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第32話
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はじまりの森に入った銀の馬車はどんどん奥へ向かっていった。
すぐに道がなくなったが、2頭の一角獣は空を蹴り、木々は左右に倒れ馬車は難なく進む。
小さな馬車はものすごい速さで走るが揺れることはなく、小窓から外を見ていたルーポはただただ呆然としているだけだった。
どれくらい乗っていたのだろうか。
場所も空間も時間も、自分がどこにいるのかの感覚が不安定になった頃、一角獣は歩みを緩め、そして止まった。
一緒に馬車に乗っていたダイロスがルーポに言った。
「着きましたよ。
ようこそ、エトコリアへ」
馬車の扉が静かに開きダイロスが先に出ると、ルーポに手を差し出す。
ルーポは助けを借り、馬車から下りた。
そこはエトコリアの街の中心部にある魔法宮の前だった。
賑やかな街は多くの人々が行き交う。
メリニャのように鋭い日差しではなく、緩やかで優しい日の光と零れ落ちそうに咲く花々でエトコリアは満たされていた。
「さぁ、こちらへ」
ダイロスはルーポを促し、魔法宮に入っていった。
魔術師には境はない。
全ての魔術師の上に立つのが大魔術師であり、今はモンテイロからその地位を譲られたダイロスがそれを務めていた。
魔法宮にはありとあらゆるところから魔法を磨きに力のある魔術師が集まっていた。
そこには指導する熟練の魔術師がいて、それぞれに合った魔法を探り、その力を研磨している。
不定期だが試験があり、合格すればランクがあがっていき、魔術師としての活躍の幅が広がる。
分厚い立派な木のドアが大魔術師の部屋だった。
中は窓以外の壁面は全て棚になっており、魔術書や魔法で動かす機械、怪しげな瓶詰、見たこともないような光る石などが詰まっていた。
そこでルーポはダイロス自らが魔法を教えることを告げられた。
ただし大魔術師は多忙なため、寝る場所も含め別の魔術師の弟子になり一緒に暮らすという。
「ルーポもきっと彼を気に入ると思いますよ」
ダイロスは笑って言った。
そしてダイロスは町はずれの、森に近いところに建つ小屋にルーポを連れていった。
ノックをすると中から不機嫌な声がした。
くすんだストロベリーブロンドの短髪に、深い緑の目をした50代後半の男が、洗いざらしのよれよれしたシャツを着て現れた。
「マーガス、あなたの弟子のルーポです。
白魔法を教えてやってください。
よろしくお願いします」
「んあ?」
「ル、ルーポと申します」
「オレにガキの世話はできねぇ」
「彼はマロウドです」
「はあ?!
ますます厄介じゃないか、ダイロス様」
「ですからあなたが一番の適任者です。
頼みましたよ。
ルーポ、明日、魔導宮で待っています。
今日はゆっくり休みなさい。
ではまた」
ダイロスはマーガスの言葉を聞かずに、ルーポを残して立ち去っていった。
「くっそっ!」とマーガスが言った。
そしてルーポを見て、ドアを大きく開け、顎で中に入るように指示した。
小屋の中は雑然としていた。
今朝までいたカヤの屋敷とはまるで違っていた。
ごちゃごちゃとものが置いてあり、その中に散らばる脱ぎ捨てたシャツ、読みかけの本、食べ散らかした皿、倒れた椅子。
それを器用に踏まないように歩き、マーガスはあまり使っていない一室をルーポに与えた。
ルーポがとりあえず、干し草色の外套を脱いだとき、ふわりとなにかが背中から覆いかぶさってきた。
「ひゃっ?!」
「そなたは誰だ」
耳に息がかかるほど近いところで尋ねられた。
「アキト、客人のルーポだ」
マーガスがそう言うと、その人物はルーポから離れた。
ルーポは息を飲む。
流れる黒髪、切れ長の黒曜石の瞳。
しかし自分が恋い焦がれる相手とは対照的で、黒服に身を包んだ柳腰のすらりとした立ち姿に妖艶な微笑みを浮かべまるで女性のような顔をしていた。
目尻に挿した紅がより一層艶めかしさを増長させる。
そして、頭の上には黒い三角の耳が2つ。
「ルーポ、こいつは妖の狐だ。
惑わされないように気をつけろ。
アキト、ルーポはダイロスから預かったマロウドだ。
下手なことはするなよ」
マーガスが双方に釘を刺す。
「あの、マロウドというのは……?」
ルーポは不思議そうに聞いた。
「ああ、別の世界からやってきたヤツのことだよ。
世界のほころびだかなんだか知らないけど、そこから落ちてくるそうだ。
ま、最近ではわざわざ道を繋げて別の世界と行き来する研究が進んで、少しずつ意図的に繋がるようになっているけどな」
「はぁ」
「ダイロスはその研究の第一人者だよ」
「はい」
「研究が始まる前にやってきたマロウドをうちで預かっていたことがあるんだ。
だからダイロスはここに連れてきたんだと思う」
マーガスはここで言葉を切った。
そして一呼吸おいて言った。
「さっきは悪かったな。
おまえが厄介者みたいなこと、言って。
あれは、その、ダイロスは結構無茶苦茶なことを要求してくるから、あの人の頼みを聞くのがイヤなだけで、オレがおまえを厄介だと思っているわけじゃなくて」
「あのっ、僕はここにいてもいいんでしょうか」
ルーポは切羽詰まった様子で聞いた。
「んあ?
ああ、いいぞ。
この部屋でいいならな」
「ありがとうございます。
僕はここに白魔法を習得しに来ました。
どうしてもそれがしたいんです。
よろしくお願いします」
こうやって、奇妙な3人との生活がエトコリアで始まった。
すぐに道がなくなったが、2頭の一角獣は空を蹴り、木々は左右に倒れ馬車は難なく進む。
小さな馬車はものすごい速さで走るが揺れることはなく、小窓から外を見ていたルーポはただただ呆然としているだけだった。
どれくらい乗っていたのだろうか。
場所も空間も時間も、自分がどこにいるのかの感覚が不安定になった頃、一角獣は歩みを緩め、そして止まった。
一緒に馬車に乗っていたダイロスがルーポに言った。
「着きましたよ。
ようこそ、エトコリアへ」
馬車の扉が静かに開きダイロスが先に出ると、ルーポに手を差し出す。
ルーポは助けを借り、馬車から下りた。
そこはエトコリアの街の中心部にある魔法宮の前だった。
賑やかな街は多くの人々が行き交う。
メリニャのように鋭い日差しではなく、緩やかで優しい日の光と零れ落ちそうに咲く花々でエトコリアは満たされていた。
「さぁ、こちらへ」
ダイロスはルーポを促し、魔法宮に入っていった。
魔術師には境はない。
全ての魔術師の上に立つのが大魔術師であり、今はモンテイロからその地位を譲られたダイロスがそれを務めていた。
魔法宮にはありとあらゆるところから魔法を磨きに力のある魔術師が集まっていた。
そこには指導する熟練の魔術師がいて、それぞれに合った魔法を探り、その力を研磨している。
不定期だが試験があり、合格すればランクがあがっていき、魔術師としての活躍の幅が広がる。
分厚い立派な木のドアが大魔術師の部屋だった。
中は窓以外の壁面は全て棚になっており、魔術書や魔法で動かす機械、怪しげな瓶詰、見たこともないような光る石などが詰まっていた。
そこでルーポはダイロス自らが魔法を教えることを告げられた。
ただし大魔術師は多忙なため、寝る場所も含め別の魔術師の弟子になり一緒に暮らすという。
「ルーポもきっと彼を気に入ると思いますよ」
ダイロスは笑って言った。
そしてダイロスは町はずれの、森に近いところに建つ小屋にルーポを連れていった。
ノックをすると中から不機嫌な声がした。
くすんだストロベリーブロンドの短髪に、深い緑の目をした50代後半の男が、洗いざらしのよれよれしたシャツを着て現れた。
「マーガス、あなたの弟子のルーポです。
白魔法を教えてやってください。
よろしくお願いします」
「んあ?」
「ル、ルーポと申します」
「オレにガキの世話はできねぇ」
「彼はマロウドです」
「はあ?!
ますます厄介じゃないか、ダイロス様」
「ですからあなたが一番の適任者です。
頼みましたよ。
ルーポ、明日、魔導宮で待っています。
今日はゆっくり休みなさい。
ではまた」
ダイロスはマーガスの言葉を聞かずに、ルーポを残して立ち去っていった。
「くっそっ!」とマーガスが言った。
そしてルーポを見て、ドアを大きく開け、顎で中に入るように指示した。
小屋の中は雑然としていた。
今朝までいたカヤの屋敷とはまるで違っていた。
ごちゃごちゃとものが置いてあり、その中に散らばる脱ぎ捨てたシャツ、読みかけの本、食べ散らかした皿、倒れた椅子。
それを器用に踏まないように歩き、マーガスはあまり使っていない一室をルーポに与えた。
ルーポがとりあえず、干し草色の外套を脱いだとき、ふわりとなにかが背中から覆いかぶさってきた。
「ひゃっ?!」
「そなたは誰だ」
耳に息がかかるほど近いところで尋ねられた。
「アキト、客人のルーポだ」
マーガスがそう言うと、その人物はルーポから離れた。
ルーポは息を飲む。
流れる黒髪、切れ長の黒曜石の瞳。
しかし自分が恋い焦がれる相手とは対照的で、黒服に身を包んだ柳腰のすらりとした立ち姿に妖艶な微笑みを浮かべまるで女性のような顔をしていた。
目尻に挿した紅がより一層艶めかしさを増長させる。
そして、頭の上には黒い三角の耳が2つ。
「ルーポ、こいつは妖の狐だ。
惑わされないように気をつけろ。
アキト、ルーポはダイロスから預かったマロウドだ。
下手なことはするなよ」
マーガスが双方に釘を刺す。
「あの、マロウドというのは……?」
ルーポは不思議そうに聞いた。
「ああ、別の世界からやってきたヤツのことだよ。
世界のほころびだかなんだか知らないけど、そこから落ちてくるそうだ。
ま、最近ではわざわざ道を繋げて別の世界と行き来する研究が進んで、少しずつ意図的に繋がるようになっているけどな」
「はぁ」
「ダイロスはその研究の第一人者だよ」
「はい」
「研究が始まる前にやってきたマロウドをうちで預かっていたことがあるんだ。
だからダイロスはここに連れてきたんだと思う」
マーガスはここで言葉を切った。
そして一呼吸おいて言った。
「さっきは悪かったな。
おまえが厄介者みたいなこと、言って。
あれは、その、ダイロスは結構無茶苦茶なことを要求してくるから、あの人の頼みを聞くのがイヤなだけで、オレがおまえを厄介だと思っているわけじゃなくて」
「あのっ、僕はここにいてもいいんでしょうか」
ルーポは切羽詰まった様子で聞いた。
「んあ?
ああ、いいぞ。
この部屋でいいならな」
「ありがとうございます。
僕はここに白魔法を習得しに来ました。
どうしてもそれがしたいんです。
よろしくお願いします」
こうやって、奇妙な3人との生活がエトコリアで始まった。
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