騎士が花嫁

Kyrie

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本編

13. 俺のシャツ - リノ

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意識してしまうと、ますますどうしていいかわからなくなった。
ジュリアス様と俺、どうやっていけばいいんだろう?

庭師の弟子のアイーニュさんにあれこれ聞いてしばらくして、逆に「あれからどう?」と昼休みに聞かれた。
特に進展はなくて、俺はちょっと焦った。
アイーニュさんは「まぁ、すぐにどうにかなるもんでもないしな」と言ってくれた。
そして、ふと、「ずっと家にいるのは退屈だよなぁ」と言われたのが引っかかった。

あああああ、そうだよ。
この3か月、ジュリアス様は小屋のそばの洗濯場に出るくらいで、あとはずっと小屋の中にいた。
それに気がついて、俺はジュリアス様がどうしたいのかを聞こうとした。
あと、あの「丁寧な言葉づかい」も気になっていた。

だって最初の頃は、他の騎士様のようなちょっと固い感じの言葉づかいだったのに、あああの初夜騒動のときに言葉づかいを変えて、そのまんまなんだから。


話がしたい、って言ったらジュリアス様が飲み物を用意してくれると言った。
俺は正気でいたかったから、カモミールティーをお願いした。
言葉づかいのことを聞いたら、「自分が望んであのしゃべり方をしてる」って言い出してびっくりした。
ほんとかな?
無理してないかな?

探り探り、ジュリアス様のやりたいことを聞いてみる。
そうしたら、買い物だって!
もしなにもなかったら、ちょっとぐらい外に出るのを誘ってみようと思ってたから、驚いた。
外に出ることを王様の使いからは禁止されはしなかった。
監視の兵がそばにいるからかな。

それより、ジュリアス様の足枷や街の人のひどい言葉をどうしようかと迷った。
ジュリアス様はそれらを覚悟の上で、反対に俺の心配をしてくれた。
いやいや、俺がなんとかして差し上げたい。
あまり力になれないかもしれないけど、俺はそばにいてからかいを跳ね返してやりたい。
だから俺は買い物に出かけたとき、ずっとジュリアス様と手を繋いでいた。
一番そばにいるのは俺だとわかってほしかった。

ジュリアス様が買いたいものが服だとわかったとき、俺は正直、お金の心配をした。
「2人分の食い扶持を稼がなきゃ!」と意気込んでみたものの、そうすぐにお給金が上がるわけもない。
ジュリアス様には稼ぎの全てを渡している。
それで足りているのかどうかは、最近はよくわかっていない。
食料の買い出しもジュリアス様からお金を預かってその中で収まるように買う。
ジュリアス様は「少しは持っていたほうがいいですよ」と渡されるので自由になるお金は少し持っている。
でも、基本、仕事が終わると1秒でも早く家に帰りたいからほとんど使わない。
帰ってなにをするのかと言えば、足枷の鍵を外すこと。
これを早くなんとかしたい。
足枷なんてつけたくない。
今はどうにもできないけど。
俺の無力を痛感する。
ジュリアス様はこれについて愚痴を言ったり、俺を責めたりしたことは1度もない。
いつかいい手だてが見つかる!
それだけを俺は信じている。


服を買うにはまとまったお金がいる。
大柄なジュリアス様に合う服ならなおさらだ。
これまで貯めていたお金を全部持ってきたけど、足りるかなぁ。

1件目の服屋では主人をぶん殴ろうか!と思うくらいひどいことを言われた。
怖くてジュリアス様がどんな顔をしているのか見るのもつらくなるような言葉だった。
ジュリアス様は平然として次の店に入った。
そして、俺を呼ぶと棚から取り出したシャツを広げ、俺の背中に当てた。

え…?

ジュリアス様は何枚も何枚もシャツを背中に当て、そのうち数枚は実際に羽織ってみるように言い、そうした俺を近くからまたは遠くから眺め、シャツを隅々までチェックした。

もしかして…俺の…?

ジュリアス様のじゃなくて…俺の、シャツ…?

しばらくして、ジュリアス様が2枚のシャツを手にして、店の主人のところに行った。
そして、あっさりと支払いを済ませた。

そのお金、どこから…???

ジュリアス様は「心得です」とにこやかに言うと、小屋に帰るように俺に言った。

俺はまた、ジュリアス様と手を繋いだ。
大きくて温かい手。
初めて触ったときより剣でできたタコがなくなったみたい。
ジュリアス様、剣の稽古がしたいだろうなぁ。
そんなこともぼんやりと思いながら、ジュリアス様の買い物のことが俺には理解しきれていなくて、頭がぐるぐるしていた。

ジュリアス様が大事そうに抱えているあれは、俺のシャツ…?



小屋に戻ると、俺はいつものように手早く足枷の鍵を外した。
それからいつもより厚めに巻いた足首の布を取った。

「よかった。
たくさん歩いたからどうなっているかと思いましたが、傷になっていませんよ。
どこか痛いところはありますか?」

俺はほっとしてしゃがんだままジュリアス様を見上げた。
ジュリアス様は首を振った。

「旦那様、新しいシャツを着て見せてください」



心臓が飛び上がる。
手渡されたシャツの布が柔らかくて気持ちいい。
俺はジュリアス様に背中を向けると、今着ていたシャツを脱ぎ、新しいシャツを羽織ってボタンを留めた。
「まだこれから伸びるから」と少し大きめのものにしてくれた、気持ちのいいシャツ。
俺の、俺だけのシャツ。

「どうですか?」

俺が振り返ると、ジュリアス様が緑の目を細めて俺を見た。

「似合ってますよ。
よかった、新しいシャツが買えて。
今のは袖が擦り切れていて、気になっていたんです」

それを聞いて、もうたまらなかった。
俺はジュリアス様に駆け寄り、ジャンプしてジュリアス様の首に腕を回し、気がついたら唇を押しつけていた。
ジュリアス様は俺を抱きとめ、俺がするままを許していた。

唇を離し、俺はジュリアス様にぎゅうううと抱きついて言った。

「お、俺、自分のシャツを買ってもらったのは初めてで…
戦災孤児だったから、いつも誰かのお古で、店で俺のためだけに選んでもらうのも初めてで…
あの、あの…」

涙が出てきた。
嬉しかった。

俺のシャツ。

「ジュリアス様、ありがとうございます」

腕に力が入る。
応えるようにジュリアス様の腕にもきゅっと力が入る。
嬉しい。

「旦那様」

ジュリアス様が身体を少し離して、俺を見た。

「喜んでもらえて嬉しいです」

「ジュリアス様…」

「私はジュリですよ」

「…はい、ジュリさん」

俺は恥ずかしくなって、またきゅっとジュリアス様を抱き寄せて首に顔を埋めた。




あれ…?

俺…


カァァァァァァっとなって、力が一気に抜ける。

俺…
俺…

「旦那様?」

ぐにゃぐにゃになった俺をジュリアス様はそっと床に下してくれる。
俺は足も手も床についてしまう。

俺、今、なにした…?

ジュリアス様が心配そうにしゃがんで俺の顔を覗き見る。

「うわああああああああああああっ!」

「ええっ?!」

「俺ってば!俺ってば!
ジュリさん、すみませんっ!」

「どうしました?」

「俺、嬉しくてたまらなくて、思わずジュリさんにキキキキキキスを…」

「ええ、しましたね」

わあああああああああああああっ!!

全身がカッと熱くなり、なにかが噴き出しそうになる。
恥ずかしい!

「本当にすみません!
気持ち悪くないですか?
うがいしますか?
大丈夫?
あ。
俺、…あ」

ジュリアス様はパニックになった俺をがしっとつかむとその場に立たせた。
そして片膝をつき、跪いて俺の左手を取ると甲にキスをした。

「なななななにっ?!」

そんな、なに、それ?

少しだけ下からジュリアス様が俺を見上げる。
緑の目には嫌そうな色は浮かんでなくて、不思議と落ち着いた輝きがあった。

「私は嬉しかったですよ」

静かにジュリアス様が言った。

「俺もっ!」

俺はまた、ジュリアス様の首に抱きついて、赤い髪に指を差し入れた。

「初めてしました…」

「そうなんですか?
筆おろしは済んでいらっしゃると聞いていたので、キスももう経験されていると思っていました」

「あ…。
そのときの女の人は仕事ではキスはしないんだと言って、しませんでした。
ジュリさんが初めてです」

言いながら、ますます顔に血が昇るのがわかった。

「あの…もう1度してもいいですか?」

ジュリアス様はうなづいた。
俺が顔を離すと、ジュリアス様の顔も少し赤くなっているのが見えた。
そして、そっと目を閉じてくれた。
緑の目が見えなくなってしまうのは残念だったけど、またあの感触を感じたくて、俺はそっと唇をジュリアス様の唇に押し当てた。

少し肉厚で弾力のある唇は気持ちよかった。
俺はただ押し当てているだけだったけど、ジュリアス様も俺の頭の後ろに手をやって唇を食べるように動かした。
俺も同じようにしていたら、開いた隙間からジュリアス様の舌が入ってきた。
驚いたけど、ジュリアス様に近づけたみたいで、俺もジュリアス様の口の中に舌を入れた。
ジュリアス様は自分の口の中で俺の舌を舐めてくれた。

ジュリアス様が俺を受け入れてくれたようで、俺は幸せな気持ちだった。
俺は唇を離して、もう一度、ジュリアス様を抱きしめた。
ジュリアス様も俺を抱きしめてくれた。

「嬉しいです」

「…私も」

少し掠れたジュリアス様の声が俺の耳の届いた。

ジュリアス様も嬉しいんだ!

俺はまたジュリアス様の唇を食べた。
ジュリアス様も俺の唇を食べてくれた。





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