ラストビューイング

ふじゆう

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奇妙な同居人<十年前>

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 若い女は、肩を震わせ、泣き続けている。試しに、腕を伸ばして女の肩に触れようとしたが、手は空を切った。まるで、映像のように、女の姿が映し出されているみたいだ。
 なるほど。これが幽霊という奴なのか。ホラー作品は見た事があるが、現実には、初お目見えだ。もはや、これは信じる他にない。実際に、自分の目で、目の当たりにしているのだから、疑いようがない。俺の頭が可笑しくなってしまった線も捨てがたいが、そちらの方が信じたくない。
「どうして、俺を追い出したいんだ? 前にも言ったが、この部屋は今は俺が契約者で、入居者だ。あんたは、以前ここに住んでいたかもしれないけど、もうあんたの部屋じゃないんだ」
「そんな事は、分かってるよ。だって私、死んじゃったから。でも、出て行き方が分からないの。それに・・・ここに住んだ人は、二人も死んじゃったから・・・だから、出て行って欲しかったの!」
「そこで首を吊ったのは、あんたか?」
「・・・うん」
 リビングと寝室を繋ぐ扉を指差した。なるほど、概ね理解した。そして、全ての点が繋がった。最初に、首吊り自殺をしたのが、この女だ。その後、この女を目撃した二人が、死亡した。心臓発作と、溺死だ。俺も溺れかかったし、突然女が現れたら心臓にも悪いだろう。特に持病を抱えていたら、尚更だ。二人の死を目の当たりにした女が、俺にしたように、その後の二人を追い出した。しかし、俺は思い通りにいかず、泣きじゃくっている始末だ。つまり、この女は―――
 最初の二人は、自分のせいで死んだと思っているという事だ。
 自分という存在が、人間を二人も殺めてしまった。
 結果的には、そうかもしれないが、それは不幸な事故だ。しかし、その罪悪感に、苛まれているのだろう。だから、その後の二人を自分から離し、逃がそうとしたのだ。
 死んで欲しくないから・・・殺したくないから。
 しかし、その行いこそが、このマンションの一角に、『いわく』をつけてしまい、俺みたいな値段重視の人間を呼び寄せてしまっている。
 まさに、負のスパイラルだ。
 この目の前で小さくなって、泣いている透けた女は、悪い人間ではないのだろう。もとい、悪い幽霊ではないのだろう。
「あんたは、どうして、自殺したんだ?」
「・・・ないで」
 あまりにもか細い声に、はっきりとは聞こえなかった。察するに、『そんな事、聞かないで』と言ったのだろうか? 確かに、デリケートな部分を大人げなく、ただの好奇心で、聞いてしまった。
「すまない。言いたくなければ、言わなくて良い」
「違う! 『あんたって、言わないで』って、言ったの!」
「ごめんなさい」
 娘、と言うと無理があるかもしれないが、それほどまでに年の離れた女に怒られて、反射的に謝ってしまった。
「じゃ、じゃあ、何と呼べば・・・」
「私の名前は、『ヒロ』って言うの。『ヒロ』って呼んで。あんたは、嫌」
 大きく咳払いをする。女性の名前を呼び捨てにする事に、抵抗がある。元嫁さんですら、数年名前で呼んでいなかった事を思い出した。とてつもなく、照れくさい。もう一度、咳払いをした。
「ヒ、ヒロは、どうして、自殺なんか・・・」
「彼氏にフラれたの・・・ここで、同棲してたんだけど、急に帰って来なくなって・・・そしたら、『新しい彼女が出来たから、別れよう』って、一方的にメールが来て、それから連絡が取れなくなって・・・気が付いたら、こうなってた。自分の死体を茫然と眺めてた。そしたら、急に寂しくなって・・・ここにきた人達と話したくなって・・・そしたら、死んじゃって・・・もう、どうしたら、良いのか分からなくなって・・・」
 ヒロは、また泣き出してしまった。おいおい、『泣くなよ』と呆れていたら、頬に違和感を覚えた。頬に触れてみたら、何故だか濡れていた。
 一人ぼっちって、寂しいよな。
「どうして、おじさんが泣いてるの?」
「・・・おじさんって言うな」
「じゃあ、何て呼べば良いの? 名前は?」
「道夫だ。有川道夫」
 体をこちらに向けたヒロが、腫らした赤い目を緩やかに細めた。
「じゃあ、みっちゃんだ」
 初めて見たヒロの笑顔は、霞がかった視界を、サッと振り払うような、とても鮮やかなものだった。年甲斐もなく不甲斐ないが、ドキドキしてしまった。
「ヒロは、ここからの出て行き方が分からない。俺は、出て行く気がない。利害の一致として・・・」
 痒くもないのに、後頭部に爪を立てて、顔を背けた。
「一緒に暮らしていけば、良いじゃないか?」
「ほんと!? 良いの!? ほんとに!?」
「ああ、こんなおっさんで、良けりゃあな」
 拒否しておいて、自虐的に言った後、チラリとヒロを見る。その瞬間に、ヒロが飛びついてきて驚いた―――が、ヒロは俺をすり抜けて、床に倒れこんだ。
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