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はじまりの湯 ーアキビラ温泉神殿の湯
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しおりを挟む振り返れば、報われない人生だったなとジョンは思った。
意味不明なスキルのせいで小さな町では働けないと思って、騎士を目指した。スキル持ちの三倍も五倍もがんばって騎士になった。
騎士になってからは実力、と言いたいところだが、家柄も金もスキルもないジョンには危険な仕事しか回されなかった。
従軍も三度経験した。国境の小競り合いは数え切れない。
とにかくそうして武功を積んで、勲章だって貰った。たったひとつきりの勲章だが、恩給年額がちょっとは上がった。中隊も預かった。
そうして、ついに大怪我をした。護衛対象を庇って受けた刃はジョンの肩を砕き、二度と剣を握れなくなった。そして退役。
無我夢中で仕事に励んでいたから、結婚もしていない。
故郷には親類も残っていないことを知っていたが、戻ってきたのは里心だ。なんとなく、この地で終わりたかったのだ。
そしてこのザマである。
「……とうとう俺はおかしくなったのか」
『なってませんよ』
「だが、女の子の声が聞こえて、会話している……」
『ロッドちゃんはロッドちゃんです
ここにいるんですから、おはなしも簡単にできますよ』
「……ロッド、ちゃん……?」
『ロッドちゃんはおじさんをずぅーっとまってました
……こんなにおじさんになっちゃって……はぁーあ……』
ジョンは両手で持った箱の中を見た。
白い綿布の間に大切に収められているのは、銀の棒だ。薄く発光している。鍵型に曲がっていて、短い部分にはレリーフがあるようだ。ここを持つのかもしれない。長い方はジョンの前腕よりやや短いくらいだ。
よく見れば、曲がっているところに白い管理タグが付いている。灯りがあれば、書いてあることが読めるだろうか。
だが、持ち出していいものか、どうか。
「保管庫で何をしているんですか、ジョン」
「神殿長!」
ドア口から手燭の揺らめきが覗き、サンウル神殿長が声を掛けてきた。
「まさか、盗みを……?」
「違います。まったく違いますっ!」
「ですが、それはこの神殿唯一の宝物といっていい遺物の箱ですよ」
「声が聞こえてしまって、それで、」
ジョンは箱を神殿長に差し出した。
しゅるっと、輝きが消えた。
「今……光ってました?」
「どうやら、俺のスキルみたいで……」
言って、ジョンはもう一度魔力を込めて呪文を唱えた。箱の中の銀の棒がまた輝く。
サンウル神殿長は「おおっ!」と控えめな歓声をあげた。
『おじさん、ひどい!
ロッドちゃん、もっとお話しがしたいのに!』
「す、すまんすまん」
『二回くりかえすのは本気でわるいとおもってないときです』
「申し訳ありませんでした」
『ロッドちゃんとお話しするにはスキルがひつようです
わすれないでくださいね、おじさん』
「はい。肝に銘じます」
「……ジョン、一人で喋ってますよ?」
恐々と、神殿長が言った。
ジョンは首を横に振った。
「本当に女の子の声が聞こえるんだ、ポール。どうやら俺のスキルで、この子、この棒の子? と話ができるみたいなんだ」
「古代遺物と話ができるスキルってことかい?」
『ちがいますよ』
「え? 違うの?」
『おじさんのスキルは【ダウジング】です
ロッドちゃんはおじさんのおてつだい係です』
「おてつだいがかり……」
あまりに可愛いらしい言い回しに、ジョンは復唱してしまった。
神殿長は軽く咳払いした。
「とにかく、ここでは何ですから、話ができるところへ行きましょうか」
箱を抱えたジョンは神殿長に促され、応接室へ再び向かうことになった。
「さて、ジョン。古代遺物と話ができるというスキルというのは聞いたことがありません。そもそも遺物が話せるなんていうこと自体、初耳です」
それはそうだと、ジョンは頷いた。
「どうやら俺がスキル発動すると、これ……この子は光って、話ができるようだ」
「私には何も聞こえませんねえ」
ジョンと神官長は箱の中の鍵棒を見、スキルを発動した。
途端に銀の棒が輝く。
『おじさん! ロッドちゃんはおじさんとお話しがしたいです
スキルはずっとつけててくれないと困ります!』
「それは無理だろう」
スキル発動と維持には魔力が必要だ。さすがにずっとは難しい。
『いやです。だって、ロッドちゃんはずっと待ってたのに』
「ずっと待ってた?」
『おじさんがスキルけんさを受けた日からずっとです』
「……は?」
『なのに、おじさん、ぜんぜん神殿に来ないから』
「それは……すまん」
「今、古代遺物は何を?」
『ロッドちゃんです
ロッドちゃんはロッドちゃんだっておしえてあげてください』
「神殿長、この子はロッドちゃんだ。気分を悪くするようだから、古代遺物ではなく、ロッドちゃんと呼んでやってくれないか」
「ロッドちゃん……気分を悪くするんですか……」
神殿長が痛ましいものを見るようにジョンを見上げた。
座って向き合っていても、ジョンのほうが大きい。ジョンは小さく咳払いして、銀の棒の一本についているタグを見た。
古代遺物
『古代銀の鍵棒』
発見場所 アキビラ鉱山・西側
備考:使用方法不明、効果不明
タグの裏側に記された発見日はジョンが生まれるより十年以上前だ。鉱山がまだ元気だった頃に発掘されたのだろう。
「鍵棒だからロッドちゃんさんなんですかねえ」
神殿長が首を傾げた。
「そうなのか、ロッドちゃん」
『ロッドちゃんはロッドちゃんです』
「ロッドちゃんはロッドちゃんらしい」
とりあえず、ロッドちゃんの声はジョン以外には聞こえないが、ロッドちゃんは人間同士の会話を聴いて理解していることは間違いないようだ。
ジョンはため息をついた。
箱に入ったままの銀の棒をテーブルに置き、向き合って座ったくたびれ男がふたり。夜の神殿だ。
妙な間がどんより漂っている間に、スキルが切れた。集中力が途切れると魔力維持ができなくなってしまうのだ。
ジョンは慌てて、またスキルを発動させた。
銀の棒がピカッと輝く。
『おじさん! スキルはずっとです!』
「悪かった。気を付ける。だが、ずっと発動しっぱなしというのは無理だ。疲れるんだ」
『……おじさん、いたんじゃいましたもんね……ぼろぼろですもんね』
しみじみと、悲しげな幼女の声。
ジョンはぐっと喉を詰まらせた。
『人間はすぐにいたむんですよね
しかたがないから、はやく温泉にはいりましょう』
「温泉?」
ロッドちゃんの言葉を繰り返し、ジョンは神殿長を見た。
「温泉というのは、たしか、古代大帝国の人たちが好んだとかいう風呂のことだったような……」
「そうなのか、ロッドちゃん」
『温泉は人間をいたみにくくします』
「ほー」
「ロッドちゃんさんは何と?」
「温泉は人間をいたみにくくします、だそうだ。……病気にならないという意味なんだろうか?」
『はやく温泉にいきましょう、おじさん』
「そう言われても、温泉ってのは見たことがないんだが」
『え! 温泉、ないんですか? なくなっちゃったの?』
ロッドちゃんの疑問に、ジョンは答えることができない。ないものはない。
だが、なんとなくそう伝えることに気が引けた。
ロッドちゃんが古代遺物だとしても、ジョンの認識できる声はどう考えても幼女のものなのだ。
ちょっとおしゃまなお嬢様風の、五、六歳の女児にしか思えない。王城で時々見かけた貴族のお子様のようなかんじがする。金髪がふわふわしていて、大体リボンをつけていて、膨らんだスカートを着ているのだ。
「あーその、ロッドちゃん。質問してもいいだろうか」
『いいですよ。なんですか、おじさん』
「【ダウジング】というのはどういうスキルなんだ? この国では誰もわからなかったんだ」
『……あー』
ジョンの問いに、ロッドちゃんが低く唸った。唸っても幼女なのだが。
『【ダウジング】は地面のなかにあるものをさがすスキルです
水の脈、魔力の脈、金属の脈
埋まっちゃったものもさがせますよ』
「……ポール、俺のスキルがわかった」
「ロッドちゃんさんが教えてくれたんですか?」
期待を隠そうともしないスキルマニアの神殿長は目をキラキラさせている。
「【ダウジング】というのは地面の中にあるものを探すスキルなんだそうだ」
地面の中にあるものを探す。
いったいどういう状況下で使うスキルだというのか。少なくとも、騎士には役にたつ気はしない。
ジョンは考えこんでしまったが、神殿長は違った。
「では、ひょっとして、井戸を、新しい井戸を掘ることができるんじゃないでしょうか?」
「井戸……水脈探しか。できるか、ロッドちゃん」
『さがすのはおじさんです
ロッドちゃんはおてつだいがかりですから』
「……やってみよう」
ジョンは箱の中に手を伸ばし、はっとして神殿長を見た。
「この遺物を使ってもいいですか、サンウル神殿長」
「もちろんです」
善は急げ。
ジョンはロッドちゃんを箱から取り出した。ロッドちゃんは二本で一組の銀の棒である。
『両手にひとつずつ、もってください』
「こうか」
ロッドちゃんに指示されるまま、ジョンは銀の鍵棒を持った。左右はどちらでもいいらしく、なんとなく、タグがついたほうを左手に持った。
しっくりした。
欠けていたものが埋まったような、落ち着くところに落ち着いたような、不思議な感覚だった。
ジョンはまばたきもせず、ロッドちゃん(本体)を見つめた。
『ロッドちゃんをもちあげて、胸のたかさでかまえてください』
「こう、か?」
『それで魔力たくさんください』
「わかった」
ロッドちゃん(本体)に魔力を流すように意識を強くする。
スキルについて諦めていなかった本当に若かった頃、何度もなんども練習した。だんだん、成果が見える剣術や体術ばかりを訓練するようになってしまったが、覚えたことは忘れていなかった。
ぐりん
と、勢いよく。
左右のロッドちゃん(本体)がジョンの手の中で動いた。棒の先が揃って左を向いたのだ。
『あっちです』
「動いた! 動かしたんじゃないんですよね、ジョン!」
「ああ、ロッドちゃんが勝手に動くんだ。俺は支えているだけだ」
興奮しているサンウル神殿長には冷静に応じたが、ジョンだって興奮していた。だって、スキルだ。自分のスキルが働くのだ。
『いきますよ、おじさん』
もちろんロッドちゃんの言う通りに。
ジョンは神殿長と一緒に部屋を出て、ショベルも持って、ロッドちゃん(本体)の指し示す方向へ歩いた。
神殿の建物を出て、裏庭。枯れた井戸のそばを通って、北に二十歩。そこから東へ十歩ほど。
丘の北東側は雑木林になっている。防風を兼ねている林の手前あたりで、ロッドちゃん(本体)が妙な動きをした。
左右の棒のさきっぽが揃って内側にぐるんと向いて、ぶつかりそうになったところでパカンと開く。それを延々繰り返すのだ。
『ここです、おじさん』
「ここ? ここを掘ったら水が出るのか?」
『ここです、おじさん」
ぐるんパカンを繰り返すロッドちゃんは『ここです』としか言わなくなった。
ジョンは覚悟を決めた。
「ポール、ここを掘ってみる。ロッドちゃん、また後で」
ロッドちゃん(本体)をベルトに挟んだジョンはショベルを掴み、地面に突き立てた。
「私も! 及ばずながら!」
神殿長もショベルを握り、ジョンと一緒に地面を掘り出した。
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