腕の噛み傷うなじの噛み傷

Kyrie

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第10話 ジン(4)

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三回目のヒートのあと、俺はゼン先生のところに来ていた。
それが約束であり、ひどく体調を崩し、ヒートの間中食事もままならない俺に投薬や点滴をするためだ。

「つらいな、ジン」

ベッドに横になり栄養剤を点滴してもらっている俺に、ゼン先生が言った。

「どうにかなりませんかね」

俺はぼそっと言った。
なんとかなるなら、どうにかしたい。

「ジンは強い個体みたいなんだ。
まっすぐにオメガになろうとしている。
でもまだまだアルファの名残もあるし、薬でごまかしがきかない」

ゼン先生もぼそりと気の毒そうに言った。

「方法はあるにはあるけど…100%ではないし、それに、ジンが望むとは限らない」

俺は目を閉じた。

やっぱり、もうあれしかないのか…

「あいつと関係する、ってやつ?」

俺はできるだけなんにもないように言った。
しかしヒートの名残のある身体は、きゅっと奥からむずがゆいような衝動をゆるゆると感じていた。
とろりと後ろが濡れてきた感触もあった。

「……そうだよ」

ゼン先生が躊躇いながら言った。
俺は目を開けた。

「……もし、そうしたらどうなる?」

「はっきりしたことは言えないけど、身体が満足するから今よりかは落ち着くだろうね」

ゼン先生が言葉を切った。

「反面、妊娠するリスクもあるよ。
大学進学を希望していたよね」

「つらいんだ」

「……うん。
ジンはどうなの?
オメガ性を身体としても受け入れる、ということだよ」

「……あいつなら…」

「ユウヤ?」

俺はうなずく。

「ジン、今夜は入院して一泊するだろ。
退院するまでに資料を作ってあげる。
それを読んで、ご両親と相談するんだ」

「ああ」

「一人で決めたらいけないよ。
もちろん、僕も協力するし、相談にも乗る」

「ふふふ、決められないよ。
あいつの意思も確認しなきゃ」

「……そうだね。
じゃあ、準備してくるから、ジンは少し眠ったほうがいいよ。
ヒートの間、ろくに眠れなかっただろ」

「ああ。
ありがとう、ゼン先生」

「ジン」

「なに?」

「そのプロテクター、似合ってるよ」

気づけば、俺はまた首のプロテクターをさわっていた。
ユウヤの匂いがする。

「ん」

俺は短く返事をした。
ユウヤに抱かれる。
そう考えただけで、ほっとして眠たくて眠たくてたまらなくなったからだ。



ゼン先生に作ってもらった資料を読み込み、俺はとにかく冷静になって考えてみた。
他のアルファに抱かれることを想像すると、とにかくそういう目的でふれられること自体受け付けられない。
鳥肌が立って、気持ち悪くてたまらない。

しかし。
ユウヤならどうだろう。
まだ一度もお互いにふれたことがない。
くん、とネック・プロテクターから微かに香るユウヤの匂いをかいでしまった。

このたまらなく切なくなる匂いを思いっきり吸い込んで、ユウヤに抱きしめられるのを想像してみる。
俺より華奢だけど、少しずつアルファっぽい体つきになっているのも気づいている。
なぜかユウヤの変化には細かいことまでわかろうとせずともわかってしまう。
背はあまり変わらないから、きっと抱きしめるとお互いの首筋に顔を埋めることになるかもしれない。
ユウヤは俺のうなじの匂いで欲情してくれるかな。

と、そんなことまで考えて、思考を止めた。

もういい。
ユウヤなら大丈夫だ、ということはよくわかった。



次に両親に相談した。
資料を渡し、ゼン先生の考えと自分の思いを話した。
今度、三人で先生と話をしに行くことにした。
両親は、特に父親は俺の意見を尊重してくれる。
それは俺だけでなく、彼の周りの人全員に対してそうだ。
この柔軟さがアルファ同士のカップル成立の鍵だと思う。
この両親の元に生まれてよかった。

ゼン先生を交え、四人での話はユウヤの意志の確認やいかにしてユウヤのご両親への理解や協力をしてもらえるかどうか、に移っていった。
自分のセックスについての話なので、恥ずかしかったが、それよりもユウヤのそばにいたいという思いのほうが勝った。
「恋人扱いをしない」というのを律儀に守り、全くといって手を出してこないユウヤに信頼感を持ちながらも、じれったくもあった。

俺は次のヒートが来る前に、大学受験をすることにした。
幾つかの大学では人材確保のために、一般の入試より前に受験することができる。
オメガの発情期や女性やオメガの出産、あるいは病気や怪我などで一般入試が受けられない人のための制度だ。
俺は高校の推薦を取り、安定している今のうちに受験し、合格した。

ゼン先生はユウヤのご両親に俺のことを詳しく説明してくれた。
俺も両親と一緒にご挨拶をした。
ユウヤのご両親は俺に理解を示してくれた。
特にオメガのお父さんは「ヒートのあとの回復って個人差があるけど、俺はわりとつらいほうなんだ。あれが2~3週間も続くだなんて本当にしんどいよね」と声をかけてくれた。
そして、ユウヤにはゼン先生と俺から話がしたい、と告げるとご両親は快諾してくれた。




ユウヤの定期検診のときに、俺もゼン先生のところに行った。
そして、ユウヤにすべてを説明した。
ユウヤは驚き、俺の心配ばかりしてくれた。
少しは自分のことを心配しろ、と思った。
なのに、あいつはこう言ったんだ。

「僕を選んでくれてありがとう」

初めて、ユウヤに手を握られた。
あったかい手だった。




俺達がまだ未成年なので、うちとユウヤの両親にはいろいろご迷惑をかけた。
でも、彼らの子どもでも、自分の人生なんだ。
きちんと相談もしている。
よし、大丈夫だ。

時々、アルファのときにあった根拠のない自信を思い出して、苦笑いしてしまう。

いつか素晴らしい女を手に入れて抱いてやろうと思っていたのに、俺が抱かれるのか。
不意にそう思うことがある。
最初は自分が抱かれる性だということが許せなかった。
だけど、今はそう思っていた自分に問いたい。
その彼女のことを大切に思っている?
単に見た目がいい、家柄や人脈、彼女が持っている力ばかり見ていないか?

そんなふうに考えられるようになったのは、ユウヤと彼の友達との付き合いの中で自分が変わっていったせいだと思っている。
それは嬉しい変化だ。
前の学校でつるんでいた奴にこれを話して、一体何人がこれを理解してくれるだろうか。
きっと今でもメッセージのやりとりをしている数人だと思う。




あれほど嫌だと思っていたヒートが近づいていることをぼんやりと感じた。
俺は自分のクローゼットを開いた。
母さんに言って、リネンが納めてあるクローゼットの中にも入り込み、ごそごそした。
見ただけで、自分がなにが欲しいのかわかった。
気恥ずかしかったけど、なんだか嬉しくて気がついたら頬が緩んでいた。








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