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第35話 商人と盗賊と。

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 普通の人間の徒歩速度というか、おおよそ時速5Kmで街に向かう。あと2時間足らずの距離をのんびりと散歩すれば、少し混む時間に冒険者会館に到着して、念願の受付のお姉さんと対面というイベントの発生が生まれるという寸法だ。

「しかし本当に人いないなぁ。」

 あまりにも人が居ないので、そう独り言ちる。冒険者は街道から外れていて、見かけなくてもしょうが無いかもしれないが、商人の乗った馬車や、旅人くらいとはすれ違うと思っていた。結界守の村からの街道では、けっこうな数の商隊とすれ違ったし、追い抜きもしたのだ。同行もしたし。サルハの街に着いて以降の僕の行動時間は他の人々との行動時間と決定的にずれているのだろうか。

 色々悩んでいると、進行方向に小さくだが、探索魔法に反応がある。探索範囲に入ったばかりだから、距離はちょうど1km。そして女性2人だ。他の人もいるかもしれないので、探索対象をふたたび人間と亜人・・・これもう面倒だからまとめて人でいいよね。とにかくそれに切り替える。女性は先ほど引っかかった2名。人種はまだ不明。あとは男性が15名。探索精度が確実に上がっているね。位置の移動は無いみたい。

 休息中かな?と考えながらも街道を進む。ちょっと見てみたい欲求に駆られて、速度を上げてみる。行きと同じくらいのマラソン世界記録程度の速度。ついでにスマホで人間が普通に人の顔を認識できる距離を調べてみる。視程というらしく、顔の認識ができる距離は視力1.0くらいで30m~40mか。それじゃ100mくらいまで一気に距離を詰めてみよう。あとは目立たない場所に空間接続すれば覗けるし・・・あれ?今も空間接続できるんじゃね?いまのところ、スマホで検索した情報が役に立ったことないかも・・・。

 結局、空間接続で覗いてみることにして、何もない空間の相互接続には慣れていないので、手持ちの紙と探索して人の居る場所の上空とを面積3cmほどの空間で接続してみる。これなら接続した後も意識しないでも継続されるからね。ちなみに犯罪的な覗きなどには決して使わないと心から誓っている。思い付きはしたけど。

 直径3cmは目より大きいので、視界は広い。向こう側は上空4mほど。片目を瞑って2階のバルコニーから乗り出して見下ろしている感じだけど、体は直立なのでなんだか変な感じがする。こういうのも慣れないと。あ、なんか襲われてる?盗賊?

 剣を持った汚らしい集団に、馬車が襲われているの図。おそらく盗賊だろう。これは急がねば、ということで、身体強化をさらにアップして速度を上げる。しかしすぐに、転移と透明化ができることを思い出した。いろいろな魔法実験していると、普段使いしている魔法をつい忘れてしまう。そんなことを考えながらも、即透明化して転移。転移場所は、空間接続している穴から見える、集団から5mほど離れた街道の脇。

 まあ、一瞬ですよね。なんとなく商人と盗賊の区別はつくけど、さきほど魔物で実験した個別障壁を各々に張る。空間接続魔法は危険性がわかっているので解除しておく。紙はインベントリで収納。今現在、商人さんも盗賊さんも、全員固まっている状態。再び悩む。どう処理しようか・・・。

 せっかくの盗賊なんだけど、被害者側と引き離す前に、精神魔法の実験台にするわけにはいかないだろうし、透明のまま商人さんと話すのもまずい。かといっていきなり出現もまずいし、何か当たり障りのないやり方を考える。それこそ頭脳をフル回転させて。あ、馬が障壁張った盗賊にぶつかった。でも、衝撃吸収型だから馬も盗賊も大丈夫。

 街道の街と反対側100mに再転移する。各々の障壁は張ったままだ。透明化を解除して、全力疾走で争いごとの渦中に向かう。まあ、もう争うどころか動けないけど。

「大丈夫ですか?お怪我は?」

 なにげに商人グループ側だろ思われる4人の障壁を解除した直後声をかける。これなら声普通に聞こえるよね。まあ、返事ないけど。だって、自分たちいままで動けなくて、それだけじゃなく周りの盗賊も襲う格好のまま固まっているのだから当然声も出ないでしょう。ここから、どう持って行こうか。

 周りを見渡し、盗賊にかけた障壁を操ってみる。お、動くね。馬車の前の邪魔な盗賊を操り、油が切れたおもちゃのブリキロボットのように動かして、順にどかしていく。第三者目線ではあくまで自主的に移動してもらった格好だ。

「あの、固まっている方々にあなたのお仲間いらっしゃいますか?」

 もし商人さんのお仲間とか護衛とか居たら困るので、再び問いかけてみると、ブンブンと頭を横に振ったので、いないのだろう。何度か聞いてみても、同じ動作なので間違いなさそう。

「なんだか、この方たち動けないようなので、今のうちに逃げませんか?」

 僕は、街と反対側から走ってきた。商人たちの馬車は、街に背を向けている。ここで商人たちが予定通り進めば、彼らを見送って見えなくなった頃合いに、盗賊たちをインベントリで収納しようという計画だ。虫が大丈夫だったから、今度は盗賊で実験したいのだ。さすがに人殺しする気構えはできていないので失敗するのは怖いけども、再度言う。虫で成功したから大丈夫だろうと思っている。

「お湯の魔法使い・・・・さん?」

 震える声で、商人グループのひとりの女性がやっと喋った。お湯の魔法使いって・・・。確かにサラハの街から出てきた行商人ならその認識で僕を知ってる確率高いか。

「はい。僕冒険者になりまして、街に戻ろうと街道を歩いていたら、襲われているのが見えて、急いで走ってきました。」

 設定どおり。

「先ほども言いましたけど、この人たちが動けないうちに、逃げた方がいいと思いますよ。僕も街の方角に逃げますからね。」

「お、俺たちも街に戻って、こいつらが動けないうちに、衛兵にすぐ知らせなければ。馬は2頭いるから、1頭切り離して、俺が早馬代わりに走らせる。だからみんなは少し遅いだろうが、1頭引きで後を追ってくれ。」

 え、それは設定狂う。どうしたものか。と考える間もなく、男性一人は馬に乗って街に向かって行った。馬だけど馬車用だから遅いかな。街までどれくらいかかるか聞いてみよう。

「彼どれくらいで街に着きます?」

「あ、だいたい20分くらいかと。」

 そうすると、門番に伝えて衛兵たちが来るのは人集めと用意を含めて40分~50分後くらいか。衛兵は乗馬用の馬で来るからすぐだな。

「それではとにかく、あなた方は、街に向かってください。僕はここで見張っています。」

 と促し、馬車を大回りでUターンさせ、街に向かわせた。一応3人は僕も一緒にと誘ってくれたのだが、そこは冒険者であることを前面に出してお断りし、強引に見張り番として残った。

 固まったままの13人の盗賊を前にして、再度計画を練り直す。タイムリミットは衛兵さん達が来るであろう40分間。こういう時は短い方の時間で計画を立てたほうが間違いがない。

 1、全員逃げられたことにして収納する。
 2、戦って数人殺して残りが逃げたことにして収納する。
 3、いきなり精神魔法のテストをしてみる。
 4、そのまま収納をあきらめて待つ。

 魔物イノシシでも精神的にちょっときつかったから、2は無いな。4は拘束状態を衛兵に見られたくないから却下かな。3は結局4に通じるよな。そうなると1がもっとも有効か。ちょと脚色して商人と別れた5分後あたりに、動けそうになってきたから、僕は必死に街の方に逃げた。盗賊の行方は分からない。よし、これで行こう。とはいっても、収納が無事に成功したらだけども。

 障壁の一部、盗賊たちの背中部分に穴をあけ、そこに手を触れてつぎつぎにインベントリで収納していく。普通に収納できた。今は生死の確認が怖くて取り出さない。僕は別に冷血人間ではないし殺人を好んでする性格でもない。普通の平和主義の日本人なので、人が死ぬのには忌避感が半端ないのだ。まあ、万が一この異世界で殺すことがあっても、それは自分の身を守るためだろう。人体実験で盗賊は使うけど、殺さないよう創作魔法には気を遣うつもり。人体実験でもかなり非人道的なんだけども・・・。

 あとは、普通の人の全力疾走で街を目指す。途中で衛兵と会って、事情を話す。完璧な計画だろう。
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