フライドポテト

Kyrie

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第1話 フライドポテト

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ランチの時間にしては随分遅くだった。
出先で昼飯を食いっぱぐれ、なぜかファストフード店に飛び込んだ。
一緒にいたかじも反対もせずメニュー表を見てはなにを注文しようかと考えている。
いい歳したリーマンが食べるのはどうかと思ったが、なんとなく無性に食べたくなることがあるだろ。
俺たちはでかいバーガーとポテトのL、コーラもLの載ったトレイを抱え、空いていた席に向かい合わせに座った。
まだ汗ばむ季節で上着を脱ぎ、ワイシャツの袖を思わずまくってしまった。
梶も笑って、同じようにし、まずはコーラをごくごくと飲んだ。
喉仏が不思議な生き物のように動く。

「久しぶりだなぁ。
高校のときはよく食べたし、大学のときもそれなりに食べたけど、社会人になってからあんまり食べなくなっちゃって。
引田ひきたさんはどうです?」

「俺も似たようなもん」

取引先に納めた機械のトラブルサポートで出かけたが、大したことなく解消した。
しかしねちねちと嫌味を言われ、さっさと帰るわけにもいかずこんな時間になってしまった。
あそこはいつも係長が長時間絡んでくるから、会社を出るときの同僚たちの気の毒そうな目が、梶と俺に刺さってた。

コーラを俺も飲もうと紙コップを引き寄せた。
半透明のプラスティックの蓋を取り、カップに直接口をつけさっきの嫌なことを洗い流すように勢いよく飲む。
こうすると思いっきり飲めるから好きなんだ。
ストローでちまちま飲んでいられるか。
強い炭酸にげっぷが出る。
「悪ぃ」と声をかけると「いいですよ」と気にする様子もなく梶はバーガーの紙をめくり、かぶりついていた。
でかい腕時計が目についた。

「ん?
腕時計、好きなんですよ。
ごついのに綺麗なフェイスのが好きで。
ほんとはスケルトンで、中の機械が動いているのが見えてると一日中でも見ていられそうなくらい好きなんです」

梶は傷が一つもない黒っぽい腕時計を見て、そしてこちらに向いてにこっと笑った。
俺もバーガーにかぶりつく。

「引田さんの時計もかわいいですね」

「ばっ、かわいくねーだろ」

俺のはアウトドアで使うごつくて、衝撃に水、高温にも強いデジタルのものだ。

「天気が悪くなると気圧を計って『低くなってる!』って騒いでるの、かわいかったですよ」

「あほか」

俺はちょっと顔を熱くしながら、バーガーを頬張った。
梶が言ったのは本当だ。
無駄に気圧や水圧を計って喜んでしまう。
しばらくこれをつけて、山に籠っていない。
一人用のテントを担いで、近くの山に入らなくなったのはいつ頃からだろうか。
車の維持も大変で手放してしまったのも大きい。
電車でなんとかなるか、と思っていたら大間違いだった。

「引田さん」

「なん……んっ!」

「はい、ポテト。
早く食べないと冷めちゃいますよ」

とっくにバーガーを食べ終えた梶がポテトをつまみ、俺の口に押し込んでいた。

「俺、ポテトのL、2つくらい平気で食ってたんですよね。
よく食ってたなぁ。
今、食えなくなってるかも」

「おまえ、食い過ぎ」

俺も急いでバーガーを食い終わろうとがつがつしてしまう。
梶が俺を見て笑っているのに気づいた。

「なんだよ」

「やっぱりかわいいですよ」

「いい歳したおっさんをつかまえて、かわいいとか言うな、ばか」

「ひどいなぁ。
まだ30になってないからぎりぎりセーフですよ」

「なら来週までだな。
そっからは立派なおっさんだ」

「誕生日なんですか?」

「そうだよ。ちょうど一週間後」

「お祝いしなきゃ」

「いらねー」

梶はまた笑いながら、ポテトをつまむ。
ただそれだけなのだが、なぜか妙に目についた。
右の人差し指と中指、そして親指でポテトを数本つまみ、口に入れる。
今日はイレギュラーで一緒に外に出たが、もともとは内勤の多い梶は日焼けもしていないのでほっそりした印象を持っていた。
しかし意外に骨太の、節がしっかりした指だった。
第一関節が長めで、爪も細長い。
俺のただ単に太くて爪が横に広がった指ではない。
さっき来訪者名簿にサインするときに、その指がボールペンをつまみすらすらと会社名と名前を書く動きはちょっとゆったりして優雅に見えた。

「引田さん」

「?」

「はい、ポテト」

梶はまた、俺の口にポテトをねじ込む。

「どうしました?
ぼんやりして」

「いや、なんでもない」

「三十路になるのに感慨にふけっていましたか?」

「するか」

「今日、予定あります?
夜、軽く飲みに行きましょうよ」

「え」

「蒸し暑いですからね。
冷えたビールと枝豆、いいですよ」

梶はまたポテトをつまんでいたが、不意にその指を舌を出して舐めた。
俺は見てはいけないものを見た気がして、うつむきがちになった。
落ち着いたピンクの舌をちょっとだけ出し、手についた塩を舐めとる。

「あ、舐めちゃった。
じゃあ、こっちで。
はい、引田さん」

梶は今度は腕時計をはめた左手で俺にポテトを突き出す。
俺が拒否しようとすると、梶は強引にまたもや口にねじ入れた。

「やめろよ」

俺は仕方なく入ってきたポテトをくちゃくちゃと食べた。

「だって、引田さん、ぼーっとしてるし。
あんまり遅いと真木まきさんに怒られちゃいますよ。
それに」

梶は左手についた塩も舐めながら言った。

「引田さんを餌付けしてるみたいで、楽しい」

「なんだ、それ」

「集中して食ってくださいよ。
それで今夜は生と枝豆!
決定!」

梶はそう宣言すると、俺を促しながら残りのポテトを優雅な手つきで食う。
俺は時々、それをなぜか見入ってしまいそうになりながらも、自分のポテトを食った。
しかし、食べても食べてもなくならないポテトに困ってしまった。
そこでお返しだとばかりに、梶の口にポテトをねじ込んでやった。

「なに、引田さん!」

急なことに梶が驚いた声を上げる。
ざまぁみろ。

「おまえを餌付けするの」

「ポテトが多いなら素直にそう言ってください。
手伝ってあげますから」

と言いながら、梶はぱくっと俺がつまんでいたポテトを食った。
嫌がるとばかり思っていたので、驚いた。

「ほら、次ください」

「ばっ、ばかか。
自分で食え!」

口を開けて待っている梶を見ていられずに、自分のトレイを押し付ける。

「えー、それじゃ餌付けになりませんよ、引田さん」

「おっさんリーマン2人でポテトを食べさせ合ってたら、気持ち悪いだろ」

「そうですか?
俺は全然そう思いませんけど」

梶は笑って、自分のポテトを食べ終えると俺のポテトにも腕を伸ばし、食い始めた。
肘から下の、二本の骨の間にできるくぼみが意外にはっきりとし締まっているのに気づいた。
案外、筋トレでもやっているのかもしれない。
コーラのカップを掴んだとき、手の甲に浮かんだ骨はやっぱり太そうだ。

「ちょっと、引田さん?」

「あ?」

「本当に大丈夫ですか?
嫌味言われすぎて疲れたの?」

「あ、ああ、そうかも」

「あとでコーヒーを買ってあげますから、元気出してください」

「……ああ」

そう言いながら、俺はまだ梶の手から目が離せずにいた。




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