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続編
第25話 続編 Easter Bunnies' Eggs
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会員制のバニーボーイズの店「ブラック・バニーズ」は洗練された上品さ、クラッシック・バニーズ特有の静かな雰囲気が売りになっているが、たまにイベントを開催し騒ぐこともある。
復活祭もその一つで、「イースター・エッグを運んでくるうさぎ」をイメージしたイベントとなっている。
普段はクラシック・バニーズの特徴である黒いサテンのコルセットタイプのバニースーツを着用し、黒い耳、白く丸いしっぽ、首には白いカラーと黒の蝶ネクタイ、手首には白いカフス、右前腰には金で名前の書かれた黒いロゼッタ、バックシームつきの網タイツ、そして黒か赤のヒールという格好である。
しかし、イースター前の一週間は、ふわふわの白い耳、リボンの編み上げのデザインの白いビスチェの下からはちらりと臍が見え、首、手首につける飾りとお揃いの白いフェイクファーのホットパンツにはかわいらしいしっぽがついており、それにバックシームつきの網タイツ、そして黒か赤のヒールの「初々しくかわいらしい真っ白な子うさぎ」の格好になる。
上品でセクシーなバニーズが少し幼く甘い雰囲気をまとい、年に一度、このときだけ見られる「純白の子うさぎ」になるのを好む客は多い。
毎年、ブラック・バニーズの春はにぎわう。
バニーズも白いコスチュームを好む者もおり、そして普段はできない「自分の私物」を身につけられる数少ない機会となっているので楽しみにしている。
首のファーは着用しなくてもよく、その代わりに自分の気に入ったネックレスをつける者がいる。
白く甘い雰囲気に合わせた華奢なネックレスをつけることが多いが、今年は太めのチェーンのIDタグを首にかけた者もいた。
イベント中の金土曜日には、夜10時から余興として、バニーズが籠に入った卵を客に配り歩く。
卵と言っても本物ではなく、卵の形をしたガチャポンのようなプラスチックの容れ物で、中には小さな紙切れが入っていた。
簡単なくじになっていて、紙には「バニーにドリンクを一杯ご馳走する」「ドリンク一杯プレゼント」「規定に到達していなくてもバニーの手を握ってもよい」「バニーにチップを与える」「草津オーナーが頬にキスをする」など、ちょっとしたことが書いてある。
設立者の草津オーナーの祖父の代には際どいことも書かれており、クラシックな雰囲気が損なわれると当時の黒服の澤はいい顔をしなかったが、そういう毒のあることもまだまだ普通に行われていた。
今は「かわいいハプニング」程度のものになっているし、草津オーナーや高橋チーフ、そして黒服たちがトラブルが起こらないように目を光らせ、どさくさに紛れてバニーズに書かれていること以上のことを客が強要するのを防いでいる。
今年、この純白のバニーズのコスチュームが一番似合ったのは、おどおどして大人しかったが最近、どんどん美しくなっていると言われている早霧だった。
もともと華奢な印象だったが、ほっそりとして庇護欲をかき立てられる白い子うさぎが誰よりも目をひいた。
純真そうでありながら、きゅっと絞められたビスチェが身体の線を露わにし、普段は隠れている臍が一層エロティックな雰囲気を醸し出している。
早霧は最初、首にもファーをつけたが、首周りがくすぐったくてたまらず、つけないことにした。
細く長い首までもが露わになり、ますます庇護欲がかき立てられることになり、草津と高橋との協議でイースターのイベント中はずっと優也が早霧のそばにつくことを裏でそっと決めた。
それを聞いた優也は「もっともだ」という顔をして、力強くうなずいた。
白いうさぎの姫は、いつかどわかされてもおかしくないほど、得難い存在であった。
イベントの初日からブラック・バニーズは目当ての白い子うさぎを我先に見ようと、月曜日の夜にも関わらず予約がいっぱいで盛況だった。
疲れはしたが、イベントの初日が無事に終わり、手応えを感じながらスタッフは帰宅の途につこうとしていた。
閑静な住宅街の中にひっそりとブラック・バニーズはあるため、バックヤードから出ると皆、口を閉じる。
なので最後の挨拶はバックヤードで行われる。
バーテンダーの長谷川が颯爽と「お疲れ!」と皆に声をかけ、帰り支度の終わった早霧とすれ違うときバッグにするりと何かを入れた。
早霧もそれに気がついたが、素知らぬふりをした「お疲れ様でした」と挨拶を返し、自分も他のスタッフと共にバックヤードを後にした。
帰り道、早霧はずっとどきどきしっぱなしであった。
ブラック・バニーズでは従業員同士の恋愛は禁止されている。
しかし、この急成長を遂げたうさぎの姫を射止めたのは、鋭い眼差しと精悍な顔つきながら甘いカクテルを作るのが得意なバーテンダーの長谷川だった。
秘めた恋をした早霧には不思議な色気が生まれ、ますます客の評判も上がったことを本人は知らない。
早霧はひとり暮らしのマンションに帰り着くと、急いでバッグの中を調べた。
そこにはバニーズが週末に配るプラスチックの卵がころんと出てきた。
中を開けるとくしゃくしゃに丸められたドリンクの伝票の紙が出てきた。
不思議に思いながら、早霧は伝票を開いた。
さらり、と音がして何かが滑り落ちた。
丸められた伝票からは細い金のチェーンがこぼれる。
そっと拾うと、柔らかなしずくの形の透明な石のトップがついたネックレスだった。
しわを伸ばした伝票には「Love」と走り書きがされていた。
鼓動が強まり、胸が熱くなった。
ネックレスをつまんでいる指が震えた。
長谷川からの贈り物だった。
初めてのプレゼントに早霧は息ができなくなった。
しばらく固まっていたが、バッグからスマホを取り出し時間を見る。
長谷川さんが家に着くまで、まだ時間があるな。
すぐにでも電話がかけたい衝動に駆られたが、早霧は待つことにし、スマホとネックレス、そして伝票を大切に持つとソファに座り、そばのブランケットにくるまった。
長谷川が帰宅する頃を見計らって電話をかけた。
タップする指が震えて、何度か誤操作をしたので少し遅くなった。
数回のコールのあと、長谷川が電話に出た。
「あ、あの、長谷川さん?」
『ああ、お疲れさん』
甘い声が耳元で響く。
「もう帰りましたか?」
『着いたよ。
今、着替えたとこ』
早霧は長谷川の引き締まった身体を思い出して、赤くなってしまう。
「あの、卵、見ました」
『うん』
「ありがとうございました。
俺、すごく嬉しくて」
『早霧はさ、白うさぎのときに首にファーをつけない、って聞いたから。
女性ものでどうしようか迷ったんだけど、あれが一番早霧に似合うと思って。
気に入ってもらえた?』
「もちろんです!
ありがとうございます」
『つけたところ、見せてね』
「うん。
明日、つけます」
『でもなぁ』
「なんですか?」
『今日の早霧の人気もダントツだったからな。
ヤケちゃいそうだ』
スマホの向こうで軽く言っているが、長谷川が嫉妬しているのだとわかると照れてしまうと同時に、嬉しくもなった。
「次のデートのとき」
『うん?』
「これをつけた俺を抱いてくれますか?」
早霧はただ、長谷川からもらった贈り物が嬉しく、贈り物を身につけた自分を見てほしいと思い、そして自分は長谷川のものだということをわかってほしい一心で言っている。
スマホの向こうには沈黙が広がる。
はっとなり、早霧は「セックスがしたい」とねだったのだとわかると、はしたなくて長谷川に嫌われたのかと思い、身を硬くした。
「あ、あの、ヘンなこと言いましたね」
『そんなことはないっ!』
長谷川が力一杯言った。
『できるもんなら、今すぐ颯太の家に行って、ネックレスだけをつけた颯太を抱きたい!』
不意に本名を呼ばれ、どきどきした。
「長谷川さん」
『俺もがっついているよ、颯太』
こみ上げる嬉しさに早霧は言葉を止める。
『情けないな、余裕ないよ、俺』
店で早霧がどれだけ客からの人気を集め、言い寄られていても長谷川は平然として見ている。
それが早霧には少し寂しいこともあったが、実は余裕を失っている長谷川を知って、頬が緩み、そして切なくなる。
プライベートの時間にそっと会ってはいるが、もし店側になにかの拍子にバレたら問題だと思い、ずっとどちらかの家で過ごし、誰にもオープンにしていない。
最近、堂々と桐谷との関係をオープンにし、輝いている優也を何度うらやましく思ったか。
「俺も余裕ない。
抱いてほしいよ、長谷川さん」
早霧の甘く苦しげな声に、長谷川もスマホの向こうで歯ぎしりするしかなかった。
翌日、早霧は柔らかなフォルムのしずくのネックレスを首に輝かせた白い子うさぎになった。
シンシアが目ざとくそれを見つけ、
「可愛い。
スワロね」
と首元を指差す。
「スワロ?」
「スワロフスキー。
白鳥のマークを知らない?
クリスタルガラスよ。
強烈だけどエレガントに煌めくから、私は好き。
ボーイフレンドからの贈り物?」
「い、いいえ」
シンシアの突然の詮索にバックヤードでそれを聞いていた全員が素知らぬふりをしながら耳をそばだてた。
早霧はネックレスを隠すように首元に手を当てると、そのままバックヤードから出ていってしまった。
それを全員で見送る。
「シンシア、早霧をそんなにいじめちゃだめ」
keiがのっそりと言う。
「いじめたことになっちゃうの?」
「あれで本人、まだ私たちに気づかれていないと思っているから」
「え、そうなの?!
あんなにバレバレなのに?」
keiの言葉にシンシアが驚いた声を上げた。
他の黒服も言葉を足した。
「そうなんですよ。
オーナーもチーフも気づいているのに、何も言っていないんです。
さすがに長谷川さんは気がついていて、草津オーナーになにか言われたらすぐにこの店を辞める覚悟もしています。
でもなぜか早霧だけ、気がついていないんです」
「まぁ、みんな随分と優しいのねぇ」
「なんて言うか、そっとしておいてあげたくなるタイプで」
黒服の言葉に皆、うんうんとうなずく。
「そうね、それはわかる気がする。
もうネックレスにはふれないでおく」
「そうしてください」
keiがそう言うと、シンシアもうなずいた。
美崎は別のことに気を取られ、気にも留めていなかった。
早霧は仕込み作業をしているカウンターの長谷川のところに行っていた。
他にはまだ誰もフロアにいない。
「長谷川さん、どうしよう。
これ、誰かからもらったのかと聞かれちゃった」
せっかく誉め言葉を並べようと思っていたのに、早霧のその言葉で長谷川ががっくりきたが、それでも平然と答えた。
「いいんじゃないの?
桐谷さんに教わっただろ、クィーンでいろ、ってやつ。
堂々としておけばいいよ、早霧」
「でも」
「似合ってるよ。
それにつけてくれて、嬉しい」
改めて長谷川はスワロフスキーのネックレスをつけた白うさぎ姫を甘い視線で眺める。
まだ本格的に照明がついていないが、それでもキラリとクリスタルの鋭い輝きが放たれていた。
長谷川の言葉に真っ赤になりながら、早霧はくっと首と背筋を伸ばした。
開店となり、客が入ってきた。
昨日も来た客がすぐに早霧のネックレスに気がつき、声をかける。
「昨日はそのネックレスしていなかったね。
どうしたの?」
「似合いますか?
卵を割ったら出てきたんです」
「なに、それって誰かからのプレゼント?」
「ふふふ、卵を運ぶのは私たちバニーズの仕事ですよ。
金曜日と土曜日に卵を配るの、ご存知ですか?」
するりと話題を変え、早霧はかわいらしく微笑む。
中にはしつこく絡む客もいたが、タイミングを見て優也が入り、
「佐々木様、バニーズには秘密がたくさんあるんですよ。
そのあたりで勘弁してやってくださいませんか?」
と艶然と微笑む。
「バニーズは美しくいるために秘密がたくさんあるんです。
秘密を暴くよりも、早霧を褒めてやってくれませんか?
褒められるとますます美しくなりますよ」
「優也もかな?」
「ええ、もちろん。
しかし、私は今は黒服です。
褒められる対象ではなくなりました」
優也はしなやかな手つきで早霧の首筋に指を滑らせる。
「ほら、ネックレスのおかげで早霧の首筋がより一層綺麗に見えるでしょう?」
ただ首にふれられているだけなのに、早霧は真っ赤になってしまった。
それはまるで桐谷にさわられている感覚を思い起こさせた。
「年に一回のホワイト・バニーズですからね。
特に早霧は白が似合うと人気なんです。
いかがですか?」
優也の指先がチェーンに沿って動くたびに、客はそこに釘づけになった。
顔だけではなく、首筋やデコルテも薄っすら赤くなった白い早霧はエロティックだった。
「綺麗だ」
「でしょう?」
「あ、あの」
突然、上ずった声が上がった。
「ありがとうございます。
けれどあまりに情熱的に見つめられると照れてしまいます。
冷たい飲み物を頼んでもいいですか?」
「あ、ああ。
いいよ、いいよ。
なにがいいかい?」
いつもの柔らかな笑顔に戻った優也が早霧にメニュー表を渡し、早霧はアルコールが一番低いものをそっと選んだ。
優也は一礼してそのテーブルを去り、他の黒服に早霧を任せるとカウンターの長谷川のところに向かった。
オーダーを入れると、カクテルを作る長谷川に優也はそっと囁いた。
「似合ってるね、あれ」
「ありがとうございます」
「でも虫よけにはならないかな」
「そうですね、渡すタイミングを失敗しました」
何事もないように手際よく長谷川がアルコールやジュースの瓶を操る。
優也はそれを見ている。
「だけど、客を煽ってどうするんです?
首はさわらなくてもよかったんじゃないですか?」
一瞬、ぎろりと鋭い視線を送る長谷川に優也は微笑む。
「煽っているのは長谷川のつもりだけど」
え?っと一瞬長谷川が手を止めた。
「俺の恋人です、っていつ言うかな、っと思って。
早くオーナーと話をしてあげたらいいのに。
隠している恋ってつらいからね」
寂しい横顔を見せた優也だったが、出来上がったカクテルをトレーに載せて早霧の待つテーブルに向かった。
長谷川は内心、舌打ちを連続でしていた。
桐谷さんと言い、優也さんと言い、なんだよ、あの二人はっ!
自分を大人だと思っているし、実際いい大人なのだが、あの二人を前にするといかに自分が未熟なのか思い知らされる。
まだ孵らぬ卵はあちこちで人をかき回していく。
復活祭もその一つで、「イースター・エッグを運んでくるうさぎ」をイメージしたイベントとなっている。
普段はクラシック・バニーズの特徴である黒いサテンのコルセットタイプのバニースーツを着用し、黒い耳、白く丸いしっぽ、首には白いカラーと黒の蝶ネクタイ、手首には白いカフス、右前腰には金で名前の書かれた黒いロゼッタ、バックシームつきの網タイツ、そして黒か赤のヒールという格好である。
しかし、イースター前の一週間は、ふわふわの白い耳、リボンの編み上げのデザインの白いビスチェの下からはちらりと臍が見え、首、手首につける飾りとお揃いの白いフェイクファーのホットパンツにはかわいらしいしっぽがついており、それにバックシームつきの網タイツ、そして黒か赤のヒールの「初々しくかわいらしい真っ白な子うさぎ」の格好になる。
上品でセクシーなバニーズが少し幼く甘い雰囲気をまとい、年に一度、このときだけ見られる「純白の子うさぎ」になるのを好む客は多い。
毎年、ブラック・バニーズの春はにぎわう。
バニーズも白いコスチュームを好む者もおり、そして普段はできない「自分の私物」を身につけられる数少ない機会となっているので楽しみにしている。
首のファーは着用しなくてもよく、その代わりに自分の気に入ったネックレスをつける者がいる。
白く甘い雰囲気に合わせた華奢なネックレスをつけることが多いが、今年は太めのチェーンのIDタグを首にかけた者もいた。
イベント中の金土曜日には、夜10時から余興として、バニーズが籠に入った卵を客に配り歩く。
卵と言っても本物ではなく、卵の形をしたガチャポンのようなプラスチックの容れ物で、中には小さな紙切れが入っていた。
簡単なくじになっていて、紙には「バニーにドリンクを一杯ご馳走する」「ドリンク一杯プレゼント」「規定に到達していなくてもバニーの手を握ってもよい」「バニーにチップを与える」「草津オーナーが頬にキスをする」など、ちょっとしたことが書いてある。
設立者の草津オーナーの祖父の代には際どいことも書かれており、クラシックな雰囲気が損なわれると当時の黒服の澤はいい顔をしなかったが、そういう毒のあることもまだまだ普通に行われていた。
今は「かわいいハプニング」程度のものになっているし、草津オーナーや高橋チーフ、そして黒服たちがトラブルが起こらないように目を光らせ、どさくさに紛れてバニーズに書かれていること以上のことを客が強要するのを防いでいる。
今年、この純白のバニーズのコスチュームが一番似合ったのは、おどおどして大人しかったが最近、どんどん美しくなっていると言われている早霧だった。
もともと華奢な印象だったが、ほっそりとして庇護欲をかき立てられる白い子うさぎが誰よりも目をひいた。
純真そうでありながら、きゅっと絞められたビスチェが身体の線を露わにし、普段は隠れている臍が一層エロティックな雰囲気を醸し出している。
早霧は最初、首にもファーをつけたが、首周りがくすぐったくてたまらず、つけないことにした。
細く長い首までもが露わになり、ますます庇護欲がかき立てられることになり、草津と高橋との協議でイースターのイベント中はずっと優也が早霧のそばにつくことを裏でそっと決めた。
それを聞いた優也は「もっともだ」という顔をして、力強くうなずいた。
白いうさぎの姫は、いつかどわかされてもおかしくないほど、得難い存在であった。
イベントの初日からブラック・バニーズは目当ての白い子うさぎを我先に見ようと、月曜日の夜にも関わらず予約がいっぱいで盛況だった。
疲れはしたが、イベントの初日が無事に終わり、手応えを感じながらスタッフは帰宅の途につこうとしていた。
閑静な住宅街の中にひっそりとブラック・バニーズはあるため、バックヤードから出ると皆、口を閉じる。
なので最後の挨拶はバックヤードで行われる。
バーテンダーの長谷川が颯爽と「お疲れ!」と皆に声をかけ、帰り支度の終わった早霧とすれ違うときバッグにするりと何かを入れた。
早霧もそれに気がついたが、素知らぬふりをした「お疲れ様でした」と挨拶を返し、自分も他のスタッフと共にバックヤードを後にした。
帰り道、早霧はずっとどきどきしっぱなしであった。
ブラック・バニーズでは従業員同士の恋愛は禁止されている。
しかし、この急成長を遂げたうさぎの姫を射止めたのは、鋭い眼差しと精悍な顔つきながら甘いカクテルを作るのが得意なバーテンダーの長谷川だった。
秘めた恋をした早霧には不思議な色気が生まれ、ますます客の評判も上がったことを本人は知らない。
早霧はひとり暮らしのマンションに帰り着くと、急いでバッグの中を調べた。
そこにはバニーズが週末に配るプラスチックの卵がころんと出てきた。
中を開けるとくしゃくしゃに丸められたドリンクの伝票の紙が出てきた。
不思議に思いながら、早霧は伝票を開いた。
さらり、と音がして何かが滑り落ちた。
丸められた伝票からは細い金のチェーンがこぼれる。
そっと拾うと、柔らかなしずくの形の透明な石のトップがついたネックレスだった。
しわを伸ばした伝票には「Love」と走り書きがされていた。
鼓動が強まり、胸が熱くなった。
ネックレスをつまんでいる指が震えた。
長谷川からの贈り物だった。
初めてのプレゼントに早霧は息ができなくなった。
しばらく固まっていたが、バッグからスマホを取り出し時間を見る。
長谷川さんが家に着くまで、まだ時間があるな。
すぐにでも電話がかけたい衝動に駆られたが、早霧は待つことにし、スマホとネックレス、そして伝票を大切に持つとソファに座り、そばのブランケットにくるまった。
長谷川が帰宅する頃を見計らって電話をかけた。
タップする指が震えて、何度か誤操作をしたので少し遅くなった。
数回のコールのあと、長谷川が電話に出た。
「あ、あの、長谷川さん?」
『ああ、お疲れさん』
甘い声が耳元で響く。
「もう帰りましたか?」
『着いたよ。
今、着替えたとこ』
早霧は長谷川の引き締まった身体を思い出して、赤くなってしまう。
「あの、卵、見ました」
『うん』
「ありがとうございました。
俺、すごく嬉しくて」
『早霧はさ、白うさぎのときに首にファーをつけない、って聞いたから。
女性ものでどうしようか迷ったんだけど、あれが一番早霧に似合うと思って。
気に入ってもらえた?』
「もちろんです!
ありがとうございます」
『つけたところ、見せてね』
「うん。
明日、つけます」
『でもなぁ』
「なんですか?」
『今日の早霧の人気もダントツだったからな。
ヤケちゃいそうだ』
スマホの向こうで軽く言っているが、長谷川が嫉妬しているのだとわかると照れてしまうと同時に、嬉しくもなった。
「次のデートのとき」
『うん?』
「これをつけた俺を抱いてくれますか?」
早霧はただ、長谷川からもらった贈り物が嬉しく、贈り物を身につけた自分を見てほしいと思い、そして自分は長谷川のものだということをわかってほしい一心で言っている。
スマホの向こうには沈黙が広がる。
はっとなり、早霧は「セックスがしたい」とねだったのだとわかると、はしたなくて長谷川に嫌われたのかと思い、身を硬くした。
「あ、あの、ヘンなこと言いましたね」
『そんなことはないっ!』
長谷川が力一杯言った。
『できるもんなら、今すぐ颯太の家に行って、ネックレスだけをつけた颯太を抱きたい!』
不意に本名を呼ばれ、どきどきした。
「長谷川さん」
『俺もがっついているよ、颯太』
こみ上げる嬉しさに早霧は言葉を止める。
『情けないな、余裕ないよ、俺』
店で早霧がどれだけ客からの人気を集め、言い寄られていても長谷川は平然として見ている。
それが早霧には少し寂しいこともあったが、実は余裕を失っている長谷川を知って、頬が緩み、そして切なくなる。
プライベートの時間にそっと会ってはいるが、もし店側になにかの拍子にバレたら問題だと思い、ずっとどちらかの家で過ごし、誰にもオープンにしていない。
最近、堂々と桐谷との関係をオープンにし、輝いている優也を何度うらやましく思ったか。
「俺も余裕ない。
抱いてほしいよ、長谷川さん」
早霧の甘く苦しげな声に、長谷川もスマホの向こうで歯ぎしりするしかなかった。
翌日、早霧は柔らかなフォルムのしずくのネックレスを首に輝かせた白い子うさぎになった。
シンシアが目ざとくそれを見つけ、
「可愛い。
スワロね」
と首元を指差す。
「スワロ?」
「スワロフスキー。
白鳥のマークを知らない?
クリスタルガラスよ。
強烈だけどエレガントに煌めくから、私は好き。
ボーイフレンドからの贈り物?」
「い、いいえ」
シンシアの突然の詮索にバックヤードでそれを聞いていた全員が素知らぬふりをしながら耳をそばだてた。
早霧はネックレスを隠すように首元に手を当てると、そのままバックヤードから出ていってしまった。
それを全員で見送る。
「シンシア、早霧をそんなにいじめちゃだめ」
keiがのっそりと言う。
「いじめたことになっちゃうの?」
「あれで本人、まだ私たちに気づかれていないと思っているから」
「え、そうなの?!
あんなにバレバレなのに?」
keiの言葉にシンシアが驚いた声を上げた。
他の黒服も言葉を足した。
「そうなんですよ。
オーナーもチーフも気づいているのに、何も言っていないんです。
さすがに長谷川さんは気がついていて、草津オーナーになにか言われたらすぐにこの店を辞める覚悟もしています。
でもなぜか早霧だけ、気がついていないんです」
「まぁ、みんな随分と優しいのねぇ」
「なんて言うか、そっとしておいてあげたくなるタイプで」
黒服の言葉に皆、うんうんとうなずく。
「そうね、それはわかる気がする。
もうネックレスにはふれないでおく」
「そうしてください」
keiがそう言うと、シンシアもうなずいた。
美崎は別のことに気を取られ、気にも留めていなかった。
早霧は仕込み作業をしているカウンターの長谷川のところに行っていた。
他にはまだ誰もフロアにいない。
「長谷川さん、どうしよう。
これ、誰かからもらったのかと聞かれちゃった」
せっかく誉め言葉を並べようと思っていたのに、早霧のその言葉で長谷川ががっくりきたが、それでも平然と答えた。
「いいんじゃないの?
桐谷さんに教わっただろ、クィーンでいろ、ってやつ。
堂々としておけばいいよ、早霧」
「でも」
「似合ってるよ。
それにつけてくれて、嬉しい」
改めて長谷川はスワロフスキーのネックレスをつけた白うさぎ姫を甘い視線で眺める。
まだ本格的に照明がついていないが、それでもキラリとクリスタルの鋭い輝きが放たれていた。
長谷川の言葉に真っ赤になりながら、早霧はくっと首と背筋を伸ばした。
開店となり、客が入ってきた。
昨日も来た客がすぐに早霧のネックレスに気がつき、声をかける。
「昨日はそのネックレスしていなかったね。
どうしたの?」
「似合いますか?
卵を割ったら出てきたんです」
「なに、それって誰かからのプレゼント?」
「ふふふ、卵を運ぶのは私たちバニーズの仕事ですよ。
金曜日と土曜日に卵を配るの、ご存知ですか?」
するりと話題を変え、早霧はかわいらしく微笑む。
中にはしつこく絡む客もいたが、タイミングを見て優也が入り、
「佐々木様、バニーズには秘密がたくさんあるんですよ。
そのあたりで勘弁してやってくださいませんか?」
と艶然と微笑む。
「バニーズは美しくいるために秘密がたくさんあるんです。
秘密を暴くよりも、早霧を褒めてやってくれませんか?
褒められるとますます美しくなりますよ」
「優也もかな?」
「ええ、もちろん。
しかし、私は今は黒服です。
褒められる対象ではなくなりました」
優也はしなやかな手つきで早霧の首筋に指を滑らせる。
「ほら、ネックレスのおかげで早霧の首筋がより一層綺麗に見えるでしょう?」
ただ首にふれられているだけなのに、早霧は真っ赤になってしまった。
それはまるで桐谷にさわられている感覚を思い起こさせた。
「年に一回のホワイト・バニーズですからね。
特に早霧は白が似合うと人気なんです。
いかがですか?」
優也の指先がチェーンに沿って動くたびに、客はそこに釘づけになった。
顔だけではなく、首筋やデコルテも薄っすら赤くなった白い早霧はエロティックだった。
「綺麗だ」
「でしょう?」
「あ、あの」
突然、上ずった声が上がった。
「ありがとうございます。
けれどあまりに情熱的に見つめられると照れてしまいます。
冷たい飲み物を頼んでもいいですか?」
「あ、ああ。
いいよ、いいよ。
なにがいいかい?」
いつもの柔らかな笑顔に戻った優也が早霧にメニュー表を渡し、早霧はアルコールが一番低いものをそっと選んだ。
優也は一礼してそのテーブルを去り、他の黒服に早霧を任せるとカウンターの長谷川のところに向かった。
オーダーを入れると、カクテルを作る長谷川に優也はそっと囁いた。
「似合ってるね、あれ」
「ありがとうございます」
「でも虫よけにはならないかな」
「そうですね、渡すタイミングを失敗しました」
何事もないように手際よく長谷川がアルコールやジュースの瓶を操る。
優也はそれを見ている。
「だけど、客を煽ってどうするんです?
首はさわらなくてもよかったんじゃないですか?」
一瞬、ぎろりと鋭い視線を送る長谷川に優也は微笑む。
「煽っているのは長谷川のつもりだけど」
え?っと一瞬長谷川が手を止めた。
「俺の恋人です、っていつ言うかな、っと思って。
早くオーナーと話をしてあげたらいいのに。
隠している恋ってつらいからね」
寂しい横顔を見せた優也だったが、出来上がったカクテルをトレーに載せて早霧の待つテーブルに向かった。
長谷川は内心、舌打ちを連続でしていた。
桐谷さんと言い、優也さんと言い、なんだよ、あの二人はっ!
自分を大人だと思っているし、実際いい大人なのだが、あの二人を前にするといかに自分が未熟なのか思い知らされる。
まだ孵らぬ卵はあちこちで人をかき回していく。
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シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。
ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。
だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。
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