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009. あなたの太陽俺の月(3)

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ティグさんは「残るもの」をあまり手元に置こうとしない。
自分のお気に入りのものを厳選し、手入れをして大切に使う。
そしてあまり新しいものは持たないし、ものをもらおうともしないし、あげようともしない。
だから藤堂への誕生日プレゼントは「食べたらなくなる料理」なんだ、と藤堂が言っていた。

そんなティグさんが「残るもの」であるネックレスをフォトグラファーのカレのために買った、ということは相当なことなんだと思う。


土曜日の昼前、俺はちょっと緊張気味に、メイズが入っているショッピングモールの大時計の広場でティグさんを待っていた。
黒のロングコートを着て、寝不足の目をしたティグさんが現れた。
いつもは革ジャンやダメージジーンズ姿なのに、今日は少しシックで迫力がある。
俺たちは言葉少なに挨拶を交わし、メイズに向かった。



メイズのレジの横に店長さんの作業台がある。
シルバーを磨いたり、簡単なものなら革に刻印を入れたり、たまに自分でパーツを合わせてアクセサリーを作ったりしている。
今日もこげ茶のエプロンをし、緩いウェーブのかかった長い髪をひとまとめにして、小さめのレンズの丸眼鏡姿で、店長さんは作業をしていた。
ティグさんが声をかけると、店長さんはシルバーを磨く手を休め、ティグさんと俺を見上げた。

「あの」

ティグさんが黒いかっちりとした箱をコートのポケットから取り出した。
店長さんが眉を微かにひそめ、作業椅子から立ち上がった。

「奥で話しましょうか」

柔らかな声でそういうと、レジにいた日焼けした店員さんに声をかけ、店長さんは俺たちを連れてバックヤードに入った。
俺たちに白い丸椅子をすすめ、自分は事務机の椅子に座った。
そして、ティグさんを正面から見つめた。

「覚えていますよ、その箱」

「ええ、すみません」

ティグさんが頭を下げた。
そしてゆっくりと自分の失恋のことも包み隠さず簡潔に話した。

「せっかくこちらで買わせていただいたのに、渡すことができませんでした」

苦しそうにティグさんが話し終わった。
俺は隣にいて、見ているしかなかった。
もっと親しかったら、例えばレネさんくらいだったら、きっと肩や背中にふれて励ましてあげることができたかもしれない。
俺は心の中で「ティグさん、がんばれ!ティグさん、がんばれ!」と祈るしかできなかった。


「メイズにおいてあるものの多くが一点物だと知っています。
私が勝手に処分をするわけにはいかない、と思い、どうすればいいかご相談にあがりました」

「そうですか」

店長さんは大きなため息をついた。

「きっとあなたのお知り合いの人ではなく、別の人に渡るはずのネックレスだったんですね」

「……はい」

苦し気な息と一緒に吐き出した返事の声に、俺は思わずティグさんの肩に手を伸ばしかけた。

「わかりました。
こちらでお引き取り致します。
浄化して、新しい持ち主が現れるのを待ってみます」

店長さんがきっぱりと言った。
俺はふれる前に思わず手を引っ込め、ティグさんは頭を下げた。

「ああ、もうそんなにしないでください。
私も未熟者だったんです」

店長さんも申し訳なさそうに言った。



「それでお代金のことですが」

「いえ、なにもいりません」

「返金は難しいですが、同じくらいのものと交換、というのでいかがでしょう」

ティグさんは慌てて手を振り断った。

「ご迷惑をおかけして、その上、そんなにしていただいては本当に申し訳ないです」

店長さんが鳶色の目でティグさんをまっすぐに射抜いた。

「でもあなたには何か『きっかけ』が必要でしょう?
これから先を生き抜くために」

店長さんの言葉にティグさんの目が変わった。
ティグさんも店長さんを射抜き返してる!

「靖友くん」

え、俺?

「は、はいっ!」

急にティグさんに名前を呼ばれ、思わずでっかい声で返事した。
横を向いたティグさんは、今度は俺を射抜いてる。
ものすんごい気迫。
う、動けない。

「今回のことで君にたくさん迷惑をかけたから、靖友くんのものを選ぼう」

ばっ!

「違うでしょ、ティグさん!」

俺は立ち上がって、ティグさんをビミョーに見下ろした。

「いつもいつも他の人のことばかり。
自分のこともちゃんとかわいがってあげなくちゃ。
俺よりティグさんのものを選びましょう!
手伝います!」

「いや、だって靖友くんが」

「だからそうやってティグさんは」

俺たちがわいわい言い合っていると、コホンと小さく、そしてわざとらしい咳が聞こえた。
はっと気がついてティグさんと俺は恥ずかしくなり、俯き気味に丸椅子に座り直した。

「見ていただきたいものがあります」

店長さんは事務机の側の棚のトレイを引き出し、たくさんの小さなジップつきのビニール袋の中から2つ取り出した。
そして柔らかい布張りのトレイにその中身を出した。

両方ともシルバーのネックレスだった。
トップは小さくて丸いシルバーの台で、面白い形をしたターコイズがそれぞれはまっていた。
店長さんは静かにトップを裏返した。
一つには太陽の顔、もう一つには月の顔が描かれていた。

「それぞれ別のルートから仕入れたんですが、まるで対みたいでしょう?
私も驚いて確認したんですけど、別の人が作ったものが偶然うちにやってきたんです。
面白いでしょう」

ティグさんと俺はうなずく。

「お客様にはこちら、そしてそちらの彼にはこちらがいいと思うんですが」
と、店長さんはティグさんに太陽、俺に月を手渡した。


手の上のネックレスはひんやりとして、金属特有の重みがあった。
ターコイズは削らず、元のユニークな形をそのまま残し、アクセントにしてある。
月は三日月と満月がデザインされていて、ちょっぴり悲しそうに目を閉じていた。


いつもレネさんと一緒にいるから同じように思われるけど、ティグさんは控えめでサポート上手で、優しい。

「月を照らすには太陽が必要でしょう?」

「はいっ!」

ああ、店長さん、わかっていらっしゃる!
思わず大声で返事しちゃった。
そう、そうなんです!
ティグさんは自分で輝いてもいい人なのに、すぐに人に色々譲っちゃうんだ。
月のようなティグさんには太陽が必要!
ティグさんが太陽を持つのは大賛成!

あ、でも俺が月を持つの?
なんで?

俺はじっと月の横顔を見ていた。
俺が持つの?
ダメじゃない?

いやいやいやいや。
今の俺にあるのは放電しちゃうくらいの元気だけだ。
しばらくは俺がティグさんを充電してあげられる、はず!
俺、うっかり屋さんだからすぐに忘れるんで、これ持っていたらティグさんのこと、いつでも思い出せる。
よし!

「ティグさん」

俺はティグさんを見た。
ティグさんも俺を見た。
今度は射抜かず、ちょっと優しい目をしてた。

「靖友くん、一緒にこれを持ってくれる?」

「喜んで!」

ティグさんが大きく笑い、「ありがとう」と言った。




店長さんが包もうとしたけど、ティグさんが断った。
そして月のネックレスを手にすると、丸椅子に座っていた俺の首にかけてくれた。
「じゃあ、俺も」と今度は俺が立ち上がり、ティグさんの太い首に太陽をかけた。
店長さんも「お似合いですよ」と鏡を見せてくれた。




メイズを出ると、もう1時過ぎていた。
俺のリクエストでラーメンを食った。
ティグさんは醤油ラーメン野菜とチャーシュー、麺増量、俺は味噌バターコーンラーメン麺増量。


別れ際にティグさんがコートのポケットから、赤い箱を取り出した。
光の加減でハートが見える包装紙に紺色の細いリボンがかかっている。

「靖友くん、今日はどうもありがとう。
これ、お礼。
この1年、俺が一番美味しいと思ったチョコレートなんだ」

ティグさんははにかみながら言った。

「わあ、ありがとうございます。
嬉しいな」

「いちごみるくはまた今度あげるね」

「まだクリスマスのときのがあります。
大事大事に飲んでいるんで!」

俺が笑って答えると、ティグさんもにっこり笑った。







もらったチョコレートは2月14日に食べた。

美味かった!!!






<了>


3月のお話につづく。
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