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第5話 夏の終わり
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夏休みはなんのためにあるのか。
そんなことを今更言いたい気分にさせてくれるのは、休み明けのテストのせいだ。
実際はそんなことを言っている場合ではない。
ご丁寧に夏休みが終わる1週間前に、休み前に知らされていたテストの時間割がメールで送られてきた。
あー、とりあえず終了!
最終日が金曜でよかった。これでまた少し、息継ぎができる。
僕は制服のまま、自室のベッドに倒れ込んだ。
休みは「あー、楽しかったなぁ」で終わらせてほしい。
くたびれたなぁ。数学の範囲、広すぎ。
あー、温泉入りたい。
思わずそう願ったその時、部屋に白い雲が立ち込め、そして大きな白蛇が現れた。
「え。もしかして山からのお迎え?」
蛇は動かない。まさかこのままここにいるつもり?
でもこんなことって、山の神様たちしか思い当たることがない。
白蛇はジュエリーみたいな光る青い目をして、僕を見ていた。
威嚇するわけでも、取って食おうとしているわけでもなさそうだった。
僕は手を伸ばし、そっと蛇にさわった。
べとべとしているのかと思ったが、表面はさらさらでひんやりしていた。
恐る恐る背中に乗ってみると、蛇はなにも言わず、するすると動き始めた。
あ、蛇って鳴くんだっけ?鳴き声、するんだっけ?
昼過ぎだったはずなのに、蛇の背中から見えたのは満点の星空だった。
かなりの速度でうねうねと宙を蛇行する。
僕は落ちないように蛇にしがみついた。
しばらくすると霧の中に大きな門が見えた。
たぬきのまめ吉さんが提灯に明かりを灯して僕を待っていてくれる。
僕が手を振ると、まめ吉さんが慌てた。
「手を離しては危のうございます!」
え、と思ったときには僕の身体は宙を舞い、まめ吉さんの前にごろんごろんと転がってしまった。
「当麻様!」
「まめ吉さん、こんにちは」
「おけがは。おけがはございませんか」
「う…ん、多分……?」
制服も汚れたことだし、すぐに温泉に案内された。
そのときに両膝と右ひじを打って少しすりむいでいるのがわかった。お湯がしみた。
それ以外だと、久しぶりの温泉に満足した。
でもよく考えると夏休みにここに来てから1か月も経っていない。
温泉から上がると浴衣が用意されていたので、僕はそれを着た。
脱衣所から出るとまめ吉さんが待っていてくれたのでついていくと、夏休みに過ごした部屋に案内された。
そして冷たい水と水出しの緑茶を用意してくれていたので、両方ごくごくと飲んだ。
「当麻様、お食事はいかがなさいますか」
「あ、それなんですが」
僕は温泉に入っているときに考えたことをもう1度頭の中で整理した。
「各務様とお話することはできますか」
「主と、ですか」
「はい」
まめ吉さんは少し顔をしかめた。
「今すぐは、難しいかと……」
「そうですか。神様ですものね。では、伝言をお願いできますか」
「なんでございましょう。まめ吉でよろしければ承ります」
「あの…、僕が今ここに来ているのは、僕が『温泉に入りたい』と思ったからだと思います」
「ええ、試験でお疲れだと聞いております」
「ここの温泉はとても気持ちよくて、癒されました。ありがとうございます」
「それはよろしゅうございました」
「でも、なんていうか、こういうことが続くと困るというか」
僕はしどろもどろになりながら、懸命にまめ吉さんに説明した。
『あー、くたびれたあ。温泉入りたいーーー』と思うたびに、蛇のおつかいが来てここに来るのは違うと思った。
単に、ちょっと思っただけで、それが現実になると「そこまでじゃなかったのに」というか、そういう感じ。
「主がそれでいいと申しているので、当麻様はお気にすることはございません」
「いやいやいや。ここは山神様の温泉ですよ。僕なんかが気軽にしょっちゅう来ていいところではありません」
「では、本当に願ったときにはいらっしゃるということでございますか」
「もし、そうしてもいいのなら」
「もちろんでございます」
正直、ここのお湯はとても気持ちいいし、今もさっきまでの疲れはどこかに行ってしまったし、このままぐっと寝てしまえば、めちゃくちゃ元気に目が覚めそうな気がしている。
まめ吉さんは僕をじっと見た。
まん丸な目なのに、ちょっと垂れていて眠そうに見えるが、まめ吉さんの表情は真剣だった。
「主も当麻様の生活について勉強なさっています。できるだけ当麻様の生活の邪魔はしたくないと申しておりますが、当麻様の疲れを癒して差し上げたいお気持ちはいっぱいです」
「ありがとうございます」
「ですので、遠慮なさらずにまたここに来てくださいませね」
「はい」
「では、このことはまめ吉が責任を持って主にお伝えします」
「ありがとうございます」
わかってもらえたみたいで、僕はほっとした。
まめ吉さんは食事どころか、泊まりと次の日の「朝風呂」も勧めてくれたが僕は丁重にお断りした。
「では、湯上りのこれを」と心太を勧めてくれた。それも黒蜜ではなく、三杯酢と鰹節のさっぱりしたやつだった。僕はありがたくいただいた。
帰る前に、転んで汚してしまったはずの制服は綺麗になって僕に渡された。
僕はそれに着替え、また大きな白い蛇に乗って、星空の下を通って戻った。
気がついたら、僕はまだ制服のままベッドに倒れ込んだままだった。
***
新学期が始まって1週間してからの週末。
僕はそっと「温泉に行きたい」と思ってみた。
なにも起こらなかった。
今度は「今週は本当に疲れました。温泉に入りたいです」と左手首をさわりながら、本気で願った。
事実、これまでだらだらとしていた夏休みの生活から朝から夕方までの学校生活が始まり、先生方は容赦なく授業を進め、文化祭の準備が少しずつ始まり、小テストは毎日のようにあり、とにかくついていくのが精いっぱいだった。
すると音もなく白い雲と共に大きな蛇が現れた。
今度は、僕はためらわずにすぐに蛇の背に乗った。
そしてまめ吉さんに出迎えてもらい、温泉に入った。
泊まりはしなかったが、あまりの気持ちよさに温泉から上がったあと、うとうとさせてもらった。
また元気になった。
各務様とまめ吉さんを試すようなことをしてしまったのが、少し申し訳なかったが、僕の言ったことをまめ吉さんが各務様に伝えてくれて、各務様もそれを受け入れてくれたことがわかり、嬉しかった。
僕は安心して温泉に入りに来れる、と思った。
そんなことを今更言いたい気分にさせてくれるのは、休み明けのテストのせいだ。
実際はそんなことを言っている場合ではない。
ご丁寧に夏休みが終わる1週間前に、休み前に知らされていたテストの時間割がメールで送られてきた。
あー、とりあえず終了!
最終日が金曜でよかった。これでまた少し、息継ぎができる。
僕は制服のまま、自室のベッドに倒れ込んだ。
休みは「あー、楽しかったなぁ」で終わらせてほしい。
くたびれたなぁ。数学の範囲、広すぎ。
あー、温泉入りたい。
思わずそう願ったその時、部屋に白い雲が立ち込め、そして大きな白蛇が現れた。
「え。もしかして山からのお迎え?」
蛇は動かない。まさかこのままここにいるつもり?
でもこんなことって、山の神様たちしか思い当たることがない。
白蛇はジュエリーみたいな光る青い目をして、僕を見ていた。
威嚇するわけでも、取って食おうとしているわけでもなさそうだった。
僕は手を伸ばし、そっと蛇にさわった。
べとべとしているのかと思ったが、表面はさらさらでひんやりしていた。
恐る恐る背中に乗ってみると、蛇はなにも言わず、するすると動き始めた。
あ、蛇って鳴くんだっけ?鳴き声、するんだっけ?
昼過ぎだったはずなのに、蛇の背中から見えたのは満点の星空だった。
かなりの速度でうねうねと宙を蛇行する。
僕は落ちないように蛇にしがみついた。
しばらくすると霧の中に大きな門が見えた。
たぬきのまめ吉さんが提灯に明かりを灯して僕を待っていてくれる。
僕が手を振ると、まめ吉さんが慌てた。
「手を離しては危のうございます!」
え、と思ったときには僕の身体は宙を舞い、まめ吉さんの前にごろんごろんと転がってしまった。
「当麻様!」
「まめ吉さん、こんにちは」
「おけがは。おけがはございませんか」
「う…ん、多分……?」
制服も汚れたことだし、すぐに温泉に案内された。
そのときに両膝と右ひじを打って少しすりむいでいるのがわかった。お湯がしみた。
それ以外だと、久しぶりの温泉に満足した。
でもよく考えると夏休みにここに来てから1か月も経っていない。
温泉から上がると浴衣が用意されていたので、僕はそれを着た。
脱衣所から出るとまめ吉さんが待っていてくれたのでついていくと、夏休みに過ごした部屋に案内された。
そして冷たい水と水出しの緑茶を用意してくれていたので、両方ごくごくと飲んだ。
「当麻様、お食事はいかがなさいますか」
「あ、それなんですが」
僕は温泉に入っているときに考えたことをもう1度頭の中で整理した。
「各務様とお話することはできますか」
「主と、ですか」
「はい」
まめ吉さんは少し顔をしかめた。
「今すぐは、難しいかと……」
「そうですか。神様ですものね。では、伝言をお願いできますか」
「なんでございましょう。まめ吉でよろしければ承ります」
「あの…、僕が今ここに来ているのは、僕が『温泉に入りたい』と思ったからだと思います」
「ええ、試験でお疲れだと聞いております」
「ここの温泉はとても気持ちよくて、癒されました。ありがとうございます」
「それはよろしゅうございました」
「でも、なんていうか、こういうことが続くと困るというか」
僕はしどろもどろになりながら、懸命にまめ吉さんに説明した。
『あー、くたびれたあ。温泉入りたいーーー』と思うたびに、蛇のおつかいが来てここに来るのは違うと思った。
単に、ちょっと思っただけで、それが現実になると「そこまでじゃなかったのに」というか、そういう感じ。
「主がそれでいいと申しているので、当麻様はお気にすることはございません」
「いやいやいや。ここは山神様の温泉ですよ。僕なんかが気軽にしょっちゅう来ていいところではありません」
「では、本当に願ったときにはいらっしゃるということでございますか」
「もし、そうしてもいいのなら」
「もちろんでございます」
正直、ここのお湯はとても気持ちいいし、今もさっきまでの疲れはどこかに行ってしまったし、このままぐっと寝てしまえば、めちゃくちゃ元気に目が覚めそうな気がしている。
まめ吉さんは僕をじっと見た。
まん丸な目なのに、ちょっと垂れていて眠そうに見えるが、まめ吉さんの表情は真剣だった。
「主も当麻様の生活について勉強なさっています。できるだけ当麻様の生活の邪魔はしたくないと申しておりますが、当麻様の疲れを癒して差し上げたいお気持ちはいっぱいです」
「ありがとうございます」
「ですので、遠慮なさらずにまたここに来てくださいませね」
「はい」
「では、このことはまめ吉が責任を持って主にお伝えします」
「ありがとうございます」
わかってもらえたみたいで、僕はほっとした。
まめ吉さんは食事どころか、泊まりと次の日の「朝風呂」も勧めてくれたが僕は丁重にお断りした。
「では、湯上りのこれを」と心太を勧めてくれた。それも黒蜜ではなく、三杯酢と鰹節のさっぱりしたやつだった。僕はありがたくいただいた。
帰る前に、転んで汚してしまったはずの制服は綺麗になって僕に渡された。
僕はそれに着替え、また大きな白い蛇に乗って、星空の下を通って戻った。
気がついたら、僕はまだ制服のままベッドに倒れ込んだままだった。
***
新学期が始まって1週間してからの週末。
僕はそっと「温泉に行きたい」と思ってみた。
なにも起こらなかった。
今度は「今週は本当に疲れました。温泉に入りたいです」と左手首をさわりながら、本気で願った。
事実、これまでだらだらとしていた夏休みの生活から朝から夕方までの学校生活が始まり、先生方は容赦なく授業を進め、文化祭の準備が少しずつ始まり、小テストは毎日のようにあり、とにかくついていくのが精いっぱいだった。
すると音もなく白い雲と共に大きな蛇が現れた。
今度は、僕はためらわずにすぐに蛇の背に乗った。
そしてまめ吉さんに出迎えてもらい、温泉に入った。
泊まりはしなかったが、あまりの気持ちよさに温泉から上がったあと、うとうとさせてもらった。
また元気になった。
各務様とまめ吉さんを試すようなことをしてしまったのが、少し申し訳なかったが、僕の言ったことをまめ吉さんが各務様に伝えてくれて、各務様もそれを受け入れてくれたことがわかり、嬉しかった。
僕は安心して温泉に入りに来れる、と思った。
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