ラストビューイング

ふじゆう

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終の棲家は、事故物件<十年前>

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 テレビコマーシャルが流れている大手の不動産屋へと入り、スタッフに言われるがまま椅子に腰かけた。希望条件を聞かれ、とにかく安い物件を探してもらう事にした。希望なんか、ある訳がない。物件の資料を安い順に並べられ、その中から一番安い物件を選んだ。すると、担当してくれた若い男性スタッフが、何やら考え事をしたかと思うと、『少々お待ち下さい』と、奥へと引っ込んだ。戻ってきたスタッフが、手に持っていた紙をテーブルに置く。
「あの、本当に値段だけで、お探し何ですね?」
「ええ、そうですよ」
「ちなみに、こちらの物件は、いかがでしょう?」
 スタッフの指先を目で追うと、資料にはこう記されていた。
 駅近、徒歩五分! 1LDK! オートロック! 築10年!
 リフォーム済み!
 家賃、5200円! 敷金礼金なし! 即日入居可!
 好条件にも、程があった。これまでに、見せてもらった物件の、どこよりも安い。しかし、これは・・・俺は、視線を資料からスタッフへと移す。
「これは、つまり、事故物件という奴ですか?」
「はい。その通りです」
 あまりにもはっきり言うスタッフに、好意的な感情が芽生えた。
「お伝えするのが、規則なので。不快に思われたら、申し訳ございません。しかし、お家賃だけを見ると、ここが破格な最安値です。この部屋以外のお家賃は、八万円くらいです」
「ちなみに、何があったんですか?」
「それは、ですね・・・」
 言い淀んだスタッフが、周囲を確認し、テーブル越しに顔を寄せてきた。口元に手を当てているスタッフに、俺の方からも近づく。
「ここだけの話にして下さいね? これまでに、五人の方が入居されておりましたが、最初の三人がお亡くなりになり、後のお二人は入居してすぐに夜逃げ同然で、居なくなってしまいました」
「それで、死因というのは?」
 男性スタッフは、平然と答える俺に目を丸くして、一端離れ椅子の背もたれに体重を預けた。そして、小さく咳払いをして、もう一度寄ってくる。
「首吊り自殺とお風呂場での溺死、それから心臓発作です」
 なるほど。それで、築10年という築浅で、リフォーム済みという事か。
「それなら、特に問題ありませんね」
「え? そうですか? 大丈夫・・・ですか?」
「はい。強盗殺人とかなら、厳しかったですけど、自殺や事故や病気なら問題ないです」
 そもそも、幽霊とか信じていない。見た事がないからだ。強盗や他殺など、他人から受ける被害は、警戒や対処が面倒だ。とは言え、鴨川社長には申し訳ないのだが、別に俺が四人目になっても構いやしない。ある意味、おあつらえ向きかもしれない。好印象を持ったスタッフには申し訳ないが、事故物件に更に『箔』がつくかもしれない。
「ここにします」
「本当に、宜しいのですか? あの、失礼を承知で言いますが、死なないで下さいね」
 恐る恐る言うスタッフに、思わず吹き出してしまった。
「人間、いつか死にますよ?」
「そ、そうですけど・・・その・・・」
「安心して下さい。自殺はしません。事故や病気は、約束できませんけど」
 苦笑いを浮かべるスタッフが、慌てるように立ち上がった。
「と、とにかく、一度物件を見にいきましょう。それから決めても遅くありません」
 正直、別に見なくても良かったのだが、親切なスタッフが裏目に出た。勧めたいのか、勧めたくないのか、どっちなのだろう?
 スタッフが運転する車に揺られて、現場へと到着した。五階建ての五件並びのマンションだ。外観も綺麗だ。このマンションの五階の角部屋が、そのいわくつき部屋だ。一階が小さなエントランスと駐輪場になっているので、居住階は、二から五階だ。二〇件全てが埋まっているそうだ。正確には、今の所、一九件だ。俺は、もうここにする事を決めているから、頭数に入れている。
 オートロックを解除し、エレベーターに乗り込む。
「駅から近いですが、意外と静かなんですよ」
 スタッフと世間話をしながら、部屋へと辿り着いた。玄関に入ると、すぐ右がトイレで、左が洗面と風呂だ。短い廊下を挟んで、扉を開けると、リビングが広がっている。オープンキッチンなので、広く感じた。ああ、これは、物が何もないからか。引っ越してきても、さほど変わり映えないだろうけど。正面には掃き出し窓があり、ベランダへと抜けられる。右手の扉を開くと、六畳程の洋室があった。ここを寝室に使うのが、一般的なのだろう。
「はい、ここに決めます」
 何となく見渡して、決め台詞を吐いた。迷ったのは、言うタイミングだけだ。
「あ、え? 特に質問とか、ありませんか?」
「じゃあ、心臓発作と自殺した人は、どこで死んでいたんですか?」
「・・・ええと、確か・・・自殺された方は、洋室のドアノブで、心臓発作の方は、このリビングです」
「そうですか。ありがとうございます。じゃあ、ここで」
「分かりました。ありがとうございます」
 スタッフは、諦めたかのように、深々と頭を下げた。欲を言えば、もう少し狭い部屋の方が良かったけど、この家賃は魅力的だ。即日入居が可能なのもありがたい。出来る限り、自宅にはいたくない。現在の自宅の即日退去はできないから、一か月程は二件分の家賃が発生するが、仕方がない。
 店舗に戻り、契約を交わした。店舗を出る時に、スタッフがお見送りをしてくれた。
「あの、有川様。何かありましたら、遠慮せずに、何でも相談して下さいね。一度住んでみて、やはり合わないと感じましたら、いつでもおっしゃって下さい。他の物件を全力探しますから」
 では、何故、この物件を出してきた。どこまでも、真面目な彼に笑みを見せた。
「大丈夫です。自殺も夜逃げもしません。好物件を紹介してもらって、ありがたいです。ご安心下さい」
 皮肉をたっぷり込めて、真面目な好青年を、少しイジメてみた。
 心配される程、死相が出ているのだろうか?
 空っぽの我が家へと戻り、早々に引っ越しの準備を始めた。業者に頼むほどの荷物がないので、トラックをレンタルし、自力で引っ越しをした。
 荷物を新居へと運び込み、一息をついた。見事に何もない部屋が出来上がった。テレビや冷蔵庫やソファなど、根こそぎ持っていかれたからだ。別に新調するつもりもない。とにかく、寝室である洋室に布団を敷いた。今日は、久し振りに動いたので、なかなかに疲れた。体力の低下が、年のせいか、運動不足のせいか、何なのか分からない事にした。
 電気を消して、布団に潜り込む。そう言えば、朝から何も食べていない事に気が付いた。腹も減っていないし、問題ない。
一人暮らしは、いつ振りだろうか?
 計算するのが億劫なので、考えるのを止めた。まるで、深海に引き込まれるように、体の力が抜けて、意識が薄れていく。
「・・・け」
 何かが聞こえた気がした。気のせいだろう。もしくは、外かご近所さんの物音だろう。
「・・・出ていけ」
 今のは、確実に聞こえた。しかも、部屋の中からだ。
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