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第3話 アルファだったオメガ
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救急車が病院に着くと、ゼン先生が待機してくれていて、彼は特別治療室に連れていかれた。
僕はマスクを外して、治療室で腕の傷の手当てをしてもらった。
あのマスクは発情中のオメガとアルファを救急車で運ばなければならないときに、フェロモンをほとんどカットしてくれるものだ。
僕はまだ少し興奮している身体を鎮めながら、待合室で待っていた。
1時間くらいして、ゼン先生の診察室に呼ばれた。
「ユウヤが処置してくれたお陰で、彼は危険な目に遭わなくてすんだよ」
僕はほっとした。
彼の保護者にも連絡がつき、今、病室で付き添っているそうだ。
詳しいことはプライバシーの関係で教えてはもらえなかったが、彼が守られている状況であるので安心できた。
ゼン先生は僕が彼を発見した時の様子について詳しく聞き、僕の対処をほめてくれた。
それから不安定で未熟なアルファとして注意することを幾つか教えてくれた。
これまで聞いたことがあったのに、僕の中では自分はオメガのままの感覚なのかもしれない。
これから成熟したアルファとなったときが怖い。
もっと注意しよう、と思った。
「しかし」
とゼン先生が首を傾げた。
アルファを誘う発情期のオメガの彼の香りは、まだそんなに強くないものだったようだ。
それなのに僕はその香りに魅かれ強い性衝動を持ち、理性を保つために血が出るまで腕を何度も噛むほどだった。
「もしかしたら、かもね?」
ゼン先生の思わせぶりな視線に、僕は頬が熱くなった。
初めて見かけてから、彼がひどく気になっているのをゼン先生に気づかれたのかもしれない。
しかし、先生はそんな僕の変化にはふれずにいてくれた。
それから彼の保護者が僕に会いたがっているから、とアルファの性衝動の抑制剤を注射し、僕を連れて彼の病室へ向かった。
個室に入ると、彼の両親がいた。
二人は僕に何度もお礼を言った。
僕は申し訳なかったが、その言葉をほとんど上の空で聞いていた。
僕はずっとベッドで眠る彼を見つめていた。
くっきりとした目鼻立ちのため、とても整った横顔だった。
太い眉はすっと伸び、形のいい唇は少し開いてかさかさしていた。
黒い髪も短く、精悍な印象を受けた。
瞼は閉じられていて目が見られないのが残念。
綺麗な目なのに。
「すみませんね。
あの子、まだオメガとして慣れてなくて」
彼のお母さんが溜息と一緒に言った。
普通、オメガと言えば、僕もそうだけど華奢で線が細い体格が特徴である。
なのに彼は、アルファのようにたくましい体躯と凛々しさを持っていた。
アルファのように見えるオメガ?
首をかしげる僕に彼のお母さんが言葉を足す。
「小さい頃はアルファの反応が出ていたのに、最近、体調を崩してここで検査をしてもらったら突然オメガ反応が出てしまって」
他人事ではない告白に、僕は身を硬くした。
「そ、それは驚かれたでしょうね」
「アルファとしての誇りと自信を持ち、アルファとしての人生設計を立てていたようなんですが、それが全部ダメになって。
まだ自分のオメガ性が受け入れられなくて」
お母さんは眉をひそめて辛そうに言った。
ああ、と僕は内心唸った。
アルファはとにかく自信に満ち溢れ、「自分の思い通りにならないことはない」と思う人が多い。
僕の高校のアルファもそういうタイプが多いし、「今から計画しても遅すぎるくらいだ」とこぞって自分の人生を計画するのが流行っているみたい。
眩しいくらいの未来が「実は違いました」と一瞬で失われる。
それに多感な思春期に性が突然変わる戸惑いは、誰に話しても一人として共感してもらえない。
「当然ですよ。
僕は逆なんです。
ずっとオメガだと言われてオメガとして育ったのに、15歳検査でアルファ反応が出てしまって」
「それでジンに適切な処置をしてくださったのですね」
いきなり彼のお父さんが口を挟んできた。
「助けてくださったのがアルファだと知らされて、正直、息子がどうにかされてしまったのではないかと心配しました」
そうだろうな。
僕のお父さんたちもいつもそのことを心配していた。
憔悴しきった彼の両親を見て思った。
「僕がまだアルファとして未熟なので、それが幸いしたみたいです」
安心させてあげれるのかどうなのか、微妙なことを言うしか僕にはできなかった。
そのあと、ゼン先生が僕が発情期のオメガに対して適切な処置をしたこと、そして何度も衝動に襲われたけれど僕が腕を出血するまで噛み、その痛みで衝動を抑えたことを二人に話した。
ご両親は驚き、そして僕が止めてくださいと言うまで、今度は謝罪の言葉をいつまでも言い続けた。
薬を使っているとはいえ、発情期のオメガのそばにいるには限界が近づいてきた。
ゼン先生と僕はおいとますることにした。
彼のご両親が「落ち着いたら改めて息子にもお礼を言わせたい」と少し強引に僕の連絡先を聞いてきた。
ゼン先生をちらりと見ると止めはしなかったので、僕はスマホの番号とメッセージIDを伝え、彼の病室から出た。
僕はマスクを外して、治療室で腕の傷の手当てをしてもらった。
あのマスクは発情中のオメガとアルファを救急車で運ばなければならないときに、フェロモンをほとんどカットしてくれるものだ。
僕はまだ少し興奮している身体を鎮めながら、待合室で待っていた。
1時間くらいして、ゼン先生の診察室に呼ばれた。
「ユウヤが処置してくれたお陰で、彼は危険な目に遭わなくてすんだよ」
僕はほっとした。
彼の保護者にも連絡がつき、今、病室で付き添っているそうだ。
詳しいことはプライバシーの関係で教えてはもらえなかったが、彼が守られている状況であるので安心できた。
ゼン先生は僕が彼を発見した時の様子について詳しく聞き、僕の対処をほめてくれた。
それから不安定で未熟なアルファとして注意することを幾つか教えてくれた。
これまで聞いたことがあったのに、僕の中では自分はオメガのままの感覚なのかもしれない。
これから成熟したアルファとなったときが怖い。
もっと注意しよう、と思った。
「しかし」
とゼン先生が首を傾げた。
アルファを誘う発情期のオメガの彼の香りは、まだそんなに強くないものだったようだ。
それなのに僕はその香りに魅かれ強い性衝動を持ち、理性を保つために血が出るまで腕を何度も噛むほどだった。
「もしかしたら、かもね?」
ゼン先生の思わせぶりな視線に、僕は頬が熱くなった。
初めて見かけてから、彼がひどく気になっているのをゼン先生に気づかれたのかもしれない。
しかし、先生はそんな僕の変化にはふれずにいてくれた。
それから彼の保護者が僕に会いたがっているから、とアルファの性衝動の抑制剤を注射し、僕を連れて彼の病室へ向かった。
個室に入ると、彼の両親がいた。
二人は僕に何度もお礼を言った。
僕は申し訳なかったが、その言葉をほとんど上の空で聞いていた。
僕はずっとベッドで眠る彼を見つめていた。
くっきりとした目鼻立ちのため、とても整った横顔だった。
太い眉はすっと伸び、形のいい唇は少し開いてかさかさしていた。
黒い髪も短く、精悍な印象を受けた。
瞼は閉じられていて目が見られないのが残念。
綺麗な目なのに。
「すみませんね。
あの子、まだオメガとして慣れてなくて」
彼のお母さんが溜息と一緒に言った。
普通、オメガと言えば、僕もそうだけど華奢で線が細い体格が特徴である。
なのに彼は、アルファのようにたくましい体躯と凛々しさを持っていた。
アルファのように見えるオメガ?
首をかしげる僕に彼のお母さんが言葉を足す。
「小さい頃はアルファの反応が出ていたのに、最近、体調を崩してここで検査をしてもらったら突然オメガ反応が出てしまって」
他人事ではない告白に、僕は身を硬くした。
「そ、それは驚かれたでしょうね」
「アルファとしての誇りと自信を持ち、アルファとしての人生設計を立てていたようなんですが、それが全部ダメになって。
まだ自分のオメガ性が受け入れられなくて」
お母さんは眉をひそめて辛そうに言った。
ああ、と僕は内心唸った。
アルファはとにかく自信に満ち溢れ、「自分の思い通りにならないことはない」と思う人が多い。
僕の高校のアルファもそういうタイプが多いし、「今から計画しても遅すぎるくらいだ」とこぞって自分の人生を計画するのが流行っているみたい。
眩しいくらいの未来が「実は違いました」と一瞬で失われる。
それに多感な思春期に性が突然変わる戸惑いは、誰に話しても一人として共感してもらえない。
「当然ですよ。
僕は逆なんです。
ずっとオメガだと言われてオメガとして育ったのに、15歳検査でアルファ反応が出てしまって」
「それでジンに適切な処置をしてくださったのですね」
いきなり彼のお父さんが口を挟んできた。
「助けてくださったのがアルファだと知らされて、正直、息子がどうにかされてしまったのではないかと心配しました」
そうだろうな。
僕のお父さんたちもいつもそのことを心配していた。
憔悴しきった彼の両親を見て思った。
「僕がまだアルファとして未熟なので、それが幸いしたみたいです」
安心させてあげれるのかどうなのか、微妙なことを言うしか僕にはできなかった。
そのあと、ゼン先生が僕が発情期のオメガに対して適切な処置をしたこと、そして何度も衝動に襲われたけれど僕が腕を出血するまで噛み、その痛みで衝動を抑えたことを二人に話した。
ご両親は驚き、そして僕が止めてくださいと言うまで、今度は謝罪の言葉をいつまでも言い続けた。
薬を使っているとはいえ、発情期のオメガのそばにいるには限界が近づいてきた。
ゼン先生と僕はおいとますることにした。
彼のご両親が「落ち着いたら改めて息子にもお礼を言わせたい」と少し強引に僕の連絡先を聞いてきた。
ゼン先生をちらりと見ると止めはしなかったので、僕はスマホの番号とメッセージIDを伝え、彼の病室から出た。
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