腕の噛み傷うなじの噛み傷

Kyrie

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第8話 ジン(3)

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初めてのヒートで倒れ、休んでいた学校に登校するのはとても気分が重たかった。
これまでずっとアルファとして振る舞ってきたのに、突然オメガであると公表しなければならない。
黙っていても、ネック・プロテクターをしていれば一目瞭然だ。


自分にとって、あの初めてのヒートの体験はとても恐怖を覚えるものだった。
「自己防衛」するために、ピリピリしてしまう。
プロテクターを外して登校することも考えたが、うちの学校のアルファ率を考えると恐ろしくて堪らなかった。
両親と学校に行き、これまでの経緯を説明する。
朝のホームルームで担任からクラス全体に軽く話があり、そのあとは自分で説明をした。

ひそひそと話し声がする。
こちらを胡散臭そうにちらりと見て、俺がそっちを見ると慌てて視線を外す。

これまで付き合いのあったアルファのグループではすぐに、俺の居場所はなくなった。
倒れるまで一緒につるんでいたのに、完全に無視する奴も何人かいた。
あからさまに俺がオメガであることを声高に話す奴もいた。
数人はこれまでと変わらなかった。


その頃から、俺はしょっちゅうネック・プロテクターをさわるようになった。
プロテクターからは密やかにユウヤの匂いがした。
懐かしいような、時々きゅっと切なくなるような。

ユウヤと会うのを止めないのは、これがあった。
ユウヤの匂いは俺を落ち着かせてくれた。
オメガとして自己防衛をしていると、ひどく疲れる。
おまけに、学校での扱いはイラつかせることばかりだ。

ユウヤと会ったときだけ、そのつらさが消えた。
彼は俺をオメガだからといって、何も言ってこない。
自分がアルファだからというのもなしだ。

横に並んで歩いたり、映画館で隣に座ったりすると、ふわりとユウヤの匂いが俺を包む。
思わず彼の肩に頭を預けて、いつまでもユウヤの匂いを嗅いでいたくなることが何度かあった。
恥ずかしいからそんなことをしないように必死に気をつけていた。




じわじわと学校でオメガの俺に対する態度がひどくなってきた。
今日は昼の食堂で、とても差別的な言葉を浴びせかけられた。
それを見ても、誰も何も言わなかった。

これまで俺もそいつらと同じところにいたのだと思うと、吐き気がした。

悪いことに、いつも俺を敵対視している奴だった。
俺がオメガだとわかると優位に立ったと言わんばかりに、あからさまな言動を見せていた。
最初のうちは反論していたが、次第に虚しくなってきた。
なにを言っても、こいつには通じない。

俺たちの間で流行っていた「アルファの輝かしい人生設計」が急に色褪せて見えた。

実のところ、戻れるならアルファに戻りたかった。
俺がオメガであっても、誰かと友達でいたかった。
そうなることを願っていたこともあった。
しかし現実は違った。
戻れない。
変えられない。
そして、立場が変わって見えてきたものはこれまでと違っていた。

もう、オメガであることで差別的なことを言われるのも、侮辱されるのも沢山だ。
俺がいる場所はここじゃない。

そっと指に触れたのは革の感触。


その夜、俺は両親に「ユウヤのいる高校に転校したい」と訴えた。
突然のことに両親はひどく驚いたが、俺が学校でなにが起こっていたのかを少しずつ話すにつれ、理解してくれた。

両親にも心配と迷惑をかけていることは知っている。
アルファ同士のカップルの間に生まれた俺はさぞかし優秀なアルファだろう、と期待されていた。
そんな俺を両親は自慢の息子だと話していた。

きっと俺と同じように嫌な思いをしているだろう。
こんなにもアルファの価値観がお粗末なものだとは、知らなかった。
しかし、俺も自分がオメガにならなければ知らなかったかもしれない。


いつ「おまえがオメガにならなければ」と両親から言われるのか、と怯えていた。

しかし、両親はそうはしなかった。
俺がユウヤのいる高校に転校したほうがいい、と決め、すぐにその手続きをしてくれた。

転校前に、父さんが新しい学校に書類を提出したときにユウヤと話をしたそうだ。
ユウヤは俺の前の学校のことで驚き、怒り、そして俺のことを気遣ってくれたのだという。

「いい子だね」

父さんは静かに言った。
俺は返事ができなかった。
そんなの、恥ずかしすぎる。

「ユウヤくんがいるなら、安心だね」

それにはうなずいて答えた。




転校してからは、配慮されたのかユウヤと同じクラスになった。
初日に担任について教室に入ると、ユウヤがこっちが恥ずかしくなるくらい見ていた。
自己紹介も終わって、ユウヤの隣の席に着くとき「そんなに見るな」と言ってしまうほどだった。
ユウヤは真っ赤になり「ごめん」と言ったが、あまり反省していないようで気づいたらこちらを見ていた。
たまに視線が合うと、嬉しそうに笑っていた。
俺はそれを無視して前を向き、授業に集中した。


ユウヤはいつも俺のそばにいてくれた。
それは俺がアルファだったときにベータやオメガが媚びるようにではなく、気がつくとすっとそばにいた。
温和なユウヤの周りには人当たりが柔らかな奴が多かった。
ユウヤは俺と彼らとのやり取りにもそっと手を貸してくれた。
まだ素直になれず、どう振る舞っていいのかわからない俺の足りない言葉や行動を補うように。
俺はユウヤを見ながら、どう人と関わっていけばいいのか、少しずつ学んだ気がする。
すぐには変われず、ぶっきらぼうになる俺のそばに辛抱強くいてくれた。

まるでユウヤがくれたネック・プロテクターのように。



俺とユウヤは次第に一緒に過ごす時間も長くなり、会わないときに交わすメッセージも増えた。
スマホにユウヤとのやり取りが溜まっていく。
それがなぜか嬉しかった。





身体にまた異変が微かに起こりつつあった。
自分には「異変」としか言いようがない。
またヒートが近い前兆が現れているような気がする。
前回は母さんに頼んだが、今回は自分でユウヤにヒートが近いことをメッセージで伝えた。
ヒートのときにユウヤに会いたくはなかった。
自分でどうにもならない俺を見せたくない。

ユウヤからは「教えてくれてありがとう。穏やかに過ごせますように。休みの間のノートは任せといて!」と、気遣う返事が来た。
ヒートのあとの心身のバランスの崩れはひどい。
ヒートが終わっても、またしばらく学校を休んだり早退したりを繰り返すかもしれない。

しばらくユウヤに会えなくなるかもな。

今、無性にユウヤに会いたくなった。

でも、できない。
そんな恥ずかしいこと、できない。
だけど、会いたい。

だから、「ヒートが終わって学校に行けるようになったら連絡する」とユウヤに返信をした。

待っていてほしかった。
ユウヤに俺のことを待っていてほしかった。










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