安芸の島

Kyrie

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4. 安芸の島(4)

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他の観光客が近づくと英介は速水の手を離した。
しかし、彼らが去っていくとまた速水の手を取って歩いた。
速水はそれをふりほどこうとはしなかった。

澄んで乾いた空気を通る日光は、明るく真っ直ぐだった。
光に透かした紅葉は青空に映えて美しかった。
英介は速水の手を離して、カメラを構えた。
この頃になってようやく、速水はスマホを取り出し、自分も写真を撮りだした。



「わぁ」

英介が声を漏らした。
撮った写真をカメラ背面の液晶で確認していた。
覗き込んだ速水も声を上げた。

「綺麗だね」

「うちに帰ってPCで確認してみんとうまく撮れとるかどうかわからんけど」

「原田くんの写真、僕も見たいな」

「メールで送ろうか」

「うん、是非そうして」

その後、英介は速水のスマホの写真も見たがった。
速水は「いや、僕のはただ撮っただけだから」と言いながら、スマホを操作して自分の紅葉の写真を英介に見せた。

「綺麗じゃ」

英介は笑って言った。
速水も嬉しそうに笑った。
その顔を見て、英介は安心した。



しばらくそうやって、手をつないだり、ぼそぼそ話したり、写真を撮ったり、撮った写真を見せあいこしながら歩いていた。
が、急にがやがやと騒がしくなった。

これまでとは空気が違った。
道も、少し下ってきた。

英介が速水の手を離した。
それからは手をつなごうとしなかった。
速水はそれが少し寂しかった。
でも、英介がどうしてそうしたのかわかった。

下界に降りてきた。

そう速水は思ったが、その表現がぴったりだった。
紅い欄干の橋を渡ると、観光客がうじゃうじゃといた。

「もみじ谷公園じゃ」

英介は速水に地図を見せて言った。

「もみじ谷」と言われるだけあって、辺りは紅葉した木ばかりだった。
落ち葉も赤く、空気も赤く染まっていた。
数件、茶店のような店もあり、またロープウェイ乗り場にも近い。
「宮島」のパンフレットやガイドブックの写真は大概、ここで撮っている、とすぐに速水にもわかるほど、そこはよく見ていた。

観光客は声高にしゃべり、笑い、歩いていく。

速水は悲しくなった。
さっきまでの英介ともみじを見た場所とつながっているとは思えなかった。
下界に降りてきたのだ。
と思い知らされた。

英介は数枚、写真を撮ったが、それで止めてしまった。

「撮らないの?」

「…ん、ここ、あんまり好きじゃないけぇ…」

英介は人が多すぎて、撮る気が削がれるのだと俯き加減で言った。
なるほど、さっきまでの静寂さはなくなり、どこにカメラを向けても人が写り込む。
英介は人を避けて写真を撮っているようだったし、彼には静かな中の撮影のほうが似合う。
速水はそう思った。

英介は落ちていた紅葉を1枚拾って速水に渡した。
速水はバッグからモレスキンを取りだし、これまで拾って挟んできたもみじと同じように受け取ったもみじの葉を挟んだ。
紅の色がひときわ鮮やかだった。


「きゃあ!」と声が上がった。
鹿が何頭か、観光客に近寄っている。
スマホで写真を撮る人、なでる人、鹿の大きさに少し怖くなり距離を取る人。
それを英介は遠くからながめた。

「速水さん、これからどうするん?」

英介はまた地図を取りだし、速水に見せた。

「このままもみじ谷を下っていったら厳島神社に出るけぇ」

「原田くんはどうするの?」

「わしはこのままもみじ歩道を通って、大聖院まで行く」

「僕も行く。原田くんと紅葉が見たい。いい?」

英介はうなづいた。
2人はまた赤い欄干の橋を渡り、山の中のもみじ歩道を歩き始めた。
こちらは「もみじ」と名前がついているせいか、もみじ谷公園から流れてくるせいか、うぐいす歩道よりずっと観光客が多かった。
英介は手をつなぐことはしなかった。
が、代わりに速水の存在を確認してから歩き出すようになった。
速水は英介の隣を歩いたが、それまでより少しだけ距離を縮めていた。




「あそこ、見てみんさい」

ずっと山の中で両側に木ばかり見えていたが、視界が開けた。
海も見える。

「五重塔とでかい屋根と銀杏が見えるじゃろう?」

英介が指差すほうを見て、速水はうなづいた。

「あれはなに?」

「千畳閣、ゆうんよ。
秀吉が作らせた大きい神社じゃったんじゃけど秀吉が死んでしもうたけぇ、建設途中のまんまなん」

ここからでも大きい瓦屋根と、眩しい黄色に黄葉した銀杏、その隣の朱塗りの五重塔が印象的だった。

「わし、宮島の中であそこが一番好きなんよ」

「ふうん」

英介は望遠レンズに付け替え、写真を撮っている。
速水もスマホを向けたが、気に入る構図にならなかったので、1枚だけ写真を撮った。
それから、ファインダーを覗く英介の横顔を見ていた。
口元を引き締めながら、頬は緩んでいる。
相当好きな場所のようだ。

「行きたいな、あそこ」

「行く?」

「うん。このあと行こうよ」

「わかった」

2人はそのまま多くの観光客に紛れ、写真を撮ったり風景を楽しんだりしながらもみじ歩道を歩き終わり、大聖院の入口まで来た。
長く急な階段を上がり、大聖院の広い境内を見て回った。










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