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第18話
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浮上する意識。
きしむ身体。
硬いものの上に寝ている感覚。
そばにこんもりとした小さな盛り上がり。
それは規則正しく上下に動いている。
誰かがそばにいる気配。
カヤが少し顔を動かすと、窓から入る夜明け前の淡い光を受けた、薄いブランケットにくるまり床に丸まって眠る小さな薬師の寝顔が見えた。
髪と同じ色のまつ毛をこんなにまじまじと見ることはこれまでなかった。
昨夜、痛みで朦朧とした中、このまつ毛と空色の瞳が涙で溢れるのを蹴散らしながら、全身全霊で自分を手当てしてくれたルーポの顔をよく覚えている。
「カヤ様、カヤ様」と何度も自分の名前を呼び、必死の形相で足をマッサージし、思い出すのも嫌になるほどまずい薬を飲ませた、張本人。
しかしその処置には迷いなく、真剣で、研ぎ澄まされた空気をまとっていた。
数日前、自分が醜いと信じて自分の腕の中で泣いていた少年とは思えない、凛々しい姿だった。
腰から左足にかけての激痛は、ルーポや屋敷の者たちのお陰か、今は堪えきれないほどではない。
症状としては、涙が出るほど軽くなった。
そばかすが浮かんだ顔を愛おしく思った。
閉じられたまぶたを早く開けないかと思った。
ヤピリの空と同じ色の目が見たかった。
一方で、この緩やかな眠りを少しでも長く守ってやりたかった。
あどけない顔を無防備にさらして眠るのを誰にも邪魔させたくなかった。
どうしてこんな存在を今まで一人にさせていたのだろう。
冷えたのか身体をぷるりと震わせたのを見て、自分にかかっている厚いブランケットをかけてやろうと動いたとき、空色の目が開いた。
自分を見たとき、名前を呼んだらしかったが声は出なかった。
慌てた様子で上半身を起こしている。
カヤはルーポの後ろ頭に手を伸ばし、自分に引き寄せた。
迫る空色の瞳を黒曜石の瞳でじっと見つめる。
空色の瞳も逸らされることなく、黒曜石の瞳を見つめていた。
唇が。
もうすぐ触れてしまいそうなほど近づいた。
早朝、カヤの弟のロダが早馬で屋敷に戻ってきた。
昨夜、アルベルトが放ったフクロウの書簡を読み、領地から一晩中馬を走らせてきたのだった。
途中、屋敷に向かう途中の町医者を見つけ、片手で馬上に引き上げると、さらうように一緒に連れてきた。
出迎えたアルベルトたちが、2人をカヤの部屋に案内した。
絨毯の上で意識を失ってしまったカヤをベッドに運ぶことは困難で、そのまま床で休ませることになった。
付き添いはルーポがかってでた。
アルベルトも名乗り出たが、ルーポの強い光の灯った目を見ると「なにかあったらすぐに声をかけるように」と言い、ルーポに付き添わせることにした。
ルーポはロダと町医者の姿を見ると、すぐにカヤのそばから離れ、場所を譲った。
ロダはカヤによく似た大柄な美丈夫だった。
藍色を帯びた長い髪を緩やかな三つ編みにしてるのをうっとうしそうに後ろに跳ね上げながら部屋に入り、ルーポの姿を見つけるとにこっと人懐っこく笑った。
町医者はぶつぶつ言いながら、カヤのブランケットをめくり、左足を触診していく。
「君が処置したのか」
町医者はロダを使って重く太い足を曲げ伸ばしさせながら、ルーポに言った。
「はい」
そして、自分した処置と飲ませた薬について説明をした。
「適切だ」
それからアルベルトから聞いたのか、「薬はきちんと飲め。さっさと薬局に薬をもらいに行け。足の筋肉をほぐす運動をサボるな。痛みでは死なないが、精神がやられる。礼ならそこの薬師にしろ。もし痙攣がくるところまでいっていたら、足以外も動かなくなっていたかもしれない」とくどくどと説教をした。
そばで聞いていたアルベルトはそんなに深刻な状況だったのかと、顔を真っ青にしていた。
ルーポも己の役目を果たすのを失念していたことで、自責の念に駆られていた。
そして「自分をなんだと思っている。荷物ではないのだ。扱いが雑すぎる」とロダにもお小言を言い、町医者は帰る仕度をした。
アルベルトが朝食を薦めたが「早く帰って寝たい」と徹夜明けで赤くはれた目をしょぼしょぼさせて言ったので、トゥーモに馬で送らせる手はずをした。
カヤはロダの手を借り、ベッドに横になると、また眠ってしまった。
ロダはその姿を確認すると、ルーポを見下ろした。
「兄を助けてくれてありがとう、小さな薬師様」
「ルーポと申します。
そうお呼びください。
わたしくこそ、このお屋敷で大変お世話になっていて感謝しきれません」
「ははははは、アルベルトの指導だね。
そんな堅苦しくしなくていいよ。
本当にカヤのことは感謝しているよ。
さぁ、君も疲れているはずだ。
今日は少しゆっくりした朝にしよう」
「でも」
「屋敷の者も疲れ切っているはずだよ。
こういうときは私たちがゆっくりするほうがいいんだ。
ルーポも休みなさい。
カヤは私が見ているから安心して。
私は何度もこのソファで眠ったことがあるんだよ。
アルベルト、ルーポを客室で休ませて。
そのあと、あなたも休んでください。
じゃ、またあとで」
ロダは笑ってそう言うと、ルーポの髪をなでた。
そしてアルベルトに案内され部屋に戻りベッドに入ると、ルーポは泥のように眠った。
一刻ほど経ったあと、屋敷は主のロダの帰還により、ゆったりと動き始めた。
朝食と昼食を兼ねた食事が屋敷の者全員にたっぷりと振る舞われた。
カヤはまだ寝ていたので、ルーポはロダと一緒に食事をとった。
ロダは優しく話しかけ、ルーポからもこれまでのことを聞いた。
「なるほど。
それでこの屋敷にルーポがやってきたんだね。
いてくれて助かったよ」
にっこりと微笑むとロダは改めて礼を言った。
食後、ルーポは町医者の言ったことを思い出して、薬局にカヤの薬をもらいに行く役目を申し出た。
薬局とルーポのこれまでのことを知っているアルベルトは止めたが、ロダはルーポの目に宿る強い光を見出し、許可した。
ルーポはアルベルトから薬代を預かると、街に出かけていった。
正直、薬局に行くのは勇気がいった。
しかし、今はそんなことに構ってはいられない。
ルーポはずんずんと薬局の建物に入って行き、他の薬を処方してもらう人たちの列に並んだ。
中はひどく混みあっていた。
自分も薬局の奥のほうで、割合が決まり切っている簡単な薬をずっと調合していたので、少しはここのことを知っているつもりだった。
様子がおかしい。
のろのろと進む列だが、聞こえてきそうなおしゃべりは聞こえない。
皆、黙って辛抱強く列に並んでいた。
ようやくルーポの番が来て、カヤの薬を取りにきたと告げると、相手をした薬師が「あ」と不躾な声を上げた。
ルーポも不思議に思った。
その薬師は見習いをようやく返上したばかりで、まだまだここで患者を相手にさせてもらえるほどの経験を積んでいなかったからだ。
聞きたいことは山ほどあったが、「無駄口は叩けないんだ」と不愛想に言われたので、それ以上、どうしようもなかった。
しぶしぶ、ルーポは処方してもらった薬を受け取った。
薬局から出るとすぐ、手招きするのが見え、ルーポはそちらにすっと近づいていった。
その人物は狭い路地の奥に入っていったので、ルーポも後を追った。
やがて、相手が止まり、振り返った。
それは、「どぶねずみ」とキース達から呼ばれ、ルーポと同じような目に遭わされていた薬師見習いの少年だった。
お互い、相手を気の毒に思っていたが、下手に慰めあっているのがわかると、キース達が相手を余計に苦しめていたので、接触したことはなかった。
「ルーポ、だよね?」
初めて聞いた声はか細かった。
「はい」
「よかった」
少年は笑った。
それは屈託のない笑顔だったので、意外だった。
少年は「時間がないから」とどんどん話し始めた。
キースが言っていた通り、ルーポがカヤの屋敷に行ったあと、第三騎士団や役所の人たちが薬局に来て、次々に様子を聞き始めた。
最初はうまく話をかわしていた薬師たちも次第に辻褄が合わなくなっていき、いつしか薬局に姿を現さなくなってしまった。
ベテランの薬師が薬局に来ないので、残された経験の浅い薬師や見習いたちが困っていると「イリヤ帰還」の知らせがもたらされた。
医局長のユエと共に多くの有望な医師と薬師を連れて遊学していた薬局長のイリヤが、ようやくメリニャに帰ってくる。
それに勇気づけられた残された者たちが必死に薬局を回していた。
「複雑な調合ができないから申し訳ないんだけど、それでも薬局を閉じるわけにはいかないし。
それに薬局が大変なことを知って、帰還中の薬師様がお二人、早馬で先に帰ってきてくださっているから今日からこれまで通り、薬が処方できるんだ」
見習い薬師はちょっと胸を張って言った。
それから薬局内があんなに静かだったのは、役人からきつく私語厳禁と薬局内のことについて他で話さないようにとお達しがあったと教えてくれた。
それを聞いてルーポは内情を話してくれている少年を心配すると「ルーポはいずれ薬局に戻ってくるから、大丈夫だよ」と言った。
そしてカヤが薬を飲んでいなかったのは、前回、カヤが薬局に薬をもらいにきたときに薬草が切れていて調合ができなかったことも漏らした。
カヤに渡したのはたった1回分。
ほぼ、よく使い、薬局に大量にある薬草ばかりが調合されているはずなので、ルーポは驚いた。
ルーポがいたときには薬草を必死に補充していたのだが、ルーポがいなくなってからは誰もそれをしなかったために、すぐに底をついてしまったという。
その杜撰さに、ルーポは改めて呆れてしまった。
今は、戻ってきた薬師の指示でそれは改善しているらしい。
「イリヤ様がお戻りになったらすべてが整う、とお役人様や第三騎士団の騎士様たちがお話されていたから、大丈夫だと思うよ」
少年はにこっと笑った。
眼光鋭い老人を思い浮かべ、ルーポも安心した。
イリヤ様がお戻りになられたら、安心だ。
そこまで話すと少年は「もう戻らなくっちゃ」と言った。
ルーポが礼を言い、薬局を手伝えないことを詫びると、少年は「ルーポが受勲されること、同じ薬師を目指す者として誇りに思います。戻ってこられたら、お願いします」と照れたように告げ、そして走り去っていった。
きしむ身体。
硬いものの上に寝ている感覚。
そばにこんもりとした小さな盛り上がり。
それは規則正しく上下に動いている。
誰かがそばにいる気配。
カヤが少し顔を動かすと、窓から入る夜明け前の淡い光を受けた、薄いブランケットにくるまり床に丸まって眠る小さな薬師の寝顔が見えた。
髪と同じ色のまつ毛をこんなにまじまじと見ることはこれまでなかった。
昨夜、痛みで朦朧とした中、このまつ毛と空色の瞳が涙で溢れるのを蹴散らしながら、全身全霊で自分を手当てしてくれたルーポの顔をよく覚えている。
「カヤ様、カヤ様」と何度も自分の名前を呼び、必死の形相で足をマッサージし、思い出すのも嫌になるほどまずい薬を飲ませた、張本人。
しかしその処置には迷いなく、真剣で、研ぎ澄まされた空気をまとっていた。
数日前、自分が醜いと信じて自分の腕の中で泣いていた少年とは思えない、凛々しい姿だった。
腰から左足にかけての激痛は、ルーポや屋敷の者たちのお陰か、今は堪えきれないほどではない。
症状としては、涙が出るほど軽くなった。
そばかすが浮かんだ顔を愛おしく思った。
閉じられたまぶたを早く開けないかと思った。
ヤピリの空と同じ色の目が見たかった。
一方で、この緩やかな眠りを少しでも長く守ってやりたかった。
あどけない顔を無防備にさらして眠るのを誰にも邪魔させたくなかった。
どうしてこんな存在を今まで一人にさせていたのだろう。
冷えたのか身体をぷるりと震わせたのを見て、自分にかかっている厚いブランケットをかけてやろうと動いたとき、空色の目が開いた。
自分を見たとき、名前を呼んだらしかったが声は出なかった。
慌てた様子で上半身を起こしている。
カヤはルーポの後ろ頭に手を伸ばし、自分に引き寄せた。
迫る空色の瞳を黒曜石の瞳でじっと見つめる。
空色の瞳も逸らされることなく、黒曜石の瞳を見つめていた。
唇が。
もうすぐ触れてしまいそうなほど近づいた。
早朝、カヤの弟のロダが早馬で屋敷に戻ってきた。
昨夜、アルベルトが放ったフクロウの書簡を読み、領地から一晩中馬を走らせてきたのだった。
途中、屋敷に向かう途中の町医者を見つけ、片手で馬上に引き上げると、さらうように一緒に連れてきた。
出迎えたアルベルトたちが、2人をカヤの部屋に案内した。
絨毯の上で意識を失ってしまったカヤをベッドに運ぶことは困難で、そのまま床で休ませることになった。
付き添いはルーポがかってでた。
アルベルトも名乗り出たが、ルーポの強い光の灯った目を見ると「なにかあったらすぐに声をかけるように」と言い、ルーポに付き添わせることにした。
ルーポはロダと町医者の姿を見ると、すぐにカヤのそばから離れ、場所を譲った。
ロダはカヤによく似た大柄な美丈夫だった。
藍色を帯びた長い髪を緩やかな三つ編みにしてるのをうっとうしそうに後ろに跳ね上げながら部屋に入り、ルーポの姿を見つけるとにこっと人懐っこく笑った。
町医者はぶつぶつ言いながら、カヤのブランケットをめくり、左足を触診していく。
「君が処置したのか」
町医者はロダを使って重く太い足を曲げ伸ばしさせながら、ルーポに言った。
「はい」
そして、自分した処置と飲ませた薬について説明をした。
「適切だ」
それからアルベルトから聞いたのか、「薬はきちんと飲め。さっさと薬局に薬をもらいに行け。足の筋肉をほぐす運動をサボるな。痛みでは死なないが、精神がやられる。礼ならそこの薬師にしろ。もし痙攣がくるところまでいっていたら、足以外も動かなくなっていたかもしれない」とくどくどと説教をした。
そばで聞いていたアルベルトはそんなに深刻な状況だったのかと、顔を真っ青にしていた。
ルーポも己の役目を果たすのを失念していたことで、自責の念に駆られていた。
そして「自分をなんだと思っている。荷物ではないのだ。扱いが雑すぎる」とロダにもお小言を言い、町医者は帰る仕度をした。
アルベルトが朝食を薦めたが「早く帰って寝たい」と徹夜明けで赤くはれた目をしょぼしょぼさせて言ったので、トゥーモに馬で送らせる手はずをした。
カヤはロダの手を借り、ベッドに横になると、また眠ってしまった。
ロダはその姿を確認すると、ルーポを見下ろした。
「兄を助けてくれてありがとう、小さな薬師様」
「ルーポと申します。
そうお呼びください。
わたしくこそ、このお屋敷で大変お世話になっていて感謝しきれません」
「ははははは、アルベルトの指導だね。
そんな堅苦しくしなくていいよ。
本当にカヤのことは感謝しているよ。
さぁ、君も疲れているはずだ。
今日は少しゆっくりした朝にしよう」
「でも」
「屋敷の者も疲れ切っているはずだよ。
こういうときは私たちがゆっくりするほうがいいんだ。
ルーポも休みなさい。
カヤは私が見ているから安心して。
私は何度もこのソファで眠ったことがあるんだよ。
アルベルト、ルーポを客室で休ませて。
そのあと、あなたも休んでください。
じゃ、またあとで」
ロダは笑ってそう言うと、ルーポの髪をなでた。
そしてアルベルトに案内され部屋に戻りベッドに入ると、ルーポは泥のように眠った。
一刻ほど経ったあと、屋敷は主のロダの帰還により、ゆったりと動き始めた。
朝食と昼食を兼ねた食事が屋敷の者全員にたっぷりと振る舞われた。
カヤはまだ寝ていたので、ルーポはロダと一緒に食事をとった。
ロダは優しく話しかけ、ルーポからもこれまでのことを聞いた。
「なるほど。
それでこの屋敷にルーポがやってきたんだね。
いてくれて助かったよ」
にっこりと微笑むとロダは改めて礼を言った。
食後、ルーポは町医者の言ったことを思い出して、薬局にカヤの薬をもらいに行く役目を申し出た。
薬局とルーポのこれまでのことを知っているアルベルトは止めたが、ロダはルーポの目に宿る強い光を見出し、許可した。
ルーポはアルベルトから薬代を預かると、街に出かけていった。
正直、薬局に行くのは勇気がいった。
しかし、今はそんなことに構ってはいられない。
ルーポはずんずんと薬局の建物に入って行き、他の薬を処方してもらう人たちの列に並んだ。
中はひどく混みあっていた。
自分も薬局の奥のほうで、割合が決まり切っている簡単な薬をずっと調合していたので、少しはここのことを知っているつもりだった。
様子がおかしい。
のろのろと進む列だが、聞こえてきそうなおしゃべりは聞こえない。
皆、黙って辛抱強く列に並んでいた。
ようやくルーポの番が来て、カヤの薬を取りにきたと告げると、相手をした薬師が「あ」と不躾な声を上げた。
ルーポも不思議に思った。
その薬師は見習いをようやく返上したばかりで、まだまだここで患者を相手にさせてもらえるほどの経験を積んでいなかったからだ。
聞きたいことは山ほどあったが、「無駄口は叩けないんだ」と不愛想に言われたので、それ以上、どうしようもなかった。
しぶしぶ、ルーポは処方してもらった薬を受け取った。
薬局から出るとすぐ、手招きするのが見え、ルーポはそちらにすっと近づいていった。
その人物は狭い路地の奥に入っていったので、ルーポも後を追った。
やがて、相手が止まり、振り返った。
それは、「どぶねずみ」とキース達から呼ばれ、ルーポと同じような目に遭わされていた薬師見習いの少年だった。
お互い、相手を気の毒に思っていたが、下手に慰めあっているのがわかると、キース達が相手を余計に苦しめていたので、接触したことはなかった。
「ルーポ、だよね?」
初めて聞いた声はか細かった。
「はい」
「よかった」
少年は笑った。
それは屈託のない笑顔だったので、意外だった。
少年は「時間がないから」とどんどん話し始めた。
キースが言っていた通り、ルーポがカヤの屋敷に行ったあと、第三騎士団や役所の人たちが薬局に来て、次々に様子を聞き始めた。
最初はうまく話をかわしていた薬師たちも次第に辻褄が合わなくなっていき、いつしか薬局に姿を現さなくなってしまった。
ベテランの薬師が薬局に来ないので、残された経験の浅い薬師や見習いたちが困っていると「イリヤ帰還」の知らせがもたらされた。
医局長のユエと共に多くの有望な医師と薬師を連れて遊学していた薬局長のイリヤが、ようやくメリニャに帰ってくる。
それに勇気づけられた残された者たちが必死に薬局を回していた。
「複雑な調合ができないから申し訳ないんだけど、それでも薬局を閉じるわけにはいかないし。
それに薬局が大変なことを知って、帰還中の薬師様がお二人、早馬で先に帰ってきてくださっているから今日からこれまで通り、薬が処方できるんだ」
見習い薬師はちょっと胸を張って言った。
それから薬局内があんなに静かだったのは、役人からきつく私語厳禁と薬局内のことについて他で話さないようにとお達しがあったと教えてくれた。
それを聞いてルーポは内情を話してくれている少年を心配すると「ルーポはいずれ薬局に戻ってくるから、大丈夫だよ」と言った。
そしてカヤが薬を飲んでいなかったのは、前回、カヤが薬局に薬をもらいにきたときに薬草が切れていて調合ができなかったことも漏らした。
カヤに渡したのはたった1回分。
ほぼ、よく使い、薬局に大量にある薬草ばかりが調合されているはずなので、ルーポは驚いた。
ルーポがいたときには薬草を必死に補充していたのだが、ルーポがいなくなってからは誰もそれをしなかったために、すぐに底をついてしまったという。
その杜撰さに、ルーポは改めて呆れてしまった。
今は、戻ってきた薬師の指示でそれは改善しているらしい。
「イリヤ様がお戻りになったらすべてが整う、とお役人様や第三騎士団の騎士様たちがお話されていたから、大丈夫だと思うよ」
少年はにこっと笑った。
眼光鋭い老人を思い浮かべ、ルーポも安心した。
イリヤ様がお戻りになられたら、安心だ。
そこまで話すと少年は「もう戻らなくっちゃ」と言った。
ルーポが礼を言い、薬局を手伝えないことを詫びると、少年は「ルーポが受勲されること、同じ薬師を目指す者として誇りに思います。戻ってこられたら、お願いします」と照れたように告げ、そして走り去っていった。
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