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第三章 世界創造ー三五〇年前ー

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「お止め下さい! お二方! 世界を滅ぼす気ですか!?」
 ゾマとイスブクが、グルーとアルプの間に割って入った。グルーが発する炎は、空高く上がり、空を焦がしそうなほどの威力だ。そして、アルプが吐く白い息は濃度を増し、呼吸をした者の肺を凍てつかせる。グルーとアルプは互いに威嚇し、牽制をしている。仲良しとまではいかないまでも、四人の女神達は、互いに尊重し合い良い距離感を保っている。しかし、意見が割れた時や、交渉が決裂した際のグルーとアルプは手に負えない。最も強くリーダー的存在のグルーと負けずとも劣らない強さを持つアルプ。毎度この二人の争いの中立に立たされるゾマとイスブクは、たまったものではない。同じ四女神とされているが、ゾマとイスブクは格下だ。本来なら、グルーとアルプの喧嘩の仲裁などしたくはない。しかし、そうも言っていられない。なぜなら、先ほど言った通りだ。
 痴話げんかで、世界を滅ぼすなど、もっての外だ。
 それほどまでに、グルーとアルプの戦闘能力は群を抜いている。二人の魔力は、質・量ともに圧倒的だ。人の子を守護し、加護を与える存在である女神が、人類を滅ぼすなどあってはならない。
 グルーを睨み上げていたアルプは、白い溜息を吐いた。アルプの吐く息が、無色透明になっていく。
「申し訳ございません、グルー様。そして、ゾマ様、イスブク様。我々が争っている場合では、ございませんね」
「・・・ああ、我の方こそ、非礼を詫びよう。確かに、アルプが言うように、全ての人の子を守る事が理想ではある。しかしながら、我々とて女神と祭り上げられてはいるが、全ての望みがまかり通る訳ではない。だからこそ、守るべき命の取捨選択が必要なのだ」
「勿論、心得ております。そして、この小さな島国の人の子を守る事を決めた事も。しかし、できる事なら、全ての人の子を守ってあげたいのです。勿論、堂々巡りになってしまう事も分かっております。ですが、せめて考える事は、諦めたくないのです。綺麗事になってしまいますが、我々の過ぎた力は、殺める為ではなく、生かす為に活用できないかと、どうしても考えてしまうのです」
 アルプは、正座をして、体の前で両手を組み目を伏せた。アルプの姿を見下ろし、グルーは呆れたように鼻から息を吐いた。
「よせ、祈るな。まるで我が、聞き分けのない赤子のようではないか。まったく、ズルイ奴だ。お前のその姿は、脅迫のなにものでもないぞ」
 グルーは、地面に尻を下ろし、胡坐をかいた。膝に肘を置き、頬杖をついた。顔を上げたアルプは、にこりと微笑んだ。瞬間的に、周囲を覆っていた炎と氷が掻き消えた。ホッと胸を撫で下ろしたゾマとイスブクは、互いに視線を合わせると、ゆっくりと座り込んだ。
 四人の女神が一息つき、暫しの休息を取っていると、遠くの方から穴を掘る音が聞こえてきた。一同は音がする方へ顔を向けた。
「・・・亡骸を埋める為か」
「そのようですわね。きっと、ただ一人の生き残りの戦士でしょう」
 グルーの呟きに、イスブクが捕捉した。
「見上げたものだな。魔力も底をつき、体力気力も果てているだろうに・・・己れただ一人が生き残った現状に、奴の心に残るものは、達成感か・・・はたまた罪悪感か」
「皆様方、私達も休んではいられませんね。亡くなった人の子を弔ってやらねばなりません」
 アルプは、立ち上がると、尻に付いた砂を払った。続いて、ゾマとイスブクも腰を上げる。グルーは座ったまま音が聞こえる方向を眺めていた。
「まずは生き残った戦士の元へ。労ってやりたい」
「分かりました。私の風で皆様をお運びしましょう」
 肘を曲げ、空気を持ち上げるように腕を上げたゾマの周囲に風が集まる。渦を巻いた風が、四人の女神を浮かせ、目的地へと運んだ。
 四人の女神の足元では、傷だらけの若い男が鍬を用いて、畑を耕すように地面を掘っていた。男の傍らには、何人もの男達が横たわっている。男は、涙を流しながら、嗚咽を漏らしている。
「・・・すまない・・・すまない・・・俺だけが・・・俺だけが・・・すまない・・・許してくれ」
 若い男は、一心不乱に鍬を振り、呪文のように謝罪の言葉を繰り返している。至る所に出血が見られ、時折膝が折れ、立っているのもやっとの状態であった。
「何を謝る事がある! これは戦争だ! 生き残った事に胸を張れ!」
 グルーが叫び声を上げ、肩を跳ねさせた男の動きが止まった。四人の女神は、男の背後に静かに降り立った。肩を竦ませ、恐る恐る振り返った男が、目を見開いた。瞬間的に、男は膝をついて、頭を垂れた。
「女神様・・・う、うう・・・」
 男は、額を地面にこすりつけ、うずくまるように泣き崩れた。悲痛な面持ちで、アルプは男に寄り添い、肩に手を置いた。
「私達がついていながら、この有様・・・申し開きの言葉もありません。全ては、私達の責任です。どうか、ご自分を責めるのは、止めて下さい」
「そんな、女神様方の責任などとは・・・貴女方がおられなかったら、先祖代々守り続けてきたこの土地を、奪われておりました。そして、生き残った民もどんな目に合わされていた事か・・・想像しただけで、背筋が凍ります。本当に、ありがとうございました」
 歯を食いしばった男の言葉に、アルプは涙を零した。確かに、男が言うように、敵を退け生き残った民は沢山いる。しかし、命を落とした民も多く、何よりも戦士はこの男を残し全滅した。この海に囲まれた島国を守護してきた身としては、あまりにも情けないあまりにも不甲斐ない結果だ。感謝されるような事はできていない。それでも、女神を立てようとする男のふり絞った言葉に、アルプは胸が張り裂けそうになっていた。
 これまで長い年月、人の子を何世代にも渡って守ってきた四人の女神。守ってきたからこそ、女神と呼ばれている。人知を超えた力で、この地を奪おうとする者達を圧倒してきた。しかし、そのせいで女神を打倒する為の力を、敵に与えてしまったのかもしれない。本来、人の子が持つべきではない、身の丈に合わない過ぎた力を、持たせてしまったのかもしれない。魔力の向上、科学技術の向上、それらを掛け合わせた戦闘能力、必要以上に時計の針を進めてしまった要因である事は否めない。
 アルプは、傷ついた戦士の傍らで、自問自答を繰り返している。
四人の女神の存在意義と存在理由。
 何が正解で、何が誤りなのか分からない。誰が正義で誰が悪なのか分からない。戦争で生き残った者が正義であると、潔く定義する事ができたなら、これほど楽な事はないだろう。この地を守護する立場でありながら、多くの犠牲を生んでしまった。
 過剰な力が呼び水となり、敵意と悪意を集結させてしまったのではないだろうか? それとも、力不足が招いた失態であろうか?
 私は・・・私達は・・・どうするべきだったのか?
 アルプは、擦り切れそうなほど思考を回転させる。しかし、答えなど出る訳もない。やり切れない想いが、涙となって体の外へと溢れ出ていく。
「人の子の戦士よ・・・名は何と申す」
 眉一つ動かさず、終始毅然とした態度を崩さないグルーが、若い戦士の前で膝をついた。男は、目元を擦り、地面に両掌と額を押し付ける。
「・・・シュガー=ホープと申します」
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