【短編未満集】かけらばこ

Kyrie

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風の便り

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#創作BLワンライ・ワンドロ

旅をしていると、旅人のたまり場のような場所がちょくちょくある。
仕事を斡旋してくれるギルド、人気の食堂、軽食と酒が出るバー、海辺の小屋、中毒性のある煙草の煙が充満している洞窟。
挙げればきりがない。

リクはそういうところにあまり近づかなかった。
いつも隠れるように行動し、すみっこにいた。
しかし、ついに路銀が潰えてしまい、どうやってもギルドで仕事を受けるしかなかった。
前の町は小さすぎて、ギルド自体がなかった。
仕方なく次の町を目指した。
そこそこ大きな町で、ギルドは3か所もあった。
あまり大きすぎるところで動くのも好まなかったが、背に腹は代えられぬ。
もしかしたら、人が大勢いるほうが紛れるかもしれない。と、淡い期待を持ちながら、リクは一番小さなギルドに行ってみた。

気配を消し、そっと掲示板を見る。
自分の知っているロノーワ語でよかった。
少し安堵しながら、外套のフードを目深にかぶり、鋭いまなざしで掲示されている仕事を見つけようとした。
しかし、なんということだ。
今あるのは単独ではできないものばかりだった。

リクは諦めて、次に大きなギルドへ行った。
そこでも同じだった。

大きな溜息をつき、意を決して最大のギルドに入る。
次こそは希望の仕事があることを信じて。

だが、ここも同じだった。
リクはがっかりと肩を落とした。
もう手持ちの金がない。
今夜の食事代もないほどだ。
もちろん宿代なんてあるはずがない。

「どうした、おまえ」

馴れ馴れしく声をかけられ、リクは身をこわばらせたが、相手には悟られないようにこらえた。

「単独の仕事を探してるの?
そりゃ、無理だな。
2、3日前にごっそりさらっていった奴らがいたからな。
もっとないのか、と騒いで、急ぎじゃない仕事も請け負っていったよ。
あと2週間は単独の仕事はなさそうだね、この町では」

リクが答えなくても、声をかけた男はぺらぺらと話した。
仕事を求めて次の町まで移動することも考えたが、頭の中に入っている地図を思い起こしてみても5日はかかるし、途中、悲しみの沼がある森を通らなくてはならない。
もう少し、薬品を装備したいところだ。

「なぁ、兄さん」

男はがしりと首に腕を回してきた。

「俺と組んで仕事やらね?
俺も仕事を探しているんだけど、単独のがなくて困ってたんだ。
組むっていっても、相手がいなくてさ。
これもなにかの縁、ってことでどうよ?」

密着されながら男に話しかけられ、リクはますます身体を固くした。
本当は突き飛ばしてやりたいところだったが、目立つのはだめだ。
リクはやんわりと男の腕から逃れた。

「相手の能力をよく知りもしないで組もうだなんて、不安じゃないのか」

ぽそりとリクが初めて声を発した。

「んー、小難しいことはいいの。
俺、自分の勘を信じてんだ」

男はそう言うと、人懐っこい笑顔を見せた。





2人が受けた仕事は近くの森に住むドーヂ鳥の捕獲だった。
それなら単独でもできそうだったが、なんでも魔術師が儀式に使うらしく、魔法で作った氷の矢を心臓に一撃で即死させなけらばならなかった。
その矢にも注文があって、かなりの力がある魔術師でなければその矢を作り出せなかった。

リクはその矢を作り出すことができた。
男は剣と弓矢、そして槍を扱うことができた。

「ほらよ、これが俺の弓」

アルと名乗る男がリクに見せた弓は大きなものだった。
破壊力はすさまじいが扱いにくいし、あまりの手間と技術が必要なのでこの弓を作れる職人が減っていることでも有名だった。



2人は町で腹ごしらえをした。
リクが盛大に腹を鳴らしたためであり、アルは大笑いしながらリクに食事をおごってやった。
それから2人は並んで歩き出した。

そこそこ大きな町なので、抜けるにも時間がかかった。
地図はギルドで見せてもらい、リクは頭に叩き込んだ。





2人は特に話をしなかった。
町では馴れ馴れしく話していたアルがこんなに静かになるとは思わなかったが、あまり話したくないリクはこれを有難いと思った。
見た限りだと20代半か後半でたれ目なのが特徴。
外套に隠れているがちょっとした身のこなしと手のたこで、武器を操る力は相当あると思われた。
まだ10代のリクは自分の経験の少なさが、自分を危険に晒すと感じてはいた。
アルにも常に警戒をしていた。






そんなピリピリしたリクにアルが口を開いた。

「なぁ、単独の仕事がこれだけごっそりないのっておかしいと思わなかった?」

なにを言い出すんだろう。
リクの緊張が高まった。
が、平静を装い、「ああ、まぁ」と短く答えた。

「あれだけの集団でさ。
中には単独だとかなりハイレベルな仕事もたっぷり残っていたし。
グループの仕事を受けたほうがもっともうけがいいものもたくさんあっただろ」

リクは掲示板の仕事を思い出して、うなずいた。

「なんでだと思う?」

「さぁ」

とぼけるように答えたが、アルの目がきらりと光るのをリクは見逃さなかった。

「あんたをあぶり出すためだよ、殿下」

「……なんのことだ?」

しまった!
リクは慌てた。
不自然な間が空いてしまった。
アルは自分が「殿下」と呼ばれることを知っている人間であり、手練れだ。
ここから逃げることはできるのか。

「風の便り、というものはろくでもない情報もあるが、たまには正確なものもあってね。
あんたみたいな目立つ容姿の一人旅の綺麗な男っていうのは、すぐに噂になっちまう」

アルは話し続ける。

「髪と肌は色粉で染める。
着ているものももっと質を落として。
持ち物にももっと気を遣わないと。
よくここまで無事だったな、殿下」

「やめろ」

「もう町も遠くなっているし、辺りには人の気配はねぇよ。
だが、あのギルドの親父、どっちに転んでいるかね。
どっちみちすぐにあんたの身柄は拘束されてしまうよ、このままじゃ、ね」

どきりとしてリクが立ち止まってしまうと、アルがぐっと近づき顔を寄せた。

「どう、このまま俺と逃げるか?」

「え」

「今、捕まるわけにはいかないんだろう、殿下」

「…しかし」

こいつは一体誰なんだ?
敵か?
味方か?
判断しようにも、つかみどころのない怪しい男。

「俺があんたを売ってもいいんだぜ」

「やめろ」

「なぁ、俺、なかなか使えるでしょ。
どう、一緒に逃げないか?」

「なぜ、そのようなことを言う?
私を売り飛ばしたほうがもうけがいいんじゃないのか?」

「さあね。
理由は、なんとなく面白そう、だからだよ。
どうする、殿下?
俺なら旅の仕方も身の隠し方も教えてやれるし、多少の蓄えもあるからしばらくは宿と食事には困らない」

ぐっと言葉に詰まる。

「……し、しかし、私にはおまえになにも見返りを渡すことはできない」

リクは悟った。
このまま逃げ切っても、やがて追手がやってくるだろう。
今の自分にはそれを振り切る力はない。
アルなら力になってくれそうだ。
正体のわからない、たれ目のこの男だが。

アルは笑うと、ちゅっと唇をかすめ取った。

「ま、最初はこれくらいかな」

「あ」

キスをされたとわかるとリクは真っ赤になって叫んだ。

「な、にをっ!」

「見返りですよ、殿下」

「や」

「遊んでいる暇はなさそうだ。
鷹が飛んでいる。
偵察のためだな。
急いで森に入るぞ、リク」

アルは厳しい声で言った。
リクは気を引き締め、前を向き、先にいくアルを追いかけた。




こうして、2人の旅が始まった。






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