大な魔力か。領主様が言っていた、第一宮廷魔法使いなら辺境伯でさえ顎で使える、というのも気になる。貴族だから国王様への忠誠はわかるけど、魔法使いに軽んじられるのはちょっと信じられない。

「僕だって聞いた話をすべて信用しているわけではないですから。自分の目で見て耳で聞いて確かめることも必要だと思います。そのうえで判断して間違っても、その場合は自分のせいですからね。」

 実際には、日本での僕はネット情報中心で「自分の目で見て耳で聞いて確かめることも」してないけども。

 長々と話している間に、注文した食事が出されたので、話を中断して早速食す。いつも食べているのがクッキータイプの完全栄養食品やカップ麺なので、比較するのおこがましいが、かなり美味い。エレナさんは・・・あの顔は満足している顔だろうな。ゆっくりと食べるエレナさんを尻目に、僕はさっさと食べ終わる。そして透明化したコンデジを密かに取り出し、簡素ながら、メイド服風の給仕のお姉さんの隠しど・・・撮影を始めた。ちなみに構図はノールックでの撮影だから、後で確認しないと分からない。

「さっきから、何をきょろきょろしてたんですか?」

 エレナさんが、先ほどの僕の行動について質問してきたので、観光です。と答えておいた。

 正午も過ぎそろそろ店も混みあって来たので、このまま観光するか、帰るかを話し合った結果、エレナさんがはやくサルハの街に行ってみたいということなので、領都の冒険者ギルドに寄った後に、領都を出ることにした。普通なら観光優先するところだけど、転移魔法を知っているエレナさんにしたら、いつでも来れるという気軽さのせいだろうな。ちなみにお食事代は一人当たり銀貨1枚と大銅貨2枚。おおよそ日本円で3000円。これって高いのかどうか、僕もエレナさんも比較対象を知らなくて、判断できなかった。

 領都の冒険者ギルドは、巨大。建物のデザインも武骨な石造りの三階建てで、要塞といった佇まいだ。サルハの街ではほとんどの建物が同じようにデザインされていて、初見ならかなり近寄らないと何の建物かわからなかった。領都では様々なデザインの建物が建っていて、街自体がカラフル。混沌とも言うけど。

 中を覗いてみると受付はかなり混んでいる。ここでは時間帯はあまり関係なく冒険者がいるようだ。受け付けの窓口もサルハの街の冒険者会館の倍以上ある。ということは、受付のお姉さんも倍以上居るということだね。一番見た目が好みのお姉さんの列に並ぼうとおもったけど、ここで時間がとられるのもなんなので、いちばん列の短いところを選んだ。先ほどから見ていても、列の進みも早い。隣では、僕の服の端を摘まんだエレナさんも一緒に並んでいる。今日はエレナさんの冒険者登録はしないんだけどな。

「サルハの街から来た、アタールと申します。」

 順番が来たので、ギルドカードを示しながら、名前を告げる。カードに書いてあるんだけども。

「サルハの街のギルドで、街を移動したときは、ギルドに寄れと言われたので来ました。」

「ありがとうございます。そうですね、ギルドでは冒険者の所在を確認するため、支部のある場所では、お届けいただくことになっています。罰則はありませんが、一応規則にもなっています。」

 そういや、冒険者のパンフレットは目を通したけど、規約まではキッチリと読んでいなかったな。

「それでは、アタールさんは、領都には何日滞在されますか?」

「あ、いやもうこの後にはサルハの街に帰る予定です。」

「は?なら、わざわざお届けの必要はありませんよ。あ、もしかしてご依頼でこちらに?」

 そうか、そういうことね。でも報酬は既にミゲルさんから頂いているし、ギルドの取り分もサルハのギルドで受け取っているって聞いていたから、サルハに戻って、提出するのかと思ってたよ。早速、鞄から依頼達成の書類を出して窓口に差し出す。

「書類の配達依頼の達成書類ですね。ありがとうございます。・・・・あの、少々お待ちください。」

 進みの早かった列だったのに、ものすごく僕で時間取らせているのではないだろうか。受付のお姉さんは、書類を確認したとたんに立ち上がり、書類をつかんで奥に走っていった。
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