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本編
22. あなたの一番 - リノ
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ジュリアス様は毎日のように訓練に参加されるようになった。
しばらくすると、身体が締まってお顔がますます精悍になったような気がする。
ジュリアス様、カッコいい…
たまにぼんやり見惚れてよだれを垂らしそうになっているので、気をつけなきゃ。
あ、この間、シャツを新調されていた。
前のボタンが閉まらなくなったって。
それはそうかも。
なんだか大怪我をしてからジュリアス様はとても過保護になったような気がする。
怪我が治ってきてから1人で風呂にも入らせてもらえない。
あれだけ心配をかけてしまったから、仕方ないんだけどさー。
それにまだ前かがみになるのができなくて、手助けが必要だけど。
ジュリアス様は訓練が終わってから向こうで汗を流しているはずなのに、日が落ちないうちに俺を風呂に入れるのだとまた風呂に入ってる。
そのときもちろんお互いに裸になるんだけど、なんだか筋肉がますます綺麗に盛り上がってついていて、シャツが入らなくなるのもわかる気がする。
背中や二の腕の筋肉すごいもんね。
あと、手のひらに泡立てたふわふわの泡で俺の身体を洗ってくれるんだけどさ。
だんだん柔らかくなっていったジュリアス様の手のひらはまた、結婚式の頃のようにごつごつとして剣だこもできていた。
やっぱり、ジュリアス様は騎士様なんだよ。
嬉しいな。
ジュリアス様は俺の嫁をやってる場合じゃなくて、騎士様として活躍されるべきなんだ。
ジュリアス様が訓練に行っている間、クラディウス様の右腕候補のロバート様が俺と一緒にいてくださる。
せっかくだから、とジュリアス様に代わって言葉や計算を教えてくれたり、この屋敷のことなどを話してくれる。
あまりやりすぎると、「リノ、そろそろ休憩ですよ」と声をかけられる。
あと、ロバート様の婚約者様のお話を聞くのも楽しかった。
プロポーズの話は素敵だった。
俺は気がついたら結婚することになっていたので、プロポーズをしたことがない。
なんだかうらやましかった。
今日も勉強を始めたが、俺はなかなか集中できなかった。
「気になりますか?
今日の演習は刃を潰した練習用の武器ですが試合形式なんですよ。
いつもより歓声が大きいですね」
開けてある窓からの声に、ロバート様は穏やかに話す。
うん、そうなの。
ジュリアス様が騎士様なのは知っているけれど、実際に騎士様として動いているところは見たことがなかった。
最初はすでに捕虜として武器を持っていないことを示すためにほぼ下着だけだったし、それから花嫁姿で、あとはずっと簡単なシャツとズボン姿だった。
「行ってみますか?
試合となると盛り上がるんですよ。
安全に見学ができるところにご案内できます」
「いいんですか!
お邪魔になりませんか?」
「なりませんよ。
きっとジュリアス様は喜ばれるでしょう」
俺は散歩の兼ねて、ロバート様と演習場に行ってみることにした。
俺も少しは身体を動かさないとなまるので、疲れすぎに注意しながら散歩などをするようにユエ先生から言われている。
しかし、なめていた。
クラディウス様の敷地、ひろーいっ!
なかなか早く歩けない俺は息が切れていた。
「すみません。
私の体力だけで考えていました」
とロバート様はすまなさそうに謝った。
思ったより距離があった。
おまけに俺の体力、ぼこぼこに落ちてる。
「い、いいえ、大丈夫です」
ゼイゼイ言っていたら、ロバート様が「失礼します」と俺を横抱きにしてすたすたと歩き出した。
「え?
わっ、はっ??
ロバート様、おおおおおおろしてください」
「ジュリアス様の試合に間に合わなかったらいけません。
あとでお叱りは受けますから、このまま行きますね」
ねぇ、騎士様ってみんな強引なの?
頑固者なの?
ジュリアス様もクラディウス様も、そして一番おっとりして優しそうだと思っていたロバート様まで?!
まあ、俺のあの歩くペースだとなかなかたどりつけないし、ちょっと歩きすぎる距離かもしれないけどさ!
でも、ロバート様が俺にジュリアス様をなんとかして見せようとされる思いがひしひしと伝わってきて、恥ずかしかったけど、俺はおとなしくしておくことにした。
訓練場が近づいてくると、金属がぶつかる音と野太い歓声が聞こえるようになった。
地面に四角く線が引かれ、そこが試合場所らしい。
それを取り囲むように他の騎士様が大声を上げたり、試合の準備をしたり、汗を拭いたり、水を飲んだりしていた。
その一角にタープが張られ、その下にユエ先生が研修士さんと一緒にいらした。
ロバート様に抱えられた俺を見るとユエ先生はぎょっとされたが、俺になにかあったわけではないことを知ると安心された。
「それにしても、ロバートも随分大胆なことをなさいますね。
クラディウスとジュリアスにあとで何をされても知りませんよ。
リノ、くたびれたでしょう。
こちらにお座りなさい」
ユエ先生は呆れたように言いながら椅子を勧めてくれた。
「お、俺が!
ジュリアス様の練習を見たい、と言ったからロバート様が連れてきてくださったんです!
俺の我儘です」
「いいえ、私が独断で動きました。
リノには非はありません。
罰を受けるようなことがありましたら、すべて私に」
「それは私が決めることではないですからね、クラディウスに言ってください」
ユエ先生は俺たちに水を飲ませて、試合を観戦するように勧めてくれた。
試合が終わると怪我をした騎士様がユエ先生のところに来た。
小さな傷や打撲が主だったが、クラディウス様の命令でどんな小さなものでもユエ先生のところに行くようになっていた。
「私は大忙しですが、たまに気がついていないひどい怪我もありますからね。
本人たちは興奮していて、その痛みがわからなくなっているんです」
ユエ先生は研修士さんとてきぱきと処置をしていった。
ひときわ大きな歓声が上がった。
「いよいよですよ!」
ロバート様が興奮気味に言った。
そう、最後の試合はジュリアス様とクラディウス様の対決だった。
2人は簡単な防具を身につけ、大剣を持って現れた。
ああ、ジュリアス様!
茶色い革の練習用の防具でも、ジュリアス様にはとてもしっくりしていた。
本物の甲冑だともっとお似合いなんだろうなぁ。
2人は試合開始の定位置に立つと、剣を抜いた。
緊張が走る。
俺は思わず立ち上がり、両手を握りしめてその様子を見ていた。
「はじめっ」の掛け声と同時に2人は攻撃を始めた。
ジュリアス様は大きな身体なのに、戦っているときには綺麗な演武を見ているようだった。
クラディウス様は優美な舞を見ているようだった。
戦いなのに、戦いではないように見える。
俺は戦いの仕方はわからないけれど、一瞬でも気が抜けないのはなんとなくわかった。
ジュリアス様が切り込んでいけば、クラディウス様が舞うようにそれを避け、その流れでジュリアス様に切りつけていく。
ジュリアス様はそれを剣で受け留め防ぎ、相手の力を逃がしながら隙を見つける。
というのをあとになってロバート様やユエ先生から聞いた。
とにかく、近づいたり離れたり剣と剣がぶつかって火花を飛ばしたりしていることだけがわかった。
俺はジュリアス様が怪我をしないかはらはらしていた。
防具と言っても革だし。
刃が潰してあっても怪我をした騎士様をここで見ている。
ジュリアス様!
俺はとにかくジュリアス様を見ていた。
恐い、という思いとは別に俺はジュリアス様はやっぱり騎士様なのだと改めて思った。
凛々しくて堂々としていて、剣さばきはうまくて、一番活き活きしていらした。
俺はジュリアス様が訓練に参加できてよかった、と思った。
「やめっ!」
掛け声で、2人は剣を下し中央で挨拶をした。
大きな歓声が沸いた。
「やっぱり赤熊はすごいな。
クラディウス様とここまで互角に戦える奴は第三騎士団にはいないな」
他の騎士様の試合も見ていたけれど、このお二人の試合は突出していた。
「ジュリアスを引っ張ってきた甲斐があったよ」
クラディウス様が笑ってジュリアス様の横に立った。
「まだまだだよ。
まだ元に戻らない。
キレが悪すぎる」
「もっと?
それで十分じゃないの?
欲張りだなぁ。
おまえに稽古をつけてほしがっている者も出てきてるよ」
クラディウス様の言葉にジュリアス様は「まさか」と首を振ったけど、キラキラした目でお二人を見ている騎士様は多かった。
「今日は楽しかったよ。
久しぶりにいい試合だった。
ジュリアスなら俺の背中を預けてもいいかな」
「いいのか、簡単にそんなことを言って。
まぁ、俺も楽しかった」
クラディウス様がジュリアス様の肩を軽くポンと叩いた。
ジュリアス様も同じようにして返した。
綺麗だった。
並んだ赤い髪のジュリアス様と金の髪のクラディウス様は一対のようだった。
ジュリアス様は大きな人だけど、クラディウス様も少し小さいとは言え、見劣りはしない。
あれが俺だと、なにもかもちっちゃくて釣り合いが取れない。
俺、あそこに立てない。
途端、俺は自分の中の酷い感情がぶわっと大きくなるのを感じた。
これまでせっかく見ないようにしていたのに。
自分でも目つきがきつくなるのがわかった。
ジュリアス様が他の騎士様に声をかけられながら、ユエ先生のタープに向かって歩いてきた。
まっすぐ俺を見ている。
足枷がないから歩幅は広く、力強い。
ああ、本当にこの方は騎士様なんだ。
俺には手の届かない存在の騎士様。
「見に来てくださったんですね」
ジュリアス様は俺の前にやってくるとにこやかに言った。
が、俺の表情がおかしいのに気がついたようだ。
「ジュリさん、こっち!」
俺はジュリアス様の手を強引に引っ張るとどんどん歩き出した。
「旦那様…?」
ジュリアス様が驚いたような声を出したけど、俺は黙ってただただ歩く。
すぐにジュリアス様は俺に抵抗することも問いただすこともなく、黙ってついてきた。
人気のない回廊の隅に来た。
クラディウス様の館や訓練所の主な建物は雨でも移動が楽なように回廊でつながっている。
俺は回廊の柱の陰にジュリアス様を連れていくと、腕をひっぱって腰を落とさせ、乱暴にキスをした。
気持ちいいとかそういうのじゃなく、怒りと悔しさと説明できない自分の中のドロドロした感情に任せた、ひどいキス。
もう、やだ…
俺は舌を激しく動かすのを止め唇を離し、ジュリアス様に自分の顔を見られないように首に抱きついた。
「旦那様?」
ジュリアス様は俺の背中を優しくなでてくれる。
「ジュリさん、試合カッコよかったです。
本当に素敵でした。
やっぱりジュリさんは騎士様です。
今まで見たジュリさんの中で一番輝いていました」
俺はジュリアス様の肩口に顔を埋めたままつぶやいた。
「でも、俺、わかったんです。
ジュリさんの隣に俺は立てない。
俺は騎士様じゃないから、クラディウス様のように背中を預けられる仲にはなれない」
ジュリアス様は背中の手を止めない。
俺は大きく深呼吸した。
「悔しい!
ほんっとに悔しい!
なんで俺、クラディウス様みたいな男じゃないんだろ?
どうしよう、ジュリさん。
俺っ、ジュリさんが全部欲しい。
クラディウス様の隣に立っていてもジュリさんは俺のだって示したい」
色に濡れた声ってこういうのを言うんだ、きっと。
どこから出たんだろ、こんな声。
自分のじゃないみたい。
言っていることははちゃめちゃなのはわかってる。
どうやっても「相棒」になれないことも。
名前を呼んでもらえないことも。
対等になれないことも。
それでもジュリさんの一番は俺なんだと言いたい。
ばかみたいな嫉妬なんだよ、これ。
見ないようにしていたけど、ずっと知ってる感情。
「好きです、ジュリさん。
俺、あなたの一番でいたい…」
ジュリさんが手を止めて、それから俺をゆっくりそっと抱きしめ、耳元で囁くように低く言った。
「その怪我が癒えたら…」
耳に息がかかる。
それ、反則。
「私をすべてもらってくれますか?
私のすべてを旦那様のものにしてくれますか?」
言われた内容が理解できると、俺は全身が熱くなった。
「は、はいっ!
ください、全部!」
俺はぎゅううううううっとジュリさんを抱きしめた。
肋骨が痛かったけど、かまうもんか。
こんなにジュリさんが欲しいと思ったことがなかった。
めちゃめちゃ嫉妬と独占欲じゃん。
「はい」
ジュリさんの返事にたまらなくなって、俺はまたジュリさんにキスをした。
今度はただただ激しいだけじゃなくて、ちゃんと気持ちいいヤツ。
ジュリさんもそれに応えてくれる。
「……ん……っはぁ……」
だめ、それ。
ジュリさんの舌、気持ちい…
思わず唇を離してしまう。
「も、そんなにしたら、今すぐにでもジュリさんが欲しくなります」
「まだ身体が痛いでしょう。
早くよくなってくださいね」
「はい…。
ね、ジュリさん、もうちょっと…」
少し怖くなって自分からキスを止めたはずなのに、俺はまたジュリさんの唇を求めた。
しばらくすると、身体が締まってお顔がますます精悍になったような気がする。
ジュリアス様、カッコいい…
たまにぼんやり見惚れてよだれを垂らしそうになっているので、気をつけなきゃ。
あ、この間、シャツを新調されていた。
前のボタンが閉まらなくなったって。
それはそうかも。
なんだか大怪我をしてからジュリアス様はとても過保護になったような気がする。
怪我が治ってきてから1人で風呂にも入らせてもらえない。
あれだけ心配をかけてしまったから、仕方ないんだけどさー。
それにまだ前かがみになるのができなくて、手助けが必要だけど。
ジュリアス様は訓練が終わってから向こうで汗を流しているはずなのに、日が落ちないうちに俺を風呂に入れるのだとまた風呂に入ってる。
そのときもちろんお互いに裸になるんだけど、なんだか筋肉がますます綺麗に盛り上がってついていて、シャツが入らなくなるのもわかる気がする。
背中や二の腕の筋肉すごいもんね。
あと、手のひらに泡立てたふわふわの泡で俺の身体を洗ってくれるんだけどさ。
だんだん柔らかくなっていったジュリアス様の手のひらはまた、結婚式の頃のようにごつごつとして剣だこもできていた。
やっぱり、ジュリアス様は騎士様なんだよ。
嬉しいな。
ジュリアス様は俺の嫁をやってる場合じゃなくて、騎士様として活躍されるべきなんだ。
ジュリアス様が訓練に行っている間、クラディウス様の右腕候補のロバート様が俺と一緒にいてくださる。
せっかくだから、とジュリアス様に代わって言葉や計算を教えてくれたり、この屋敷のことなどを話してくれる。
あまりやりすぎると、「リノ、そろそろ休憩ですよ」と声をかけられる。
あと、ロバート様の婚約者様のお話を聞くのも楽しかった。
プロポーズの話は素敵だった。
俺は気がついたら結婚することになっていたので、プロポーズをしたことがない。
なんだかうらやましかった。
今日も勉強を始めたが、俺はなかなか集中できなかった。
「気になりますか?
今日の演習は刃を潰した練習用の武器ですが試合形式なんですよ。
いつもより歓声が大きいですね」
開けてある窓からの声に、ロバート様は穏やかに話す。
うん、そうなの。
ジュリアス様が騎士様なのは知っているけれど、実際に騎士様として動いているところは見たことがなかった。
最初はすでに捕虜として武器を持っていないことを示すためにほぼ下着だけだったし、それから花嫁姿で、あとはずっと簡単なシャツとズボン姿だった。
「行ってみますか?
試合となると盛り上がるんですよ。
安全に見学ができるところにご案内できます」
「いいんですか!
お邪魔になりませんか?」
「なりませんよ。
きっとジュリアス様は喜ばれるでしょう」
俺は散歩の兼ねて、ロバート様と演習場に行ってみることにした。
俺も少しは身体を動かさないとなまるので、疲れすぎに注意しながら散歩などをするようにユエ先生から言われている。
しかし、なめていた。
クラディウス様の敷地、ひろーいっ!
なかなか早く歩けない俺は息が切れていた。
「すみません。
私の体力だけで考えていました」
とロバート様はすまなさそうに謝った。
思ったより距離があった。
おまけに俺の体力、ぼこぼこに落ちてる。
「い、いいえ、大丈夫です」
ゼイゼイ言っていたら、ロバート様が「失礼します」と俺を横抱きにしてすたすたと歩き出した。
「え?
わっ、はっ??
ロバート様、おおおおおおろしてください」
「ジュリアス様の試合に間に合わなかったらいけません。
あとでお叱りは受けますから、このまま行きますね」
ねぇ、騎士様ってみんな強引なの?
頑固者なの?
ジュリアス様もクラディウス様も、そして一番おっとりして優しそうだと思っていたロバート様まで?!
まあ、俺のあの歩くペースだとなかなかたどりつけないし、ちょっと歩きすぎる距離かもしれないけどさ!
でも、ロバート様が俺にジュリアス様をなんとかして見せようとされる思いがひしひしと伝わってきて、恥ずかしかったけど、俺はおとなしくしておくことにした。
訓練場が近づいてくると、金属がぶつかる音と野太い歓声が聞こえるようになった。
地面に四角く線が引かれ、そこが試合場所らしい。
それを取り囲むように他の騎士様が大声を上げたり、試合の準備をしたり、汗を拭いたり、水を飲んだりしていた。
その一角にタープが張られ、その下にユエ先生が研修士さんと一緒にいらした。
ロバート様に抱えられた俺を見るとユエ先生はぎょっとされたが、俺になにかあったわけではないことを知ると安心された。
「それにしても、ロバートも随分大胆なことをなさいますね。
クラディウスとジュリアスにあとで何をされても知りませんよ。
リノ、くたびれたでしょう。
こちらにお座りなさい」
ユエ先生は呆れたように言いながら椅子を勧めてくれた。
「お、俺が!
ジュリアス様の練習を見たい、と言ったからロバート様が連れてきてくださったんです!
俺の我儘です」
「いいえ、私が独断で動きました。
リノには非はありません。
罰を受けるようなことがありましたら、すべて私に」
「それは私が決めることではないですからね、クラディウスに言ってください」
ユエ先生は俺たちに水を飲ませて、試合を観戦するように勧めてくれた。
試合が終わると怪我をした騎士様がユエ先生のところに来た。
小さな傷や打撲が主だったが、クラディウス様の命令でどんな小さなものでもユエ先生のところに行くようになっていた。
「私は大忙しですが、たまに気がついていないひどい怪我もありますからね。
本人たちは興奮していて、その痛みがわからなくなっているんです」
ユエ先生は研修士さんとてきぱきと処置をしていった。
ひときわ大きな歓声が上がった。
「いよいよですよ!」
ロバート様が興奮気味に言った。
そう、最後の試合はジュリアス様とクラディウス様の対決だった。
2人は簡単な防具を身につけ、大剣を持って現れた。
ああ、ジュリアス様!
茶色い革の練習用の防具でも、ジュリアス様にはとてもしっくりしていた。
本物の甲冑だともっとお似合いなんだろうなぁ。
2人は試合開始の定位置に立つと、剣を抜いた。
緊張が走る。
俺は思わず立ち上がり、両手を握りしめてその様子を見ていた。
「はじめっ」の掛け声と同時に2人は攻撃を始めた。
ジュリアス様は大きな身体なのに、戦っているときには綺麗な演武を見ているようだった。
クラディウス様は優美な舞を見ているようだった。
戦いなのに、戦いではないように見える。
俺は戦いの仕方はわからないけれど、一瞬でも気が抜けないのはなんとなくわかった。
ジュリアス様が切り込んでいけば、クラディウス様が舞うようにそれを避け、その流れでジュリアス様に切りつけていく。
ジュリアス様はそれを剣で受け留め防ぎ、相手の力を逃がしながら隙を見つける。
というのをあとになってロバート様やユエ先生から聞いた。
とにかく、近づいたり離れたり剣と剣がぶつかって火花を飛ばしたりしていることだけがわかった。
俺はジュリアス様が怪我をしないかはらはらしていた。
防具と言っても革だし。
刃が潰してあっても怪我をした騎士様をここで見ている。
ジュリアス様!
俺はとにかくジュリアス様を見ていた。
恐い、という思いとは別に俺はジュリアス様はやっぱり騎士様なのだと改めて思った。
凛々しくて堂々としていて、剣さばきはうまくて、一番活き活きしていらした。
俺はジュリアス様が訓練に参加できてよかった、と思った。
「やめっ!」
掛け声で、2人は剣を下し中央で挨拶をした。
大きな歓声が沸いた。
「やっぱり赤熊はすごいな。
クラディウス様とここまで互角に戦える奴は第三騎士団にはいないな」
他の騎士様の試合も見ていたけれど、このお二人の試合は突出していた。
「ジュリアスを引っ張ってきた甲斐があったよ」
クラディウス様が笑ってジュリアス様の横に立った。
「まだまだだよ。
まだ元に戻らない。
キレが悪すぎる」
「もっと?
それで十分じゃないの?
欲張りだなぁ。
おまえに稽古をつけてほしがっている者も出てきてるよ」
クラディウス様の言葉にジュリアス様は「まさか」と首を振ったけど、キラキラした目でお二人を見ている騎士様は多かった。
「今日は楽しかったよ。
久しぶりにいい試合だった。
ジュリアスなら俺の背中を預けてもいいかな」
「いいのか、簡単にそんなことを言って。
まぁ、俺も楽しかった」
クラディウス様がジュリアス様の肩を軽くポンと叩いた。
ジュリアス様も同じようにして返した。
綺麗だった。
並んだ赤い髪のジュリアス様と金の髪のクラディウス様は一対のようだった。
ジュリアス様は大きな人だけど、クラディウス様も少し小さいとは言え、見劣りはしない。
あれが俺だと、なにもかもちっちゃくて釣り合いが取れない。
俺、あそこに立てない。
途端、俺は自分の中の酷い感情がぶわっと大きくなるのを感じた。
これまでせっかく見ないようにしていたのに。
自分でも目つきがきつくなるのがわかった。
ジュリアス様が他の騎士様に声をかけられながら、ユエ先生のタープに向かって歩いてきた。
まっすぐ俺を見ている。
足枷がないから歩幅は広く、力強い。
ああ、本当にこの方は騎士様なんだ。
俺には手の届かない存在の騎士様。
「見に来てくださったんですね」
ジュリアス様は俺の前にやってくるとにこやかに言った。
が、俺の表情がおかしいのに気がついたようだ。
「ジュリさん、こっち!」
俺はジュリアス様の手を強引に引っ張るとどんどん歩き出した。
「旦那様…?」
ジュリアス様が驚いたような声を出したけど、俺は黙ってただただ歩く。
すぐにジュリアス様は俺に抵抗することも問いただすこともなく、黙ってついてきた。
人気のない回廊の隅に来た。
クラディウス様の館や訓練所の主な建物は雨でも移動が楽なように回廊でつながっている。
俺は回廊の柱の陰にジュリアス様を連れていくと、腕をひっぱって腰を落とさせ、乱暴にキスをした。
気持ちいいとかそういうのじゃなく、怒りと悔しさと説明できない自分の中のドロドロした感情に任せた、ひどいキス。
もう、やだ…
俺は舌を激しく動かすのを止め唇を離し、ジュリアス様に自分の顔を見られないように首に抱きついた。
「旦那様?」
ジュリアス様は俺の背中を優しくなでてくれる。
「ジュリさん、試合カッコよかったです。
本当に素敵でした。
やっぱりジュリさんは騎士様です。
今まで見たジュリさんの中で一番輝いていました」
俺はジュリアス様の肩口に顔を埋めたままつぶやいた。
「でも、俺、わかったんです。
ジュリさんの隣に俺は立てない。
俺は騎士様じゃないから、クラディウス様のように背中を預けられる仲にはなれない」
ジュリアス様は背中の手を止めない。
俺は大きく深呼吸した。
「悔しい!
ほんっとに悔しい!
なんで俺、クラディウス様みたいな男じゃないんだろ?
どうしよう、ジュリさん。
俺っ、ジュリさんが全部欲しい。
クラディウス様の隣に立っていてもジュリさんは俺のだって示したい」
色に濡れた声ってこういうのを言うんだ、きっと。
どこから出たんだろ、こんな声。
自分のじゃないみたい。
言っていることははちゃめちゃなのはわかってる。
どうやっても「相棒」になれないことも。
名前を呼んでもらえないことも。
対等になれないことも。
それでもジュリさんの一番は俺なんだと言いたい。
ばかみたいな嫉妬なんだよ、これ。
見ないようにしていたけど、ずっと知ってる感情。
「好きです、ジュリさん。
俺、あなたの一番でいたい…」
ジュリさんが手を止めて、それから俺をゆっくりそっと抱きしめ、耳元で囁くように低く言った。
「その怪我が癒えたら…」
耳に息がかかる。
それ、反則。
「私をすべてもらってくれますか?
私のすべてを旦那様のものにしてくれますか?」
言われた内容が理解できると、俺は全身が熱くなった。
「は、はいっ!
ください、全部!」
俺はぎゅううううううっとジュリさんを抱きしめた。
肋骨が痛かったけど、かまうもんか。
こんなにジュリさんが欲しいと思ったことがなかった。
めちゃめちゃ嫉妬と独占欲じゃん。
「はい」
ジュリさんの返事にたまらなくなって、俺はまたジュリさんにキスをした。
今度はただただ激しいだけじゃなくて、ちゃんと気持ちいいヤツ。
ジュリさんもそれに応えてくれる。
「……ん……っはぁ……」
だめ、それ。
ジュリさんの舌、気持ちい…
思わず唇を離してしまう。
「も、そんなにしたら、今すぐにでもジュリさんが欲しくなります」
「まだ身体が痛いでしょう。
早くよくなってくださいね」
「はい…。
ね、ジュリさん、もうちょっと…」
少し怖くなって自分からキスを止めたはずなのに、俺はまたジュリさんの唇を求めた。
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