騎士が花嫁

Kyrie

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本編

21. ジュリアス様は騎士様です - リノ

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「リノ!」

俺は確かにジュリアス様が名前を呼んでくれたのを聞いた気がする。
嬉しかった。
無性に嬉しかった。
名前を呼ばれるのがこんなに嬉しいことだと知らなかった。

もう1回呼んで。
また呼んで。
もっと呼んで。





「旦那様」

へ?

俺は軽く揺すられて目が覚めた。
ジュリアス様が心配そうに見ている。

「うなされてましたよ。
怖い夢でも見ましたか?」

夢…?
ぼんやりする頭で思い出す。

じゃ、ジュリアス様に名前を呼ばれたのも夢…?

「いや、なんでもありません」

俺は少しがっかりした。
名前、呼ばれたんじゃないんだ…




3人の男たちに襲われ、大怪我をしてからどれくらい経つんだろう。
気がついたら、俺はクラディウス様のお屋敷にいた。
って言っても離れだけど。

ジュリアス様にすっごく心配をかけて、すっごく怒られて、めちゃくちゃ看病されて、手助けは多少いるけれど、1人で動けることも増えてきた。
ジュリアス様とたくさん話ができたのが嬉しかった。
なんだか、今までより緊張せずに話ができる。
小さいジュリアス様の話や騎士様になるために過ごした学校の話が好きだった。

ベッドに座れるようになると中断していた文字の勉強がしたい、と願った。
これまで使っていた本と黒板で少しずつ勉強しているのを見て、診察に来てくださったユエ先生がクラディウス様にお話してくれたらしい。
クラディウス様が「俺が使っていたものだ」と教科書やもっと大きくて立派な黒板、そしてぴかぴかの白墨をくださった。
俺は嬉しくなって、計算もジュリアス様から教えてもらった。


こんなにジュリアス様と一緒にいたことはなかった。
いつも忙しくしていて、どうやって話をし、仲良くなっていけばいいのかわからなくて。
その前に夫婦ってなんだよ、ってこともあったし。

しばらくはキスどころか、手を繋ぐこともできなかった。
身体中が腫れて、痛くてたまらなかった。
着ている夜着が触れるのさえ、我慢できないほどだった。
ジュリアス様、クラディウス様、そしてユエ先生がとても軽くて柔らかな布でできた寝衣や上掛け、シーツを準備してくれた。
とても繊細な布なので、ジュリアス様が細心の注意を払って丁寧に洗濯してくれた。
それくらい俺の怪我はひどかった。

怪我が治っていくとユエ先生からゆっくりなら風呂に入ってもいい、と許可が出た。
恥ずかしかったけど、その前に上から下までお世話してもらっていてこれ以上なんとも言えなくて、ジュリアス様にかかえられて離れの大きな風呂に入れてもらった。
ジュリアス様の大きな手に、いい匂いの石鹸で作られた泡が立てられ、それでふわふわと洗ってもらった。
髪も洗ってもらってさっぱりして、ジュリアス様とほんの短い間だけ湯船に浸かったとき、俺はそっとジュリアス様の腕にさわり、引っ張ってチュっとキスをした。

本当に久しぶりのキスだった。
ただ唇を合わせただけなにの、俺は幸せになった。
ジュリアス様も嬉しそうだった。
そう見えた。


幸せだったけど、俺はつらかった。
どうにもできないので、ただただ、黙って食べて寝て勉強していた。
俺がどうにかならないと、どうにもならない。






ある日、午後から始めた計算の勉強をしているとクラディウス様が若い騎士様と一緒に俺の部屋に来られた。
ジュリアス様と俺に挨拶をした後、クラディウス様が言った。

「なぁ、ジュリアス、提案なんだが、おまえ、訓練所で訓練する気ないか?」

どうしてかわからないけど、クラディウス様のお屋敷には第三騎士団の騎士様の寮があり、訓練所もあった。
ジュリアス様に騎士様の訓練をしないか、と誘っていらっしゃる。

「突然何を言うんだ、クラディウス。
俺はもう騎士ではないし、腕も随分落ちてしまった」

ジュリアス様は、俺と出会った頃のしゃべり方でクラディウス様とお話する。
騎士ではない、と言いながら、とても騎士様らしい話し方。
そしてクラディウス様のことは名前で呼ぶんだ。

「ジュリアスならすぐに元に戻るよ。
身体なまってつらくないか?
軽く動かすところから始めたら?」

クラディウス様が魅力的な流し目でジュリアス様に語りかける。
ジュリアス様は少し困った顔をしている。

「しかし旦那様が…」

ちらりと俺を見る。
ジュリアス様は他に人がいてもいなくても、俺を「旦那様」と呼ぶ。
そうすることで誰かにからかわれないだろうかとひやひやする。
言葉づかいについては1度話はしたけれど、やっぱり俺は気になったまんまだ。
素晴らしい騎士様のジュリアス様だから…
ここに来ても少し話したことがあるけれど、ジュリアス様はがんとして呼び方を変えようとはしなかった。
結構頑固者だ。

「あの…俺、ずっと気になっていたんです。
ジュリさん、聞いてください」

俺は思い切って言うことにした。
最近、俺がつらかったことが解消されるかもしれない。

ちなみに「ジュリアス様」と呼ぶのもだめと言われたまま。
俺たち2人以外の人がいるときに「ジュリアス様」と呼んだほうがいいと思ってそうしたら、すっごく怒られた。
ほんとにいいのかな?

それより、俺が感じていたことを話さなくっちゃ。
ジュリアス様が俺を見ている。

「俺が怪我をして、ジュリさんはずっと俺のそばにいて看病してくれました。
今もそうです。
いくら感謝してもしきれません。
でも、俺、気になってたんです。
ジュリさん、自分のしたいことをしてないな、って。
これまでもそんなに自由にはして差し上げられなかったけど、それでも俺が働いている間、少しは自分の時間が持てていたらいいな、と願っていたんです。
今はそうじゃない、俺のことばっかりしてる」

俺のことだけやって息が詰まらない?
せっかく足枷をしなくてもいいんだよ?
もっと他にやりたいことはないの?

俺に手が必要だからジュリアス様はここにいる。
だから、俺はとにかく早く良くなってジュリアス様が俺にべったりついていなくてもいいようにしたかった。

「あと、俺、知ってるんです。
ジュリさん、ザクア伯爵様のところで俺が働いている間、訓練してたでしょ?」

ジュリアス様は涼しい顔をしているが、俺は見たもんね!
仕事でお使い頼まれて、小屋の前を通ったとき、窓から汗をほとばしらせながら訓練していらっしゃる姿を。

「ほう。
どんな訓練をしてたんだい?」

クラディウス様が面白そうに聞いた。

「えーっと、腕立て伏せはもちろん、足枷の重りを使ってこうやって…テテテテっ!」

真似をしてみたが、身体が痛くてうまくできなかった。
いつもなら、俺が少しでもうなるとジュリアス様は慌てるのに、今はバレたことが恥ずかしいのか何も言わない。
わかってるんですよ、都合が悪くなるといろいろ無視してなかったことにしようとすることは!

「ジュリアス様は今でも素晴らしい騎士様です。
騎士様の訓練をさせてあげられないのが、ずっとずっと申し訳なかったんです。
ジュリアス様、もしお望みなら、俺のことは気にせず訓練に参加してください」

「あ、心配ないよ。
ジュリアスが留守の間、リノのお世話係を連れてきた。
ロバートだ」

クラディウス様がお連れの騎士様を指差した。
ロバート様は俺たちに一礼をした。

「ロバートは有能だよ。
いずれは俺の右腕になる。
ユエについて看護の技術も習得しているし、暴漢に襲われてもリノを守れる」

ジュリアス様はロバート様をじっと見ている。

「それに、だ。
ロバートには近々結婚の約束をしている婚約者殿がいる。
リノに手なんて出したら、『スラークの赤熊』を敵に回すどころか20年の努力まで水の泡になるんだ。
割に合わないだろ?」

クラディウス様が面白そうに笑っているのを、俺を含めた他の3人は冷たい目で見てしまった。
なんだかひどいよ、クラディウス様。

「どうだ、ジュリアス?
やらないか?」

ジュリアス様はもう1度、俺を見た。
俺は深くうなづいた。

ジュリアス様が訓練をしたがっているのも知っている。
ご自分が得意な武器について話すとき、とても得意そうに、まるで子どもみたいに夢中になっていたのも知っている。

ジュリアス様は少し間を置いたが、心が決まったのか、

「わかった。参加させてくれ」

と言った。
クラディウス様が手を出し、ジュリアス様はそれを取って握手をした。

ああ、嬉しい!
俺、ずっと気になってた。
早くジュリアス様の手を取らないようになりたくて、食って勉強して寝て、とにかく治さなくっちゃ!と思ってた。

やっとジュリアス様が自由になれるんだ(限定だけど)!
それもずっとやりたがっていた訓練!


「そうとなれば、さっそく行くぞ」

「今からか?!」

驚くジュリアス様にクラディウス様はウィンクをした。

「もちろん。
任せろ、準備は整えてある。
ロバート、あとは頼んだぞ。
リノ、おまえの花嫁殿を2~3時間借りるよ。
大丈夫、無傷で返すから心配しないで」

クラディウス様は去り際に俺のこめかみにチュッと音を立ててキスをした。
ジュリアス様は大股で俺のほうに来てクラディウス様の唇が当たったところを袖口でごしごしこすり、反対側のこめかみに小さくキスをして「旦那様、ありがとうございます。いってきます」と言い、部屋を出て行った。

「い、いってらっしゃい…」

ロバートさんはにこやかに2人を見送っていた。







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