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第6話
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次の夏、翔ちゃんからメールが来た。
内容は手紙と同じ。
「直、ごめん。
忙しくて夏休みも帰れません。
直に会いたいです」
俺はそれを読んだとき、自分のスマホを投げつけ叩き割ろうかと思った。
「もう聞き飽きたっ!
もういやだ。
待っているだけなのは、いやだっ!
会えないんだ。
これって付き合っているって言えるの?」
自分のことを過信しすぎていた。
結構、人と距離を取るほうなので、翔ちゃんと離れていてもテキトーにできると思っていた。
実際は違った。
翔ちゃんに会いたくて会いたくて仕方なかった。
いつも翔ちゃんと過ごした高校時代のことを思い返していた。
毎日のように会い、じゃれて、笑っていたあの頃。
自立して、誰にも文句を言わせないように大人になって二人で幸せになろう、と口約束をし、それを女の子みたいに俺たちは真っ赤になりながら嬉しがっていた。
こんなどす黒い感情に蝕まれるとは思ってもいなかった。
だけど、こんなひどい言葉、翔ちゃんに投げつけられる?
きちんと食べて寝ているのか、やり過ぎていないのか、身体は大丈夫なのか。
心配で不安で、いっぱいいっぱいの翔ちゃんに心配かけたくなくて。
俺は言葉を飲み込む。
飲み込んで飲み込んで。
正月には遠藤さんと冬に海に向かって叫び、少しは空になったと思っていた。
しかしそれはすぐに溜まっていった。
ひたひたとヘドロのように。
俺は自分がどんどんどす黒くなるのを感じた。
遠藤さんとは変わらず、月に1、2度遊んでいた。
夏はかき氷を食べたり、映画のレイトショーにも行った。
俺の誕生日が10月だと知ると、「来年の夏は山本くんとビアガーデンに行けるね」と涼しい目元をして言った。
大人の人に真面目にアルコールを飲むのに誘われて、うきうきもした。
しかし、根底にはずっと翔ちゃんのことがひっかかっていた。
最後に会ってからもう1年以上経っている。
俺があまりに暗い顔をしているので、遠藤さんが理由を聞いた。
同性同士でつきあっていることを誰かに言うのは憚られて、俺は誰にも話していなかった。
だから、翔ちゃんとのことを誰かに相談したり、愚痴ったりすることもできなかった。
でも、あの日、遠藤さんと水族館に行った帰りの車の中、俺は暮れていく空を見ながらぼそぼそと翔ちゃんとのことを話し出した。
遠藤さんなら、静かに聞いてくれそうな気がした。
余計な詮索はせず、ただ聞いてくれると思っていた。
もし気持ち悪がられて車から降ろされたら、それでもいいとも思った。
一人で歩いてでも帰ろうと考えた。
車内は薄暗くなり、計器の明かりだけになった。
赤いヘッドライトの列。ゴーっというエアコンの音。
俺は遠藤さんから顔を背け、助手席の窓から外を見ながらぼそりぼそりと話した。
遠藤さんはすぐに音楽を止めた。
軽やかなハンドルさばきで運転しながら、黙っていた。
俺は淡々と話をした。
遠藤さんは俺を途中で車から降ろすこともなく、同情的に何かを言うわけでもなく、黙っていた。
その沈黙はぎすぎすしておらず、俺はかえって心地よかった。
初めて最寄り駅ではなく、自宅の近くまで送ってもらった。
遠藤さんはただ一言「じゃ、また誘うね」と穏やかに言い、車を走らせた。
熱気が地面からこみ上げ、俺はねっとりと汗で覆われるのを感じながらそれを見送った。
***
駅ナカのカフェで翔ちゃんと向かい合っている。
俺たちの時間はたった20分。
メールの通り、翔ちゃんは夏休みに帰ってくることはなかった。
それが9月末、それも平日、住民票だかなんだかの書類が早急に必要になり、翔ちゃんは日帰りで戻ってきた。
メールで呼び出され、俺は店長に嫌味を言われながら急にバイトを休み、指定されたカフェで翔ちゃんを待った。
「1時間はあるから」と言っていたのに、翔ちゃんは40分も遅刻した。
俺はアイスカフェオレを2杯飲んでいた。
久しぶりの翔ちゃんはあどけなかった高校生のときとは変わっていた。
なのに「直は全然変わってないね」と言った。
変わってない?
大人っぽくなってない?
俺は翔ちゃんのことを思って、どんどんどんどん黒くなっていったよ。
こんな自分、俺は大嫌いだ。
言いたいことも言えず、やりたいこともしていない自分のことが大嫌いだ。
書類が思ったようにそろわなくて遅れた、と翔ちゃんは謝った。
俺の中でなにかが切れた。
「聞き飽きた」
せっかく、翔ちゃんが目の前にいるのに!
あれもこれも翔ちゃんに話そうと思っていたことは、1年も経つと忘れてしまった。
翔ちゃんが「いいね」と言ったから、行きたいところもしたいことも「一緒に」と思ってやらずにいた。
かすかすになった。
空っぽになったところにヘドロのようなどす黒いものが溜まっていった。
俺は俺でなくなりそう。
俺の硬い声に翔ちゃんの目つきが変わった。
「どういうこと?」
俺は間髪入れずに答えた。
「翔ちゃんが謝るのはもう聞き飽きた。
何回、翔ちゃんの『ごめん』を聞いたらいいのかな。
1年以上も会っていないのに、つき合ってるって言えるのかな」
話し出したら、止まらなかった。
「だから、ごめん、って」
「聞き飽きたんだって」
どうしていつも翔ちゃんの言い訳ばっかり聞かなきゃいけない?
俺の会えなくて寂しいって愚痴は聞いてもらえない?
「そんなこと言ったって、仕方ないだろ!」
翔ちゃんも口調を荒げる。
「そうだよ、仕方ないよ。
全部ぜんぶ、何もかも、仕方ない。
仕方ない仕方ない仕方ない。
それで納得できるわけないだろ」
「直と一緒に暮らそうと思ったらこうするしかなくて」
「もういい!」
決壊。
「翔ちゃん、もう終わりにしよう。
俺、くたびれた。
翔ちゃんを待つの、くたびれた」
「直、何言って……」
「翔ちゃんが俺のために一生懸命やってくれてるのはよく知っている。
でも、翔ちゃんは研究ばっかりだ。
仕方ないと思った。
でも、それだけじゃ俺がもう耐えられない」
もし、翔ちゃんが俺と約束していなかったら?
翔ちゃんはもっともっと自由にできたんじゃないのかな。
俺のせいで翔ちゃんが頑張り過ぎているのなら、俺、翔ちゃんのそばにいないほうがいいんじゃないかな。
ずっとそう感じていた。
でも怖くてそれを認められなかった。
俺のためじゃなくて、純粋に翔ちゃんは自分のやりたいことをしてほしかった。
自分が翔ちゃんの何かを変えてしまうのが恐ろしかった。
そして、俺は自分の中の空虚さも怖かった。
自分が自分でなくなっていくのが恐ろしかった。
これらをずっと黙って、一人で抱えていけない。
負けでもなんでもいい。
翔ちゃんは怒りで真っ赤な顔をした。
そして一言、「わかった」と言った。
「時間だし」
と伝票を持って立ち上がった。
「元気で」
俺は精一杯の声で言った。
「直も」
翔ちゃんは鋭く言い放った。
レジに向かい、支払いを済ませるとカフェから出て行った。
今、追いかけたら。
縋って謝ったら。
そんなことも考えなくもなかった。
でも、できなかった。
身体が重くて、動けなかった。
***
とにかく大学だけには行った。
店長には嫌味を言われっぱなしだったけど、強引にバイトも休んだ。
クビをちらつかされたけど、それでもいいと思った。
夜、眠れなかった。
家では「外で食べるから」と言っていたが、実はほとんど食べなかった。
不思議と泣かなかった。
全てが空虚だった。
初恋なんて中学までに済ませていると思うのに、俺はうっかり翔ちゃんが初恋だった。
だから、これが初めての失恋。
予想がつかなかった。
この胸の痛みとどんよりと重いなにかと、鉛を飲み込んだように声が出ないのと、生きる気力がないのと。
こんなになるとは思いもよらなかった。
スマホの電源は最初の三日間は切っていた。
どこかで翔ちゃんがメールや電話をしてくるんじゃないか、と思ってた。
四日目、恐る恐る電源を入れたが何もなかった。
そうか。
俺が翔ちゃんをフったんだっけ……?
寂しい自分が怖くなった。
なにをしだすかわからない怪物を自分の内側に飼っている気がした。
俺は慌てて、翔ちゃんのすべての連絡先を削除した。
これまで送受信したメールも、メッセージのやり取りも電話番号もなにもかも。
パソコンの中のものも全部ぜんぶ削除した。
つながっていたSNSのアカウントも削除した。
とにかく繋がれないようにした。
もしつながっていたら、自分がなにをしでかすかわからなかった。
自分が恐ろしかった。
逃げたんだ、俺。
逃げなくても、俺はどす黒いヘドロで埋まっていく。
逃げても、何かが自分を責めてくる。
なにが正解で何が間違いなのか、わからなかった。
全て削除し、呆然としていた時、不意に手の中のスマホが鳴った。
誰っ?!
俺は怯えながら、画面を見た。
“遠藤正行”
出たくない。
俺は電話に出ることなく、切った。
しかし、またすぐにかかってきた。
切った。
それを繰り返していたが、5回目に申し訳なくてそっと通話ボタンをタップした。
「もしもし?もしもし、山本くん?」
焦った遠藤さんの声。
「……はい」
「ね、元気?大丈夫?生きてる?」
生きてる?
「生きてない」
「山本くん?」
「別れた」
「別れた?
もしかして翔ちゃんと別れたの?」
答えるのが嫌だった。
客観的に言葉にしてしまうのが嫌だった。
自分の中のことだけじゃなくて、本当に別れたのを認めるのが嫌だった。
「今どこ?家?」
「うん」
「すぐ行く。
10分後には着くから、マンションの下にいてっ」
遠藤さんは言い捨てて、電話を切った。
俺はのろのろと着替え始めた。
そうしてようやく、今日が土曜日で、朝から家族が全員出かけているのに気がついた。
だから大学に行かなくてもよかったんだ。
そんなことをぼんやり考えながら歯を磨き、顔を洗った。
鍵とスマホ、財布をジーンズのポケットにねじ込み、だらだらとマンションの下に行った。
乱暴な運転の車が近づいてきた。
「乗って」
珍しいな、こんな乱暴な運転するなんて。
ぼんやりしていたら、遠藤さんは自分のシートベルトを外して助手席のドアを開け、俺を車に引っ張り込むとされるがままになっている俺にシートベルトをはめた。
そして、自分もベルトをし、また乱暴に車を出した。
「山本くん、きちんと泣いたの?」
この人、何言ってるんだろ?
そして何こんなに怒っているんだろ?
「その様子じゃ泣いてなさそうだね」
遠藤さんはアクセルを踏んだ。
連れてこられたのは、高級そうなマンションだった。
オートロックの番号を操り、鍵を開ける。
ぼーっとしている俺の手を引いて、遠藤さんは大股で歩く。
俺は引きずられて歩く。
ポケットからキーケースを取り出し鍵を開け、部屋の中に連れ込まれる。
洒落たモダンアートの家具が置かれたリビングに通された。
「僕の部屋だ。
防音もしっかりしている。
山本くんの好きにしたらいい」
「言ってること、よくわかんないんだけど」
「泣けよ」
え。
「失恋しても泣いてないんだろ?
泣けよ、山本くん」
ナニ言ッテルノ?
「僕は心配していた。
きっと君は自分の家にも大学にもどこにも安心して泣く場所がないんじゃないかって。
いつも黙って、自分の中にいろいろ溜め込んでいるんじゃないのかって」
ナニ…?
「失恋したんだよ、山本くん。
半身もぎ取られたも同然なんだよ。
無傷じゃないはずだ。
ここならどれだけ声を出してもいい。
壊したきゃ、なにを壊してもいい」
遠藤サンノ言ッテルコト意味ワカンナイ。
「僕は出ていく。
3時間後に戻ってくる。
君は何をしてもいい。
ただ約束してくれ。
君自身を傷つけないこと。
それだけ。
あとはなにを壊しても構わない。
いいね」
両肩を掴まれ、真正面からきつく言われた言葉が耳に残る。
遠藤さんはまた大股で部屋から出ていき、ドアをガシャンと閉めた。
俺は何が起こったのかわからなかった。
ここが遠藤さんの部屋なのはわかった。
しんと静かだった。
物音がしない。
遠藤さん、なんて言ったっけ?
なんで俺、取り残されているの?
『君は失恋したんだ』
あ……
『泣いてないんだろ』
泣きたくなんてない。
必要ない。
『半身もぎ取られたも同然なんだよ』
『わかった』
突然、耳の奥で鳴り響く声。
『時間だし』
冷たい声。
『直も』
それが、翔ちゃんの最後の言葉。
『なーお、泣くなよ。
休みになったら帰ってくるから。
直も来いよ、向こう案内するし』
高校を卒業した3月の終わり、新幹線のホームまで見送りにいった翔ちゃんは俺の頬を両手でぐにぐにと揉みながら言った。
あのとき、あれだけ約束したのに。
もう、会えない。
もう、声も聞けない。
「……ぁぁ……」
うめき声。
「ぁぁぁぁああああああああああ」
だんだん大きくなっていく声。
「うわああああああああああああああああああっ。
あああああああああああああああああっ」
翔ちゃんがっ!
翔ちゃんがいない!
「ばかーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
翔ちゃんのばかーーーーーーーーーーーー!!!」
俺はソファの上にあったクッションを振り回し、壁をぶん殴った。
「ばかーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!
会いたいに決まってるだろーーーーーーーーーー!!!」
殴って殴って殴りまくった。
「会いたいーーーーーーーーーーーーーー!!
翔ちゃんに会いたいーーーーーーーーーー!!!!」
「もっと言うこと、あるだろーーーーーーーーーー!!!」
「ばかーーーーーーーーーーーー!!!」
「好きーーーーーーーーーーーーーーー!!
翔ちゃん、好きーーーーーーーーーー!
好きーーーーー!大好きーーーーーーーーーーーー!!
翔ちゃーーーーーーーーん!」
「うわあああああああああああああ」
なんでっ!
なんでっ!
翔ちゃんはここにいないんだっ!
お前の大好きな直がこんなに怒って傷ついているのに、どうしてここにいないんだ!
こんなに泣いているのに。
なんでっ!!!
泣ク?
力任せにクッションで壁を殴り、大声を張り上げ叫ぶ。
止められなかった。
やがて、クッションは破れ、羽毛が飛び出した。
びっくりするほどの量の羽根がふわふわと舞った。
クッションは小さくなり、手応えがなくなった。
俺は次の獲物だと言わんばかりに、新しいクッションに手をかけ、同じように壁を殴った。
力任せに殴った。
叫びながら泣いていた。
これまで溜め込んでいた、翔ちゃんに言いたかったことを吐き出していた。
翔ちゃんに「終わりにしよう」と言った後、初めて泣いた。
涙は次々に流れ落ちてきた。
多分、1年半分溜めた涙だったんだと思う。
止まることはなかった。
叫んでも殴っても、二度と翔ちゃんは戻ってこなかった。
最後に抱きしめられたことも思い出せなくなっていた。
それよりも、告白されてぎゅっとされたときのことのほうを強く記憶していた。
あの頃の自分に戻りたかった。
いつでも翔ちゃんに会えて、お互いに甘えじゃれ合っていた。
身体がスースーした。
寒くなった。
俺はフローリングに敷かれたラグの上に丸くなった。
翔ちゃん、ぎゅってして……
力が入らなくなった。
翔ちゃん………
人の気配を感じて目を開けた。
軽い羽根布団がかけられていた。
もそりと動くと、コーヒーとミルクの匂いがした。
マグカップの置かれたローテーブルの向こうで遠藤さんが俺を見ていた。
遠藤さんは黙ってこっちに近づくと、俺の上半身を抱き起し、ぎゅっと抱きしめた。
突然のことに驚いたが、久しぶりの人肌の温かさにどこか身体が弛緩した。
「よく泣いたね、よかった」
抱きしめられながら、「何を言っているんだろう、この人」と思った。
「泣けないんじゃないかと心配してたんだ。
よかった、泣けて」
遠藤さんは静かに言った。
「またここに泣きに来てよ、山本くん」
「?」
さすがに首を傾げた。
「今、君はとても傷ついているだろう。
元気になるには時間がいると思うし、誰かに甘えたくなると思うんだ。
だから、ここで甘えてくれないかな」
「……えんど…さん?」
うまく声が出ない。
「一人で泣きたいのなら、またこの部屋を貸してあげる。
何日か空けてもいい。
おいしいものを食べに行くのもいいし、またどこかに遊びに行くのもいい」
「なにいって……?」
「山本くんが元気になるまで、僕は自分ができることをなんでもしてあげたい。
だから、そうしてほしいんだ」
「なんで?」
「山本くん、僕は君が好きだ」
俺を抱きしめる手に力が籠る。
「利用してくれてもいいんだ。
君が元気になったらそれで終わり、でもいい。
でもそれまでは僕に頼ってくれないかな」
「そんな勝手なこと」
「勝手なのは僕のほうだよ。
見返りはいらない。
本当に必要なくなったら、僕は君の前から消えてもいい。
でも、今の山本くんはとても心配だ。
寝てもないし食べてもいない。
心も身体もぼろぼろだ。
当然だもの」
「でも」
「いいから黙って甘えてくれないか。
君が悪く思う必要はない。
僕は卑怯だ。
君が弱っているのにつけこんでこんなこと言ってる。
でも僕も男だ。
降ってきたチャンスは逃さない」
逃げられないほど抱きしめられる。
「もう君のことが好きだなんて言わない。
こんなふうに抱きしめたり、必要以上に触れたりしない。
今までみたいに、月に1、2回、遊ぼう。
嫌なことがあったら言ってほしい。
気をつけるし、直す。
それでも我慢できないほどだったら、また話そう」
「なんでそんな」
「こんな痛々しい山本くんを見ていられないからだよ」
遠藤さん……
「君は強い。
でも溜め込んで自分でつけた傷も大きい。
僕はそんな君を応援したい。
だめかな、山本くん」
弱っていたんだと思う。
久々に抱きしめられ、自分の体重を預けられることに甘えてしまいたくなったのだと思う。
「誰も君を責めはしない。
僕の勝手だから」
「遠藤さん……」
俺はされるがままになっていた。
抵抗もせず、ずっと抱きしめられていた。
遠藤さんは小さく「返事は?」と聞いた。
俺は首をそっとうなずいた。
「ん」と遠藤さんは満足そうに言い、「じゃあ、まずはおかゆを食べようか。しばらくなにも食べてないでしょ」とダイニングで梅干しとお米の甘さが感じられるおかゆを食べさせてくれた。
それから「ちょっと寝るといいよ」とベッドに寝かせてくれた。
あっという間に俺は落ちた。
夕方、起こされて車でマンションの下まで送られた。
「きちんと寝て、食べるんだよ。
難しいとは思うけど。
また来週、誘いに来るから」
そう言って、走り去った。
俺はぼんやりとそれを見送った。
内容は手紙と同じ。
「直、ごめん。
忙しくて夏休みも帰れません。
直に会いたいです」
俺はそれを読んだとき、自分のスマホを投げつけ叩き割ろうかと思った。
「もう聞き飽きたっ!
もういやだ。
待っているだけなのは、いやだっ!
会えないんだ。
これって付き合っているって言えるの?」
自分のことを過信しすぎていた。
結構、人と距離を取るほうなので、翔ちゃんと離れていてもテキトーにできると思っていた。
実際は違った。
翔ちゃんに会いたくて会いたくて仕方なかった。
いつも翔ちゃんと過ごした高校時代のことを思い返していた。
毎日のように会い、じゃれて、笑っていたあの頃。
自立して、誰にも文句を言わせないように大人になって二人で幸せになろう、と口約束をし、それを女の子みたいに俺たちは真っ赤になりながら嬉しがっていた。
こんなどす黒い感情に蝕まれるとは思ってもいなかった。
だけど、こんなひどい言葉、翔ちゃんに投げつけられる?
きちんと食べて寝ているのか、やり過ぎていないのか、身体は大丈夫なのか。
心配で不安で、いっぱいいっぱいの翔ちゃんに心配かけたくなくて。
俺は言葉を飲み込む。
飲み込んで飲み込んで。
正月には遠藤さんと冬に海に向かって叫び、少しは空になったと思っていた。
しかしそれはすぐに溜まっていった。
ひたひたとヘドロのように。
俺は自分がどんどんどす黒くなるのを感じた。
遠藤さんとは変わらず、月に1、2度遊んでいた。
夏はかき氷を食べたり、映画のレイトショーにも行った。
俺の誕生日が10月だと知ると、「来年の夏は山本くんとビアガーデンに行けるね」と涼しい目元をして言った。
大人の人に真面目にアルコールを飲むのに誘われて、うきうきもした。
しかし、根底にはずっと翔ちゃんのことがひっかかっていた。
最後に会ってからもう1年以上経っている。
俺があまりに暗い顔をしているので、遠藤さんが理由を聞いた。
同性同士でつきあっていることを誰かに言うのは憚られて、俺は誰にも話していなかった。
だから、翔ちゃんとのことを誰かに相談したり、愚痴ったりすることもできなかった。
でも、あの日、遠藤さんと水族館に行った帰りの車の中、俺は暮れていく空を見ながらぼそぼそと翔ちゃんとのことを話し出した。
遠藤さんなら、静かに聞いてくれそうな気がした。
余計な詮索はせず、ただ聞いてくれると思っていた。
もし気持ち悪がられて車から降ろされたら、それでもいいとも思った。
一人で歩いてでも帰ろうと考えた。
車内は薄暗くなり、計器の明かりだけになった。
赤いヘッドライトの列。ゴーっというエアコンの音。
俺は遠藤さんから顔を背け、助手席の窓から外を見ながらぼそりぼそりと話した。
遠藤さんはすぐに音楽を止めた。
軽やかなハンドルさばきで運転しながら、黙っていた。
俺は淡々と話をした。
遠藤さんは俺を途中で車から降ろすこともなく、同情的に何かを言うわけでもなく、黙っていた。
その沈黙はぎすぎすしておらず、俺はかえって心地よかった。
初めて最寄り駅ではなく、自宅の近くまで送ってもらった。
遠藤さんはただ一言「じゃ、また誘うね」と穏やかに言い、車を走らせた。
熱気が地面からこみ上げ、俺はねっとりと汗で覆われるのを感じながらそれを見送った。
***
駅ナカのカフェで翔ちゃんと向かい合っている。
俺たちの時間はたった20分。
メールの通り、翔ちゃんは夏休みに帰ってくることはなかった。
それが9月末、それも平日、住民票だかなんだかの書類が早急に必要になり、翔ちゃんは日帰りで戻ってきた。
メールで呼び出され、俺は店長に嫌味を言われながら急にバイトを休み、指定されたカフェで翔ちゃんを待った。
「1時間はあるから」と言っていたのに、翔ちゃんは40分も遅刻した。
俺はアイスカフェオレを2杯飲んでいた。
久しぶりの翔ちゃんはあどけなかった高校生のときとは変わっていた。
なのに「直は全然変わってないね」と言った。
変わってない?
大人っぽくなってない?
俺は翔ちゃんのことを思って、どんどんどんどん黒くなっていったよ。
こんな自分、俺は大嫌いだ。
言いたいことも言えず、やりたいこともしていない自分のことが大嫌いだ。
書類が思ったようにそろわなくて遅れた、と翔ちゃんは謝った。
俺の中でなにかが切れた。
「聞き飽きた」
せっかく、翔ちゃんが目の前にいるのに!
あれもこれも翔ちゃんに話そうと思っていたことは、1年も経つと忘れてしまった。
翔ちゃんが「いいね」と言ったから、行きたいところもしたいことも「一緒に」と思ってやらずにいた。
かすかすになった。
空っぽになったところにヘドロのようなどす黒いものが溜まっていった。
俺は俺でなくなりそう。
俺の硬い声に翔ちゃんの目つきが変わった。
「どういうこと?」
俺は間髪入れずに答えた。
「翔ちゃんが謝るのはもう聞き飽きた。
何回、翔ちゃんの『ごめん』を聞いたらいいのかな。
1年以上も会っていないのに、つき合ってるって言えるのかな」
話し出したら、止まらなかった。
「だから、ごめん、って」
「聞き飽きたんだって」
どうしていつも翔ちゃんの言い訳ばっかり聞かなきゃいけない?
俺の会えなくて寂しいって愚痴は聞いてもらえない?
「そんなこと言ったって、仕方ないだろ!」
翔ちゃんも口調を荒げる。
「そうだよ、仕方ないよ。
全部ぜんぶ、何もかも、仕方ない。
仕方ない仕方ない仕方ない。
それで納得できるわけないだろ」
「直と一緒に暮らそうと思ったらこうするしかなくて」
「もういい!」
決壊。
「翔ちゃん、もう終わりにしよう。
俺、くたびれた。
翔ちゃんを待つの、くたびれた」
「直、何言って……」
「翔ちゃんが俺のために一生懸命やってくれてるのはよく知っている。
でも、翔ちゃんは研究ばっかりだ。
仕方ないと思った。
でも、それだけじゃ俺がもう耐えられない」
もし、翔ちゃんが俺と約束していなかったら?
翔ちゃんはもっともっと自由にできたんじゃないのかな。
俺のせいで翔ちゃんが頑張り過ぎているのなら、俺、翔ちゃんのそばにいないほうがいいんじゃないかな。
ずっとそう感じていた。
でも怖くてそれを認められなかった。
俺のためじゃなくて、純粋に翔ちゃんは自分のやりたいことをしてほしかった。
自分が翔ちゃんの何かを変えてしまうのが恐ろしかった。
そして、俺は自分の中の空虚さも怖かった。
自分が自分でなくなっていくのが恐ろしかった。
これらをずっと黙って、一人で抱えていけない。
負けでもなんでもいい。
翔ちゃんは怒りで真っ赤な顔をした。
そして一言、「わかった」と言った。
「時間だし」
と伝票を持って立ち上がった。
「元気で」
俺は精一杯の声で言った。
「直も」
翔ちゃんは鋭く言い放った。
レジに向かい、支払いを済ませるとカフェから出て行った。
今、追いかけたら。
縋って謝ったら。
そんなことも考えなくもなかった。
でも、できなかった。
身体が重くて、動けなかった。
***
とにかく大学だけには行った。
店長には嫌味を言われっぱなしだったけど、強引にバイトも休んだ。
クビをちらつかされたけど、それでもいいと思った。
夜、眠れなかった。
家では「外で食べるから」と言っていたが、実はほとんど食べなかった。
不思議と泣かなかった。
全てが空虚だった。
初恋なんて中学までに済ませていると思うのに、俺はうっかり翔ちゃんが初恋だった。
だから、これが初めての失恋。
予想がつかなかった。
この胸の痛みとどんよりと重いなにかと、鉛を飲み込んだように声が出ないのと、生きる気力がないのと。
こんなになるとは思いもよらなかった。
スマホの電源は最初の三日間は切っていた。
どこかで翔ちゃんがメールや電話をしてくるんじゃないか、と思ってた。
四日目、恐る恐る電源を入れたが何もなかった。
そうか。
俺が翔ちゃんをフったんだっけ……?
寂しい自分が怖くなった。
なにをしだすかわからない怪物を自分の内側に飼っている気がした。
俺は慌てて、翔ちゃんのすべての連絡先を削除した。
これまで送受信したメールも、メッセージのやり取りも電話番号もなにもかも。
パソコンの中のものも全部ぜんぶ削除した。
つながっていたSNSのアカウントも削除した。
とにかく繋がれないようにした。
もしつながっていたら、自分がなにをしでかすかわからなかった。
自分が恐ろしかった。
逃げたんだ、俺。
逃げなくても、俺はどす黒いヘドロで埋まっていく。
逃げても、何かが自分を責めてくる。
なにが正解で何が間違いなのか、わからなかった。
全て削除し、呆然としていた時、不意に手の中のスマホが鳴った。
誰っ?!
俺は怯えながら、画面を見た。
“遠藤正行”
出たくない。
俺は電話に出ることなく、切った。
しかし、またすぐにかかってきた。
切った。
それを繰り返していたが、5回目に申し訳なくてそっと通話ボタンをタップした。
「もしもし?もしもし、山本くん?」
焦った遠藤さんの声。
「……はい」
「ね、元気?大丈夫?生きてる?」
生きてる?
「生きてない」
「山本くん?」
「別れた」
「別れた?
もしかして翔ちゃんと別れたの?」
答えるのが嫌だった。
客観的に言葉にしてしまうのが嫌だった。
自分の中のことだけじゃなくて、本当に別れたのを認めるのが嫌だった。
「今どこ?家?」
「うん」
「すぐ行く。
10分後には着くから、マンションの下にいてっ」
遠藤さんは言い捨てて、電話を切った。
俺はのろのろと着替え始めた。
そうしてようやく、今日が土曜日で、朝から家族が全員出かけているのに気がついた。
だから大学に行かなくてもよかったんだ。
そんなことをぼんやり考えながら歯を磨き、顔を洗った。
鍵とスマホ、財布をジーンズのポケットにねじ込み、だらだらとマンションの下に行った。
乱暴な運転の車が近づいてきた。
「乗って」
珍しいな、こんな乱暴な運転するなんて。
ぼんやりしていたら、遠藤さんは自分のシートベルトを外して助手席のドアを開け、俺を車に引っ張り込むとされるがままになっている俺にシートベルトをはめた。
そして、自分もベルトをし、また乱暴に車を出した。
「山本くん、きちんと泣いたの?」
この人、何言ってるんだろ?
そして何こんなに怒っているんだろ?
「その様子じゃ泣いてなさそうだね」
遠藤さんはアクセルを踏んだ。
連れてこられたのは、高級そうなマンションだった。
オートロックの番号を操り、鍵を開ける。
ぼーっとしている俺の手を引いて、遠藤さんは大股で歩く。
俺は引きずられて歩く。
ポケットからキーケースを取り出し鍵を開け、部屋の中に連れ込まれる。
洒落たモダンアートの家具が置かれたリビングに通された。
「僕の部屋だ。
防音もしっかりしている。
山本くんの好きにしたらいい」
「言ってること、よくわかんないんだけど」
「泣けよ」
え。
「失恋しても泣いてないんだろ?
泣けよ、山本くん」
ナニ言ッテルノ?
「僕は心配していた。
きっと君は自分の家にも大学にもどこにも安心して泣く場所がないんじゃないかって。
いつも黙って、自分の中にいろいろ溜め込んでいるんじゃないのかって」
ナニ…?
「失恋したんだよ、山本くん。
半身もぎ取られたも同然なんだよ。
無傷じゃないはずだ。
ここならどれだけ声を出してもいい。
壊したきゃ、なにを壊してもいい」
遠藤サンノ言ッテルコト意味ワカンナイ。
「僕は出ていく。
3時間後に戻ってくる。
君は何をしてもいい。
ただ約束してくれ。
君自身を傷つけないこと。
それだけ。
あとはなにを壊しても構わない。
いいね」
両肩を掴まれ、真正面からきつく言われた言葉が耳に残る。
遠藤さんはまた大股で部屋から出ていき、ドアをガシャンと閉めた。
俺は何が起こったのかわからなかった。
ここが遠藤さんの部屋なのはわかった。
しんと静かだった。
物音がしない。
遠藤さん、なんて言ったっけ?
なんで俺、取り残されているの?
『君は失恋したんだ』
あ……
『泣いてないんだろ』
泣きたくなんてない。
必要ない。
『半身もぎ取られたも同然なんだよ』
『わかった』
突然、耳の奥で鳴り響く声。
『時間だし』
冷たい声。
『直も』
それが、翔ちゃんの最後の言葉。
『なーお、泣くなよ。
休みになったら帰ってくるから。
直も来いよ、向こう案内するし』
高校を卒業した3月の終わり、新幹線のホームまで見送りにいった翔ちゃんは俺の頬を両手でぐにぐにと揉みながら言った。
あのとき、あれだけ約束したのに。
もう、会えない。
もう、声も聞けない。
「……ぁぁ……」
うめき声。
「ぁぁぁぁああああああああああ」
だんだん大きくなっていく声。
「うわああああああああああああああああああっ。
あああああああああああああああああっ」
翔ちゃんがっ!
翔ちゃんがいない!
「ばかーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
翔ちゃんのばかーーーーーーーーーーーー!!!」
俺はソファの上にあったクッションを振り回し、壁をぶん殴った。
「ばかーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!
会いたいに決まってるだろーーーーーーーーーー!!!」
殴って殴って殴りまくった。
「会いたいーーーーーーーーーーーーーー!!
翔ちゃんに会いたいーーーーーーーーーー!!!!」
「もっと言うこと、あるだろーーーーーーーーーー!!!」
「ばかーーーーーーーーーーーー!!!」
「好きーーーーーーーーーーーーーーー!!
翔ちゃん、好きーーーーーーーーーー!
好きーーーーー!大好きーーーーーーーーーーーー!!
翔ちゃーーーーーーーーん!」
「うわあああああああああああああ」
なんでっ!
なんでっ!
翔ちゃんはここにいないんだっ!
お前の大好きな直がこんなに怒って傷ついているのに、どうしてここにいないんだ!
こんなに泣いているのに。
なんでっ!!!
泣ク?
力任せにクッションで壁を殴り、大声を張り上げ叫ぶ。
止められなかった。
やがて、クッションは破れ、羽毛が飛び出した。
びっくりするほどの量の羽根がふわふわと舞った。
クッションは小さくなり、手応えがなくなった。
俺は次の獲物だと言わんばかりに、新しいクッションに手をかけ、同じように壁を殴った。
力任せに殴った。
叫びながら泣いていた。
これまで溜め込んでいた、翔ちゃんに言いたかったことを吐き出していた。
翔ちゃんに「終わりにしよう」と言った後、初めて泣いた。
涙は次々に流れ落ちてきた。
多分、1年半分溜めた涙だったんだと思う。
止まることはなかった。
叫んでも殴っても、二度と翔ちゃんは戻ってこなかった。
最後に抱きしめられたことも思い出せなくなっていた。
それよりも、告白されてぎゅっとされたときのことのほうを強く記憶していた。
あの頃の自分に戻りたかった。
いつでも翔ちゃんに会えて、お互いに甘えじゃれ合っていた。
身体がスースーした。
寒くなった。
俺はフローリングに敷かれたラグの上に丸くなった。
翔ちゃん、ぎゅってして……
力が入らなくなった。
翔ちゃん………
人の気配を感じて目を開けた。
軽い羽根布団がかけられていた。
もそりと動くと、コーヒーとミルクの匂いがした。
マグカップの置かれたローテーブルの向こうで遠藤さんが俺を見ていた。
遠藤さんは黙ってこっちに近づくと、俺の上半身を抱き起し、ぎゅっと抱きしめた。
突然のことに驚いたが、久しぶりの人肌の温かさにどこか身体が弛緩した。
「よく泣いたね、よかった」
抱きしめられながら、「何を言っているんだろう、この人」と思った。
「泣けないんじゃないかと心配してたんだ。
よかった、泣けて」
遠藤さんは静かに言った。
「またここに泣きに来てよ、山本くん」
「?」
さすがに首を傾げた。
「今、君はとても傷ついているだろう。
元気になるには時間がいると思うし、誰かに甘えたくなると思うんだ。
だから、ここで甘えてくれないかな」
「……えんど…さん?」
うまく声が出ない。
「一人で泣きたいのなら、またこの部屋を貸してあげる。
何日か空けてもいい。
おいしいものを食べに行くのもいいし、またどこかに遊びに行くのもいい」
「なにいって……?」
「山本くんが元気になるまで、僕は自分ができることをなんでもしてあげたい。
だから、そうしてほしいんだ」
「なんで?」
「山本くん、僕は君が好きだ」
俺を抱きしめる手に力が籠る。
「利用してくれてもいいんだ。
君が元気になったらそれで終わり、でもいい。
でもそれまでは僕に頼ってくれないかな」
「そんな勝手なこと」
「勝手なのは僕のほうだよ。
見返りはいらない。
本当に必要なくなったら、僕は君の前から消えてもいい。
でも、今の山本くんはとても心配だ。
寝てもないし食べてもいない。
心も身体もぼろぼろだ。
当然だもの」
「でも」
「いいから黙って甘えてくれないか。
君が悪く思う必要はない。
僕は卑怯だ。
君が弱っているのにつけこんでこんなこと言ってる。
でも僕も男だ。
降ってきたチャンスは逃さない」
逃げられないほど抱きしめられる。
「もう君のことが好きだなんて言わない。
こんなふうに抱きしめたり、必要以上に触れたりしない。
今までみたいに、月に1、2回、遊ぼう。
嫌なことがあったら言ってほしい。
気をつけるし、直す。
それでも我慢できないほどだったら、また話そう」
「なんでそんな」
「こんな痛々しい山本くんを見ていられないからだよ」
遠藤さん……
「君は強い。
でも溜め込んで自分でつけた傷も大きい。
僕はそんな君を応援したい。
だめかな、山本くん」
弱っていたんだと思う。
久々に抱きしめられ、自分の体重を預けられることに甘えてしまいたくなったのだと思う。
「誰も君を責めはしない。
僕の勝手だから」
「遠藤さん……」
俺はされるがままになっていた。
抵抗もせず、ずっと抱きしめられていた。
遠藤さんは小さく「返事は?」と聞いた。
俺は首をそっとうなずいた。
「ん」と遠藤さんは満足そうに言い、「じゃあ、まずはおかゆを食べようか。しばらくなにも食べてないでしょ」とダイニングで梅干しとお米の甘さが感じられるおかゆを食べさせてくれた。
それから「ちょっと寝るといいよ」とベッドに寝かせてくれた。
あっという間に俺は落ちた。
夕方、起こされて車でマンションの下まで送られた。
「きちんと寝て、食べるんだよ。
難しいとは思うけど。
また来週、誘いに来るから」
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