フライドポテト

Kyrie

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第5話 肉じゃが

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久しぶりに土日になにもない。
このところ残業と休日出勤が続いていて、くたびれていた。
俺は金曜日、誰の誘いも断って会社を出ると家の近くのスーパーでビールと惣菜、食材を買い込み帰宅した。
そしてテレビを見ながらビールを飲み、早々にシャワーを浴びて寝てしまった。
ベッドのシーツはよれて心地よくなかったが、そんなこと言ってられなかった。
こんなに早くに寝られるって、いつぶりだろ。
今回は真木さんも相当キてたし、あの梶も目一杯だったし、霧島は形相変わっていたもんな。
そこまではっきり思ったかどうかも定かではなく、すぐに眠りの闇に落ちた。




土曜日快晴。
あー、なんでもなかったら車レンタルして山に行きたかったけど、この部屋じゃ、なぁ。
俺は散々たる部屋の状況を眺めながら、モーニングインスタントコーヒーを決めている。
ごちゃついていてもかまわないが、これは俺の限界を超えている。
そして今日は家事をする、と昨日から決めていた。
俺は手早くパンをかじり、ヨーグルトを食べると、洗濯を始めた。
昨日は安眠を約束してくれなかったシーツも洗ってやる!
溜め込んだ洗濯は相当で、結局2回洗濯機を回した。
スーツとワイシャツもまとめてクリーニング。
そして真面目に掃除。
風呂も手を抜かず。
今夜はぴかぴかの湯船でのんびり風呂に入ろう。

昼は手早く、袋ラーメン。
水玉のはちまきをした男の子のパッケージのが好き。
これを山で卵を落として食べるのも、サイコーだった。
塩分が身体に染み渡る。

チョリソーをナイフでスライスしながら食べ、ビールを飲んだのって、美味かったなぁ。
思わず、山のことを思い出す。
ほんと、なにやってんだろ、俺。
山、入りたいなぁ。
だけどこの体力じゃ、まずいよな。
身体ならしから始めなきゃ。

だあああああっ。

次にまとまって休めるときっていつ頃かなぁ。
俺はそのとき行けそうな山を頭の中で考えながら、掃除の続きをした。
当然ながらほこりをかぶっていた山道具もさっぱりした。
仕舞い込んでしまうと、二度と出せなくなりそうで俺はクローゼットや押し入れにそれらを入れることができない。
まぁ、ここは広いからいいけど。

そう、一人で住むには十二分に広い部屋。




掃除が終わるとビールの補充のため近くのスーパーに行き、サラダも買って帰ってきた。
そしたら、なんで休日なのに梶が玄関前にいるんだ?

「おう、どうした、梶」

「引田さん、ひどいですね。
何回電話しても出ないんですから」

「あ、悪ィ。スマホ、持って出てなかったわ」

「中、入れてください」

「あ、うん」

俺は鍵を開けた。




「わー、どうしたんですか」

「なにが」

開口一番、なんだ梶。

「部屋、すごいキレイ……」

「やればできる子なんだよ、俺は」

「すごい」

掃除した部屋でこんなに感動されるとは思わなかった。

「あ、それで仕事でトラブルか?急ぎか?」

のんびりリビングのテーブルに座り込んでしまった。
それにしては梶はスーツではなく、随分カジュアルな格好をしている。

「いえ、引田さんを餌付けしにきました」

「は?」

「男のハートをつかむには肉じゃがだとわかったので、カジ子、がんばっちゃいました!でもぉ……」

まるっと二日週末が休みだというのに、餌付けしに肉じゃが作って二時間半もかけてここに来たのか、こいつは?

「初めてでレシピ通り作ってみたんですけど、なんだかうまくいかなくて」

「そのうまくいかない肉じゃがを俺に食べさせようと?」

「どうやったらうまくなるのか、教えてもらおうと!」

こいつは「餌付けするなら手料理だ」と俺が言ったことを真に受けているのか?
そして居候したい、とまだ考えているのか?

「あのな、梶。自分で部屋探せ」

「いやですよ。ここが気に入りました。ここがいいです」

「なんでだよ。おまえの給料ならそこそこいい部屋あるだろうが」

「まぁ、いいから俺の肉じゃが食べてみてくださいよ」

梶はそう言うと、ジップロックに入ったタッパを取り出した。
割りばしも持ってきている。
ふたを開けると、色の薄いじゃがいもとにんじん、牛肉、糸こんにゃく、そして青みにきぬさやが入っていた。

「はい、あーん」

ぱちんと箸を割ると、じゃがいもをつまみ、俺の口元へ持ってくる。

「自分で食える」

「それじゃ餌付けにならないでしょ。あーん」

もう何度目になるのか、数えるのも面倒で仕方なく俺は口を開けた。
冷めたじゃがいもが口の中に入れられる。

「そんなに見るな。食べにくいだろうが」

「気になるでしょ」

梶は笑って、食べさせるときに失敗した、と俺の口の端についた肉じゃがの汁を親指で拭う。
あー、そういうことは違う人にやれって。

「どうです?なにか、足りないでしょ?」

「うーん、みりんと醤油と、煮、かな」

俺はタッパを持って台所に行き、小鍋を取り出す。

「味つけ、ちょっとしてもいい?」

「あ、はい!」

梶の了承を得て、タッパの肉じゃがを小鍋に移す。
そして加熱しながら菜箸で再度味見。

「みりんは入れ過ぎると甘ったるくなるし、くどくなるから加減気をつけろよ。
酒、あったかな」

「この醤油はなんですか?」

「牡蠣醤油。ダシが効いてて好きなんだよ」

俺はちゃっちゃとそれらを少量ずつ足す。

「あと男心を掴みたいなら、照りは大事だ」

「照り?」

「そうだ、照り焼きの『照り』。
みりんや砂糖を入れて煮詰めるとてかてかしてきてうまそうに見える。
というかうまくなる。
これは女心も掴める。
覚えておけよ」

「はあ」

「それにはもう少し煮詰めたほうがいい」

俺が鍋の両手を持って中身が混ざるように揺すった。

「え、こぼれない?」

「こぼさないようにやるの。
芋は箸でかき混ぜると煮崩れるんだ」

そこまでやると、俺は冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

「飲んでもいいよな」

梶の返事を聞く前に、カシュっと開けてビールを飲んだ。

「あ、そうだ。
前のハイボール缶、まだあるぞ。
俺飲まないから、おまえ、帰りに持って帰れ」

「え、いやですよ」

梶は遠慮せず、人んちの冷蔵庫を開けてギンギンに冷えているハイボール缶を取り出し、飲み始めた。

「また飲みに来ますから、置いといてください」

「また来るのか?」

「じゃ、帰ってきてもいいですか?」

「だめー!」



しなやかな梶の指には絆創膏が三枚、貼られていた。

「切ったの?」

目で示しながら聞くと、梶は恥ずかしそうにしてうなずいた。

「家庭科、どうやって単位取ったんだろ。
そばで見ていた家族が俺が包丁を持ったらやたらと怖がるし、口も出してくるんで、キッチンから締め出しました」

思わず吹き出す。

「気をつけろよ。おまえの手、きれいなんだから」

そして小鍋のふたを開けてみる。

「うん、そろそろ?」

俺は最後にまた鍋を揺すってから、適当な食器に盛り付けてやり、梶に箸を渡す。
ところがヤツは「あーん」と口を開けて待っていた。

「自分で食えよ」

「まず餌付けしてください」

「阿呆か!」

仕方なく、一口大にじゃがいもを割り、火傷をしないようにやたらとふーふーしてやってから、梶の口に入れてやる。

「うっま!」

「そうか?」

俺も一口食べてみる。
さっきとは違い、味がぴしっと決まっていい感じだ。

「明日にはもっとうまくなってるぞ」

「そうなんですか?」

「煮物は翌日がうまい、って言うだろ」

「引田さん、今夜、泊めてください」

「なんでだよ。まだ夕方も早いじゃん」

「うまくなった肉じゃが、食べたい」

「タッパに入れてやるから、持って帰って食べろ」

「それにカレーも食べたい」

「んあ?」

そうなのだ。
俺は朝イチにカレーを仕込んでいた。
ミンチを使ったキーマカレー。
と言っても、他の具材は普通のカレーと同じで大ぶりに切ったけど。
なんだか、急に食いたくなって昨日のスーパーではこれの材料を買ったんだ。

本当は昨日の夜から仕込みたかったけど、さすがにそれはできなかったので、できるだけ早い時間に仕込み、煮ては冷まし煮ては冷まししていた。

「引田さんのカレー、食べたいです」


コイツ、ほんとに会社じゃ、「いろんなことをそつなくこなすできる男」として通っているんだぞ。
これ、狙っている女子が知ったら驚くんじゃないのか?
実際、俺も驚いているし。

ちょっと引き気味で梶を見た。
そしてカレーの入った鍋はでかい。
ちまちま作ったってうまそうじゃないだろ、カレーって。
一週間、カレーでもいいか、と思って容赦なく作ってしまった。


「……いいよ」

「やった!」

「サラダ一人前しかないから、買い足してこい。
それから他に食いたいものがあったらそれも。
酒はこれくらいしかないぞ。
ストック切れるくらい、買い出しに行けなかったんだ」

「はいっ!」

梶はいそいそと財布を持っていく。

「いってきます!」

「気をつけてな」

出かけていった梶を見送り、俺はベランダに出て洗濯物を取り込んだ。
ぱりっと乾いてる。


「手料理で餌付け、ってなぁ」






おしまい




***
「第5話肉じゃが」で大晦日にコピー本をつくった話
ブログ ETOCORIA https://etocoria.blogspot.com/2019/01/5.html





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