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第四話<完>
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さてさて、どうなったのだろう。まあ、ぶっちゃけ、もう既に察しはついている。ここに来るのは、十年振りだ。古びたアパートの外部階段を、せっせと上っていく。目的の部屋の前に立ち、舌なめずりをした。自分で言うのもなんだけど、なかなかいい性格をしている。
玄関扉の横に設置されたインターフォンを押した。部屋の中にチャイムが鳴り響いている。しかし、何も反応がない。ニヤリと口角を上げ、インターフォンに何度も力を入れた。これは、予想通りの反応だ。拳を握りこみ、扉を殴りつけた。息を殺し忍び足でこちらに迫ってくる気配を感じた。私は、歯を見せるように笑みを作り、手を振った。スコープから、こちらを覗いているのが分かる。ガチャリと解錠される音が鳴り、扉が躊躇うように開いていく。上半身を横に傾け、扉の隙間を覗き込んだ。そこには、虚ろな目をした中年の男が立っていた。
「どうも! お久しぶりです! 並川様! ご機嫌いかがですか?」
声を張った私に、男はあからさまに不快な表情を見せた。
「誰だ? お前?」
「またまたあ! お約束のブツを頂きに参りました」
「いや、なんの事かさっぱり分からねえよ! 約束? なんの約束だよ? 約束したっていう証拠でもあるのかよ?」
深い溜息を吐いて、顔面に張り付けた笑顔の仮面をはがした。顔の前に手を持ち上げて、親指と中指を合わせた。
パチン! と、音を鳴らすと、男は糸を切られた操り人形のように、崩れ落ちた。部屋の中に入り、横たわる男の足を掴んで歩いていく。
「ちょ! ちょっと待ってくれ! 頼む! 話を聞いてくれ!」
土足のまま部屋の中央まで進み、布団の上に男を投げ捨てた。
「話ですか?」
「ああ! そうだ! 俺が悪いんじゃないんだって! 周りの奴等が、邪魔ばっかりするから、俺は何もできなかったんだよ! あいつらのせいなんだ! 俺は悪くないんだよ!」
「邪魔ですか?」
ああ! と、男は必死で訴える。聞くに堪えない幼稚な言い訳の数々に辟易とした。
「つまり、遊んでいたという事ですね?」
「いや、だから! 俺のせいじゃないんだ! 頼む! もう一度、時間を戻してくれ! 次こそは、ちゃんとやるから! 邪魔者どもとは、金輪際キッパリ縁を切る! 今では、疎遠になってる連中ばかりだから、簡単だ! 次は、二億返すから! お願いだ!」
この男は、何を言っているのだろう。お前が見限られただけだろう。
「こんな奇跡的なチャンスは、一度だけです。いや、本来なら、一度だって起こらないのです。目先の快楽に溺れ、面倒事を後回しにしてきたツケです。何十回繰り返した所で、結果は同じです。残念です」
体が弛緩して動かない男は、唯一動く口を懸命に回す。お前の言葉には、なんの価値も重みもないというのに。口だけの人間ほど、信用から離れた人間はいない。醜くも喚いている男の顔の前に手を差し出した。親指と中指を合わせる。
「世界はあなたの為に回っている訳でも、あなたを中心に据えている訳でもありません」
パチン! と、指を鳴らした。男は、動かなくなった。男の開いた瞳孔に映るのは、体温が消え失せた私の顔だ。
「覚えておいて下さい。馬鹿は死ななきゃ治らない。あ、もう覚えられませんね。失礼しました」
横たわる男を跨ぎ、部屋を出た。階段を下り、少し離れた場所で振り返った。古いアパートを眺め、深い深い溜息を吐いた。
「やあ、オレンジ! お疲れ! 溜息を吐いていたら、幸福が逃げちゃうよ!」
背後からの声に振り向くと、同僚のキウイが手を上げていた。
「お疲れ! 溜息も吐きたくなるさ。君はどうだったんだい?」
私の問いに、キウイは両手の平を上に向け、肩を持ち上げた。同じ結果だったようだ。
「もっと、人選を考えて欲しいものだね。敗戦処理をするこっちの身にもなって欲しいものだ」
「まったくだね。でも、スイカとバナナは上手くいったようだよ」
「て、事は、私達の引きが悪いという事か」
私とキウイは、肩を落として帰路についた。キウイの話では、スイカの客は、動画配信で成功を納め、バナナは意中の女性と結婚したそうだ。
「ん? 意中の女性と結婚したのは、おめでたい事だけど、それで一億回収できたのかい?」
「ああ、その人は、女性に猛烈にアタックしつつ、ビジネスでも成功したようだ」
「それは凄い! そんなスーパーマンに当たりたいものだね。そんな人なら、時間を戻さずとも成功しそうなものだけど」
「よほど、現実を変えたかったんだろうね。結局変われるのは、強い意志がある人間だけだよ。口先だけの愚痴なんか、クソの役にも立ちはしない」
本日は、四月一日。盛大な馬鹿が、踊らされるには、おあつらえ向きだ。
さて、次はどんな人間に出会うことやら。
生まれ変わり、キラキラと輝く姿を見せて欲しいものだ。
玄関扉の横に設置されたインターフォンを押した。部屋の中にチャイムが鳴り響いている。しかし、何も反応がない。ニヤリと口角を上げ、インターフォンに何度も力を入れた。これは、予想通りの反応だ。拳を握りこみ、扉を殴りつけた。息を殺し忍び足でこちらに迫ってくる気配を感じた。私は、歯を見せるように笑みを作り、手を振った。スコープから、こちらを覗いているのが分かる。ガチャリと解錠される音が鳴り、扉が躊躇うように開いていく。上半身を横に傾け、扉の隙間を覗き込んだ。そこには、虚ろな目をした中年の男が立っていた。
「どうも! お久しぶりです! 並川様! ご機嫌いかがですか?」
声を張った私に、男はあからさまに不快な表情を見せた。
「誰だ? お前?」
「またまたあ! お約束のブツを頂きに参りました」
「いや、なんの事かさっぱり分からねえよ! 約束? なんの約束だよ? 約束したっていう証拠でもあるのかよ?」
深い溜息を吐いて、顔面に張り付けた笑顔の仮面をはがした。顔の前に手を持ち上げて、親指と中指を合わせた。
パチン! と、音を鳴らすと、男は糸を切られた操り人形のように、崩れ落ちた。部屋の中に入り、横たわる男の足を掴んで歩いていく。
「ちょ! ちょっと待ってくれ! 頼む! 話を聞いてくれ!」
土足のまま部屋の中央まで進み、布団の上に男を投げ捨てた。
「話ですか?」
「ああ! そうだ! 俺が悪いんじゃないんだって! 周りの奴等が、邪魔ばっかりするから、俺は何もできなかったんだよ! あいつらのせいなんだ! 俺は悪くないんだよ!」
「邪魔ですか?」
ああ! と、男は必死で訴える。聞くに堪えない幼稚な言い訳の数々に辟易とした。
「つまり、遊んでいたという事ですね?」
「いや、だから! 俺のせいじゃないんだ! 頼む! もう一度、時間を戻してくれ! 次こそは、ちゃんとやるから! 邪魔者どもとは、金輪際キッパリ縁を切る! 今では、疎遠になってる連中ばかりだから、簡単だ! 次は、二億返すから! お願いだ!」
この男は、何を言っているのだろう。お前が見限られただけだろう。
「こんな奇跡的なチャンスは、一度だけです。いや、本来なら、一度だって起こらないのです。目先の快楽に溺れ、面倒事を後回しにしてきたツケです。何十回繰り返した所で、結果は同じです。残念です」
体が弛緩して動かない男は、唯一動く口を懸命に回す。お前の言葉には、なんの価値も重みもないというのに。口だけの人間ほど、信用から離れた人間はいない。醜くも喚いている男の顔の前に手を差し出した。親指と中指を合わせる。
「世界はあなたの為に回っている訳でも、あなたを中心に据えている訳でもありません」
パチン! と、指を鳴らした。男は、動かなくなった。男の開いた瞳孔に映るのは、体温が消え失せた私の顔だ。
「覚えておいて下さい。馬鹿は死ななきゃ治らない。あ、もう覚えられませんね。失礼しました」
横たわる男を跨ぎ、部屋を出た。階段を下り、少し離れた場所で振り返った。古いアパートを眺め、深い深い溜息を吐いた。
「やあ、オレンジ! お疲れ! 溜息を吐いていたら、幸福が逃げちゃうよ!」
背後からの声に振り向くと、同僚のキウイが手を上げていた。
「お疲れ! 溜息も吐きたくなるさ。君はどうだったんだい?」
私の問いに、キウイは両手の平を上に向け、肩を持ち上げた。同じ結果だったようだ。
「もっと、人選を考えて欲しいものだね。敗戦処理をするこっちの身にもなって欲しいものだ」
「まったくだね。でも、スイカとバナナは上手くいったようだよ」
「て、事は、私達の引きが悪いという事か」
私とキウイは、肩を落として帰路についた。キウイの話では、スイカの客は、動画配信で成功を納め、バナナは意中の女性と結婚したそうだ。
「ん? 意中の女性と結婚したのは、おめでたい事だけど、それで一億回収できたのかい?」
「ああ、その人は、女性に猛烈にアタックしつつ、ビジネスでも成功したようだ」
「それは凄い! そんなスーパーマンに当たりたいものだね。そんな人なら、時間を戻さずとも成功しそうなものだけど」
「よほど、現実を変えたかったんだろうね。結局変われるのは、強い意志がある人間だけだよ。口先だけの愚痴なんか、クソの役にも立ちはしない」
本日は、四月一日。盛大な馬鹿が、踊らされるには、おあつらえ向きだ。
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