腕の噛み傷うなじの噛み傷

Kyrie

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第5話 つき合ってください

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ジンを助けてから1か月近く経った頃、ジンの両親から連絡を受け、僕は土曜日の午後、ご両親が予約してくれたティールームの個室でジン家族の三人と会った。

そこにいたジンは美しかった。
まずは、元気そうでよかった、と言うべきかもしれないけど、それよりも先にそう思った。
病室では閉じられていた目が今日は見えている。
切れ長のくっきりとした目はこっくりと深い茶色で、凛々しい眉に似合っていた。
口は一文字に結ばれていて、面白くなさそう。
ちょっとくらい微笑んでくれたらもっと素敵なのに。
驚いたのは、僕がはめてあげたプロテクターをまだ首につけていたことだ。
かっちりとアイロンがかかった半袖の白シャツの首元から見える黒いプロテクターがとてもエロティックに見えた。

ジンの両親が改めてお礼を言っているが、僕はジンの顔ばかり見ていた。
むすっとしたジンも両親から言われていたのか、渋々といった様子でお礼を言っている。
その不機嫌な声でさえ、僕には心地よく聞こえてしまって仕方ない。

「あ、あのっ!」

僕は一息で言った。

「僕と結婚を前提につき合ってくださいっ!」

気がつけば、僕はそう叫んでいた。
どうしてこうなったのかよくわからなかった。
でも、ジンとずっとずっと一緒にいたいと思った。
なにかが内側からこみ上げてきて、どうにも止まらなかった。
叫んだあと、僕はテーブルに額をつけてお願いしていた。

一番驚いているのも僕だ。
こんなこと、言うつもりじゃなかったのに。
これってなに?
僕、今、すごいこと言ったよね?

なんの反応もないので僕はお詫びをしないといけないかと思い、恐る恐る顔を上げてみた。
ジンは呆気に取られて、動きを止めていた。
ご両親も驚いていらしたけど、僕を咎めることもせず笑っていた。

「ジンのことですからね、私たちがどうこうすることはできません」

と、ジンのお父さんがやんわりと言った。
そうだよね。
僕は穴に入るか小さくなって消えてしまいたくなるほど、恥ずかしかった。
そう言いながらもご両親は、ジンに一度二人で会うだけでもどうかと勧めてくれた。
ジンはむっとしながらも、渋々僕と会う約束をしてくれた。
僕は嬉しくて舞い上がりそうだった。
ジンとも連絡先を交換して、その日は解散した。




初めてジンと二人で会う日がやってきた。
僕は一週間前から緊張するし、なにを着ようか迷うし、デートだ!と舞い上がっていたけど、ジンからは「デートみたいなことはできない」と釘を刺されていた。
待ち合わせの30分前に到着してしまったけど、ジンも15分前に来てくれたので、僕はそんなに待たなくてすんだ。
ジンは約束はきっちり守る人みたいだ。
僕は好感が持てた。

しかし、ここでピンチに陥る。
「デートじゃない」と言われてそれっぽいことを全然考えないようにしていていたら、なにも考えていなかった。
「で、どこ行く?」とジンから聞かれて固まる僕。
そして焦る僕に、ジンは呆れていた。

「何も考えていないのか。
ほしいノートがあるんだ。
行くぞ」

「う、うん」

デートなんてしたことないんだ、僕。



ジンが向かったのは文房具専門店だった。
僕が普段使っている安価なものからとても高価なものまでそろっている大きな店だ。
これまでそんなところに入ったことがないので、僕はジンのあとについて恐る恐る店に入った。
ジンは慣れたように目的のノート売り場に向かっていく。
僕が物珍しいものに目をひかれ、何度か立ち止まってそれを手に取って眺める。
それを棚に戻すとジンは歩き出す。
ああ、そうか僕をきちんと待ってくれているんだ。

会話もなく、態度も素っ気ないけれど、僕はそれで充分嬉しかった。
ジンを待たせないように気になるものもスルーしていたら、

「おまえ、友達と買い物に来て、ずっとくっついて歩いているだけなの?」

と言われた。

「先にジンの買い物をしてよ。
そのあとちょっと店を回ってみてもいいかな?」

多分、ジンは僕に気を遣ってそう言ってくれてる。
僕は嬉しくてたまらないのを抑えながら言った。

僕たちはぽつぽつと話をした。
ジンは同じ学年で、アルファが多く進学するので有名な高校に通っていた。

ジンの態度はずっと素っ気ないままだった。
でも嫌そうな様子でもない。
僕は嬉しくて、そっとジンの横顔を見る。
顎の骨がくっきりとしていて、首のラインが綺麗だと思う。
「思う」というのはプロテクターがつけられているからで……
僕は唾液を飲み込んだ。
ジンのうなじを想像しただけで顔が熱くなった。


こうやってジンと僕はぽつぽつと週末に会って遊ぶようになった。
買い物したり、ゲーセンに行ったり、映画に行ったり、たまに美術館に行ったり。
どれも僕が誘った。
ジンは予定があるときにはばっさりと断ってきた。
そして、ジンから誘われることは一度もなかった。





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