サンタ見習い三郎太くんのクリスマス・イブ

Kyrie

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第6話

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まとまらなかったトナカイたちにも変化があった。
「じゃあ、先頭を走ってみるか」とルドルフが走る位置を替わり、妨害をすることもなく走ってみたが、初めて先頭を走るトナカイはすぐにへろへろになった。
別のチームでトップを走ったことのあるトナカイも、10頭の先頭となるとかなりきついらしく、5軒も回らないうちに根を上げた。
ルドルフが先頭を走ることに誰も文句を言わなくなり、その指示に従った。
10頭の足並みがそろうと、10コの赤い鼻は誇らしげによりピカピカと光った。




気がつくと半分以上のプレゼントを配り終えていた。
ソリの後ろの荷物が減ったのを改めて見ると、10頭と2人はにっこりとした。

「残りもがんばろうねー!」

クロードが無邪気に笑って、次の家を探すために地図の束を手にしたときであった。
急に突風が吹き、クロードが声を上げた。

「あっ!あっ!地図がっ!!みんな、拾ってー!拾ってー!!」

ちょうどソリを大体の方角に走らせているところだったので、地図はすべてソリの後ろに飛ばされ散っていった。
クロードと三郎太が慌てて押さえるが、ソリが揺れるほどの強風だったので手に紙がさわっても捕まえることは難しく、結局、2人で1枚ずつしか残すことができなかった。

「どうしよう!まだプレゼントはこんなにあるんだよ!」

クロードがパニックになりながら叫んだ。

「落ち着いてください。サンタ端末があります」

「ボク、それ…使えないの」

「俺が使えます。大丈夫です」

「三郎太くん…!」

クロードの呼びかけに三郎太は力強くうなずくと、黒い皮のサンタバッグから端末を取り出し、電源を入れた。

「地図と子どものリストは、ここ」

三郎太は声に出して確認しながら落ち着いて、端末の操作を始めた。
自動的に配り終えた子どものリストは別のフォルダに振り分けられているので、確認は楽だった。

「次は元親くんとかすみちゃんの兄妹のところです」

地図を呼び出してクロードに見せると、「うん、わかった!ルドルフ、北極星からお鼻半分右に進んで!」と言い、クロードは手綱をさばいた。


こうして残りのプレゼントも調子よく配ることができた。




夜は更け、ぼんやりと空が白っぽくなってきた。
夜明けが近い。
日の出までにプレゼントを配り終えなくてはならないので、気も手も抜くことなくどんどんプレゼントを配っていく。

輝いていた星がひとつ、またひとつ、と見えなくなっていった。

黒かった空は次第に藍色になり、青色になってきた。

やがて、空の端が薄紫を見せ始めた。
そうなってくると一気に辺りが明るくなってくる。



寒さは厳しくなり、三郎太は鼻の頭を赤くして、首をすくめた。
自分の息も、クロードのも、10頭のトナカイのも真っ白だった。
手がかじかんできた。
サンタサークルに入るときに、クロードと手をつないでも感覚があまりなかった。




「うーん、まずいなぁ。そろそろかな」

「どうしたの、三郎太くん?」

サンタ端末を見つめていた三郎太がつぶやいた。

「え、ああ。そろそろ端末の電池が切れそうなんです」

「あと一軒だよね」

「はい、キリエちゃんのところです。でも大丈夫。モバイルバッテリーを持ってきていますから」

三郎太は寒さで動きが鈍くなった手でサンタバッグを開けると、中をごそごそと探った。

「え」

「うん?どうしたの?」

「な…んで…?!」

三郎太がサンタバッグの中身を詰め込んだときには、確かにモバイルバッテリーを入れたはずだった。
それなのに、そこにはナッツがぎっしり詰まった人気のチョコバーが3本入っているだけだった。

三郎太が大声で叫んだので、トナカイたちも異変に気づき走るのを止めた。
「どうした?」と尋ねようとする前にぎゃんぎゃんとわめく三郎太の声が聞こえた。

「オレ、モバイルバッテリーを入れていたのに、なんでっ?!チョコバーって?!」

真っ青な顔になる三郎太の背中をクロードがなでなでする。

「だって三郎太くんがお腹が空いたら大変だから」

「………」

「それにボクもお腹が空いて動けなくなったら困るでしょう?倒れたら大変だし」

「クロードさんはさんざん、子どもたちのうちでお菓子を食べてたじゃないか!」

「え、でも、ボク、食いしん坊だし足りなかったらいけないしさ。あ、これ、おいしいんだよ!今、すっごい人気があるの。ボクのほうが大きいから2本で、三郎太くんのが1本。お腹空いた?食べる?」

クロードはことの重大さに気づいていないように、無邪気にチョコバーを三郎太に勧めてきた。




事務室で見つけた端末ははっきり言って型が随分古かった。
それに充電してもすぐに電池を消耗することがわかっていたが、クロードがアナログのほうがいいと言うので、補助的に使えればいいと思っていた。
予想より早く使うことになったが、モバイルバッテリーがあればなんとかなると三郎太は考えていた。

なのに、その肝心のモバイルバッテリーがない。

三郎太は愕然とし、ふつふつと怒りが湧いてきて、怒鳴り散らしたくなってきた。
しかし、それをしなかったのはルドルフの言葉だった。

「おい、夜明けまでそんなに時間がない。おまけに雲が出てきた!」

はっとなり三郎太が空を見上げると、先ほどまでは明けの明星がぎらぎらと輝いていたのに、分厚い灰色の冬の雲が立ち込めていた。

もうだめだ、と思ったとき、ガサリと音がした。
飛び散りつかまえるときにぐしゃりと掴み、そのあとバッグに乱暴に突っ込んだのでしわしわになっていたが、それは手元に残った地図の1枚だった。

「あ」

端末で見た最後の子どもの住むエリアの地図だった。

「地図だ。地図ですっ!地図がありましたっ!」

「よし、三郎太、よくやったぞ。それでどっちに向かえばいい?」

ルドルフに言われて地図を見つめたが、今、自分たちがどこにいるのかこれでは把握ができなかった。

アナログで自分の居場所を知るときには月や星の位置を確認しながら、地図を見る。

「星が見えません」

「さっき、ツリー座があっちに見えなかったっけ?」

「いやいや、リース座がこっちだったよ」

「ヒイラギ座があのへんじゃなかった?」

トナカイたちも口々に見たはずの星を言うが、それでは役に立たなかった。





『端末があってもサンタは常に星の位置を確認しながらソリに乗るんだ』

中川は嫌なヤツだったが、仕事はきっちりと教えてくれたらしい。




「あのねあのね、あっちにハト座があって、こっちにイッカクジュウ座があった。と思うの」

クロードが遠慮がちに小さな声で言った。

「そうだ……」

自分もその星を無意識の中で確認していたような気がする。

「だからプロキオンがあっちにあって、ウサギが見えたんだ」

三郎太はそうつぶやくとサンタバッグからメモ帳と鉛筆、そして自分の得意なそろばんを出し膝の上に置くと、難しい計算式をを書き始めた。

記憶の中の星空で自分たちがどこにいるのか、計算し割り出す。
明けていく空に見えなくなる星。
最後の見た星は今からどれくらい前にどんなふうに見えたのか。
トナカイの走る速度はどれくらいだったのか。
時間による星の動きの大きさはどれくらいになるのか。

とても複雑なものだったが、中川に徹底的に教え込まれた。
他にもナイフの使い方、火の起こし方、遭難したときの救助の求め方、地図の読み方。

『サンタだって命懸けの仕事なんだ。だからといって死ぬわけにはいかない。どんなところにプレゼントを配りにいくかわからない』

そのときの中川はひどく思い詰めた様子で、三郎太に『死ぬなよ。なんとしても生き延びろ』と言った。




何個も何個も数式を書き、そろばんをはじき答えを書き、また新しい数式を書く。
それを三郎太は何度も繰り返した。
横でクロードが固唾を飲んで見守る。
これまでない集中力で作業する。







「わ、わかったっ。今、オレたちはここにいて、キリエちゃんの家はここだっ!」

ようやく三郎太が叫んだ。
クロードは「やったー!やったー!」とはしゃぐ。

「よーし、よくやった、三郎太。どれくらいで着きそうだ?」

ルドルフが安堵した声で三郎太を労った。

「ここからだと10分くらいです。夜明けまで残り13分!」

三郎太は腕時計を見て、怒鳴るように言った。

「わかったっ。クロード、で、どっちだ」

三郎太の手の中の地図を覗き込み、印がつけられた位置を確かめるとクロードは声を張り上げた。


「リゲルの方向から赤いお鼻一つ半分、左!」

ひゅんっと手綱が鳴り、トナカイたちは全速力で駆け始めた。

「行こう、キリエちゃんちに!」

「プレゼントを届けに!」

「急げ!急げ!」

「雲なんて蹴散らしてしまえ!」





クロードの手をぎゅっと握り、三郎太は神妙な顔をして今年最後となるサンタサークルをくぐった。
もう随分、外は明るかった。
畳に布団を敷いた女の子は派手に寝返りを打ったので、ドキっとした。

「大丈夫だよ、よく寝てる」

クロードはキリエちゃんの枕元に緑の包装紙に包まれたプレゼントを置くと、他の子にもしたように広い額にちゅっとキスをした。
そして「わー、わかってるね!スクラッチチョコだよ!もらって帰ろう!」と手紙と添えられていた駄菓子のチョコをポケットにねじ込み、クロードが三郎太の手を掴んで見上げ、にっと笑った。







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