騎士が花嫁

Kyrie

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番外編 騎士が花嫁こぼれ話

38. 夜酒 - リノ

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休日の前の夜、ジュリさんは食後に火酒を飲むようになった。
俺がお土産に買ってきてからで、ジュリさんは大切に飲む。
なかなかメリニャでは流通していないし、高価なものでもあるけれど、今、ジュリさんが飲んでいるのは2本目だ。

今夜もオイルランプはやめて、ろうそくに火をつけてテーブルに置く。
座る位置は日によって違う。
触れあっていたいときは椅子を並べるし、テーブルの角を挟んで座れば緑の飾り紐で結ばれた赤い髪とジュリさんの横顔が見られる。
今日は正面に座ることにした。
ジュリさんはお酒には強いんだけど、うちで飲むときは薄っすら赤くなることがある。
そして緑の目が潤んでとてもセクシーなんだ。
その目が一番よく見えるのが、正面からの席。

ジュリさんも気分で座る位置を変えるので、お互いに確認はする。
大体は俺の希望を叶えてくれる。
たまに並んで座るほうがいい、と言うこともある。
そんなときは、腕か足か、どこかがくっついている。
多分、俺に甘えているんだと思う。

こんなことがわかるようになるまで、時間がかかった。
お互い様なんだと思う。
まだまだわからないことだらけだ。
だってジュリさんは表情を隠すのが上手い。
さすが騎士様。


ジュリさんが小さなグラスに火酒を注ぎ、ちびりちびり飲み始めた。
俺は一度、インティアと舐めたことがあったけど、相当きつくてつらかったので、飲まない。
あと、少しでもジュリさんにたくさん飲んでほしい。
俺はジュリさんが用意してくれたワインを飲むことが多い。
お酒を飲むとふわふわと愉快な気分になるのが楽しい。
そんなふうになってジュリさんに触れるのは、好き。


ろうそくを灯すのは俺のこだわり。
やっぱりなんだかんだと言って、俺はザクア伯爵様の庭の番人小屋での生活がジュリさんとの生活の基礎になっている気がする。
俺の稼ぎが少なくて、ろうそくも節約しながらだったけど、あの生活が俺たちの出発点。
今は、あの頃に比べるととても贅沢な生活をしているけれど、それでも懐かしく思う。
そういえば俺、「旦那様」と呼ばれていたっけ。

「ねぇ、ジュリさん。どうして俺のことを『旦那様』と呼んでたの?
最初はいやがらせだったよね?」

ジュリさんは笑いながら答えた。

「ああ、最初はな。
リノはからかうと面白くて。
でも…」

ジュリさんは火酒を口に含み、舌で転がしながら目を細めて俺を見た。

「いつからだったかな。
『旦那様』には主という意味もあるだろう。
リノに誓いを立てたくなってきて。
その頃からは『我が主』という意味で呼んでいたかもしれない」

うっ

そんな、ジュリさん。
突然、すごく大真面目で照れます。
ほっぺが熱くなってきた。
今夜のワインは特別なのかな。
いつもより酔うぞ。

「どうかされましたか、旦那様」

「あううう」

不意打ち止めてええええええええ!
俺は照れてしまって、目を閉じ俯いてしまった。
何か月ぶりだ?ジュリさんに「旦那様」と呼ばれたの。

ヤバい、失敗だ。
正面なんて座るんじゃなかった。
ジュリさんの視線から逃げられない。
うええええ、耳まで赤い気がする。

「大丈夫ですか?」

いつの間にそばに来たのか、熱い息が頰にかかりジュリさんの声が耳元で聞こえる。

「や…やめて、ジュリさん」

「水を持ってきますね」

気配が消え、目を開けるとジュリさんが水差しを取りに歩いているところだった。

「久しぶりに呼ばれると、クるな…」

椅子からずり落ちそうになりながら呟くと、水の入った容れ物が差し出された。
俺はジュリさんにお礼を言って受け取り、水を飲んでほてりを鎮めた。

あの頃の俺はどうして平気だったんだろう?
こんなにもドキドキするとは思わなかった。
必死だったのかな。
二人で黙っているだけでも不安だった。
なにかしゃべらなきゃ、と思っていて焦ってた。


ジュリさんは椅子に座り、濡れた瞳で俺を見ながら、火酒をちびりと飲んでいる。
ああ、もう!
なんて目をして俺を見るの、ジュリさん!

俺がちょっと不機嫌そうな目で見ると、ジュリさんは涼しい顔をして言った。

「今夜は一晩中、『旦那様』と呼びましょうか?」

まったく懲りないんだから、この人は!

「やだ!俺が名前を呼ばれるほうが好きなのを知ってるでしょう」

ジュリさんって、悪戯っ子みたいなことをたまにする。
これも最近やっとわかったこと。
あと都合が悪くなると知らないふりをすること。
バレバレなのにさ!

「リノ」

「はい、ジュリさん」

「俺はリノと結婚してよかったと思っているし、あのとき『旦那様』と呼べて嬉しく思っているよ」

「なななななななに突然!
それ、すっげぇ照れます!
やだもう!」

俺はふらふらと立ち上がり、ジュリさんのそばに行くと顎に手を添えてキスをした。

「愛してます、ジュリアス」

ジュリさんはぎゅっと抱きしめてくれた。

「リノ、愛しています」

こういうとき、ジュリさんの言葉遣いはちょっと丁寧だ。かわいい。

「やっぱり隣に座ってもいい?」

俺は椅子を動かし、ジュリさんの隣に座った。
ジュリさんに少し寄りかかる。


それからは特におしゃべりもせずお酒を楽しんだ。
しゃべらなくてもそばにいるだけで満足する。

そういうのも、最近知った。
気持ちよくて、嬉しくなるね。





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