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<中学生編>ep4
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あっという間に、二月一四日。私は、気持ちを込めた蜘蛛チョコをカバンに忍ばせて、一日を過ごした。まるで、カバンに悪い物でも持ち込んでいるような気になって、落ち着かない。トラブルがあっても嫌だし、カバンから離れることも躊躇ってしまう。トイレに行く途中で、杉本君を見かけると、早速チョコを受け取っている場面に遭遇した。思わず、廊下の角に身を隠した。昨夜から、ずっと鼓動が鳴りやまない。鼓膜に心臓が張り付いているようだ。当然であるが、昨夜は眠れなかった。こんなに緊張したのは、人生で始めてだ。
やっぱり、止めておこうかな。強引に築き上げた覚悟は、一瞬の躊躇いで脆く崩れ去る。世界最強の豆腐メンタルだ。こんな自分に、つくづく嫌気がさす。何故だか分からないけれど、自然と瞳が潤んできた。私が廊下の角で小さくなっていると、突然背中に衝撃が走った。小学生の時にやっていた紅葉ゲームを思い出した。私は顔だけで振り返ると、ルミちゃんが腕組みしていた。
「協力するみたいで、不本意なんだけど、自分の想いは大切にしなよ。チョコ渡すって決めたんでしょ? その為に、頑張ってきたんでしょ? 自分の気持ちに、嘘ついちゃダメ」
ルミちゃんは、私の隣にしゃがみ込み、頭を優しく撫でてくれる。私は力強く頷いた。休み時間は、残り後僅かだ。折角ルミちゃんが背中を押してくれたのだから、今この瞬間に走り出さなくてはいけない。頭の中を支配していた不安が、奥の方へと追いやられたこの機を逃してはいけない。
何故だか分からないけれど、奇妙な使命感が私をほんの少しだけ強くしてくれている。角から飛び出して、廊下を懸命に走る。教室へと飛び込み、カバンからピンク色で包装された長方形の箱を取り出した。昨夜、一生懸命心を込めて作ったチョコレートを胸に抱え、もう一度廊下に出た。
この想いを届けなければ。
「おーい! ジャイ子! そんなに急いでどうしたんだあ?」
片手を上げる上川君の脇を走り抜けた。今は、彼に構っている暇はないのだ。廊下に溢れる同級生達を交わしながら、前だけを見る。足がもつれて何度か転びそうになった。ルミちゃんなら、きっと華麗に舞うように、きっとスマートに走り抜けるのだろう。そう思った瞬間、とうとう私は派手に転んでしまった。胸に抱えた箱が、廊下を滑っていく。離れていく箱を目で追っていると、誰かの足に当たって動きを止めた。私は息を切らしながら、慌てて立ち上がると、視線の先には杉本君がいた。息を飲んで固まっていると、スローモーションの中で、杉本君が箱に手を伸ばしていた。
「大丈夫? ジャイ子ちゃん。はい、これ」
杉本君は、拾った箱を差し出してくれた。私の無様な姿を目の当たりにしても笑うことなく、優しい笑みを向けてくれた。私は両手を伸ばして、箱を押し返した。唇を内側に巻き込み、足元を見ることしかできなかった。
「あ、あの、それ、落としちゃって汚いけど・・・もし、良かったら・・・受け取って下さい」
色々な恥ずかしさで押し潰されそうだったけれど、なけなしの勇気をはたいた。
「え? ああ、俺に? うわーありがとう!」
杉本君の声が耳から入って、胸の奥の方をかき回している。私は俯いたまま素早く踵を返し、その場から逃げ出した。心臓の音がすぐ隣から聞こえてくる。廊下を抜けて角を折れると、ルミちゃんが床に座っていた。私は肩を激しく上下させ、体内に酸素を取り込んでいる。ルミちゃんが目を丸くして、それから緩やかに目を細めた。泣き出しそうだったけれど我慢して、ルミちゃんの胸に飛びこんだ。まるで、タックルのような形になってしまった。
「はい、よく頑張りました」
ルミちゃんは、私の頭を撫でてくれた。達成感と充実感で満たされていた。不思議なくらいに、杉本君の前で転んでしまったことを、棚上げすることができた。ルミちゃんの甘い香りを嗅いでいると、次第に心が落ち着いてきた。すると、遠くの方から、チャイムの音が聞こえてきて、私達は教室へと戻った。
精根を使い果たした私は、人生で初めて授業中に居眠りをしてしまった。目が覚めた時には、授業が終わっていて、お昼休みに突入していた。なんだか胸が一杯で、食欲が湧かなかったから、そのままお昼寝をすることにした。夢と現実の狭間で漂っていると、突然教室中が騒がしくなった。いつもの喧騒とは、まるで違う異様な雰囲気だ。顔を上げると、クラスメイト達が教室の端に集まり、廊下を眺めていた。何事かと思い、私も皆の方へと駆け寄った。クラスメイト達の間から、廊下へと視線を向ける。すると、上川君が屈強な体育教師二人に体を押えられ連れて行かれた。何が何だか理解できず、茫然と眺めていると、上川君が大声を上げている。上川君が引きずられるように、廊下を歩いていると、一瞬私と目が合った。上川君は、ハッとしたような表情をして、咄嗟に顔を背けた。それから、彼はおとなしくなり、姿が見えなくなった。
やっぱり、止めておこうかな。強引に築き上げた覚悟は、一瞬の躊躇いで脆く崩れ去る。世界最強の豆腐メンタルだ。こんな自分に、つくづく嫌気がさす。何故だか分からないけれど、自然と瞳が潤んできた。私が廊下の角で小さくなっていると、突然背中に衝撃が走った。小学生の時にやっていた紅葉ゲームを思い出した。私は顔だけで振り返ると、ルミちゃんが腕組みしていた。
「協力するみたいで、不本意なんだけど、自分の想いは大切にしなよ。チョコ渡すって決めたんでしょ? その為に、頑張ってきたんでしょ? 自分の気持ちに、嘘ついちゃダメ」
ルミちゃんは、私の隣にしゃがみ込み、頭を優しく撫でてくれる。私は力強く頷いた。休み時間は、残り後僅かだ。折角ルミちゃんが背中を押してくれたのだから、今この瞬間に走り出さなくてはいけない。頭の中を支配していた不安が、奥の方へと追いやられたこの機を逃してはいけない。
何故だか分からないけれど、奇妙な使命感が私をほんの少しだけ強くしてくれている。角から飛び出して、廊下を懸命に走る。教室へと飛び込み、カバンからピンク色で包装された長方形の箱を取り出した。昨夜、一生懸命心を込めて作ったチョコレートを胸に抱え、もう一度廊下に出た。
この想いを届けなければ。
「おーい! ジャイ子! そんなに急いでどうしたんだあ?」
片手を上げる上川君の脇を走り抜けた。今は、彼に構っている暇はないのだ。廊下に溢れる同級生達を交わしながら、前だけを見る。足がもつれて何度か転びそうになった。ルミちゃんなら、きっと華麗に舞うように、きっとスマートに走り抜けるのだろう。そう思った瞬間、とうとう私は派手に転んでしまった。胸に抱えた箱が、廊下を滑っていく。離れていく箱を目で追っていると、誰かの足に当たって動きを止めた。私は息を切らしながら、慌てて立ち上がると、視線の先には杉本君がいた。息を飲んで固まっていると、スローモーションの中で、杉本君が箱に手を伸ばしていた。
「大丈夫? ジャイ子ちゃん。はい、これ」
杉本君は、拾った箱を差し出してくれた。私の無様な姿を目の当たりにしても笑うことなく、優しい笑みを向けてくれた。私は両手を伸ばして、箱を押し返した。唇を内側に巻き込み、足元を見ることしかできなかった。
「あ、あの、それ、落としちゃって汚いけど・・・もし、良かったら・・・受け取って下さい」
色々な恥ずかしさで押し潰されそうだったけれど、なけなしの勇気をはたいた。
「え? ああ、俺に? うわーありがとう!」
杉本君の声が耳から入って、胸の奥の方をかき回している。私は俯いたまま素早く踵を返し、その場から逃げ出した。心臓の音がすぐ隣から聞こえてくる。廊下を抜けて角を折れると、ルミちゃんが床に座っていた。私は肩を激しく上下させ、体内に酸素を取り込んでいる。ルミちゃんが目を丸くして、それから緩やかに目を細めた。泣き出しそうだったけれど我慢して、ルミちゃんの胸に飛びこんだ。まるで、タックルのような形になってしまった。
「はい、よく頑張りました」
ルミちゃんは、私の頭を撫でてくれた。達成感と充実感で満たされていた。不思議なくらいに、杉本君の前で転んでしまったことを、棚上げすることができた。ルミちゃんの甘い香りを嗅いでいると、次第に心が落ち着いてきた。すると、遠くの方から、チャイムの音が聞こえてきて、私達は教室へと戻った。
精根を使い果たした私は、人生で初めて授業中に居眠りをしてしまった。目が覚めた時には、授業が終わっていて、お昼休みに突入していた。なんだか胸が一杯で、食欲が湧かなかったから、そのままお昼寝をすることにした。夢と現実の狭間で漂っていると、突然教室中が騒がしくなった。いつもの喧騒とは、まるで違う異様な雰囲気だ。顔を上げると、クラスメイト達が教室の端に集まり、廊下を眺めていた。何事かと思い、私も皆の方へと駆け寄った。クラスメイト達の間から、廊下へと視線を向ける。すると、上川君が屈強な体育教師二人に体を押えられ連れて行かれた。何が何だか理解できず、茫然と眺めていると、上川君が大声を上げている。上川君が引きずられるように、廊下を歩いていると、一瞬私と目が合った。上川君は、ハッとしたような表情をして、咄嗟に顔を背けた。それから、彼はおとなしくなり、姿が見えなくなった。
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