騎士が花嫁

Kyrie

文字の大きさ
上 下
25 / 61
本編

25. 天に星、地に氷 - リノ

しおりを挟む
「違うよ、そこはiじゃなくてeだよ!」

「えー!iで合ってるよ!
ジュリさんがそう教えてくれたもん。
じゃあロバート様に確認してみる?」

インティアがクラディウス様の屋敷にやってきて数日経った夕方。
俺は自分の部屋でインティアに単語のテストを出され、スペルの確認でもめているところだった。

「入るぞ」

の声と同時にクラディウス様が部屋に入ってこられた。
どうしたんだろ?
こんな時間に珍しい。
おまけにクラディウス様は黒の甲冑と濃紺のマントを身につけていらした。

「ジュリアスも早く入れ」

「公私混同ではないのか?」

「まだ傷の1つもない甲冑なんてこの機会を逃したら見せてやれないだろ。
その凛々しい姿で婿殿をもう1回惚れさせてみせろ」

クラディウス様がニヤニヤしていると、ガシャンガシャンと金属が触れる音がして、ジュリさんが入ってきた。

真っ赤な甲冑の胸のところにはクラディウス様と同じ百合の紋章が金で入れられていた。
制服の詰襟にも、濃紺のマントにも、百合の紋章が入っている。

これがスラークの赤熊。

メリニャに来て1度も切っていない赤いごわごわした髪はこの半年ですっかり伸び、後ろに流し1つに結んでいる。
目が、離せない。
この間の試合のときの簡単な革の防具ではなく、本物の甲冑だ。
なんて堂々として、輝いていらっしゃるんだろう、ジュリアス様。

俺はぼんやりとジュリさんに見惚れていた。
ジュリさんの目の色と同じ、緑の髪紐を差し上げたかったな。

「リノ、ぼんやりしてないでなにか言ってあげたら?」

インティアに言われて、俺ははっと正気に戻った。

「どうだ、リノ。
特注のジュリアスの甲冑姿は」

「こんなに早い出来ってことは、随分前から作らせていたってことだよね?」

「そうだよ、インティア。
俺は赤熊を必ず手に入れると思っていたから、2人がここに来たときから発注していた」

「ご丁寧にクラディウスの紋章入りで?」

「ジュリアスには面白くないかもしれないが、スラークの赤熊がメリニャを自由に歩くには俺の紋章が役に立つよ。
このクラディウスに成り代わって動くことができる証だからね。
この百合をつけているのは、俺とジュリアス、そしてロバートの3人だけだ」

自由…

ジュリさんが自由…

やっと…やっとジュリさんが自由になれる…!!

俺は、騎士様の顔をしたジュリアス様を見た。
自由で本来のジュリアス様に戻れるんだ…!

「ジュリアス様…」

俺は名前を呼ぶのが精一杯だった。
ジュリアス様は真っ直ぐに俺のほうに歩いてきて、俺の目の前で止まった。
大きな騎士様だ。
一瞬、俺を助けてくれた騎士様のように見間違えてしまいそうになる。
俺は見上げた。
が、ジュリアス様はその場で片膝をついた。

え?

空気が変わった。
ヘラヘラとしていたクラディウス様の顔から笑みが消えた。
ロバート様が緊張した様子になった。
インティアが俺のそばにそっと立った。
ジュリアス様が深い翠の目で俺を見上げる。

あれ?こういうのってどこかで…?

きちんと思い出せないまま、俺は吸い寄せられるようにジュリアス様の目を見ていた。

「リノ」

低い声で名前を呼ばれる。

「はい」

反射的に俺が答えると、ジュリアス様は俺の左手を取り、そして俺の目をじっと見据えたまま言った。

「天に星
地に氷
風に光
森羅万象 とこしえに」

そう言い終わると、クラディウス様とロバート様が直立し、踵を音を立てて揃え、右拳を自分の左胸に当てた。

なになに、これ?

俺が戸惑っていると、横にいたインティアが歌うように言った。

「天に星が輝くように
地に氷が張るように
風に光が舞うように
ありとあらゆるものが変わらず永遠にあるように
永久不変の忠誠を誓う。

古くからあるスラークの忠誠の誓いの言葉だよ。
スラークの騎士が一生にひとりにしか誓わない忠誠だ。
リノ、ジュリアスの忠誠を受けるならダク、受けないならイナと答えるんだよ」

忠誠?
騎士様が俺に忠誠?
ジュリアス様が俺に?

ジュリアス様の目は真剣だった。
俺もジュリアス様を見返した。

ああ、ジュリアス様。
俺、すごく嬉しいです。
俺も誠心誠意、あなたに尽くします。

「ダク」

俺が答えるとジュリアス様が俺の左手の甲に口づけをした。

またガシャンと音がして、クラディウス様とロバート様が踵を鳴らし、左胸に右拳を構え直した。

「ジュリアス様…」

俺は名前を呼んだ。
ジュリアス様は唇を甲から離すと、俺の手をきゅっと握った。


「まさかこんなところでスラークの忠誠の誓いを見るとは」

「僕も知識では知っていたけど、この儀式に立ち会ったのは初めてだよ。
あれ?
ロバート、泣いてるの?」

「だって、こんな感動的な場面ですよ!
泣けてくるじゃないですか」

他の3人がしゃべっているけど、俺はジュリアス様しか目に入らなかった。

「ジュリアス様、こんなに大切なものをありがとうございます。
俺、嬉しいです」

「私の誓いを受け入れてくださってありがとうございます、リノ」

「これまでに同じこと、しましたよね?」

「気づいていましたか?
2回、していますがどれも略式です。
今回、やっと正式に誓いができ、それを受けていただいて嬉しく思います」

ジュリさん…

いつからだろう、俺、ジュリさんに大きく包まれている。
俺が気がつかないうちに、ジュリさんが守ってくれている。
俺が必死でジュリさんを守って養ってきたつもりだったのに、実はまったく逆で、俺はジュリさんで生かされてきてたんだ。
この半年で、ジュリさんは俺の中でなんて大きな存在になっているんだろう。


「リノ」

クラディウス様に呼ばれて、「はい!」と俺は返事をした。

「遠征先から正式に王の死去の知らせが今日入った。
城は騒然としている。
ジュリアスは明日から俺の騎士団に入る。
しばらくはここへは帰せない。
すまないが、こらえてくれ」

「明日からもう…?」

クラディウス様は申し訳なさそうな、おつらそうな顔をした。
ジュリさんも黙ってしまった。

明日、ジュリさんは行ってしまう…


「なら、ジュリアスは今日はもう上がっていいよね?
リノと一緒に過ごさなきゃ。
いいでしょ、クラディウス?」

「あ、ああ」

「ジュリアス、甲冑を脱いでおいでよ。
あなたが帰るまで、ロバートと僕でリノのそばにいてあげるから。
早く戻ってきて」

インティアがみんなに声をかけ、そしてぼんやりと立っていた俺の手を引いてソファに座らせた。

ジュリさんは明日、行ってしまう。

「リノ、大丈夫だよ。
1人にしないから」

インティアが俺の肩をぽんぽんと叩く。

「ジュリアス、早く!」

インティアがジュリさんに声をかけるのを遠くに聞きながら、俺は呆けたようにただ座っているしかなかった。







しおりを挟む
Twitter @etocoria_
ブログ「ETOCORIA」
サイト「ETOCORIA」

感想 10

あなたにおすすめの小説

没落貴族の愛され方

シオ
BL
魔法が衰退し、科学技術が躍進を続ける現代に似た世界観です。没落貴族のセナが、勝ち組貴族のラーフに溺愛されつつも、それに気付かない物語です。 ※攻めの女性との絡みが一話のみあります。苦手な方はご注意ください。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

異世界に転生したら竜騎士たちに愛されました

あいえだ
BL
俺は病気で逝ってから生まれ変わったらしい。ど田舎に生まれ、みんな俺のことを伝説の竜騎士って呼ぶんだけど…なんだそれ?俺は生まれたときから何故か一緒にいるドラゴンと、この大自然でゆるゆる暮らしたいのにみんな王宮に行けって言う…。王宮では竜騎士イケメン二人に愛されて…。 完結済みです。 7回BL大賞エントリーします。 表紙、本文中のイラストは自作。キャライラストなどはTwitterに順次上げてます(@aieda_kei)

若き新隊長は年上医官に堕とされる

垣崎 奏
BL
セトは軍部の施設で育った武官である。新しく隊長に任命され、担当医官として八歳年上のネストールを宛てがわれた。ネストールは、まだセトが知らない軍部の真実を知っており、上官の立場に就いたばかりのセトを導いていく。 ◇ 年上の医官が攻め、ガチムチ年下武官が受けで始まるBL。 キーワードが意味不明ですみません。何でも許せる方向け。 ムーンライトノベルズにも掲載しています。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

経験豊富な将軍は年下医官に絆される

垣崎 奏
BL
軍部で働くエンリルは、対だった担当医官を病で亡くし失意の中にいたが、癒えないまま新しい担当医官を宛がわれてしまった。年齢差が十八もあるものの、新しい担当医官にも事情があり、仕方なく自らの居室に囲うことにする。 ◇ 年上武官が年下医官を導く主従BL。 『若き新隊長は年上担当医官に堕とされる』と同じ世界のお話です。 ムーンライトノベルズにも掲載しています。

嘘はいっていない

コーヤダーイ
BL
討伐対象である魔族、夢魔と人の間に生まれた男の子サキは、半分の血が魔族ということを秘密にしている。しかしサキにはもうひとつ、転生者という誰にも言えない秘密があった。 バレたら色々面倒そうだから、一生ひっそりと地味に生きていく予定である。

俺は勇者のお友だち

むぎごはん
BL
俺は王都の隅にある宿屋でバイトをして暮らしている。たまに訪ねてきてくれる騎士のイゼルさんに会えることが、唯一の心の支えとなっている。 2年前、突然この世界に転移してきてしまった主人公が、頑張って生きていくお話。

処理中です...