騎士が花嫁

Kyrie

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番外編 騎士が花嫁こぼれ話

43. 労い

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「報告は以上です」

第三騎士団団長の私邸に設けられた騎士たちの寮の一角にある団長室でクラディウスはきな臭い報告をジャスティから受けていた。
クラディウスは足を組み頬杖をついたまま聞き、奥歯の奥のほうで面白そうに笑うと足を戻し、

「ご苦労だった、ジャスティ」

と声をかけた。
ジャスティは一礼をし、クラディウスの次の言葉を待っている。

「ジャスティ、このあとなにかあったか?」

「いいえ、報告のあとは退勤です」

「そうか、ならば問題ないな。
少し付き合え」

クラディウスは悪戯っぽい目をしてジャスティに視線を送ると、自分の背後の重厚な本棚から分厚い本を取り出し、隠してあったガラスの瓶と小さいグラス二つを取り出した。
そして瓶の中の琥珀色の蒸留酒をグラスに注ぐと、一つをジャスティに渡し、もう一つは自分で持った。
わけがわからなかったが、その蒸留酒は希少なことだけをジャスティは知っていた。
押しつけるようにグラスを持たせると、クラディウスは目の高さまで自分のグラスを掲げ、

「かわいい部下に乾杯」

と言うと、口をつけた。
突然の上官の行動に戸惑いながらも、ジャスティは慌てて同じようにグラスを掲げ、初めて蒸留酒を口にした。
アルコールがきついが独特のとろみのある甘さと煙の香りに驚いた。

「うまい」

「気に入ったか?」

クラディウスは微笑むと窓辺に行き、外の景色を見ながら蒸留酒を楽しみ始めた。

「どうしたんですか、突然?」

ジャスティはいぶかしげにクラディウスを見る。

「毒も入ってないし、無茶な命令もしないよ。
ただかわいい部下を労いたかった」

クラディウスは背中を向けているので、ジャスティには表情が見えなかった。

「なぁ、ジャスティ。
こう見えても、俺はおまえを買っているんだ。
兄のロバートにばかり高評価が行くことが多いが、あれにはない力があるし、かわいがっているつもりだ」

「なんですか、気持ち悪い」

「そういう、上司を上司とも思わない態度も気に入っている」

「ぶはっ、一体なんなんです?」

ジャスティが茶化してどうにかしてしまおうとするのを、クラディウスは声色を変え、ひどく真面目な低い声で言った。

「ジャスティ、このまま第三にいたいか?」

「え、俺、お払い箱ですか?」

「おまえを欲しがっている団はたくさんある。
全部俺が握りつぶしてきたがな」

「は?」

「もしおまえが第三に留まるのが苦しいのなら、移籍も考えてやる」

そこまで言われて、ジャスティは茶化すのを止めた。

この人、全部わかってる…

ジャスティはぐっと奥歯を噛んだ。







ジャスティはロバートの双子の弟として生まれた。
いつも二人でいて、同じものを食べ、同じベッドで眠り、同じものを見てきた。
見た目はそっくりだが、中身は随分違っていて、幾分おっとりしているロバートは器用に立ち回ることができなかった。
口が立ち要領よくて動けるジャスティはそんな兄を歯がゆく思いながらも、助け大事に守ってきた。

ロバートのことが大好きで、兄を喜ばせるためにいつも努力していた。
なのでジャスティは特に騎士になるつもりはなかったが、兄がなりたいと希望し、兄の役に立てるのなら、と自分も騎士になる道を選んだ。
同じ騎士の道を進むことにした弟のことを兄はとても喜び、誇りに思い、自慢してきた。

ジャスティは兄を守れるのは自分だけで、兄を喜ばせるのも自分だけだと思いたがった。
それは成長するに従い、違うのだと思い知った。
そして、自分の中の感情を決して他に漏らしてはならないことも。

そんな大事な兄は先日、20年という長い年月をかけて思い続けてきた相手とようやく結婚式を挙げた。
いつになくロバートは輝き、幸せそうだった。
そんな顔をさせるのが自分ではないことに、ひどく怒りを覚え、また自分に対して歯がゆく思った。
しかし式の日はジャスティは弟として分別を持ち、「兄を祝福するかわいい弟」として健気に振舞った。

そのまま「かわいい弟」でいられたらいいな、と思った。
しかし理想と現実は違うもので、式の間はなんとか持ちこたえたものの、その後、ジャスティは荒れに荒れていた。

そんな経緯があってからの、「上司からの労い」であり、兄と同じ騎士団に所属するのはどうなのか、という気遣いの打診だった。
いつも飄々としているのに、どこか斜に構えているジャスティをクラディウスは「ロバートのそっくりさん」や「出来の悪いちゃらちゃらした弟」ではなく、ジャスティだけを見て第三騎士団に入れた。

相変わらず食えない人だな。





「苦しいことなんて一つもありませんよ。
俺、第三も、かわいい上司のクラディウス様のことも気に入っているし」

濃厚な香りと味の蒸留酒を舐めながら、ジャスティはいつものように軽口めいて返事をした。

「そうか?
二つ返事で動くかと思ったのに」

クラディウスも合わせて軽口のように答えた。

「留まってくれると助かる。
しかし、おまえが自分のことを第一に考えてもいいとも考えている。
気が変わったら、相談してくれ」

クラディウスはそう付け足すと、グラスの残りをぐいっと空け、新しく蒸留酒を注ぎ始めた。

「おまえもいるか?」

「いただきます」

ジャスティも真似をしてグラスを空け、こちらを見ているクラディウスにグラスを渡した。
クラディウスは黙って受け取り、蒸留酒を注ぐと渡した。

「式の間、よく耐えたな」

不意のクラディウスの言葉にジャスティの瞳が揺れた。
クラディウスはジャスティの横を通り過ぎ、また窓辺に向かう。
ジャスティの顔が歪んだ。

この世に生を受けて25年。
ロバートが想いを募らせていたよりももっと長く、誰よりも近くで積み上げた底なしに深いこの感情をたった数日でどうにかできるものではない。
ロバートが人目もはばからず、相手に想いを告げ、口説き落とすのを間近で見ながら、それ以上の熱量を持つジャスティは兄と同じように想い人に想いを告げ、口説くことはできなかった。


初めて涙が流れた。

クラディウスは強い酒をまたぐっとあおると、ジャスティのほうは見ずにグラスをことりと重厚な机の上に置いた。

「俺は次があるから出かける。
ジャスティはしばらくここでくつろいでいるといい。
大した労いもできず、すまないな。
酒のことがばれると面倒だ。
内側から鍵をかけてくれ」

マントを翻し、クラディウスは颯爽と歩き出し、ドアのところまで行くと足を止めた。
そしてドアのほうを向いたまま、

「おまえがここに残ってくれて嬉しいよ、ジャスティ。
でないと、おまえのかわいい上司が恋人にどう接していいかわからないとき、助言をしてくれるヤツがいなくなるからな」

そう言い終わると、ドアを開けクラディウスは出て行った。
間もなくクラディウスはドア越しに号泣する声を聞いた。






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