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第一章 魔女の落とし子
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「結局俺達だけかあ」
ビッシュは空を仰いで、頭を掻いた。川沿いに腰を下ろし、小石を投げたホルンが立ち上がった。
「仕方ないよ。ラートルは、用事があったんだし、サナは予想通りだ。いつも思うんだけど、サナの茶番はなんとかならないものかねえ? いい加減面倒だよ」
「サナらしいよ」
ビッシュは目を細め微笑んだ。納得がいかないホルンは、唇を尖らせた。突然、登山を提案したビッシュであったが、サナには返答を求めなかった。と、言うよりも、サナには尋ねなかった。なぜなら、答えはもう分かっていたからだ。『そんな子供じみた遊びやってられないわ。疲れるだけじゃない』と決まり文句を言われるのが、関の山だ。しかし、聞かなかったら聞かなかったで、文句の雨あられだ。渋々、尋ねてみると、定型文が返ってくる。面倒にもほどがあると、ホルンは肩を落とす。典型的なかまってちゃんに、『どっちが子供なんだよ?』と、そろそろ言ってやりたいホルンであった。
「それで、今日はどの山を攻めるの? 僕的には、夏山に登りたいんだけど」
「却下! 夏だけはダメだ! 春か秋だ! 理想は秋だね。紅葉を楽しもうじゃないか!」
ビッシュは、顔の前で左右の手を交差させ、大きくバツを示していた。
円形に連なった山脈に囲まれており、全ての山が繋がっている。冬山の麓にあるウィント地区は北に位置し、南には夏山、東には春山、西には秋山が存在する。秋山の中でも、夏山から離れるほど秋が深まり、赤や黄などの色鮮やかな木々の変化が楽しめる。そして、冬山に近づくにつれ、木々は葉を落としていく。
「分かったよ。分かったけど、どうして夏山はそんなに頑なに嫌なのさ?」
「そんなの仕事で行かされるからに決まっているだろ? 折角遊びに行くのに、仕事を思い出すから嫌なんだよ」
「仕事? 何しに行くの?」
「夏鉱石を取りに行ってんだよ。王都で買うと高くつくだろ? だから、兄貴達と取りに行かされるの。だから、嫌なの」
ビッシュは、本当に嫌そうに眉間に皺を寄せている。確かに、仕事で行かされていたら、わざわざ休日に行きたくないのにも頷ける。夏山で採取できる夏鉱石は熱鉱石とも呼ばれ、生活必需品だ。夏鉱石を打ち付けると、熱を発し料理や暖房に使われる。ビッシュの家系であるイングウェイ家は、水運業兼船大工を営んでいる。ビッシュは、お家の事情で見習いとして、もうすでに仕事を開始している。船を動かす動力として、夏鉱石が使用されている。ちなみに冬山で採掘される冬鉱石は、食料を冷やしたり、冷房として使われる貴重な資源だ。これらの鉱石の使用は一般に認められているが、販売は貴族の専売特許で貴重な収入源だ。
アカデミーは六歳から十五歳までの十年間通う。そして、アカデミーを卒業すると、成人として扱われ、それぞれ職に就く。アカデミー在籍中に、家の仕事の手伝いや見習いとして働くのは珍しくない。ビッシュもその内の一人だ。ホルンやラートル、サナやベンは、まだ働いていない。成人に近づくにつれ、学業と仕事の比率が変わっていく生徒が一般的だ。
「さあ、そろそろ行こうか? この俺の記念すべき第一号で、ホルンを安全安心快適極楽に送り届けてやるよ」
「え? この船、ビッシュが作ったの?」
「ああ、そうさ! 実は、こいつを見せたかったんだよ」
ビッシュは胸を張って、自慢げに船を指さした。
「凄いじゃないか! もうこんな船も作れるなんて! ・・・でも、本当に大丈夫? 沈んだりしない?」
「失敬だね! 実に失敬だホルン! 試走もなしに人を乗せる訳ないじゃないか? でも、動力装置は、まだ取り付けてないから、手漕ぎだけどね。それもまた楽しいじゃないか! 二人で力を合わせて、船を漕ごう!」
「それいいね! 楽しそうだ!」
ホルンが目を輝かせると、ビッシュはオールを手渡した。木製のオールもビッシュの手作りだ。ホルンとビッシュは、川に浮かんでいる木製の船に乗りこんだ。二人の重みで船が傾き、転覆しそうになったけれど、互いを支え合いバランスを取った。何度か川に落ちそうになったけれど、踏みとどまり、二人は笑い合ってオールを水面に沈めた。
大中小様々な大きさの川が、張り巡らされている。それぞれ、流れが違うが、どこのルートを通るとどこに辿り着くのか、ビッシュの頭の中には入っている。水運業の見習いとして、真っ先に父親に叩きこまれた。基礎中の基礎だ。迅速かつ安全に、人や荷物を運搬する事が仕事だ。
「いいかい、ホルン。オールは、水面に刺す時は縦に入れるんだ。水の抵抗をなくす為にね。それから、面の部分で水を後ろに押し出すように漕ぐ。そうそう、上手いじゃないか。これが基本動作だよ」
「分かった。あ! あそこのカーブはどうするの? このままだと、ぶつかっちゃうよ」
「大丈夫。左に曲がりたい時は、左側にいるホルンがオールの面を水に当てて、抵抗を作るんだ。ブレーキになるからね。それで右側の俺が漕ぐと・・・」
「おお! 左に向かってる」
ホルンはビッシュから、船の操縦を教わりながら、キャッキャと騒ぎ、目的地へと向かっていった。
「あれ? フォル地区はこっちじゃないよね?」
「ああ、そうさ。王都に向かっているんだ。王都を囲んでいる川が一番デカイだろ? そこからの水流に乗った方が、早いし安全なんだよ。直接向かうと、川幅は狭いし入り組んでるし、とにかく面倒で時間がかかるのさ」
「おお! プロっぽい!」
「プロだっての! 見習いだけど」
見習いとは言え、水流マップを把握し、船の扱いに慣れているビッシュのおかげで、水流下りは順調だ。ビッシュの作成一号機は、動力装置がついていない。それ故、水流に乗って、進んでいくしかない。動力装置が設置してある船は、川の流れに反して走行する事ができる。動力装置とは、夏鉱石と冬鉱石を設置し、振り子のように互いをぶつけ合って、小さな水蒸気爆発を起こし、その威力で船を走らせる。成人に満たないビッシュには、法的に操縦が禁止だ。動力装置の未成人の無断操縦は、シールドの逮捕案件だ。
「ホルン見てみろよ。大橋が見えてきたぜ。下から大橋を見上げるのは、なかなかのもんだろ?」
「そうだね! 大迫力だ! いつもは、馬で陸路を通るから、なんか不思議な感じだよ」
まるで、巨大な橋が覆いかぶさってくるような光景は、ホルンにとって刺激的であった。王都は大きな川に四方を囲まれており、四つの地区とはそれぞれ伸びる大橋と繋がっている。そして、大橋の入り口で、身分証の提出が義務づけられている。
「よし、ここからフォル地区に向かうぞ」
「はーい!」
ホルンとビッシュが漕ぐ船は、穏やかな川の流れに乗って、突き進んでいく。
「俺さ、もっと成長して、体力がついたら、まどろみの霧に入ってみたいんだよね」
「まどろみの霧?」
空に向かってビッシュは指をさし、ホルンは目で追いかけた。
ビッシュは空を仰いで、頭を掻いた。川沿いに腰を下ろし、小石を投げたホルンが立ち上がった。
「仕方ないよ。ラートルは、用事があったんだし、サナは予想通りだ。いつも思うんだけど、サナの茶番はなんとかならないものかねえ? いい加減面倒だよ」
「サナらしいよ」
ビッシュは目を細め微笑んだ。納得がいかないホルンは、唇を尖らせた。突然、登山を提案したビッシュであったが、サナには返答を求めなかった。と、言うよりも、サナには尋ねなかった。なぜなら、答えはもう分かっていたからだ。『そんな子供じみた遊びやってられないわ。疲れるだけじゃない』と決まり文句を言われるのが、関の山だ。しかし、聞かなかったら聞かなかったで、文句の雨あられだ。渋々、尋ねてみると、定型文が返ってくる。面倒にもほどがあると、ホルンは肩を落とす。典型的なかまってちゃんに、『どっちが子供なんだよ?』と、そろそろ言ってやりたいホルンであった。
「それで、今日はどの山を攻めるの? 僕的には、夏山に登りたいんだけど」
「却下! 夏だけはダメだ! 春か秋だ! 理想は秋だね。紅葉を楽しもうじゃないか!」
ビッシュは、顔の前で左右の手を交差させ、大きくバツを示していた。
円形に連なった山脈に囲まれており、全ての山が繋がっている。冬山の麓にあるウィント地区は北に位置し、南には夏山、東には春山、西には秋山が存在する。秋山の中でも、夏山から離れるほど秋が深まり、赤や黄などの色鮮やかな木々の変化が楽しめる。そして、冬山に近づくにつれ、木々は葉を落としていく。
「分かったよ。分かったけど、どうして夏山はそんなに頑なに嫌なのさ?」
「そんなの仕事で行かされるからに決まっているだろ? 折角遊びに行くのに、仕事を思い出すから嫌なんだよ」
「仕事? 何しに行くの?」
「夏鉱石を取りに行ってんだよ。王都で買うと高くつくだろ? だから、兄貴達と取りに行かされるの。だから、嫌なの」
ビッシュは、本当に嫌そうに眉間に皺を寄せている。確かに、仕事で行かされていたら、わざわざ休日に行きたくないのにも頷ける。夏山で採取できる夏鉱石は熱鉱石とも呼ばれ、生活必需品だ。夏鉱石を打ち付けると、熱を発し料理や暖房に使われる。ビッシュの家系であるイングウェイ家は、水運業兼船大工を営んでいる。ビッシュは、お家の事情で見習いとして、もうすでに仕事を開始している。船を動かす動力として、夏鉱石が使用されている。ちなみに冬山で採掘される冬鉱石は、食料を冷やしたり、冷房として使われる貴重な資源だ。これらの鉱石の使用は一般に認められているが、販売は貴族の専売特許で貴重な収入源だ。
アカデミーは六歳から十五歳までの十年間通う。そして、アカデミーを卒業すると、成人として扱われ、それぞれ職に就く。アカデミー在籍中に、家の仕事の手伝いや見習いとして働くのは珍しくない。ビッシュもその内の一人だ。ホルンやラートル、サナやベンは、まだ働いていない。成人に近づくにつれ、学業と仕事の比率が変わっていく生徒が一般的だ。
「さあ、そろそろ行こうか? この俺の記念すべき第一号で、ホルンを安全安心快適極楽に送り届けてやるよ」
「え? この船、ビッシュが作ったの?」
「ああ、そうさ! 実は、こいつを見せたかったんだよ」
ビッシュは胸を張って、自慢げに船を指さした。
「凄いじゃないか! もうこんな船も作れるなんて! ・・・でも、本当に大丈夫? 沈んだりしない?」
「失敬だね! 実に失敬だホルン! 試走もなしに人を乗せる訳ないじゃないか? でも、動力装置は、まだ取り付けてないから、手漕ぎだけどね。それもまた楽しいじゃないか! 二人で力を合わせて、船を漕ごう!」
「それいいね! 楽しそうだ!」
ホルンが目を輝かせると、ビッシュはオールを手渡した。木製のオールもビッシュの手作りだ。ホルンとビッシュは、川に浮かんでいる木製の船に乗りこんだ。二人の重みで船が傾き、転覆しそうになったけれど、互いを支え合いバランスを取った。何度か川に落ちそうになったけれど、踏みとどまり、二人は笑い合ってオールを水面に沈めた。
大中小様々な大きさの川が、張り巡らされている。それぞれ、流れが違うが、どこのルートを通るとどこに辿り着くのか、ビッシュの頭の中には入っている。水運業の見習いとして、真っ先に父親に叩きこまれた。基礎中の基礎だ。迅速かつ安全に、人や荷物を運搬する事が仕事だ。
「いいかい、ホルン。オールは、水面に刺す時は縦に入れるんだ。水の抵抗をなくす為にね。それから、面の部分で水を後ろに押し出すように漕ぐ。そうそう、上手いじゃないか。これが基本動作だよ」
「分かった。あ! あそこのカーブはどうするの? このままだと、ぶつかっちゃうよ」
「大丈夫。左に曲がりたい時は、左側にいるホルンがオールの面を水に当てて、抵抗を作るんだ。ブレーキになるからね。それで右側の俺が漕ぐと・・・」
「おお! 左に向かってる」
ホルンはビッシュから、船の操縦を教わりながら、キャッキャと騒ぎ、目的地へと向かっていった。
「あれ? フォル地区はこっちじゃないよね?」
「ああ、そうさ。王都に向かっているんだ。王都を囲んでいる川が一番デカイだろ? そこからの水流に乗った方が、早いし安全なんだよ。直接向かうと、川幅は狭いし入り組んでるし、とにかく面倒で時間がかかるのさ」
「おお! プロっぽい!」
「プロだっての! 見習いだけど」
見習いとは言え、水流マップを把握し、船の扱いに慣れているビッシュのおかげで、水流下りは順調だ。ビッシュの作成一号機は、動力装置がついていない。それ故、水流に乗って、進んでいくしかない。動力装置が設置してある船は、川の流れに反して走行する事ができる。動力装置とは、夏鉱石と冬鉱石を設置し、振り子のように互いをぶつけ合って、小さな水蒸気爆発を起こし、その威力で船を走らせる。成人に満たないビッシュには、法的に操縦が禁止だ。動力装置の未成人の無断操縦は、シールドの逮捕案件だ。
「ホルン見てみろよ。大橋が見えてきたぜ。下から大橋を見上げるのは、なかなかのもんだろ?」
「そうだね! 大迫力だ! いつもは、馬で陸路を通るから、なんか不思議な感じだよ」
まるで、巨大な橋が覆いかぶさってくるような光景は、ホルンにとって刺激的であった。王都は大きな川に四方を囲まれており、四つの地区とはそれぞれ伸びる大橋と繋がっている。そして、大橋の入り口で、身分証の提出が義務づけられている。
「よし、ここからフォル地区に向かうぞ」
「はーい!」
ホルンとビッシュが漕ぐ船は、穏やかな川の流れに乗って、突き進んでいく。
「俺さ、もっと成長して、体力がついたら、まどろみの霧に入ってみたいんだよね」
「まどろみの霧?」
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