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第3話 桜雲月
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真夜中過ぎ、最後の客を見送り外に出てドアの札をクローズドにしてユーヤは店の中に戻った。
するとちょうどプライベートの表示のあるドアからイリヤが店に入ってきたところだった。
カジュアルな薄いピンクのシャツに甘いチョコレート色のパンツを履いて、リラックスした格好をしている。
「いつ出てくるか、冷や冷やしていましたよ」
ユーヤの声にイリヤは苦笑いをしながら、カウンターのいつもの席に座った。
「何か飲みますか?」
ユーヤがメニュー表を出すと、イリヤはざっと見て「紅時雨」を選んだ。
「私も何か飲もうかな」
そう言うと、ユーヤは2杯分のコーヒーを淹れる準備をし始めた。
「あんな形相をしていたら、からかおうにもからかえないじゃないか」
「やめておいてくださいね」
イリヤが言ったのは、最後の客のことだった。
思い詰め、険しい顔をし、今回のコーヒーの中で「一番重いものを」と注文した「御衣黄」を一言も発さずに飲んでいた男。
「真面目過ぎるんだろうな」
「いい加減なあなたとは違いますよ」
「身体を壊さない程度にはいい加減にならないとね」
イリヤはふふふと笑いながら言った。
ユーヤは溜息をつきながらも、今回はイリヤに賛成だった。
「それで朧月夜の君は最近どうなの?」
「お忙しいのかお見えではないですよ。
黛さんだけがもう3回もいらっしゃってて」
「おやおや、それは。
倒れてなければいいんだけど」
「ええ」
「君が源氏なら、そんなに忙しい佐藤くんをどうする?」
「私、ですか?」
カウンターに肘をつき、面白そうに笑うイリヤの問いにユーヤは少し考える。
「そうですね。
ご自分のことに無頓着のご様子だから、食べているか寝ているか確かめに行って、必要なら常備菜でも作って置いてきちゃうかな」
ユーヤの答えにイリヤは喉の奥で笑い、「いいな。うらやましい」とつぶやいた。
ユーヤはそれには答えずに、温めておいたコーヒーカップの湯を捨てた。
「黛くんに足りないのは行動力だね」
「とても誠実な方なんですよ」
そう言うと、ユーヤはいつも客に出す店のロゴが入った白いものではなく、自分がコレクションをしている金と深い藍色の磁器のカップとソーサーで、イリヤの目の前にコーヒーをサーヴした。
自分には同じ柄の黒いものにコーヒーを入れた。
「君もこっちに座りなよ」
イリヤがカウンター越しにユーヤのカップとソーサーを持ち上げ、自分の左隣の席に置いた。
ユーヤは黒いエプロンを外し、カウンターから出てくるとイリヤの隣に座った。
「君はなに淹れたの?」
「私のは『白妙』ですよ」
カップを持ち上げ香りを吸い込むと、ユーヤは満足そうに微笑み「白妙」を一口飲んだ。
隣で同じようにイリヤも「紅時雨」を飲む。
「ふむ」
「いかがですか?」
「華やかだね」
「ふふふ、そうでしょう」
艶めいた笑顔でユーヤはイリヤを横目で見た。
「君にもこれくらいの行動力があるっていうのに、なぁ」
「珍しいですね、あなたが他の人をこんなに気にするなんて」
「少しぐらいからかえるように元気になってもらわないと面白くないじゃないか」
「ん、そうですね。
もうちょっとはつらつとしていらっしゃったほうが黛さんの魅力が引き立ちますね」
「まぁ、恋敵がユーヤだなんてなぁ。
だいぶ、分が悪いがね」
「そんなことありませんよ。
第一、黛さんと私はライバルじゃありません」
「佐藤くんは君しか見てないじゃないか」
「気づいていらっしゃらないだけですよ。
それにあんなにぐったりの彼を見たら、無下にはできません」
「ふーん」
面白くなさそうに返事をしたイリヤはユーヤの肩に手をかけた。
「ねぇ、今夜は君のところに行っていい?」
「だめです」
即答にイリヤは噴き出した。
「だって大学生の恋人が忙しくて遊んでもらえないからうちに来たい、って知っているんですからね」
「おや、そうかい」
拗ねたように横を向くユーヤのうなじにイリヤは手を這わす。
「じゃ、キスしていい?」
「じゃ、って意味がわから…」
残りの言葉は、ぐいっとうなじごと顔を引き寄せられ、イリヤの唇に吸い込まれた。
派手なリップ音を立てて、イリヤが唇を離す。
「キスするときには目を閉じるもんだよ、ユーヤ」
「だって」
「いいから黙って」
鋭くも甘い声で囁かれ、再びイリヤは唇を重ねた。
ユーヤは「しょうのない人」と思いながら、静かに目を閉じ、優しいキスを味わおうと唇を薄く開け、そこからちろちろと舌を出した。
イリヤはその誘いに乗って、自分も舌で迎えに行く。
いつしかイリヤは立ち上がり、椅子に座ったままのユーヤをしっかり抱き締めてキスを楽しんでいた。
これくらいの行動力があればいいのに。
するとちょうどプライベートの表示のあるドアからイリヤが店に入ってきたところだった。
カジュアルな薄いピンクのシャツに甘いチョコレート色のパンツを履いて、リラックスした格好をしている。
「いつ出てくるか、冷や冷やしていましたよ」
ユーヤの声にイリヤは苦笑いをしながら、カウンターのいつもの席に座った。
「何か飲みますか?」
ユーヤがメニュー表を出すと、イリヤはざっと見て「紅時雨」を選んだ。
「私も何か飲もうかな」
そう言うと、ユーヤは2杯分のコーヒーを淹れる準備をし始めた。
「あんな形相をしていたら、からかおうにもからかえないじゃないか」
「やめておいてくださいね」
イリヤが言ったのは、最後の客のことだった。
思い詰め、険しい顔をし、今回のコーヒーの中で「一番重いものを」と注文した「御衣黄」を一言も発さずに飲んでいた男。
「真面目過ぎるんだろうな」
「いい加減なあなたとは違いますよ」
「身体を壊さない程度にはいい加減にならないとね」
イリヤはふふふと笑いながら言った。
ユーヤは溜息をつきながらも、今回はイリヤに賛成だった。
「それで朧月夜の君は最近どうなの?」
「お忙しいのかお見えではないですよ。
黛さんだけがもう3回もいらっしゃってて」
「おやおや、それは。
倒れてなければいいんだけど」
「ええ」
「君が源氏なら、そんなに忙しい佐藤くんをどうする?」
「私、ですか?」
カウンターに肘をつき、面白そうに笑うイリヤの問いにユーヤは少し考える。
「そうですね。
ご自分のことに無頓着のご様子だから、食べているか寝ているか確かめに行って、必要なら常備菜でも作って置いてきちゃうかな」
ユーヤの答えにイリヤは喉の奥で笑い、「いいな。うらやましい」とつぶやいた。
ユーヤはそれには答えずに、温めておいたコーヒーカップの湯を捨てた。
「黛くんに足りないのは行動力だね」
「とても誠実な方なんですよ」
そう言うと、ユーヤはいつも客に出す店のロゴが入った白いものではなく、自分がコレクションをしている金と深い藍色の磁器のカップとソーサーで、イリヤの目の前にコーヒーをサーヴした。
自分には同じ柄の黒いものにコーヒーを入れた。
「君もこっちに座りなよ」
イリヤがカウンター越しにユーヤのカップとソーサーを持ち上げ、自分の左隣の席に置いた。
ユーヤは黒いエプロンを外し、カウンターから出てくるとイリヤの隣に座った。
「君はなに淹れたの?」
「私のは『白妙』ですよ」
カップを持ち上げ香りを吸い込むと、ユーヤは満足そうに微笑み「白妙」を一口飲んだ。
隣で同じようにイリヤも「紅時雨」を飲む。
「ふむ」
「いかがですか?」
「華やかだね」
「ふふふ、そうでしょう」
艶めいた笑顔でユーヤはイリヤを横目で見た。
「君にもこれくらいの行動力があるっていうのに、なぁ」
「珍しいですね、あなたが他の人をこんなに気にするなんて」
「少しぐらいからかえるように元気になってもらわないと面白くないじゃないか」
「ん、そうですね。
もうちょっとはつらつとしていらっしゃったほうが黛さんの魅力が引き立ちますね」
「まぁ、恋敵がユーヤだなんてなぁ。
だいぶ、分が悪いがね」
「そんなことありませんよ。
第一、黛さんと私はライバルじゃありません」
「佐藤くんは君しか見てないじゃないか」
「気づいていらっしゃらないだけですよ。
それにあんなにぐったりの彼を見たら、無下にはできません」
「ふーん」
面白くなさそうに返事をしたイリヤはユーヤの肩に手をかけた。
「ねぇ、今夜は君のところに行っていい?」
「だめです」
即答にイリヤは噴き出した。
「だって大学生の恋人が忙しくて遊んでもらえないからうちに来たい、って知っているんですからね」
「おや、そうかい」
拗ねたように横を向くユーヤのうなじにイリヤは手を這わす。
「じゃ、キスしていい?」
「じゃ、って意味がわから…」
残りの言葉は、ぐいっとうなじごと顔を引き寄せられ、イリヤの唇に吸い込まれた。
派手なリップ音を立てて、イリヤが唇を離す。
「キスするときには目を閉じるもんだよ、ユーヤ」
「だって」
「いいから黙って」
鋭くも甘い声で囁かれ、再びイリヤは唇を重ねた。
ユーヤは「しょうのない人」と思いながら、静かに目を閉じ、優しいキスを味わおうと唇を薄く開け、そこからちろちろと舌を出した。
イリヤはその誘いに乗って、自分も舌で迎えに行く。
いつしかイリヤは立ち上がり、椅子に座ったままのユーヤをしっかり抱き締めてキスを楽しんでいた。
これくらいの行動力があればいいのに。
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