騎士が花嫁

Kyrie

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本編

28. 暗闇の子守唄 - リノ

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ジュリさんが騎士様としてクラディウス様とお勤めをするようになって少しすると、ピニャータ王様のご遺体が王都に戻ってきた。
すぐに王位継承権一位のパタ王子様が母親である王妃様に強引に促され葬儀を取り持ち、俺たちも黒服を着るようにお達しがあった。

パタ王子様は王位に興味がないようで、いつもふらりといなくなって王宮勤務の近衛騎士様や侍従たち、そして王都警備をしているジュリさんたちも総出で探すことも多いらしい。
パタ王子様はご自分より、王位継承権二位のマグリカ王子様が王様になったほうがいいとお考えなのだけれど、王妃様がそれを許さないんだって。
どれもロバート様からお聞きした話なので、真実がどうなのかわからないけれど。



遠征先から派遣されていた騎士様や兵士が全員戻ってくるには時間がかかった。
今回は随分遠くまで遠征されていたようだし、連れて行った人数も相当らしい。
それに王様がお亡くなりになったのを聞いた近隣諸国や盗賊たちが襲ってくるので、応戦しながらの帰還になるので時間が余計にかかるみたい。

俺はクラディウス様のお屋敷で何不自由なく過ごしている。
広いので息苦しくなることはないけれど、街の様子もザクア伯爵様のところのみんなもどうしているのか、全然わからなかった。

ただ待っているだけ、というのは恐ろしく退屈で不安だった。
インティアがそばにいてくれてよかった。
彼は俺に読み書き計算を教えてくれながら、彼の豊富な知識や物の考え方も教えてくれる。
それがとてもわかりやすい。
すごく頭のいい人だ。
2つしか違わないのに、格の違いを見せつけられているようで、ちょっぴり悔しかったので、一生懸命勉強をしたり、体力を戻そうと思って運動もしている。


久しぶりに定期的に診察を受けているユエ先生のところに行った。
ユエ先生と研修士さんたちは大忙しだった。
訓練所のそばにある騎士様たちの寮は救護室として一部開放され、次々に運ばれてくる怪我人の手当てに追われていた。
遠征先で負傷した人や街で暴漢に襲われた人、警備の途中で怪我をした騎士様などがいらした。
普段はユエ先生の助手のようなかたちで未来のお医者さんの研修士さんがついているのだけれど、今は人手が足りないから研修士さんもお医者さんとして診察している。

「お待たせしてごめんね」

とユエ先生はずれる眼鏡を直しながらあっという間に俺の診察を終えた。
肋骨のひびも他の怪我もほぼ治っているので、疲れすぎないことに気をつければもう診てもらわなくてもよくなった。
やったー!
ユエ先生、ありがとう!

それにしても患者の数が多すぎる。
ロバート様が訓練所の広場に簡易の建物を建てて怪我人の収容を考えていらっしゃるらしい。

「ユエ先生、ここで俺にできることはありませんか?
お医者さんや看護師さんとしては役に立たないけど、治療道具の鞄を持ったり、薬や包帯の在庫を数えたり、食事の配膳をしたりはできると思います。
あと、最近、読み書きも随分できるようになりました。
簡単なことならできると思います」

俺の申し出は「ロバート様と相談してみる」、とユエ先生はおっしゃった。

「へぇ、そんなことするの」

とインティアは最初は興味はなさそうだったけど、俺がいなくなると暇になると思ったのか、ロバート様の許可が出て救護室の手伝いが決まると「僕もやってみる」と言い出した。


結構、つらい仕事だった。
力仕事とかそういうものだけでなく、ひどい怪我で苦しんでいる人に接したり、血みどろの包帯の交換に立ち会ったり。
戦争で人が傷つき死んでいくのを見るのは初めてじゃない。
でも慣れることはない。
そして、この怪我人の中にジュリさんが現れないことをただただ祈った。

こんなハードなことなのに、インティアは音を上げることもなく黙々と仕事をこなしていった。

インティアは貧しい家庭に生まれ、借金のかたに娼館に売られた。
と話していた。
そこで客を飽きさせないように知識と性の技を身につけ、自分でも「唯一の存在」になるように努力したのだという。
インティアはこともなげに言うけれど、話の端々から乱暴に抱かれたことも少なくないことがわかった。

「男娼だからと言って、僕は自分のことを恥じてないよ。
そう言う人もいるけれど、僕はそんなの聞かない。
僕は自分の最大の武器を磨き、それで仕事をしている。
騎士と同じだと思っている。
だから自分の魅力と技を磨くことに手は抜かない。
一晩の夢を見させてあげる努力を惜しまない」

そう話す横顔はいつものふわふわの髪の官能的なインティアではなく、無駄なものをすべて削ぎ落した強さがあった。

「僕は闇を見ることが多い。
酷い貧困も怪我も不幸も経験して、見てきた。
だから、ここの手伝いも手は抜いていないよ」

俺よりいろんなことを経験しているのかもしれない。
インティアのことを改めて見直した。


怪我人の中には「花街の高級男娼インティア」だと気づく人がいて、不埒なことをしようとする人もいた。
しかし、それはロバート様、ジャスティ様、クリス様によってすべて妨げられた。
しかし、そんな眼差しを向けられるのは怖いことだと思う。
救護室の手伝いを止めてもいい、と話したこともあった。
インティアは「まさか」と笑って言った。

「僕は退屈なのが嫌いなの。
それにリノと一緒にいたいからここで手伝いをするよ」

そんな茶化したような話し方をするけれど、なにかインティアを突き動かすものがあるようで、俺は黙ってインティアがやりたいようにするのを見ていた。


手伝いを始めて1か月。
最近では、夜の消灯の前にインティアが子守唄を1曲歌うのが恒例になっていた。
きっかけはやはり明かりが消えると大人の男の人でも不安になる人が多くて、その不安がどこかから湧き出て救護室全体を覆い、みんなでそれに飲まれそうになったとき、インティアが低く柔らかい声で子守唄を歌い始めた。
するとその不安は影をひそめ、優しい夜がやってきた。
そばで聞いていた俺も優しい気持ちになった。

「お客様を楽しませるのに必要な技の中に歌もあるんだよ」

と少し照れくさそうにインティアは言っていたが、それから夜の子守唄が始まった。
インティアは本当にものをよく知っていて、広いメリニャのいろんな地方の子守唄を夜毎歌った。
穏やかな闇が救護室を包んでいった。




俺は患者さんたちに夕食を配っているときだった。
甲冑をガシャガシャと鳴らし、ロバート様が青い顔をして救護室に入って来られた。
異常を察して、俺たちと一緒にいたクリス様がロバート様のところに駆け寄った。
ロバート様はユエ先生を探しているらしい。
診察を中断してユエ先生がロバート様と会い、短く話をするとユエ先生の顔に緊張が走り、慌てて治療鞄に荷物を突っ込むとロバート様と一緒にどこかに出かけていった。
不安な空気が漂う。

俺とインティアの仕事が一区切りついたとき、クリス様が俺たちを呼んだ。
そして患者さんから見えないところに連れてこられ、ユエ先生が出かけた理由を聞かされた。

「クラディウス様が負傷されたらしい。
ユエ先生の診察しか受けないと、ごねているから呼び出されたそうだ」

驚く前にインティアの身体が崩れた。

「え?インティア?!」

俺が支えるとインティアはがくがくと震えて、足に力が入らなくなっていた。

「インティア、どうしたの?」

インティアは俺の問いには答えず、すがるようにクリス様に身体を向けた。

「クラディウスの容態は?
命に別状は?」

「詳しいことはわからない。
わかり次第、知らせるよ」

クリス様はインティアに優しく言い、そしてまた任務に戻っていかれた。

結局、インティアは動けなくなってしまい、お世話係のラバグルトさんに付き添われて部屋に戻った。
インティアがいなくなったので、俺は1人で患者さんの食事の配膳や後片付けをした。
時間が倍以上かかった。
インティアの手際の良さを改めて感じた。


この夜、もちろん子守唄はなかった。
みんながっかりしてた。
俺も、がっかりした。

インティアは大丈夫かな。
インティアのことがとても心配だった。





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