10 / 61
本編
10. かしましい女たち - ジュリアス
しおりを挟む
2,3日に1度、天気がよければ洗濯をする。
共同の洗濯場に行くと、かしましい女たちがいる。
今朝も元気だ。
洗濯は力仕事で、最後に水を切るため絞るのが一番大変だ。
女性にはつらいだろう。
以前、少し手伝ってやったことがある。
あるいは、これから天気がどうなるか教えてやったり。
天候を読むのは戦いのとき攻め方が変わってくるから、騎士としては最初に覚えることの一つだ。
こうしたことのせいか、足枷の下に巻くのに使ってくれ、と布を持ってきてくれたり、「保存食の作り方」を教えてくれたりする。
俺が洗濯場に行くと、若い女性にカーティさんたちがあれこれ質問していた。
「どうだい、新婚生活は?」
「ええ、慣れないことばかりですが、楽しくやっています」
「旦那は優しくしてくれてるかい?」
「ええ、この間はシードルをお土産に買ってきてくれました」
「ミリスはマメだね」
ミリス?
ああ、じゃあ彼女がモーリーか。
この間、リノが随分遅くに帰ってきた。
以前、俺との婚儀のことで絡まれて怪我をしたことがあったので心配したが、ミリスの話を聞いて俺のために土産を買おうとした。
結局、いいものが見つからなくて、悔しくて泣き始めてしまった。
そこまでしてくれるリノには申し訳なく思う。
俺とのことで嫌な思いをしているのも聞いている。
だが、今の俺にはどうすることもできない。
とにかく、おとなしくしておくことがリノを守ることになる、と今は考えている。
「でも、そのうちねだっても買ってくれなくなるのよ」
「そうそう、今のうちだからね」
女たちは辛辣だ。
俺は黙ってリノのシャツを洗濯板で洗っている。
「夜も優しくしてくれるかい?」
………
俺もいるんだが。
が、聞こえないふりをしておく。
このシャツ、随分、擦り切れているな。
新しいのを買ってやりたい。
モーリーは真っ赤になって俯いてしまった。
「あー、あたしだって若い頃はさぁ」
モーリーより年上の女が大げさに言う。
他の女たちが、自分の若い頃と夫との夜について話し出す。
えぐいな。
ん?
ボタンが取れそうだ。
乾いたらつけ直すか。
「そういうときには、『花嫁の寝衣』を着るんだよ」
カーティさんが声高に話し出す。
内容から察するに、初夜のための薄い素材で作ってある寝衣を「花嫁の寝衣」と呼ぶらしい。
ああ、あれでリノを悩殺しろ、と俺もカーティさんに言われたな。
カーティさんには感謝している。
普通なら怖がるか、差別的なことを言うかしてもいい状況の中、始終力強く笑い飛ばしてくれた。
彼女とリノがいなかったら、あの屈辱的な婚儀を耐えられなかったかもしれない。
「えー、あたし、太ってもうあれは着られないよ」
「新しいのを作っちゃえばいいのよ」
「えー、じゃあ、何色にしようかな?」
ノリノリの女たちの隅でモーリーは真っ赤な顔をして黙々と手を動かしている。
少し同情するぞ。
洗濯物をすすいでいると、カーティさんがそっと俺の横に来て小さな声で聞いてきた。
「ジュリアスさん、どうだい?」
「困ったことなく、過ごしています」
「リノはちゃんとやってるかい?」
「はい、私にも心遣いをしてくれています」
「まぁ、あの子が無茶苦茶はしないと思うけど、まだまだ子どもだから考えが足りないこともあるだろうし。
ことによったら、うちの旦那からリノに言ってもらうからね」
「はい、ありがとうございます」
「で、夜のほうも大丈夫かい?」
………
容赦ないな。
「特に困ったことはありません」
俺は、な。
リノは大変そうだが。
「なーにー?
カーティさん、ジュリアスさんに何聞いてんの?」
「あたしもリノとのこと聞きたい!」
「ばかお言いじゃないよ。
あんたたちじゃ、えげつないことを聞いちまうだろ」
あなたも大概ですがね。
大声でカーティさんは答える。
「でさ」
まだなにかあるのか?
「リノはがんばっているんだけど、最近ちょっとくたびれているらしいんだよ」
ああ、寝る間も惜しんで文字の勉強もしているし、最近は力仕事ばかりでへとへとだしな。
「精のつくものを食わしてやってよ」
「はい、わかりました」
「あと、家に帰ったらほっとさせてやっておくれね」
「ほっと?」
「ジュリアスさんがいろいろ細かくやってくれてることは知ってんだけどさ。
やっぱり男で騎士様だからさ。
例えば花を飾るとか、そういうこと」
「リノさんが家でくつろげるようにする、ということですね」
「そうそう、それ。
頼んだよ」
「わかりました」
ふむ。
それは俺も気がつかなかった。
まずは、花か。
すすぎも終わったので、洗濯物を絞る。
水がぎゅっと落ちる。
「ねぇねぇ、ジュリアスさん。
モーリーの洗濯物も絞ってやってくれない?」
「いいです!
そんな、申し訳なくて」
「こんなほそっこい腕で絞ったんじゃ、水がたんまり残って乾かないわよ」
お節介な先輩が俺に言ってきた。
「丈夫な生地のものなら絞りますよ。
力はあるので」
「ほら、お願いしなよ。
旦那がはくズボンが乾かなかったら大変なんだよ」
「は、はい…
騎士様、本当によろしいんでしょうか?」
「私はもう騎士ではありません。
どれを絞ったらいいですか?」
モーリーは赤くなりながら、力任せに絞ってよさそうなものを別の桶に入れて渡す。
ふむ、こういうかわいらしさは俺にはないな。
リノには申し訳ない。
巻き添えにしてしまって。
俺は注意深くモーリーや他の女たちの洗濯物を絞ってやった。
共同の洗濯場に行くと、かしましい女たちがいる。
今朝も元気だ。
洗濯は力仕事で、最後に水を切るため絞るのが一番大変だ。
女性にはつらいだろう。
以前、少し手伝ってやったことがある。
あるいは、これから天気がどうなるか教えてやったり。
天候を読むのは戦いのとき攻め方が変わってくるから、騎士としては最初に覚えることの一つだ。
こうしたことのせいか、足枷の下に巻くのに使ってくれ、と布を持ってきてくれたり、「保存食の作り方」を教えてくれたりする。
俺が洗濯場に行くと、若い女性にカーティさんたちがあれこれ質問していた。
「どうだい、新婚生活は?」
「ええ、慣れないことばかりですが、楽しくやっています」
「旦那は優しくしてくれてるかい?」
「ええ、この間はシードルをお土産に買ってきてくれました」
「ミリスはマメだね」
ミリス?
ああ、じゃあ彼女がモーリーか。
この間、リノが随分遅くに帰ってきた。
以前、俺との婚儀のことで絡まれて怪我をしたことがあったので心配したが、ミリスの話を聞いて俺のために土産を買おうとした。
結局、いいものが見つからなくて、悔しくて泣き始めてしまった。
そこまでしてくれるリノには申し訳なく思う。
俺とのことで嫌な思いをしているのも聞いている。
だが、今の俺にはどうすることもできない。
とにかく、おとなしくしておくことがリノを守ることになる、と今は考えている。
「でも、そのうちねだっても買ってくれなくなるのよ」
「そうそう、今のうちだからね」
女たちは辛辣だ。
俺は黙ってリノのシャツを洗濯板で洗っている。
「夜も優しくしてくれるかい?」
………
俺もいるんだが。
が、聞こえないふりをしておく。
このシャツ、随分、擦り切れているな。
新しいのを買ってやりたい。
モーリーは真っ赤になって俯いてしまった。
「あー、あたしだって若い頃はさぁ」
モーリーより年上の女が大げさに言う。
他の女たちが、自分の若い頃と夫との夜について話し出す。
えぐいな。
ん?
ボタンが取れそうだ。
乾いたらつけ直すか。
「そういうときには、『花嫁の寝衣』を着るんだよ」
カーティさんが声高に話し出す。
内容から察するに、初夜のための薄い素材で作ってある寝衣を「花嫁の寝衣」と呼ぶらしい。
ああ、あれでリノを悩殺しろ、と俺もカーティさんに言われたな。
カーティさんには感謝している。
普通なら怖がるか、差別的なことを言うかしてもいい状況の中、始終力強く笑い飛ばしてくれた。
彼女とリノがいなかったら、あの屈辱的な婚儀を耐えられなかったかもしれない。
「えー、あたし、太ってもうあれは着られないよ」
「新しいのを作っちゃえばいいのよ」
「えー、じゃあ、何色にしようかな?」
ノリノリの女たちの隅でモーリーは真っ赤な顔をして黙々と手を動かしている。
少し同情するぞ。
洗濯物をすすいでいると、カーティさんがそっと俺の横に来て小さな声で聞いてきた。
「ジュリアスさん、どうだい?」
「困ったことなく、過ごしています」
「リノはちゃんとやってるかい?」
「はい、私にも心遣いをしてくれています」
「まぁ、あの子が無茶苦茶はしないと思うけど、まだまだ子どもだから考えが足りないこともあるだろうし。
ことによったら、うちの旦那からリノに言ってもらうからね」
「はい、ありがとうございます」
「で、夜のほうも大丈夫かい?」
………
容赦ないな。
「特に困ったことはありません」
俺は、な。
リノは大変そうだが。
「なーにー?
カーティさん、ジュリアスさんに何聞いてんの?」
「あたしもリノとのこと聞きたい!」
「ばかお言いじゃないよ。
あんたたちじゃ、えげつないことを聞いちまうだろ」
あなたも大概ですがね。
大声でカーティさんは答える。
「でさ」
まだなにかあるのか?
「リノはがんばっているんだけど、最近ちょっとくたびれているらしいんだよ」
ああ、寝る間も惜しんで文字の勉強もしているし、最近は力仕事ばかりでへとへとだしな。
「精のつくものを食わしてやってよ」
「はい、わかりました」
「あと、家に帰ったらほっとさせてやっておくれね」
「ほっと?」
「ジュリアスさんがいろいろ細かくやってくれてることは知ってんだけどさ。
やっぱり男で騎士様だからさ。
例えば花を飾るとか、そういうこと」
「リノさんが家でくつろげるようにする、ということですね」
「そうそう、それ。
頼んだよ」
「わかりました」
ふむ。
それは俺も気がつかなかった。
まずは、花か。
すすぎも終わったので、洗濯物を絞る。
水がぎゅっと落ちる。
「ねぇねぇ、ジュリアスさん。
モーリーの洗濯物も絞ってやってくれない?」
「いいです!
そんな、申し訳なくて」
「こんなほそっこい腕で絞ったんじゃ、水がたんまり残って乾かないわよ」
お節介な先輩が俺に言ってきた。
「丈夫な生地のものなら絞りますよ。
力はあるので」
「ほら、お願いしなよ。
旦那がはくズボンが乾かなかったら大変なんだよ」
「は、はい…
騎士様、本当によろしいんでしょうか?」
「私はもう騎士ではありません。
どれを絞ったらいいですか?」
モーリーは赤くなりながら、力任せに絞ってよさそうなものを別の桶に入れて渡す。
ふむ、こういうかわいらしさは俺にはないな。
リノには申し訳ない。
巻き添えにしてしまって。
俺は注意深くモーリーや他の女たちの洗濯物を絞ってやった。
10
お気に入りに追加
713
あなたにおすすめの小説
没落貴族の愛され方
シオ
BL
魔法が衰退し、科学技術が躍進を続ける現代に似た世界観です。没落貴族のセナが、勝ち組貴族のラーフに溺愛されつつも、それに気付かない物語です。
※攻めの女性との絡みが一話のみあります。苦手な方はご注意ください。
異世界に転生したら竜騎士たちに愛されました
あいえだ
BL
俺は病気で逝ってから生まれ変わったらしい。ど田舎に生まれ、みんな俺のことを伝説の竜騎士って呼ぶんだけど…なんだそれ?俺は生まれたときから何故か一緒にいるドラゴンと、この大自然でゆるゆる暮らしたいのにみんな王宮に行けって言う…。王宮では竜騎士イケメン二人に愛されて…。
完結済みです。
7回BL大賞エントリーします。
表紙、本文中のイラストは自作。キャライラストなどはTwitterに順次上げてます(@aieda_kei)
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
若き新隊長は年上医官に堕とされる
垣崎 奏
BL
セトは軍部の施設で育った武官である。新しく隊長に任命され、担当医官として八歳年上のネストールを宛てがわれた。ネストールは、まだセトが知らない軍部の真実を知っており、上官の立場に就いたばかりのセトを導いていく。
◇
年上の医官が攻め、ガチムチ年下武官が受けで始まるBL。
キーワードが意味不明ですみません。何でも許せる方向け。
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる