【短編未満集】かけらばこ

Kyrie

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ディノスとウカウ

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浅くなった眠りから覚めるときはいつでも、柔らかな布に包まれている感触だった。
目が覚めると必ず、その男はそばにいた。

「目が覚めたか」

うなずくと男は横たわっていた男が身を起こす手助けをした。
これが毎朝のことだった。

「おはよう」

「おはよう」

短い挨拶から2人の一日が始まる。





***
いつから自分がここにいるのか、なぜここにいるのかウカウは知らなかった。
気がついたときには見知らぬ場所にいて、初めて目に入ったのがディノスだった。
ウカウはひどいけがを負って、長い間意識がなかったらしい。
いつ目覚めるかわからない自分を献身的に世話をしていたのがディノスらしかった。

ディノスはひどく無口な男で、質問したことすべてに答えるとは限らなかった。
大きな男で、太い首と手足をしていた。
長く伸ばした黒髪は癖が強く、顔を覆っていたのであまり表情は見えない。
髪の奥から見える目は緑に鋭く光り、恐ろしかった。
それもそのはず、ディノスは狩りをして生計を立てていた。
ここはメリニャの西にある小さな村のそばの森の中だった。


ウカウは右足の太腿にひどい傷があり、そのため少し不自由だった。
よって起き上がるのをディノスが介助していた。
足を引きずるように歩き、朝食が用意されているテーブルに着く。
これもまたいつものことだった。
2人で黙々と食事をすると、ディノスは狩りに出かけた。
罠を置き、弓矢と鉈で獲物を倒す。
うまくいくときもあるし、そうでないときもある。
時には怪我を負ってくる。
ウカウは小さな小屋でディノスの帰りを待つことしかできなかった。





たくさんの疑問があった。
なぜ自分がここにいるのか。
いつからここにいるのか。
ディノスは何者なのか。
自分もまた何者なのか。

答えをもらえないままなのは、息苦しいことだった。
なにもできない自分に価値がないと思い詰め、小屋を出たり、湖に身を沈めたりしようとしたことが何度かある。
そのたびにウカウはディノスに助けられていた。

40過ぎの立派な男がどうして自分に執着するのか、全然わからなかった。
しかし、とにかく「行くな」と強く熱く、何度も何度も止められた。
最近では諦めつつある。



顔を洗うために覗き込んだ水がめの水面に写るのは10代の若い男だった。
子どもの時代があったはずなのに、その記憶が一切ない。
ウカウは自分が何者なのか、知らない。
天気が悪くなると、足の傷を中心に身体中にある傷痕がずぎずぎと痛み始める。
少しでも身体にふれるものがあると、それは激痛に変わる。
痛みにのたうち回っている姿に気づいたディノスがあるとき持ち帰ったのは、ひどく肌触りのよい大きな布だった。
柔らかくほんのりと温かいその布は触れても傷みに変わることはなかった。
いつも簡素なベッドにその布があり、それにくるまってウカウは寝ていた。



今日は天気もよく、傷も痛まない。
ウカウは一人になった小屋の中でそろりと動き始めた。
簡単なことなら自分でしたい、と家の中のことを少しだけやる。
あまりやりすぎるとすぐに倒れてしまう。
加減しながら、朝食で使った木の器を洗う。



***
夜眠るとき、ウカウは布にくるまれ、ディノスに抱かれて眠る。
最初はひどく驚いた。
大の男が男を抱きかかえて眠るのはどうやってもおかしい、と思った。

「ここにはベッドはひとつしかない」

ディノスはそれだけ言うと、ウカウを抱いて眠った。
やがてそれはとても心地のいいものになってしまった。
ディノスから聞こえる規則正しい、力強い鼓動はウカウの不安を取り去った。



201012
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