騎士が花嫁

Kyrie

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本編

25. 天に星、地に氷 - リノ

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「違うよ、そこはiじゃなくてeだよ!」

「えー!iで合ってるよ!
ジュリさんがそう教えてくれたもん。
じゃあロバート様に確認してみる?」

インティアがクラディウス様の屋敷にやってきて数日経った夕方。
俺は自分の部屋でインティアに単語のテストを出され、スペルの確認でもめているところだった。

「入るぞ」

の声と同時にクラディウス様が部屋に入ってこられた。
どうしたんだろ?
こんな時間に珍しい。
おまけにクラディウス様は黒の甲冑と濃紺のマントを身につけていらした。

「ジュリアスも早く入れ」

「公私混同ではないのか?」

「まだ傷の1つもない甲冑なんてこの機会を逃したら見せてやれないだろ。
その凛々しい姿で婿殿をもう1回惚れさせてみせろ」

クラディウス様がニヤニヤしていると、ガシャンガシャンと金属が触れる音がして、ジュリさんが入ってきた。

真っ赤な甲冑の胸のところにはクラディウス様と同じ百合の紋章が金で入れられていた。
制服の詰襟にも、濃紺のマントにも、百合の紋章が入っている。

これがスラークの赤熊。

メリニャに来て1度も切っていない赤いごわごわした髪はこの半年ですっかり伸び、後ろに流し1つに結んでいる。
目が、離せない。
この間の試合のときの簡単な革の防具ではなく、本物の甲冑だ。
なんて堂々として、輝いていらっしゃるんだろう、ジュリアス様。

俺はぼんやりとジュリさんに見惚れていた。
ジュリさんの目の色と同じ、緑の髪紐を差し上げたかったな。

「リノ、ぼんやりしてないでなにか言ってあげたら?」

インティアに言われて、俺ははっと正気に戻った。

「どうだ、リノ。
特注のジュリアスの甲冑姿は」

「こんなに早い出来ってことは、随分前から作らせていたってことだよね?」

「そうだよ、インティア。
俺は赤熊を必ず手に入れると思っていたから、2人がここに来たときから発注していた」

「ご丁寧にクラディウスの紋章入りで?」

「ジュリアスには面白くないかもしれないが、スラークの赤熊がメリニャを自由に歩くには俺の紋章が役に立つよ。
このクラディウスに成り代わって動くことができる証だからね。
この百合をつけているのは、俺とジュリアス、そしてロバートの3人だけだ」

自由…

ジュリさんが自由…

やっと…やっとジュリさんが自由になれる…!!

俺は、騎士様の顔をしたジュリアス様を見た。
自由で本来のジュリアス様に戻れるんだ…!

「ジュリアス様…」

俺は名前を呼ぶのが精一杯だった。
ジュリアス様は真っ直ぐに俺のほうに歩いてきて、俺の目の前で止まった。
大きな騎士様だ。
一瞬、俺を助けてくれた騎士様のように見間違えてしまいそうになる。
俺は見上げた。
が、ジュリアス様はその場で片膝をついた。

え?

空気が変わった。
ヘラヘラとしていたクラディウス様の顔から笑みが消えた。
ロバート様が緊張した様子になった。
インティアが俺のそばにそっと立った。
ジュリアス様が深い翠の目で俺を見上げる。

あれ?こういうのってどこかで…?

きちんと思い出せないまま、俺は吸い寄せられるようにジュリアス様の目を見ていた。

「リノ」

低い声で名前を呼ばれる。

「はい」

反射的に俺が答えると、ジュリアス様は俺の左手を取り、そして俺の目をじっと見据えたまま言った。

「天に星
地に氷
風に光
森羅万象 とこしえに」

そう言い終わると、クラディウス様とロバート様が直立し、踵を音を立てて揃え、右拳を自分の左胸に当てた。

なになに、これ?

俺が戸惑っていると、横にいたインティアが歌うように言った。

「天に星が輝くように
地に氷が張るように
風に光が舞うように
ありとあらゆるものが変わらず永遠にあるように
永久不変の忠誠を誓う。

古くからあるスラークの忠誠の誓いの言葉だよ。
スラークの騎士が一生にひとりにしか誓わない忠誠だ。
リノ、ジュリアスの忠誠を受けるならダク、受けないならイナと答えるんだよ」

忠誠?
騎士様が俺に忠誠?
ジュリアス様が俺に?

ジュリアス様の目は真剣だった。
俺もジュリアス様を見返した。

ああ、ジュリアス様。
俺、すごく嬉しいです。
俺も誠心誠意、あなたに尽くします。

「ダク」

俺が答えるとジュリアス様が俺の左手の甲に口づけをした。

またガシャンと音がして、クラディウス様とロバート様が踵を鳴らし、左胸に右拳を構え直した。

「ジュリアス様…」

俺は名前を呼んだ。
ジュリアス様は唇を甲から離すと、俺の手をきゅっと握った。


「まさかこんなところでスラークの忠誠の誓いを見るとは」

「僕も知識では知っていたけど、この儀式に立ち会ったのは初めてだよ。
あれ?
ロバート、泣いてるの?」

「だって、こんな感動的な場面ですよ!
泣けてくるじゃないですか」

他の3人がしゃべっているけど、俺はジュリアス様しか目に入らなかった。

「ジュリアス様、こんなに大切なものをありがとうございます。
俺、嬉しいです」

「私の誓いを受け入れてくださってありがとうございます、リノ」

「これまでに同じこと、しましたよね?」

「気づいていましたか?
2回、していますがどれも略式です。
今回、やっと正式に誓いができ、それを受けていただいて嬉しく思います」

ジュリさん…

いつからだろう、俺、ジュリさんに大きく包まれている。
俺が気がつかないうちに、ジュリさんが守ってくれている。
俺が必死でジュリさんを守って養ってきたつもりだったのに、実はまったく逆で、俺はジュリさんで生かされてきてたんだ。
この半年で、ジュリさんは俺の中でなんて大きな存在になっているんだろう。


「リノ」

クラディウス様に呼ばれて、「はい!」と俺は返事をした。

「遠征先から正式に王の死去の知らせが今日入った。
城は騒然としている。
ジュリアスは明日から俺の騎士団に入る。
しばらくはここへは帰せない。
すまないが、こらえてくれ」

「明日からもう…?」

クラディウス様は申し訳なさそうな、おつらそうな顔をした。
ジュリさんも黙ってしまった。

明日、ジュリさんは行ってしまう…


「なら、ジュリアスは今日はもう上がっていいよね?
リノと一緒に過ごさなきゃ。
いいでしょ、クラディウス?」

「あ、ああ」

「ジュリアス、甲冑を脱いでおいでよ。
あなたが帰るまで、ロバートと僕でリノのそばにいてあげるから。
早く戻ってきて」

インティアがみんなに声をかけ、そしてぼんやりと立っていた俺の手を引いてソファに座らせた。

ジュリさんは明日、行ってしまう。

「リノ、大丈夫だよ。
1人にしないから」

インティアが俺の肩をぽんぽんと叩く。

「ジュリアス、早く!」

インティアがジュリさんに声をかけるのを遠くに聞きながら、俺は呆けたようにただ座っているしかなかった。







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