騎士が花嫁

Kyrie

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本編

12. 街の買い物 - ジュリアス

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メリニャの王都の街を歩くのは2度目だ。
1度目は捕虜として、王の凱旋のときに連れられ歩いたときだ。
今は小屋を出るときからリノに手を取られている。
ゴリゴリと足枷のおもりを引きずりながら歩くので、歩く速度は遅い。
足枷をはめられた捕虜で、結婚した小柄な男の隣を歩く大柄な元騎士の存在は休みの街を賑わせるには十分だった。
ひそひそと、あるいは声高に俺たちのことを言ったり指差したりする人の好奇心に満ちた視線に晒される。
俺と手をつなぐリノは緊張した面持ちで、口を一文字にしたまま歩いている。
俺は従順な妻を装い、歩いている。

それでも久しぶりの「外」は面白いものだ。
こんなに南に来たことがないので、街並みにしろ、人にしろ、珍しいものばかりだ。

「ジュリさん、なにが買いたいんですか?」

リノが俺を見上げて言った。

「服が買いたいです」

「わかりました」

そう答えたリノは、つなぐ手の力をぎゅっと強めた。
緊張が高まったのがわかる。
そして、腰のあたりを気にしている。
おそらく腰の布袋に入れた金のことを気にしているのだろう。
服を買うにはまとまった金がいる。
所持金で足りるかどうか勘定をしているに違いない。
口数が少なくなる。


やがて、衣服を扱う店が連なる場所に着いた。
リノは俺が何を買うのか興味がある一方、支払いのことが気になって仕方がないようだ。
俺はざっと店の前を通ると、気になる一軒に入った。
しかし、そこの主人はリノと俺を見るなり、聞くのも耐えられないひどいことばで罵ってきた。
リノは慌てて、俺を店の外に連れ出した。

「あの…すみません」

「謝らないでください。
こうなるのはわかっていたことでしょう?
次はあそこの店に行ってみましょう」

青ざめ俯くリノを促し、俺は次に気になった店に入った。
そこの主人は俺たちを見ると何か言いたそうだったが、言葉にすることなく、平静を保っていた。
主人に「シャツが見たい」と告げると、うなづいてシャツが積んである棚を指差した。

「旦那様」

俺はリノを呼んだ。
リノがやってくると、俺は棚から1枚シャツを取り出し、リノの背中に当ててみた。

「ジュリさん?!」

「旦那様のシャツを買いましょう。
うーん、これじゃありませんね」

驚いた様子のリノをよそに、俺は次々とこれはと思うシャツをリノの背中に当て、大きさを見る。
あるいは布の質、ボタンのつけ方、デザイン。

俺が幼かった頃、母親に連れられ父のシャツを買ったことを思い出す。
普段着ている父のシャツを1枚、店に持っていき、それで大きさを調べながら、丈夫で素敵なデザインの1枚を選ぶのに、母は時間をかけていた。
退屈した俺は母親に早く選ぶよう言うが、母はきっぱりと言った。

「お父様はいくさ場で命をかけて戦っておられます。
そのときに少しでも身体の負担にならないものを着てほしいの。
すぐには選べないのよ」

自分も騎士の道を選び、戦いに出るようになって初めて、母の言っていたことがわかった。
戦いで疲れ切った身体、あるいは傷まみれの身体に、母が父や俺のために時間をかけて選んでくれたシャツの柔らかさが癒しになった。


「旦那様はまだまだ背が伸びるから、少し大きめのものにしましょう」

リノはぼーっとしている。
そして、俺が言うままに背中を向けてじっと立ったり、シャツを羽織ったりしていた。

ようやく、俺が満足するシャツが見つかった。
それを2枚手にしたとき、リノの動きが止まった。
俺はにっこりと笑って見せた。

「お金の心配なら要りませんよ」

「な…んで?」

「心得ですよ」

俺は財布代わりの布袋からシャツの代金を支払った。




この金はカーティさんたちから結婚祝いとしてもらったものだ。
婚儀が終わり、ふざけた赤い花嫁衣裳をようやく脱いだかと思えば、またもや趣味の悪い「花嫁の寝衣」と呼ばれる薄衣の寝衣がピニャータ王によって用意されていた。
ご丁寧に花嫁衣裳と同様、俺のサイズに合わせた特注品だ。

花嫁の世話人の役になってしまったカーティさんはこちらを見ないようにしてくれながら、

「すかぽんたんだと思っていたけど、ここまですかぽんたんだとは思わなかったよ!」

と王をけなしていた。
着替え終わり、ダメ押しのような赤い女物の外套をすっぽりと俺に着せるとカーティさんが小さな巾着袋を俺に差し出した。

「これ、あたしたちからの気持ちばかりの祝いだよ」

手にした重さから察するに金貨が何枚か入っているようだった。

「祝い金はリノにも渡したんだけどね。
こういうものはいくらあっても構やしないし、いざってときに慌てなくても済むからね。
『新妻』は自分の母親か姑からこういうものをそっと渡されることも多いんだよ」

要するに「妻の裏金」というものか。

「リノはしっかりしているとはいえ、まだまだ子どもだから。
あんたはしっかりした騎士様だし、悪いようにはしないだろ?
リノを頼むよ。
いい子だし、これまで大変だったから幸せになってもらいたいんだ」

ケーティさんの真剣な眼差しにうなづいて、恭しく巾着袋を外套のポケットにしまう。
それを見てケーティさんは満足そうに笑い、

「さあ、騎士様。
今夜は初夜だよ、リノを悩殺しておくれ」

と肩をばしんと叩き、わはははは、と大声で笑った。
これがケーティさんたちから教わった「新妻の心得」の最初だった。



支払いが終わると、もう用はない。
街を歩くのは面白そうではあるが、これ以上悪意と冷やかしの視線と小声の嘲りに晒されるのはごめんだ。
リノのことも気になる。

「旦那様、帰りましょう」

俺はまだぼんやりしているリノに声をかけ、また足枷のおもりを引きずって小屋に向かって歩き出した。






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