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番外編 騎士が花嫁こぼれ話
60. 足りない言葉を埋めていく
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早番だったので、ジュリさんのほうが俺より早く家に帰っていた。
台所で手が汚れているジュリさんが動けないのをいいことに、抱きついてちょっとこってりしたただいまのキスをする。
「ジュリさん、何を作ってるの?」
大きな肉の塊をごろごろに切っているのを見て、聞いた。
「ああ、リノ。
明日、夕食に人を招きたいがいいか?」
「もちろん」
ジュリさんと俺の家にはよく人が来る。
訪ねてきてくれることもあるし、こちらから誘うことも多い。
そういうときにはたいてい、ジュリさんがうまうまご飯を作ってくれる。
俺も作るけど、お客さんの反応が今一つなんだよ……
そりゃあね、「リノのご飯」より「ジュリアス様の手料理」のほうがテンション上がるよね!
「それで、誰が来るの?」
「ヴェルミオンとカヤだ」
ジュリさんが静かに言った。
俺ははぁ、っと大きな溜息をついた。
そして「おいしいもの、食べてもらわなくっちゃね。俺も手伝うよ」と言い、仕事で使う本が入った布の鞄を寝室の小さなテーブルの上に置きにいった。
カヤ様は元騎士なのに、気さくで面倒見がよく街なかでも慕われていたが、思いっきりもいいので思春期の子どもからも信頼を得ていた。
一時期、俺が責任者を務める街の学校で教えてもらっていた。
そんなカヤ様がある時、小さな男の子を連れてこのうちにやってきた。
名前はルーポといって、王様から勲章を授けられるほどの功績を上げた薬師見習いだった。
やせ細った身体に不安そうな大きな青い瞳が泳いでいて、俺は職業柄とても心配になった。
平穏な日々が続いているからといって、この国が続けてきた戦争や内乱の痕は未だに大きく残り、過酷な状況で生きている子どもたちがまだまだたくさんいる。
俺は自分が読み書き計算ができるようになって、世界が開けた気がした。
だからそれを子どもに教えたいと考えていた。
新しい王様のマグリカ様は「国内の識字率を上げたい」とお考えになり、街に小さな学校を作ることにした。
その教師として俺は推され、職を得た。
そのあとすぐ、ジュリさんと俺は驚くことになる。
十三くらいだと思ってたルーポが実はもうすぐ二十歳になる大人だったから。
いやいやいやいや。
だったらなおのこと、大変だ!
なにか理由があるのかもしれないけれど、この弱り方はただ事じゃないよ!
けれど、俺たちは安心した。
カヤ様がルーポを見る眼差しが優しくて。
ルーポもカヤ様の屋敷にいて世話になっていることを話しているときの様子が、そっとカヤ様を頼りにしている感じで。
カヤ様にルーポのことを任せていれば大丈夫だと思った。
その後のことはヴェルミオン様がうちにやってきて、ルーポのことを少しずつ教えてくれた。
ヴェルミオン様もジュリさんと同じ第三騎士団の騎士様で女性のように綺麗だ。
ラズベリーピンクの髪と唇が印象的で、街で「女神様」と呼ばれているのもわかる。
言葉遣いも女性のようだけど、背はぐっと高くてもちろん騎士様だから筋肉もすごい。
均整がとれているせいか、ごつさがなくてしなやか。
困ったことはその、たっぷりある胸筋を見せつけるようにして「ねぇ、疲れてるの?大丈夫?おっぱい揉む?」とからかってくることだ。
それも反応がよさそうな相手を狙うので、お、俺もよくからかわれていた……
い、今もた、たまにからかうのは止めてください。
随分歳下の、その頃は男の子と呼んでいいくらいの人と結婚している。
お洒落な方で、今回はインティアと一緒にルーポが受勲式で着る薬師の服づくりを手伝ったそうだ。
式の前日に出来上がった薬師の服をルーポに着せてきた、とその帰りに2人でうちに来て声高に話をしていった。
そのときにカヤ様のお身体の不調をルーポが自分で調合した薬とマッサージとで治したと聞いた。
怪我や後遺症で苦しむ人たちを俺も見てきた。
ジュリさんが怪我をするたびに、俺も気が気ではなかった。
けれどジュリさんは騎士様でジュリアス様だから、避けては通れない。
その痛みや苦しみを和らげる薬を作ったのがルーポであり、受勲の理由だった。
受勲式の日、ジュリさんは街の警護で帰宅が遅かった。
それでも俺たちはルーポの受勲を祝して、ワインでささやかな乾杯をした。
とても嬉しい1日だった。
それなのに。
翌日、突然ルーポがいなくなった、とヴェルミオン様から告げられた。
ここに来ていないかと聞かれ、いないと答えるしかなかった。
しかし、捜索はすぐに打ち切られた。
ルーポは受勲式の後、遠い生まれ故郷に帰ったことになっていた。
そして彼のことは一切口にしてはいけない、とジュリさんから言われた。
それがクラディウス様を通しての王令だった。
ジュリさんと俺もなんとなく落ち込んだ日々を過ごしていた。
それから7日だか10日だかして、カヤ様が騎士になりたい若者を集めた訓練所の指導者になったことを知らされた。
だから俺の学校の教師の手伝いはできない、と。
第三騎士団所属になると聞いて、ジュリさんに確認すると「そうだ」と言われた。
俺はちょっとだけほっとした。
随分気落ちしていらっしゃるだろうけど、なにかやることがあったほうが気が紛れるし、一人じゃないほうがいいことだってある。
そして、今回のうちでの夕食だ。
きっと、ヴェルミオン様もジュリさんもカヤ様を励まそうという気持ちなんだと思う。
よーし、俺もなにかしたいな。
ごろごろに切られた肉はジュリさんが北国風の調理方法で下ごしらえして、ことこと煮た。
その音を聞きながら、俺たちは簡単な夕食を食べた。
明日の準備に手間取っちゃって、今夜のことまだあまり手が回らなかったんだ。
「すまないな、リノ」
「ううん、そんなことないです、ジュリさん。
だってカヤ様にジュリさんのおいしい料理を食べていただかなきゃ!
俺、いろんな人にすっごいうらやましがられるんですよ。
毎日ジュリさんの手料理を食べてる、って」
「飽きないか」
「なんで?
いつもおいしいです。
いつもありがとう、ジュリアス」
食事中だったけど、俺は立ち上がりテーブル越しにジュリさんにキスをした。
次の日、俺のほうが仕事が早く終わった。
市場に行き、緑の瑞々しい葡萄とトマト、そしてぱりっと焼かれたパンを買った。
帰るとジュリさんから言われていたように火加減をしながら、また煮込んだ。
今朝、ジュリさんが野菜を仕込んでいったのがほろりと柔らかくなっている。
うまそー!
俺はテーブルに4人分の食器を揃えた。
と言っても、ありったけの不ぞろいの食器を並べただけだ。
切ったトマトとパンの皿も置いた。
しばらくして、ジュリさんがカヤ様とヴェルミオン様を連れて帰ってきた。
お二人は部屋中に漂う異国のスパイスにお腹を鳴らした。
「本当はもっと違う肉や野菜を使うんだが」と言いながら、ジュリさんはメリニャで揃う食材とスパイスで作った故郷の料理を皿に盛りつけた。
ヴェルミオン様が持ってきたワインを開け、食事が始まった。
最初は初めて食べるスラーク風の料理に驚き、それから仕事の話や最近あった面白い話など、ヴェルミオン様が中心になって会話した。
あんなにあった食べ物がテーブルの上からすっかりなくなってしまうほど、4人で食べた。
ふー、お腹いっぱい!
まずは食事で使った食器を下げ、テーブルの上を広くするとジュリさんが大事そうに火酒の入った容れ物を棚の奥から取り出し、カップを並べた。
俺は恭しく緑の葡萄をかごに盛ってテーブルの上に置いた。
ジュリさんが驚いたように俺を見た。
「きっと火酒を飲むと思って。
合うんでしょ、緑の葡萄と」
「ああ、ありがとう」
ジュリさんが嬉しそうに笑った。
「リノ、あたしとカヤで干した果物を持ってきたの」
ヴェルミオン様が取り出した色とりどりの干した果物を並べると、テーブルはすっかり強い酒を飲む準備が整った。
俺はそこから離れて一人、うちにあったワインを注いだ容れ物を持ってソファに座った。
「なによ、リノ。
そっちに行くの?」
「はい。
俺、火酒は匂いだけでも酔いそうです」
「あたしも初めて飲むの。
つらくなったらそっちに行くわ」
と言いながら、ヴェルミオン様は舌なめずりをしていた。
なんだよ、飲む気満々じゃないですか!
こうして騎士様たちの酒盛りが始まった。
***
す、すげぇ。
さすが、としか言いようがないよ!
俺は10年前にインティアと舐めたくらいでくらくらしてしまい、それからは飲もうという気になれない、北の強い酒をこの3人はがっぱがっぱと飲み続けている。
俺はいざという時のために、冷たい水を井戸から汲んで外の水がめに溜めているし、台所の水差しにも入れてある。
しかしそんな酔いざましの水なんて必要なさそうな勢いだ。
3人だけになったという気楽さもあるのか、騎士団内の他愛のない愚痴も飛び出しているから、少しは酔っているんだろうけど、顔色一つ変えていない。
ん、俺は……
そんなに弱いとは思っていないんだけど、なんだか今夜は騎士様の宴に酔った気がする。
なんだがぼーっとしてきた。
ジュリさんが楽しそうだ。
騎士団ではいっつもこうなのかな。
きっと騎士団では、俺の知らないジュリさんがいるんだろうな。
ちぇっ、ちょっとだけ、悔しいな。
また時が経った。
今度はカヤ様の口数が増えていった。
よく見たらちょっと赤い顔をしている。
やがて少し苦しそうな息遣いでぽろりと言葉が転がり出た。
「いったい、どこに行ったんだ……」
胸が締め付けられる気がした。
やっと。
やっとカヤ様は胸に溜めていたものを吐いた。
それからは、少し情けないお姿だった。
ぼそりぼそりと、カヤ様はこれまで話してこなかっただろうことを話し始めた。
それはあの小さな薬師見習いさんの自慢でもあり、惚気でもあり、自分がどれだけだめになっているかでもあった。
でもそんな姿を非難する気にはまったくなれなかった。
だって。だってさ。
大切な人が突然、消えたんだよ。
俺も、俺もね。
いつジュリさんが騎士様として戦い、亡くなってしまうのかと、気が気じゃない。
だからジュリさんが遠征で離れるときにはいつもぎゅうぎゅうと抱きしめ合い、キスして、少しでもなにかできないかと思いながらくっついている。
カヤ様が今、話しているのは「起きたら姿が消えていた。あらゆる扉は施錠してあったのにいなくなった」と、どう理解していいのかわからないことだった。
俺たちのような「発つ前の準備」のようなものが一切なく、大切な人がいなくなったら。
苦しい。
俺は重苦しい息をそっと吐いた。
「あんた、あの子にひどいことしたんじゃないでしょうね」
「ひどいこと?」
「肌を合わせたんでしょ?」
ちょちょちょちょちょーーーーっと!
ヴェルミオン様、それはちょっと入り込みすぎなんじゃ……
いや、俺も30が近い、いいオトナの男ですから。
顔を赤くしてうつむいてしまうような、ことは、ない、はず、なんですけどね……
そんなあからさまに……
いや、少しは言葉を選んでいるか。
「ちゃんと受け入れてもらったの?」
「ああ」
「じゃあ、嫌われてはないのね」
「……と、思う」
カヤ様の歯切れが悪くなる。
ぴくりとヴェルミオン様が反応する。
「は?
どういうこと?
あんたはあの子が好きで、あの子もあんたのことが好きなんでしょ?」
「あ……ああ、多分な」
「多分?!」
「あいつが俺のことを好きと言ったかどうか覚えていないし、俺も言ったかどうか定かではない」
「ええええええええーーーーーーーっ!!!!」
ヴェルミオン様と俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
俺なんて椅子から立ち上がっちゃったもんねっ!
滅多なことで驚かないジュリさんさえも、固まっている。
待って待って待ってっ!
どういうこと?
俺はいろいろ確かめたくてジュリさんを見た。
ジュリさんも唖然として首を振っている。
「ね、それ、どういうことかしら?」
お、ヴェルミオン様!
綺麗な綺麗な顔が、美しくて怖ろしいお顔になっていらっしゃいますが、いいです、今は。
これがどういうことなのか、俺にもわかるように教えて!
「カヤ、もしかしてだけど。
あんた、あの子に『好き』だとも言わずに抱いたっていうの?」
ま、まさかそんな……
冗談ですよね、カヤ様。
早く、そのいい声で「違う」と言って!
早く言って!
「そうだ」
ひぇええええええええええええええ!!!!
「ばっかじゃないのっ!
ほんとに、ばかじゃないのっ!
ばかばかばかあああああっ!!!」
え、ほんとに……?!
ヴェルミオン様は怒り狂ったように、カヤ様にばかばか言っている。
そんなに言わなくても。
でも。
「好き」って言わずにルーポを抱いちゃったの?!
こめかみに血管を浮かべながら、憤怒の顔でヴェルミオン様はぎゃんぎゃん叫んでいる。
あまりの勢いに、ジュリさんがヴェルミオン様の肩をなでてなだめている。
でもヴェルミオン様の勢いは止まらなかった。
「『好き』って言わずに抱くだなんて、ばっかじゃないのっ!!!!
そりゃ、ルーポはおぼこいからそういうのは疎いと思っていたけど、なんであんたまでっ。
いい大人なのに、なんでよっ!」
「ヴェルミオン、声を抑えろ」
ジュリさんが鋭く言う。
多分、ルーポの名前を大声で叫んだせいだ。
「ジュリアス、そんなことできっこないわよっ!
あんたね、『好き』って言われながら抱かれるのがどれだけ幸せなのか知らないの、カヤ?
ひどい、ひどすぎるわっ!」
ヴェルミオン様はレースのハンカチを握りしめ、カヤ様に悪態をつき、ルーポを哀れんでは泣いていた。
終いにはジュリさんがヴェルミオン様を抱き寄せ、ヴェルミオン様はジュリさんの胸に顔を埋めてわんわん泣いた。
カヤ様は無理強いをするような人ではない。
きっとルーポとどこかで思いが通じていたんだと思う。
それを言葉にしたかどうか、ってことだろうけど。
「リノ、代わってくれ」
ジュリさんは俺にヴェルミオン様の隣に座るように言った。
「リノぉぉぉぉぉっ!」
長身のヴェルミオン様に抱きつかれてぐらついたけど、俺、踏ん張った!
あの……
あのさ……
俺、何回かジュリさんに抱かれたことがある。
前王の酷い命令で俺たちはひどすぎる結婚式を挙げた。
でもそれはあの人が勝手に決めたことだったから、あの、どっちがどっちを抱くって自分たちでも決めたくて。
だってさ、ジュリさんも男だし。
ジュリさんは経験があって、とても丁寧に優しく抱いてくれた。
結局、なんだか俺がジュリさんを抱くほうが2人ともしっくりくるから、最近はほとんど俺が抱いているんだけどさ。
ただ、抱かれているとき、って、ちょっと恐いんだよね。
不安、っていうか。
やっぱり、なんていうか弱点を晒している感覚がすっごく大きくて。
大好きだから、つながりたくて。
でも自分が想像している以上に相手に弱くて恥ずかしい、それも急所をさらけ出さなくちゃいけなくて。
そんなときにジュリさんの優しくて包み込むような、それでいて切羽詰まった声で「好きだ」と言われたら、かちかちに緊張していた身体が少しずつほぐれていくような気がして。
そうやってキスと愛撫と声と言葉でジュリさんに気持ちよくされて、ジュリさんにすべてを預けて、そして俺たちはつながったんだ。
多分、想像だけど、ヴェルミオン様は「男に抱かれる側」の何かをルーポと共有しているのかもしれない。
それはきっと、カヤ様にはわからないかもしれない。
俺は泣いてるヴェルミオン様の頭をなでた。
そしたら、「リノぉぉぉうっ!」と余計に泣かれた。
まったく、インティアみたいだなぁ、ヴェルミオン様。
俺はよしよしとヴェルミオン様を撫で続けた。
カヤ様はうなだれていた。
かける言葉もなかった。
そうこうしていたら、ジュリさんがすっきりするお茶を淹れてくれた。
ミントが入っていて、ほんとにすっとした。
俺たち4人はそれを黙って飲んだ。
飲み終わると、ジュリさんが「2人を送ってくる」と言って3人で出ていった。
うんうん、そうしてそうして!
道の真ん中で「ばっかじゃないのっ!」と叫ばれても困るし、なに一つ言わなかったけどカヤ様も相当つらいはずだ。
とりあえずクラディウス様のところまで帰せば、あとはなんとかしてくださるだろう。
うちより人も多いし、屋敷もでかいから少々叫んでも大丈夫だろうし。
俺は1人になり、使った食器を片付け、水に浸した布で身体を拭き顔を洗ってさっぱりすると、自分のベッドに腰掛けてジュリさんの帰りを待った。
ほどなくしてジュリさんが帰ってきた。
3人は黙々と歩いたらしい。
ジュリさんも俺と同じようにしてさっぱりして寝室に戻ってきた。
「ジュリさん」
すでにランプの火は落とし、暗闇の中でジュリさんを抱きしめキスをする。
「どうした、リノ」
「あの、あのさ。
とっても疲れていると思うけど、俺……」
ジュリさんは静かに俺の次の言葉を待っている。
「俺、ジュリアスを抱きたい」
「ああ」
「ジュリさんは?
俺としたい?
いやなら断って」
ちゅっとジュリさんが俺にキスをする。
「俺もしたいよ、リノ」
俺はジュリさんをベッドに押し倒した。
「好きだよ、ジュリアス……」
優しく、優しくと思いながら、気が逸る。
後ろから貫き、腰を動かすとぱちゅんといういやらしい音がした。
もう止められなかった。
「ジュリアス、ジュリアス、ジュリアスっ」
闇に響く俺の声。
「好きっ。
大好……きっ。
あっ、ぐっ、そんなにしめつけちゃっ、うっ」
どうしてこんなに止まらないのか、理由はわかっていたがわかりたくなかった。
「ね、ジュリアス、気持ち、い?」
後ろから突いていった後、今度は正面からジュリアスを貫く。
身体をわざとくっつけるようにすると俺たちの腹の間で硬くなったジュリアスのものが擦れて、俺の下でジュリアスがたまらなくなった声を上げる。
「ジュリアス、足りてる?」
と、ジュリさんが突然俺を太い腕で俺を抱きしめ、俺の動きを封じた。
「え、なにっ?!」
「おまえまで不安になってどうする、リノ」
「………ん、もう」
俺は全身脱力してしまった。
「俺のことなんでもお見通しなの、ジュリさん?」
「そんなことができたら夫婦喧嘩をしなくても済むかもしれないが、つまらないかもしれないぞ」
「そうだね。
わからないから言葉にしよう、って俺たち何度も確認したもんね」
俺はジュリさんにちゅっとキスをした。
「カヤとあの子のことは気の毒だと思う。
しかしそうしたのは2人で、誰も2人の間には入れない」
「うん、2人じゃなきゃわからないこともいっぱいあるだろうし」
俺たちが2人で過ごすようになって、俺はいつも思っていた。
俺は、大人じゃない。
だからジュリさんのことはわからない。
それにこの人は捕虜として敵国に連れてこられたんだ。
わからないことだらけだった。
17歳の俺がいくら背伸びをしても、届きはしない。
俺にできることは「言葉にする」ことだった。
いちいち面倒くさいと思われたかもしれないけど、俺がジュリさんにできる数少ないことの一つだった。
カヤ様とルーポのことで、俺はジュリさんに言葉も愛もなにもかも足りているのか、不安になった。
ジュリさんをいっぱいにして満たしたかった。
だってジュリさんはいつも、俺を満たしてくれる。
「ジュリさん、俺、ジュリさんのこと、好き」
ひゃっ!
中、そんなにうねらせたらだめだって。
や、これすぐいっちゃうから!
ジュリさん、ちょっと、あうっ!
締め付け、た、ら!
「いつもリノに先に言われているな。
愛してる、リノ」
ぐふぁぁぁぁっ!
だめ、それ!
俺のがおっきくなったせいか、ジュリさんも思わず「んっ」て鼻にかかった声をもらす。
あ、ちょちょちょっ、そんな声。
いやらしすぎますよ、ジュリさん!!
「あー、ジュリさーん!
もう、動いていい?
俺、限界きそう」
ジュリさんは俺を抱きしめていた腕を緩めた。
俺はジュリさんにキスをした。
ぬっちゃぬっちゃと唾液の音がでっかいキス。
唇を離したら、ジュリさんが言った。
「気持ちよく、して」
<了>
台所で手が汚れているジュリさんが動けないのをいいことに、抱きついてちょっとこってりしたただいまのキスをする。
「ジュリさん、何を作ってるの?」
大きな肉の塊をごろごろに切っているのを見て、聞いた。
「ああ、リノ。
明日、夕食に人を招きたいがいいか?」
「もちろん」
ジュリさんと俺の家にはよく人が来る。
訪ねてきてくれることもあるし、こちらから誘うことも多い。
そういうときにはたいてい、ジュリさんがうまうまご飯を作ってくれる。
俺も作るけど、お客さんの反応が今一つなんだよ……
そりゃあね、「リノのご飯」より「ジュリアス様の手料理」のほうがテンション上がるよね!
「それで、誰が来るの?」
「ヴェルミオンとカヤだ」
ジュリさんが静かに言った。
俺ははぁ、っと大きな溜息をついた。
そして「おいしいもの、食べてもらわなくっちゃね。俺も手伝うよ」と言い、仕事で使う本が入った布の鞄を寝室の小さなテーブルの上に置きにいった。
カヤ様は元騎士なのに、気さくで面倒見がよく街なかでも慕われていたが、思いっきりもいいので思春期の子どもからも信頼を得ていた。
一時期、俺が責任者を務める街の学校で教えてもらっていた。
そんなカヤ様がある時、小さな男の子を連れてこのうちにやってきた。
名前はルーポといって、王様から勲章を授けられるほどの功績を上げた薬師見習いだった。
やせ細った身体に不安そうな大きな青い瞳が泳いでいて、俺は職業柄とても心配になった。
平穏な日々が続いているからといって、この国が続けてきた戦争や内乱の痕は未だに大きく残り、過酷な状況で生きている子どもたちがまだまだたくさんいる。
俺は自分が読み書き計算ができるようになって、世界が開けた気がした。
だからそれを子どもに教えたいと考えていた。
新しい王様のマグリカ様は「国内の識字率を上げたい」とお考えになり、街に小さな学校を作ることにした。
その教師として俺は推され、職を得た。
そのあとすぐ、ジュリさんと俺は驚くことになる。
十三くらいだと思ってたルーポが実はもうすぐ二十歳になる大人だったから。
いやいやいやいや。
だったらなおのこと、大変だ!
なにか理由があるのかもしれないけれど、この弱り方はただ事じゃないよ!
けれど、俺たちは安心した。
カヤ様がルーポを見る眼差しが優しくて。
ルーポもカヤ様の屋敷にいて世話になっていることを話しているときの様子が、そっとカヤ様を頼りにしている感じで。
カヤ様にルーポのことを任せていれば大丈夫だと思った。
その後のことはヴェルミオン様がうちにやってきて、ルーポのことを少しずつ教えてくれた。
ヴェルミオン様もジュリさんと同じ第三騎士団の騎士様で女性のように綺麗だ。
ラズベリーピンクの髪と唇が印象的で、街で「女神様」と呼ばれているのもわかる。
言葉遣いも女性のようだけど、背はぐっと高くてもちろん騎士様だから筋肉もすごい。
均整がとれているせいか、ごつさがなくてしなやか。
困ったことはその、たっぷりある胸筋を見せつけるようにして「ねぇ、疲れてるの?大丈夫?おっぱい揉む?」とからかってくることだ。
それも反応がよさそうな相手を狙うので、お、俺もよくからかわれていた……
い、今もた、たまにからかうのは止めてください。
随分歳下の、その頃は男の子と呼んでいいくらいの人と結婚している。
お洒落な方で、今回はインティアと一緒にルーポが受勲式で着る薬師の服づくりを手伝ったそうだ。
式の前日に出来上がった薬師の服をルーポに着せてきた、とその帰りに2人でうちに来て声高に話をしていった。
そのときにカヤ様のお身体の不調をルーポが自分で調合した薬とマッサージとで治したと聞いた。
怪我や後遺症で苦しむ人たちを俺も見てきた。
ジュリさんが怪我をするたびに、俺も気が気ではなかった。
けれどジュリさんは騎士様でジュリアス様だから、避けては通れない。
その痛みや苦しみを和らげる薬を作ったのがルーポであり、受勲の理由だった。
受勲式の日、ジュリさんは街の警護で帰宅が遅かった。
それでも俺たちはルーポの受勲を祝して、ワインでささやかな乾杯をした。
とても嬉しい1日だった。
それなのに。
翌日、突然ルーポがいなくなった、とヴェルミオン様から告げられた。
ここに来ていないかと聞かれ、いないと答えるしかなかった。
しかし、捜索はすぐに打ち切られた。
ルーポは受勲式の後、遠い生まれ故郷に帰ったことになっていた。
そして彼のことは一切口にしてはいけない、とジュリさんから言われた。
それがクラディウス様を通しての王令だった。
ジュリさんと俺もなんとなく落ち込んだ日々を過ごしていた。
それから7日だか10日だかして、カヤ様が騎士になりたい若者を集めた訓練所の指導者になったことを知らされた。
だから俺の学校の教師の手伝いはできない、と。
第三騎士団所属になると聞いて、ジュリさんに確認すると「そうだ」と言われた。
俺はちょっとだけほっとした。
随分気落ちしていらっしゃるだろうけど、なにかやることがあったほうが気が紛れるし、一人じゃないほうがいいことだってある。
そして、今回のうちでの夕食だ。
きっと、ヴェルミオン様もジュリさんもカヤ様を励まそうという気持ちなんだと思う。
よーし、俺もなにかしたいな。
ごろごろに切られた肉はジュリさんが北国風の調理方法で下ごしらえして、ことこと煮た。
その音を聞きながら、俺たちは簡単な夕食を食べた。
明日の準備に手間取っちゃって、今夜のことまだあまり手が回らなかったんだ。
「すまないな、リノ」
「ううん、そんなことないです、ジュリさん。
だってカヤ様にジュリさんのおいしい料理を食べていただかなきゃ!
俺、いろんな人にすっごいうらやましがられるんですよ。
毎日ジュリさんの手料理を食べてる、って」
「飽きないか」
「なんで?
いつもおいしいです。
いつもありがとう、ジュリアス」
食事中だったけど、俺は立ち上がりテーブル越しにジュリさんにキスをした。
次の日、俺のほうが仕事が早く終わった。
市場に行き、緑の瑞々しい葡萄とトマト、そしてぱりっと焼かれたパンを買った。
帰るとジュリさんから言われていたように火加減をしながら、また煮込んだ。
今朝、ジュリさんが野菜を仕込んでいったのがほろりと柔らかくなっている。
うまそー!
俺はテーブルに4人分の食器を揃えた。
と言っても、ありったけの不ぞろいの食器を並べただけだ。
切ったトマトとパンの皿も置いた。
しばらくして、ジュリさんがカヤ様とヴェルミオン様を連れて帰ってきた。
お二人は部屋中に漂う異国のスパイスにお腹を鳴らした。
「本当はもっと違う肉や野菜を使うんだが」と言いながら、ジュリさんはメリニャで揃う食材とスパイスで作った故郷の料理を皿に盛りつけた。
ヴェルミオン様が持ってきたワインを開け、食事が始まった。
最初は初めて食べるスラーク風の料理に驚き、それから仕事の話や最近あった面白い話など、ヴェルミオン様が中心になって会話した。
あんなにあった食べ物がテーブルの上からすっかりなくなってしまうほど、4人で食べた。
ふー、お腹いっぱい!
まずは食事で使った食器を下げ、テーブルの上を広くするとジュリさんが大事そうに火酒の入った容れ物を棚の奥から取り出し、カップを並べた。
俺は恭しく緑の葡萄をかごに盛ってテーブルの上に置いた。
ジュリさんが驚いたように俺を見た。
「きっと火酒を飲むと思って。
合うんでしょ、緑の葡萄と」
「ああ、ありがとう」
ジュリさんが嬉しそうに笑った。
「リノ、あたしとカヤで干した果物を持ってきたの」
ヴェルミオン様が取り出した色とりどりの干した果物を並べると、テーブルはすっかり強い酒を飲む準備が整った。
俺はそこから離れて一人、うちにあったワインを注いだ容れ物を持ってソファに座った。
「なによ、リノ。
そっちに行くの?」
「はい。
俺、火酒は匂いだけでも酔いそうです」
「あたしも初めて飲むの。
つらくなったらそっちに行くわ」
と言いながら、ヴェルミオン様は舌なめずりをしていた。
なんだよ、飲む気満々じゃないですか!
こうして騎士様たちの酒盛りが始まった。
***
す、すげぇ。
さすが、としか言いようがないよ!
俺は10年前にインティアと舐めたくらいでくらくらしてしまい、それからは飲もうという気になれない、北の強い酒をこの3人はがっぱがっぱと飲み続けている。
俺はいざという時のために、冷たい水を井戸から汲んで外の水がめに溜めているし、台所の水差しにも入れてある。
しかしそんな酔いざましの水なんて必要なさそうな勢いだ。
3人だけになったという気楽さもあるのか、騎士団内の他愛のない愚痴も飛び出しているから、少しは酔っているんだろうけど、顔色一つ変えていない。
ん、俺は……
そんなに弱いとは思っていないんだけど、なんだか今夜は騎士様の宴に酔った気がする。
なんだがぼーっとしてきた。
ジュリさんが楽しそうだ。
騎士団ではいっつもこうなのかな。
きっと騎士団では、俺の知らないジュリさんがいるんだろうな。
ちぇっ、ちょっとだけ、悔しいな。
また時が経った。
今度はカヤ様の口数が増えていった。
よく見たらちょっと赤い顔をしている。
やがて少し苦しそうな息遣いでぽろりと言葉が転がり出た。
「いったい、どこに行ったんだ……」
胸が締め付けられる気がした。
やっと。
やっとカヤ様は胸に溜めていたものを吐いた。
それからは、少し情けないお姿だった。
ぼそりぼそりと、カヤ様はこれまで話してこなかっただろうことを話し始めた。
それはあの小さな薬師見習いさんの自慢でもあり、惚気でもあり、自分がどれだけだめになっているかでもあった。
でもそんな姿を非難する気にはまったくなれなかった。
だって。だってさ。
大切な人が突然、消えたんだよ。
俺も、俺もね。
いつジュリさんが騎士様として戦い、亡くなってしまうのかと、気が気じゃない。
だからジュリさんが遠征で離れるときにはいつもぎゅうぎゅうと抱きしめ合い、キスして、少しでもなにかできないかと思いながらくっついている。
カヤ様が今、話しているのは「起きたら姿が消えていた。あらゆる扉は施錠してあったのにいなくなった」と、どう理解していいのかわからないことだった。
俺たちのような「発つ前の準備」のようなものが一切なく、大切な人がいなくなったら。
苦しい。
俺は重苦しい息をそっと吐いた。
「あんた、あの子にひどいことしたんじゃないでしょうね」
「ひどいこと?」
「肌を合わせたんでしょ?」
ちょちょちょちょちょーーーーっと!
ヴェルミオン様、それはちょっと入り込みすぎなんじゃ……
いや、俺も30が近い、いいオトナの男ですから。
顔を赤くしてうつむいてしまうような、ことは、ない、はず、なんですけどね……
そんなあからさまに……
いや、少しは言葉を選んでいるか。
「ちゃんと受け入れてもらったの?」
「ああ」
「じゃあ、嫌われてはないのね」
「……と、思う」
カヤ様の歯切れが悪くなる。
ぴくりとヴェルミオン様が反応する。
「は?
どういうこと?
あんたはあの子が好きで、あの子もあんたのことが好きなんでしょ?」
「あ……ああ、多分な」
「多分?!」
「あいつが俺のことを好きと言ったかどうか覚えていないし、俺も言ったかどうか定かではない」
「ええええええええーーーーーーーっ!!!!」
ヴェルミオン様と俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
俺なんて椅子から立ち上がっちゃったもんねっ!
滅多なことで驚かないジュリさんさえも、固まっている。
待って待って待ってっ!
どういうこと?
俺はいろいろ確かめたくてジュリさんを見た。
ジュリさんも唖然として首を振っている。
「ね、それ、どういうことかしら?」
お、ヴェルミオン様!
綺麗な綺麗な顔が、美しくて怖ろしいお顔になっていらっしゃいますが、いいです、今は。
これがどういうことなのか、俺にもわかるように教えて!
「カヤ、もしかしてだけど。
あんた、あの子に『好き』だとも言わずに抱いたっていうの?」
ま、まさかそんな……
冗談ですよね、カヤ様。
早く、そのいい声で「違う」と言って!
早く言って!
「そうだ」
ひぇええええええええええええええ!!!!
「ばっかじゃないのっ!
ほんとに、ばかじゃないのっ!
ばかばかばかあああああっ!!!」
え、ほんとに……?!
ヴェルミオン様は怒り狂ったように、カヤ様にばかばか言っている。
そんなに言わなくても。
でも。
「好き」って言わずにルーポを抱いちゃったの?!
こめかみに血管を浮かべながら、憤怒の顔でヴェルミオン様はぎゃんぎゃん叫んでいる。
あまりの勢いに、ジュリさんがヴェルミオン様の肩をなでてなだめている。
でもヴェルミオン様の勢いは止まらなかった。
「『好き』って言わずに抱くだなんて、ばっかじゃないのっ!!!!
そりゃ、ルーポはおぼこいからそういうのは疎いと思っていたけど、なんであんたまでっ。
いい大人なのに、なんでよっ!」
「ヴェルミオン、声を抑えろ」
ジュリさんが鋭く言う。
多分、ルーポの名前を大声で叫んだせいだ。
「ジュリアス、そんなことできっこないわよっ!
あんたね、『好き』って言われながら抱かれるのがどれだけ幸せなのか知らないの、カヤ?
ひどい、ひどすぎるわっ!」
ヴェルミオン様はレースのハンカチを握りしめ、カヤ様に悪態をつき、ルーポを哀れんでは泣いていた。
終いにはジュリさんがヴェルミオン様を抱き寄せ、ヴェルミオン様はジュリさんの胸に顔を埋めてわんわん泣いた。
カヤ様は無理強いをするような人ではない。
きっとルーポとどこかで思いが通じていたんだと思う。
それを言葉にしたかどうか、ってことだろうけど。
「リノ、代わってくれ」
ジュリさんは俺にヴェルミオン様の隣に座るように言った。
「リノぉぉぉぉぉっ!」
長身のヴェルミオン様に抱きつかれてぐらついたけど、俺、踏ん張った!
あの……
あのさ……
俺、何回かジュリさんに抱かれたことがある。
前王の酷い命令で俺たちはひどすぎる結婚式を挙げた。
でもそれはあの人が勝手に決めたことだったから、あの、どっちがどっちを抱くって自分たちでも決めたくて。
だってさ、ジュリさんも男だし。
ジュリさんは経験があって、とても丁寧に優しく抱いてくれた。
結局、なんだか俺がジュリさんを抱くほうが2人ともしっくりくるから、最近はほとんど俺が抱いているんだけどさ。
ただ、抱かれているとき、って、ちょっと恐いんだよね。
不安、っていうか。
やっぱり、なんていうか弱点を晒している感覚がすっごく大きくて。
大好きだから、つながりたくて。
でも自分が想像している以上に相手に弱くて恥ずかしい、それも急所をさらけ出さなくちゃいけなくて。
そんなときにジュリさんの優しくて包み込むような、それでいて切羽詰まった声で「好きだ」と言われたら、かちかちに緊張していた身体が少しずつほぐれていくような気がして。
そうやってキスと愛撫と声と言葉でジュリさんに気持ちよくされて、ジュリさんにすべてを預けて、そして俺たちはつながったんだ。
多分、想像だけど、ヴェルミオン様は「男に抱かれる側」の何かをルーポと共有しているのかもしれない。
それはきっと、カヤ様にはわからないかもしれない。
俺は泣いてるヴェルミオン様の頭をなでた。
そしたら、「リノぉぉぉうっ!」と余計に泣かれた。
まったく、インティアみたいだなぁ、ヴェルミオン様。
俺はよしよしとヴェルミオン様を撫で続けた。
カヤ様はうなだれていた。
かける言葉もなかった。
そうこうしていたら、ジュリさんがすっきりするお茶を淹れてくれた。
ミントが入っていて、ほんとにすっとした。
俺たち4人はそれを黙って飲んだ。
飲み終わると、ジュリさんが「2人を送ってくる」と言って3人で出ていった。
うんうん、そうしてそうして!
道の真ん中で「ばっかじゃないのっ!」と叫ばれても困るし、なに一つ言わなかったけどカヤ様も相当つらいはずだ。
とりあえずクラディウス様のところまで帰せば、あとはなんとかしてくださるだろう。
うちより人も多いし、屋敷もでかいから少々叫んでも大丈夫だろうし。
俺は1人になり、使った食器を片付け、水に浸した布で身体を拭き顔を洗ってさっぱりすると、自分のベッドに腰掛けてジュリさんの帰りを待った。
ほどなくしてジュリさんが帰ってきた。
3人は黙々と歩いたらしい。
ジュリさんも俺と同じようにしてさっぱりして寝室に戻ってきた。
「ジュリさん」
すでにランプの火は落とし、暗闇の中でジュリさんを抱きしめキスをする。
「どうした、リノ」
「あの、あのさ。
とっても疲れていると思うけど、俺……」
ジュリさんは静かに俺の次の言葉を待っている。
「俺、ジュリアスを抱きたい」
「ああ」
「ジュリさんは?
俺としたい?
いやなら断って」
ちゅっとジュリさんが俺にキスをする。
「俺もしたいよ、リノ」
俺はジュリさんをベッドに押し倒した。
「好きだよ、ジュリアス……」
優しく、優しくと思いながら、気が逸る。
後ろから貫き、腰を動かすとぱちゅんといういやらしい音がした。
もう止められなかった。
「ジュリアス、ジュリアス、ジュリアスっ」
闇に響く俺の声。
「好きっ。
大好……きっ。
あっ、ぐっ、そんなにしめつけちゃっ、うっ」
どうしてこんなに止まらないのか、理由はわかっていたがわかりたくなかった。
「ね、ジュリアス、気持ち、い?」
後ろから突いていった後、今度は正面からジュリアスを貫く。
身体をわざとくっつけるようにすると俺たちの腹の間で硬くなったジュリアスのものが擦れて、俺の下でジュリアスがたまらなくなった声を上げる。
「ジュリアス、足りてる?」
と、ジュリさんが突然俺を太い腕で俺を抱きしめ、俺の動きを封じた。
「え、なにっ?!」
「おまえまで不安になってどうする、リノ」
「………ん、もう」
俺は全身脱力してしまった。
「俺のことなんでもお見通しなの、ジュリさん?」
「そんなことができたら夫婦喧嘩をしなくても済むかもしれないが、つまらないかもしれないぞ」
「そうだね。
わからないから言葉にしよう、って俺たち何度も確認したもんね」
俺はジュリさんにちゅっとキスをした。
「カヤとあの子のことは気の毒だと思う。
しかしそうしたのは2人で、誰も2人の間には入れない」
「うん、2人じゃなきゃわからないこともいっぱいあるだろうし」
俺たちが2人で過ごすようになって、俺はいつも思っていた。
俺は、大人じゃない。
だからジュリさんのことはわからない。
それにこの人は捕虜として敵国に連れてこられたんだ。
わからないことだらけだった。
17歳の俺がいくら背伸びをしても、届きはしない。
俺にできることは「言葉にする」ことだった。
いちいち面倒くさいと思われたかもしれないけど、俺がジュリさんにできる数少ないことの一つだった。
カヤ様とルーポのことで、俺はジュリさんに言葉も愛もなにもかも足りているのか、不安になった。
ジュリさんをいっぱいにして満たしたかった。
だってジュリさんはいつも、俺を満たしてくれる。
「ジュリさん、俺、ジュリさんのこと、好き」
ひゃっ!
中、そんなにうねらせたらだめだって。
や、これすぐいっちゃうから!
ジュリさん、ちょっと、あうっ!
締め付け、た、ら!
「いつもリノに先に言われているな。
愛してる、リノ」
ぐふぁぁぁぁっ!
だめ、それ!
俺のがおっきくなったせいか、ジュリさんも思わず「んっ」て鼻にかかった声をもらす。
あ、ちょちょちょっ、そんな声。
いやらしすぎますよ、ジュリさん!!
「あー、ジュリさーん!
もう、動いていい?
俺、限界きそう」
ジュリさんは俺を抱きしめていた腕を緩めた。
俺はジュリさんにキスをした。
ぬっちゃぬっちゃと唾液の音がでっかいキス。
唇を離したら、ジュリさんが言った。
「気持ちよく、して」
<了>
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