推理小説

日本のスターリン

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前編

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 島根県竹島にある館で誕生日パーティーが開かれる事になった。その誕生日パーティーを開催した主は、下呂げろ秀吉ひでよしである。
 下呂は、会社の同僚である豊臣とよとみドナルドと伊集院いじゅういん明日香あすか悠木ゆうき遊勝ゆうしょう、大学時代からの友人でお巡りさんをやっている利井二りいに日呂人羅亜ひろひとらあ。そして幼稚園時代からの付き合いである探偵の鬼捨きしゃトーマスを竹島の別荘である館に招待していたのだ。
 6人はこの館で悍ましい殺人事件に巻き込まれる事を知る由もない。そう犯人を除いては…。

「ようこそ皆さん!よくぞ来てくれた!」

 下呂はパーティーに招待した5人を歓迎した。5人はパーティーホールに招き入れられた。

「ずいぶん殺風景な部屋ねえ」

 伊集院はウェーブのかかった足元まである長い赤髪をかき上げ、美しい顔で部屋を見渡しながら辛辣な感想を述べた。
 下呂は苦笑いしながら答える。

「ここは長い間、倉庫として使っていた館で、最近片付けたばかりなんだ」

 次に口を開いたのは小太りの利井二だった。

「しかし、暑いな。クーラーつけていないのか?」

 季節は7月上旬。ちょうど暑くなり始めた時期だ。小太りである利井二は汗っかきで人一倍暑さには敏感だった。
 下呂は申し訳なさそうに答える。

「すまん。この館にある電化製品はここと各部屋にあるテレビと台所にある冷蔵庫・電子レンジ、それと脱衣所にある洗濯機だけなんだ」
「今の時期にクーラーがないんじゃ私の恰好でも暑いわね」

 伊集院はへそ出しの真っ赤なノースリーブに真っ赤なブルマとニーソを履いた露出度の高い恰好をしていた。それでも少し暑いくらいである。
 下呂のその言葉を聞いたドナルドが不安そうに質問した。

「パソコンも無いのか?」
「パソコンもないし、ワイ・ファイもない。僕はパソコンは仕事以外では見たくないんだ。スマフォがあれば十分だよ。ここでは圏外だが」
「じゃあ、インターネットも使えないのか。せっかくパソコンも持ってきたのに」

 ドナルドは酷く肩を落とし、落胆した様子だ。
 それを見た下呂は呆れながら言い返した。

「君はいつでもどこでも肩身離さずパソコンを持っているよな」
「ネット小説を書くのが趣味でね。思いついたアイディアはすぐに文章化してしまいたいんだ。だからどこでも書けるようにパソコンは常に携帯している
スマホじゃ長文書くのはしんどいからちょっとしたメモくらいしかできないからな」
 
 一方、トーマスは懐かしそうに館を眺めている。

「久しぶりだなぁ…。昔を思い出すなぁ」

 トーマスと幼馴染の下呂も同調した。

「懐かしいよなぁ。昔はトーマスとよくこの館で遊んだっけな」
「うん。秀吉の次にこの館に詳しいのは僕だな」

 ここの館は二人にとって思い出深い場所だった。この館は倉庫として使われる前は下呂専用の別荘だったのである。この館の設計も下呂のアイディアが使われて作られていた。
 下呂は小さい頃この別荘に友達を泊めてよく遊んでいたのである。トーマスもその一人だ。

「しかしなぜこんな不便な場所をパーティー会場に選んだんだ?」

 利井二は不満げに聞いた。と言うより、トーマスと下呂以外は全員不満そうだった。利井二は代表して皆の不満を代弁したのだ。
下呂は慌てて答える。

「今年は竹島が日本に返還されて30周年だろう?だから記念にと思ってな」
「だけれど、返還記念日は来月でしょう?」

 伊集院が真っ赤な髪の毛を指にクルクル巻にしながら不思議そうなまなざしで訊ねた。
 下呂は冷汗を流しながら答える。

「僕もそう言ったんだが、トーマスにここでやろうと勧められたんだよ
 返還30周年だし昔よく遊んだ思い出の場所だしって」

 それを聞いたトーマスは慌てて反論した。

「おいおい。確かにここにしたいという要望は出したが最終的な判断を下したのは君だぜ。僕に責任を擦り付けるのはよせ!」
「よく言うよ。半年も前にここにしたいって言いだしたくせに
 まぁ半年もあったからこそ、倉庫で使われていたここを片付けて別荘に戻せるだけの時間があった訳だが」

 責任を擦り付け合う醜い争いをしても見苦しいだけだ。そう思いトーマスは仕切り直した。

「とにかく各自部屋に荷物を置いて一休みしようぜ」
「そうだな!パーティー始めるのは夜の6時半からだからそれまで、部屋でテレビでも見て寛いでいてくれ」

 そういうと下呂はそれぞれの部屋の鍵を全員に渡した。時刻は午後4時。まだ2時間以上もある。下呂はパーティー会場の準備とパーティー後のサプライズの準備に取り掛かった。サプライズは下呂の部屋で行われる予定だった。下呂の部屋は全員が騒いでも十分な広さの寝室の中では一番大きい部屋である。
 一方、一同は言われた通り部屋で待機していた。
 トーマスも部屋でテレビを見ながらくつろいでいた。トーマスが見ていたのは「名探偵コナン」である。トーマスが大好きな番組だ。彼はミステリーアニメを欠かさず視聴しており、探偵としての勉強を常に欠かさない勤勉さなのである。
 コナンが終わると、トーマスはパーティー会場に向かった。パーティー会場には下呂以外全員集まっていた。

「あとは誕生会の主役だけか」

 一同は下呂が来るのをずっと待っていた。しかし待てど暮らせど下呂は現れない。

「遅い!親の仇の様に遅い!」
「遅すぎる!遅すぎる!絶対遅すぎる!」

 遊勝とトーマスがしびれを切らした。我慢できなくなったトーマスは全員に呼びかける。

「きっと部屋で爆睡しているに違いない!みんなで起こしに行こうぜ!」

 下呂は寝起きが悪く、一度寝るとなかなか起きない性格なのだ。
 トーマスに先導され、一同は下呂の部屋の前に佇んだ。トーマスは部屋をノックする。

「おーい!寝坊助!時間はとっくにすぎているぞ~!!」

 他の皆も大声で呼びかける。

「起きなさいよ~!」
「料理が冷めちゃうぞ~!用意したの君だろ?!」
「おおおお~~いいい!!!!」

 シーーーーン…。

 下呂はウンともスンとも返事がない。異常事態に、利井二は嫌な予感がした。

「これはただ事ではないかもしれない」
「君もそう思うかトーマス!」

 事件に携わる者の勘である。二人は扉をぶち破ろうとした。

ドンッ!!

「や、やたら頑丈だぜ!このトビラ…!」
「どけ、俺が破壊する」

 それを見たドナルドが名乗りを上げた。ドナルドは筋肉質で力自慢なのである。

ドンッ!!!

「や、やたら頑丈だぜ!このトビラ…!」

 扉は強靭で体当たりしただけではビクともしない。一同は考え込んだ。
 トーマスはふと思いだしたように口にした。

「そうだ!この館の物置に工具箱があったはず!」

 トーマスは物置に工具箱を取りにいった。物置には古びた工具箱が見つかった。昔置かれていたものが今も残っていたのだ。トーマスは工具箱から巨大なハンマーを取り出した。

「これでトビラを破壊できるぞ!」

ガン!!!!ガン!!!!ガン!!!!

 トーマスはハンマーで扉を思いっきり叩いた。すると扉は次第に崩れていった。

「ここまで行ったら後は体当たりした方が早い!」

 ドナルドが再び名乗りを上げた。名誉挽回の機会である。

ドシンッ!!!

 脆くなった扉はドナルドの体当たりで外れてしまった。

「秀吉!」

 そこには変わり果てた下呂の姿があった。
 下呂は首を切断されて死んでいたのである。凶器とみられる血みどろの斧が大きな本棚の近くに落ちていた。実は、トーマスが見つけた工具箱には斧だけが入っていなかったのである。
トーマスと利井二は現場を捜査した。ドナルドと伊集院と遊勝は怖くて部屋の中には入れなかった。

「工具箱の中には斧が入っていなかったが、あの時は慌てていて気にも留めていなかった…。まさかその斧が凶器だったとはな…」
「こんな斧を使えば女性でも簡単に首を切断できるな」
「部屋は完全に密室。この部屋は元々書庫で窓も一つもついていない。入り口は今入ってきた扉だけだ。扉は強靭で、勿論鍵がかかっていた。その鍵は内鍵で外からは開けられない」

 下呂のその部屋は元々書庫だったのである。本屋にあるような大きな本棚はその名残だ。
 また、その部屋だけは内鍵しかついていなかったのだ。他人に邪魔されず読書したいと思って下呂が子どもの頃付けたのがこの内鍵だった。内鍵はつまみを回すと施錠されるトイレによくあるタイプである。

「密室殺人って事か」
「うん。不可能犯罪だな」

 利井二の言葉にトーマスが冷静に頷く。
 二人は部屋を見回した。何度見ても出入り口は今壊した扉だけだ。
 密室トリックに使えそうなものも何も見当たらず、途方に暮れた利井二はふと呟く。

「それにしても広い部屋だな。下呂はここで何を見せるつもりだったんだろうか…」

 サプライズなため何をやるかは聞かされていなかったが、「見せたいものがある」と、パーティー終了後に下呂の部屋に集まるのは皆あらかじめ聞かされていた。下呂がいない今下呂がどんなサプライズをやるつもりだったかは考えても分からなかった。
 何も収穫がなかった二人は、捜査を終え部屋から出てきた。そんな二人に伊集院は大きい胸を震わせ、恐る恐る訊ねる。

「何か分かったの?」
「いいや、なにも」
「分かったのは密室殺人だったという事だけだ」

 トーマスは沈んだ様子で答えた。利井二も追い打ちをかけるように正直に答えた。
 それを聞いたドナルドと伊集院と遊勝はパニック状態だった。

「くそ~圏外で警察も呼べないし、迎えが来るのは明日だ!」
「迎えが来るまで大人しくまってなきゃいけないの!?」
「そういう事だな」
 
 遊勝と伊集院の文句に、トーマスは冷静に答えた。
 利井二も冷静な口調で続けた。

「この島に居るのは僕たち6人だけだった。犯人はこの中に居る!」
 
 ミステリードラマで聴くようなカッコイイ台詞だが利井二は気取っていなかった。友人たちの中に犯人が居る。そう思うと気が気ではなかったのだ。

「伊集院!お前は確か下呂を恨んでいたよな?下呂と俺がお前の恋人と三人で登山に行ったが、俺たち三人は遭難した
 俺は下呂と怪我をしたお前の恋人を洞窟に残し、助けを呼びに下山した。しかし、助けは間に合わず彼は死亡してしまった
 俺たちは怪我をして動けない彼を背負って下山するのは困難だと思い、二人で下山して助けを呼ぼうとしたが間に合わなかった。二人で下山する事には彼も賛同していたし別に見捨てたわけじゃない
 しかし、彼を残して下山しようと提案したのは下呂だった。それをお前は恋人を見捨てたと思って恨んでいるんじゃないか?」

 ドナルドは突然伊集院に疑いの目を向けた。
 伊集院は美しい顔を強張らせて反論する。

「そうよ!確かに最初は下呂を恨んだわ!でも逆恨みである事に気が付いて、今では彼に感謝してるわ!」
「逆恨みでの殺人。ありえなくはないだろ!」

 ドナルドは壁を叩きつけ、伊集院を激しく問い詰めた。
 伊集院は美しい長い髪を振り乱し、さらに反論する。

「あんたこそ下呂を殺す動機は十分あるんじゃない?下呂はあんたの弟をいじめていたじゃない!そのせいであんたの弟は不登校になって高校を中退。そのまま鬱になって今もニートだって言うじゃない!」
「弟の悪口は止めろ!」

 ドナルドは怒号を飛ばした。伊集院は驚き黙り込んでしまった。
 さらに、ドナルドの怒りの矛先は遊勝に向いた。

「遊勝!お前も下呂を恨んでいたんじゃないか!?妊娠中のお前の奥さんを俺と下呂でお前の家に送ろうとして交通事故にあった。その事故で俺と下呂も軽傷を負い、お前の奥さんと胎児は絶命した!それを恨んでいるんじゃないか?!あの時運転していたのは下呂だったからな!」
「ああ…確かに恨んでいるさ。君たち二人を」

 遊勝は下呂を恨んでいる事を否定しなかった。それどころかドナルドも恨んでいると言う。
 ドナルドは焦ったように弁明を始めた。

「言っておくが、あの事故は俺たちのせいじゃないぞ!トラックの運転手が突如てんかんを発症して後ろから猛スピードで突っ込んできたから後部座席にいたお前の奥さんは潰されたんだ。その運転手もてんかんだった事が発覚したのは事故後の病院でであり、あの事故は誰も悪くない!不幸中の不幸だったんだ!
 確かに、事故に巻き込まれたのは下呂が爆睡していて中々起きなかったせいで出発時間が大幅に遅れたからだ。下呂が寝坊しなければあんな追突事故に遭わずに済んだかも知れなかったが…。今思うと俺もその時下呂を無理やりにでも叩き起こさなかったのも悪かった
 だが、それで俺と下呂を恨むのはお門違いだぜ!」
「お門違いなんかじゃない!」

 ドナルドの釈明を聞いて遊勝は激怒した。
 ドナルドはびっくりして腰を抜かした。

「君と下呂は、妻を迎えに行く前に大量に飲酒していたそうじゃないか!その日君たちは焼酎をストレートで何本も飲んでから妻を迎えに行った!君たちは飲酒運転の車に妻を乗せたんだ!
酒に酔った下呂が口を滑らせていたぜ!」

 下呂は酒に酔うと口が軽くなり、何でもベラベラ喋ってしまう癖があったのであった。
 それを聞いたドナルドは立ち上がりながら、たどたどしく言い訳を始めた。

「さ、酒を飲んでいたのは3時間も前だ!その時にはもう酔いも冷めていた!」
「たった3時間じゃ酒の臭いは消えても大量に飲んだアルコールは体から抜けない!酒酔い運転じゃなかったにしろ、酒気帯び運転だったのは間違いない!
 てんかんの検査が行われる前の事故原因は、相手側の居眠り運転だと思われており、酒の臭いもせずけが人として病院に搬送された君たちは飲酒運転の検査もされなかった!
 明らかに居眠り運転が事故原因だと思われていたのを良い事に君たちは飲酒運転の検査を免れたんだ!」
「だ、だから下呂を殺したというのか…!?」
「まさか!僕は君達に合法的な裁きを受けさせようと弁護士に相談していた。そんな最中に殺人を犯すバカは居ない!」

 一同はパニック状態だった。親友が親友を殺したというのだから仕方がない事である。
 トーマスは興奮している皆を落ち着かせようとした。
 
「どうどう!どうどう!」

 トーマスは馬を宥めるように皆の興奮を抑えようとした。馬を宥めるような掛け声を発したのは笑いを誘い皆の怒りを鎮めるためである。
 しかし、通じなかった。

「トーマス!そういう君だって下呂に恨みがあるんじゃないか?!」
「そうよ!あなたの妹が亡くなったのは下呂のせいだと思っているんじゃない?」

 遊勝はトーマスを指さしながら問いただした。伊集院も長い赤髪を両手で挟んで撫で下ろしながらトーマスに凄んだ。
 問い詰めてくる伊集院と遊勝を刺激しないように、トーマスは冷静に答えた。

「確かに。僕の代わりに妹が出席した秀吉の誕生日会。招待されたメンバーは僕以外は今のメンバーと同じだった
 そして、その誕生日会場のビルで火事が起こった。逃げ道はふさがれ、貨物用のエレベーターしか逃げ口は無かった。しかし、貨物用のエレベーターは外から操作しなければ降りられなかったし、6人が乗るには重量オーバーだった。そこで6人はジャンケンする事にした。そのジャンケンで最後に残った二人が秀吉と妹だった…」

 トーマスは震え声で事件について語った。

「最終的に妹は秀吉に負け、一人取り残される事となった…
しかし、ジャンケンはジャンケン。誰か一人は犠牲にならなければならなかった。そんな事で恨んじゃいないよ」

 トーマスは冷静に応対したが、ドナルド・伊集院・遊勝はまだ興奮している。

「じゃあ利井二!君はどうなんだ!?」
「そうだ!君も下呂を恨んでいたんじゃないか?」
「私の恋人は利井二、あなたの異母兄弟の弟じゃない!」

 ドナルドが利井二を捲し立てて、遊勝と伊集院もそれに流されるように利井二に矛先を向けた。
 そう、ここに来ているメンバー全員に下呂を殺す動機があったのだ。
 利井二は冷静に殺意を否定した。

「伊集院。君の言う通りそれは逆恨みだ。そんな事で人を恨んだりはしない」

 弟の話を引き合いに出され、利井二も内心は興奮している様子だった。
 トーマスはとにかく皆を落ちつけようとする。

「どちらにせよ、警察を呼べるのは明日になってからだ!明日まで各自自分の部屋で大人しく待つことにしよう!」
「そうね…ここでいがみ合ってても仕方がないわよね…」
「自分の身は自分で守る!」
「そうだな」

 伊集院とドナルドと遊勝はようやく落ち着きを取り戻した様子だった。
 トーマスはさらに落ち着いた口調で皆を励ました。

「日本の警察は優秀だ。警察が調べればすぐに犯人も分かるさ」

 みんなは部屋に戻って行った。しかし、トーマスは違った。トーマスは重そうなリュックを背負いながら館中を捜査しはじめた。

「トーマス!何をしているんだ」
「わぁ!!!」

 トーマスは突然話しかけられて仰天した。
 声をかけたのは警官の利井二であった。

「利井二か。事件の捜査だよ」
「手伝おうか?」
「いや、一人で十分。むしろ一人の方が捗るからな
 君はもしもの時の為に部屋で待機していてくれ」
「そうか。何か掴んだら教えてくれ」
「うん」
「しかし重そうな荷物を背負っているな」
「これか?これは探偵の七つ道具さ。勿論中身は企業秘密だ」

 トーマスは誰も立ち入って居なかった和室も捜査した。すると、和室はキレイに飾りつけされており、くす玉と「ハッピーサプライズ」という垂れ幕がかかっていた。くす玉を引っ張るとタライが落ちてきてトーマスの頭にぶつかった。どうやらこのくす玉はイタズラグッズだったようである。サプライズは下呂の部屋で行われる予定だったのに、なぜか和室が飾りつけされていたのだ。

「いたた。こんな仕掛けのくす玉があるとは知らなかったな」

 さらに、トーマスは館の至る所を隅々まで捜査して回った。すると冷蔵庫に強力な磁石が張りつけられているのを発見した。

「これは、ネオジム磁石!なぜこんなものがこんなところに…
 これを使えば密室を作り出せたかもしれないな…」

 その他には目ぼしい物は見つからなかった。
 くまなく館を調べ終えたトーマスは、次に個々の部屋を調査する事にした。
 まずはドナルドの部屋を訪ねた。

コンコンッ!

 しかし、返事はない。これはただ事ではない!

「ドナルド!開けるぞ~!!」

 ギィイイイ…。

 鍵は開いていた。部屋の奥に入ると、なんとドナルドが倒れていた。ドナルドは口から泡を吹いていた。
 トーマスはドナルドに駆け寄った。

「しっかりしろ!ドナルド!」

 しかし、ドナルドは亡くなっていた。ドナルドの手にはコップと薬が入った瓶が握られていた。

「おーい!!みんな来てくれ~~!!」

 トーマスは他の三人を呼んだ。

「どうしたの?」
「何かあったのか?」
「ドナルドが死んでいたんだ」
「何ですって!?」

 伊集院と遊勝の質問に、トーマスが落ち着いた様子で単刀直入に応えた。
 伊集院が驚きの声を上げるのと同時に、利井二は慌てて、ドナルドの部屋に入った。そしてドナルドの遺体を確認した。

「毒死か…」
「そのようだ」
「ん?あれはなんだ!?」

 利井二はテレビの下に落ちていた紙に気が付いた。紙には遺書と書かれていた。
 利井二はその遺書を手に取った。

「読んでみよう」

 手紙の内容は以下の通りだった。

≪皆さん。お手数をかけて申し訳ありません。
 下呂を殺害した犯人は僕です。
 その罪は死んで償います。
               ドナルドより≫

「随分短い内容の遺書だなぁ。パソコンで打ち込まれた遺書だし」

 利井二は遺書のあまりの簡潔さに違和感を覚えた。
 トーマスも利井二に賛同した。

「そうだな。密室トリックも書かれていないしな…。パソコンで打たれているなら、パソコンに何か残っているかも!」

 トーマスは部屋の入り口のすぐそばに置かれていたドナルドのパソコンを調べることした。
 パソコンの電源を入れるとデスクトップには遺書と書かれたファイルがあった。日付は今日の夜10時。ついさっきだ。そのファイルを開いてみると遺書と全く同じ内容の文面が書かれていた。フォントも全く同じである。

「やっぱり自殺なんじゃない?」

 部屋の外からパソコンを覗いた伊集院が訊ねた。
 利井二もパソコンの画面を見ながら答えた。

「まだ断定できないが、自殺の可能性もあるな」
「いや、これは他殺だ」

 トーマスが断言した。

「なぜそうだと思うんだ?」
「それは後で詳しく話しましょう。今日の23時にパーティーホールに集まって下さい。そこで推理ショーを披露します。」
「犯人が分かったのか!?」
「はい。ですが、まだ調査が不十分です。少し時間が要ります」
「分かった23時にパーティーホールだな!」

 トーマスはドナルドのパソコンをさらに調査する。日記や様々なファイル・記録に目を通した。犯人の動機に関するデータがあるかも知れない。
 そして、夜の11時、全員がパーティーホールに集まった。

「さて、今夜犯人が起こした復讐劇の真実を解き明かす推理ショーを始めましょう!」
「復讐劇!?
という事は…」
「犯人の動機も分かったのね!」

 遊勝と伊集院は復讐劇という言葉からトーマスが犯人の動機を知っている事を感じ取った。

「はい」
「まず、一つ聞かせてくれ
ドナルドが、自殺でないと言う根拠はなんだ?」

 利井二がトーマスに疑問を投げかけた。

「この館にはプリンターがありません。被害者は遺書をプリントアウトすることができないのです。もし自殺だとするならば、被害者はあらかじめ用意していた遺書をわざわざ改めてパソコンに打ち込んだことになります。自殺する人間がそのような事をするでしょうか?」
「わざわざそんな事をする必要は無いな」

 利井二はすぐ納得した。確かによく考えれば分かる事だった。この館に来る前に、あらかじめ遺書を印刷して持ってきていたにも関わらず、遺書のファイルが作成されたのはついさっきこの館でだった。

「その通りです。パソコンに遺書を打ち込んだのは犯人の偽装工作です」
「では下呂が密室で殺されたのはどういうトリックがあったのかね」

 利井二は最大の疑問をぶつけた。第一の事件の密室トリックである。

「隠し通路ですよ。犯人は隠し通路を通って密室から抜け出したんです」
「そんなものは無いと思うが…」

 利井二は拍子抜けした。確かに隠し通路がある可能性を考えた捜査はしていなかったが、そんな都合の良い物が最初からあるはずがない。

「まぁいい、犯人は誰なんだね」
「犯人は………………………………………………………………………」
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