騎士が花嫁

Kyrie

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本編

19. 傷だらけのリノ(1) - ジュリアス

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すっかり暗くなってしまった外を、窓から見る。
リノがいつもより遅い。

前に暴漢に襲われて花街のインティアに助けられた怪我がようやく治ってきたところだ。
それまでも何度か、俺のと結婚をネタに嫌がらせに遭っているのを知っている分、リノの帰りが遅いと心配だ。
探しに行くこともできず、じっと小屋で待っていなければならない自分が歯がゆい。

ふと、母のことを思い出す。
戦いに行っている父を待つ母は、夜、ごそごそといつもなにかをやっていた。
繕い物をしたり、刺繍をしたり、編み物をしたり。
眠りも浅かったのだろう。
いつも目の下に隈を作っていたし、昼間、特に午後、テーブルに頬杖をついてこっくり居眠りをしていることもあった。
まだ幼かった俺は、夜に早く寝るように母に言ったことがあるが、

「眠れないのよ。
なにかしていないと落ち着かなくて」

と弱く笑ったことを覚えている。
そのときには、「眠いなら寝たらいいのに」と思っていたが、今なら、ただただ待っていることしかできないことがどれくらい落ち着かないことか、わかる。

それにしても遅すぎる。




あれからどれくらい経っただろう。
ろうそくが随分短くなっている。
リノは怒るだろうか、こんなにろうそくを使ってしまって。
きっと言うだろう、「先に寝ていてもいい」とか、「そんなに明るくしておかなくてもいい」とか。

それでも、おまえが暗い家に帰ってくることはしたくない。
これは俺の我儘かもしれん。
リノはいつも「もっと我儘を言っていい」と言うが、本人が気づいていないだけで、俺の思うようにさせてもらっていることもたくさんある。
きっとこれを言っても「そんな小さなことを」と否定するだろうが。



ざっざっざっ、と聞き慣れない足音がする。
瞬時に五感を研ぎ澄ます。
これは一般人ではない。
武術をやっている、大柄な奴か…?
ドアの前でぴたりと止まり、声がした。

「いるんだろ、開けてくれ。
リノを連れてきた」

聞いたことのない声だったので、注意深くドアを開ける。
ザクア伯爵の屋敷の庭にある小屋に入ってこれる人物は限られているはずだ。

「リノ!」

ドアの向こうのリノの姿を見たとき、思わず名前を呼んだ。
リノは手足、頭、そしておそらく服の下の腹も包帯でぐるぐるに巻かれ、ぐったりとして連れてきた男に横抱きにされていた。

「どういうことだ?」

「説明は後でする。
寝かせてやりたい」

男の言うことももっともだと思い、燭台を持って2人をリノのベッドに案内する。
男はリノを注意深くベッドに寝かせた。
打ち身で腫れあがり、出血もしている。
顔も今朝出かけていったときが思い出せないくらいぼこぼこに殴られている。

「………っ」

背中がベッドに着いた時、リノは痛そうに小さくうなった。

「かわいそうに。
今夜は熱が出るかもしれないな」

男はリノの髪の毛の先にそっと触れると、上掛けをかけてやっていた。

「どうしてこんなことに」

「まあ、そんなに声を荒げるなよ。
リノが起きてしまう。
せっかく寝たんだ」

男は遠慮なく俺のベッドに腰をかけた。
俺は寝ているリノの足元のあたりのリノのベッドに腰をかけ、男を見た。
黒い制服の詰襟には銀糸の百合の家紋。

「おまえ、メリニャの黒豹か?」

「ああ、そう呼ぶ奴もいるな。
クラディウスと呼ばれるほうが俺は好きだけど。
こんなところでスラークの赤熊に会えるとは思わなかった」

「ジュリアスだ」

メリニャの黒豹。
または「黒百合の豹」、「百合の黒豹」とも呼ばれる、メリニャ王国第三騎士団団長のクラディウスとこんなふうに会うとは。
戦場で何度か会っているはずだが、直接見たのは初めてだ。
想像していたよりも若いな。

「本当は騎士団医のところに寝かしたかったが、リノがうわ言でずっとジュリアスの名前を呼ぶので連れてきた」

「この怪我は?」

「やっかみだよ。
リノがこれまでに何度か街で危ない目に遭っているのは知っているだろう?
この間、花街の高級男娼に助けられたのが気に食わなくて、その時の男が今回は集団でリノを襲った」

「集団?」

「3人だよ。
俺たちも気づくのが遅くて、駆けつけたときにはこの状態で。
すまない」

俺はリノを見た。
呼吸も苦しそうだ。
時々、唸り声を上げる。

「騎士団医に診せたら、骨は折れていないけれど内出血がひどいらしい。
今、やっと眠り薬で眠らせてある。
痛み止めも飲ませているが、痛むだろう」

クラディウスも俺も怪我には少し詳しいので、リノがどういう状態で、この先どうなっていくのか少しは想像がついた。

「近くで見ていた奴から話を聞くと、リノは抵抗をしなかったようだ」

「どうしてっ!」

「俺に怒鳴るなよ。
ジュリアスがどこまで知っているのか知らないが、あんたのためだよ。
リノはあんたの評価を落とさないようにするために、嫁惚気はしまくるし、自分が問題を起こしたら『赤熊のせいだ』と言われるのが嫌で上手に逃げていたらしいけど、最近は逃げきれなくなっていたようだな。
ザクア伯爵の使用人内でも乱暴されていることはあまり知らなかったらしい」

俺は黙るしかなかった。

「今夜は火酒とシャツを守ってたんだと」

「火酒?」

「北の火酒。
あんたの故郷で有名な酒。
先週からキャラバンが到着して街は珍しいもので溢れていて、その中に火酒があったようだ。
騒ぎが起こった場所は相当酒臭かったよ。
残念ながら、火酒の入っていた容れ物は壊れていたし、シャツは引き裂かれていた」

がりっと音がした。
無意識に奥歯を噛みしめていた。

「それでリノを襲った奴らは?」

「俺たちが捕らえて、今頃、痛い目に遭ってるよ。
一応、王の酔狂な趣味だけど『名誉な男』にあからさまにちょっかいを出す奴は取り締まるようになっているからな」

クラディウスは大きく溜息をついて、眠っているリノを見た。

「気がついているだろ、あんたの監視の目がゆるゆるなの」

「ああ」

「ピニャータ王がまた遠征に行ってるからなんだよ。
兵をごっそり連れていくから、王都の警備が薄くなってて。
あの人、わからずに戦うから、残されるこっちの身にもなってほしい」

「黒豹がなぜ戦場にいかない?」

「ピニャータ王と俺、あんまり仲がよくないんだ。
煙たがられて、俺は王都警護で残された。
俺も王についていきたくなかったから、それでよかったんだけどね」

クラディウスはにやりと笑った。

「じゃあ、あいつらの処分は俺に任せてくれ。
ところでジュリアス、1つ提案なんだがな」

「なんだ」

「ここにいてもリノは十分な治療が受けられないし、怪我をした使用人を伯爵がどうするのか、わからない。
ザクアは温和な人物だと聞いてはいるが、働けない奴をいつまでも置いておくかどうかは疑問だしな。
そこで、うちに来ないか?」

「ん?」

俺は注意深くクラディウスを見た。
長い金髪と碧い目は整いすぎていて、表情が読めない。

「俺の屋敷は伯爵の屋敷より広いし、使っていない離れがある。
騎士団医は友人だからちょくちょくリノを診せてやれるし。
敷地の半分は第三騎士団の寮のようになってるし」

「は?」

「だからね、ピニャータ王の訓練って雑なんだよ。
前はもうちょっとマシだったんだけど。
俺が気に入らなくて俺の隊の訓練場を作ったら、若い奴が寮もほしい、って言いだしたから作ったわけ。
その分、警備もしっかりしているし、王の兵でも下っ端は入ってこれないし。
いいことづくめだろう?」

「そうしておまえになんの得がある?」

「んー、リノに絆された、かなぁ」

「え」

「そろそろ、俺も行くからな。
いろんなことを部下に押しつけて来てしまったし、馬車を待たせている。
いいかジュリアス、俺のところにリノと一緒に来い。
そのとき、ゆっくり話そう。
明日、返事を聞きに来る」

そう言い残すと、クラディウスは俺に小さなものを手渡して、小屋を後にした。
それは足枷の鍵だった。
いつもはリノが外してくれる鍵を自分で外し、椅子をリノのベッドのそばに置いて座った。

クラディウスの話を思い出してみる。
今朝、リノが機嫌がよさそうに出かけていったのは火酒を買うため?
火酒なんて、シャツなんて、どうでもいいんだ。
おまえに無事であるほうがよっぽどか大切なのに。

「…リノ」

俺は小さく名前を呼んでいた。
リノの前では呼んだことがない名前。

リノを守り切れないことが悔しかった。
枷をはめられ、自由を奪われたことにこんなに腹が立ったことはなかった。
もし、自分がそばにいたら、こんなにひどいことはさせなかったのに。

リノの身体はぱんぱんに腫れあがっていて、ちょっとでも触れるのがはばかられた。
手をさわることも、キスをすることもできない。

自由がほしい。
今、我儘を言っていいと言われたら、リノを守る自由がほしい。

俺ができることは、ただリノを見守ることだけだった。




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