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第5話 流されやすいの?(1)
しおりを挟む爽やかな朝は自分が最も好む時間だ。
早く起き、稽古し、さっぱりと汗を流したあと、白米、味噌汁、今朝は鰆の西京焼き、ほうれん草の胡麻和え、沢庵、海苔の佃煮、果物は切らしていて蒟蒻ゼリーだと祖母が出してくれたのを有難くいただき、制服に着替え、登校する。
そんな清々しいはずの朝は、鈴木に出会ってからというもの、ぶち壊されてばかりいる。
べとべととくどい朝の挨拶。
離れてもっと凛としてできんのか。
いつもいつも俺の姿を見ると抱きついてきて、「おはよう、初瀬ー!今日もかわいいねー。んちゅー」と頬にキスをする。
な、なんと破廉恥な。
恥を知れ、馬鹿者ー!
「昨日、メッセ送ったのに、なんで返事くれなかったの?忙しかった?」
おまえ、何時だと思っているのだ。
夜中の2時だぞ。
丑三つ時だ。
そんな時間まで俺が起きているはずがない。
朝稽古のためにすでに就寝している。
「俺、寂しかったなー。
最後に初瀬の声を聞いて寝たかったのに。
初瀬とおしゃべりして、俺の言葉責めでやらしい声を出す初瀬を堪能してから寝たかったなー」
「そんなことしたことがないだろ、馬鹿者ー!」
「んん?
関心ある?
ねーねー、今度、テレフォンセックス、っていうの、しよ。
それなら本番ないし、痛くないし、怖くないでしょ?」
ばっ
ばっ
ばっ
「馬鹿者ーーーーーー!!!」
このようなやり取りを下駄箱から教室までべとべとべとべとしながら交わし、俺の席で鈴木はぎゅーっと抱きしめると、「怒った顔もかわいいの、知ってるから。おはよ、初瀬。俺、まだ初瀬の『おはよう』聞いてないよー」と言う。
それは申し訳なかった。
「おはよう、鈴木」
「やーん、かわいい!!ぎゅううううう!」
と、ひとしきりぎゅうぎゅうしてから、「じゃ、行ってくるね」と鈴木は女子たちの中に入っていく。
この時点ですでに俺はよれよれになっている。
精進が足りないようだが、結構なにかを吸い尽くされている感じだ。
せっかくクリーニングに出した制服もアイロンをかけた白いシャツも、整えた髪でさえ、ぐちゃぐちゃになってしまう。
「初瀬さー」
「なんだ」
田中がそっと近づいてきて、ぼそっと言う。
「おまえ、鈴木になんか弱みを握られてるの?」
え?
なぜそんな質問をされるのかがわからず、俺は思わず田中を見つめた。
「ちょっとの間だけ歩み寄って、おまえら2人ともらぶらぶな空気を出していたけど、すぐに元に戻ってしまったし。
そもそも、鈴木の一方的な好意の押し付けだろ?
初瀬はそういうの、きっちりしてそうなのに、なんでこうなっているの?」
そんなふうに見られていたのか?!
「と、とりあえず弱みは握られていない」
「だよねー。
そんな卑怯なことするヤツ、初瀬は大嫌いっぽいもん」
そうだ、その通りだ。
「じゃあ、流されやすいの?」
は?
俺が驚いているのを知ってか知らずか、鈴木は女子の中できゃいきゃいと話を弾ませ、俺の視線に気がつくとな、な、な、投げキッスを飛ばしてきた。
恥ずかしげもなくよくできるな。
熱くなる頰を感じ、視線を下に逸らす。
「そっちのほうがしっくりくるな」
え、なんだって?
「今だって、初瀬が『やめろ』と言えばいいのに、言ってないじゃん」
「す、鈴木は強引で、言ってもやめない…から……」
「そう?
あいつ、結構やめるよ」
嘘だ。
「初瀬、流され過ぎて、鈴木と恋人になってるのかよ。
大丈夫か?」
そ、それは誤解だ。
でも。
あの。
え?
「毎朝毎朝、あんなに抱きつかれちゃってさ。
ちゅうちゅうされるわ、トイレには一緒にいくわ、帰りも一緒に帰るわ、鈴木んちに引きずりこまれているわ」
まとめて聞かされるとつらい。
「初瀬は柔道とかうちで習ってるんだろ。
本気を出せば、鈴木をひきはがすこともできるじゃん」
「武道を習っているからこそ、通常はそれを使ってはならぬと」
「あのさー、初瀬、わかってる?」
田中がぐっと距離を縮めてきて言った。
「通常じゃないだろ。
おまえの貞操の危機、だろが」
て。
て。
貞操の危機……
あ。
血が引いていくのを感じながら、田中が続ける言葉を聞く。
「やっと気づいたか、バカモノめ。
流されやすいにもほどがあるよ」
まだまだ田中が言い募ろうとしたときだった。
「やーん、俺がいないときを狙って田中といちゃいちゃしてるの?
初瀬は俺でいいでしょー?
ね?」
いつの間にか田中と俺の間に鈴木が割り込んできた。
そんなことより自分の貞操の危機だ。
生命の危機と同じくらい重要問題ではないか。
「俺は羽瀬を心配してんの。
好き放題にも程があるよ、鈴木」
「えー、なによ。
俺、ワルモノ?」
「羽瀬も流されてばかりいるなよ」
田中はそう言うと、自分の席へ戻っていった。
「どしたの?
田中になにか言われたの?
心配しなくても、俺はちゃーんと羽瀬のこと、大好きだからね!」
鈴木は無邪気に言ってぎゅうぎゅうと抱きついてきた。
「や、やめろ」
「やだ」
ほら、言ってもやめないじゃないか。
「羽瀬ー、わかってんの?
今、とっても不安そうな顔してるよ。
だから、だめ。
それに」
鈴木が言葉を一旦区切り、吐き出すように言った。
「俺が不安だから、だめ」
それまでそんなことを鈴木が言ったことがなかったので、大いに驚いてしまった。
どうした、鈴木、大丈夫なのか!
思わず自分も鈴木の背中に腕を回して抱きしめていた。
「きゃーーーー!
羽瀬が学校で抱きしめてくれたー!
見て見てーーーー!」
鈴木の声に、はっと我に返った。
「ミナちゃん、ノノちゃん、写真撮ってー!
もうこんなこと2度とないかもしれないもん。
俺のスマホに送ってー!」
「ん、いいよ。
あんたら、ほんとに仲いいね。
最初は意外だったけど、今ではすんごいばかっぷるだもんね」
「わーい、ほめられたー!
ミナちゃん、さんきゅー!」
「羽瀬くんも笑って笑って!
鈴木くん、ほんと幸せそう。
うらやましいですぅ」
「そだよー、俺、すっげー幸せ!
ノノちゃん、ありがとー」
鈴木と仲のよい女子がわらわらとスマホを構えてこちらに向ける。
「離せ、馬鹿者ー!」
「やだーーー!
もうないかもしれないから、できるだけいっぱいぎゅうってしとくの!」
「今回だけだと決めつけなければいいだろ」
「じゃあ、1日1回、羽瀬からぎゅうってしとくれる?」
「わかった!
わかったから離せ」
「やったーーーーー!!!
どうしよう、羽瀬が学校でもぎゅうってしてくれるってー!
聞いた?」
「聞きましたぁ!
素敵ですぅ!」
「ありがとー、ノノちゃん!」
あ。
は。
遠くから冷たい視線を感じる。
田中だ。
「流されやすいな」と顔に書いてある。
「馬鹿者ーーーー!」
俺は鈴木を突き放し、教室から走って出ていった。
半分、泣きそうになっていたかもしれない。
とにかく走りまくった。
いつも、その自信はどこからくるのかと疑問に思うほど自信満々でいる鈴木が、急に「不安だ」と言うから心配してしまっただけだ。
コ、コイビトが不安なのを心配してなにがいけないんだ、馬鹿者ーーーーー!!!
つづく
早く起き、稽古し、さっぱりと汗を流したあと、白米、味噌汁、今朝は鰆の西京焼き、ほうれん草の胡麻和え、沢庵、海苔の佃煮、果物は切らしていて蒟蒻ゼリーだと祖母が出してくれたのを有難くいただき、制服に着替え、登校する。
そんな清々しいはずの朝は、鈴木に出会ってからというもの、ぶち壊されてばかりいる。
べとべととくどい朝の挨拶。
離れてもっと凛としてできんのか。
いつもいつも俺の姿を見ると抱きついてきて、「おはよう、初瀬ー!今日もかわいいねー。んちゅー」と頬にキスをする。
な、なんと破廉恥な。
恥を知れ、馬鹿者ー!
「昨日、メッセ送ったのに、なんで返事くれなかったの?忙しかった?」
おまえ、何時だと思っているのだ。
夜中の2時だぞ。
丑三つ時だ。
そんな時間まで俺が起きているはずがない。
朝稽古のためにすでに就寝している。
「俺、寂しかったなー。
最後に初瀬の声を聞いて寝たかったのに。
初瀬とおしゃべりして、俺の言葉責めでやらしい声を出す初瀬を堪能してから寝たかったなー」
「そんなことしたことがないだろ、馬鹿者ー!」
「んん?
関心ある?
ねーねー、今度、テレフォンセックス、っていうの、しよ。
それなら本番ないし、痛くないし、怖くないでしょ?」
ばっ
ばっ
ばっ
「馬鹿者ーーーーーー!!!」
このようなやり取りを下駄箱から教室までべとべとべとべとしながら交わし、俺の席で鈴木はぎゅーっと抱きしめると、「怒った顔もかわいいの、知ってるから。おはよ、初瀬。俺、まだ初瀬の『おはよう』聞いてないよー」と言う。
それは申し訳なかった。
「おはよう、鈴木」
「やーん、かわいい!!ぎゅううううう!」
と、ひとしきりぎゅうぎゅうしてから、「じゃ、行ってくるね」と鈴木は女子たちの中に入っていく。
この時点ですでに俺はよれよれになっている。
精進が足りないようだが、結構なにかを吸い尽くされている感じだ。
せっかくクリーニングに出した制服もアイロンをかけた白いシャツも、整えた髪でさえ、ぐちゃぐちゃになってしまう。
「初瀬さー」
「なんだ」
田中がそっと近づいてきて、ぼそっと言う。
「おまえ、鈴木になんか弱みを握られてるの?」
え?
なぜそんな質問をされるのかがわからず、俺は思わず田中を見つめた。
「ちょっとの間だけ歩み寄って、おまえら2人ともらぶらぶな空気を出していたけど、すぐに元に戻ってしまったし。
そもそも、鈴木の一方的な好意の押し付けだろ?
初瀬はそういうの、きっちりしてそうなのに、なんでこうなっているの?」
そんなふうに見られていたのか?!
「と、とりあえず弱みは握られていない」
「だよねー。
そんな卑怯なことするヤツ、初瀬は大嫌いっぽいもん」
そうだ、その通りだ。
「じゃあ、流されやすいの?」
は?
俺が驚いているのを知ってか知らずか、鈴木は女子の中できゃいきゃいと話を弾ませ、俺の視線に気がつくとな、な、な、投げキッスを飛ばしてきた。
恥ずかしげもなくよくできるな。
熱くなる頰を感じ、視線を下に逸らす。
「そっちのほうがしっくりくるな」
え、なんだって?
「今だって、初瀬が『やめろ』と言えばいいのに、言ってないじゃん」
「す、鈴木は強引で、言ってもやめない…から……」
「そう?
あいつ、結構やめるよ」
嘘だ。
「初瀬、流され過ぎて、鈴木と恋人になってるのかよ。
大丈夫か?」
そ、それは誤解だ。
でも。
あの。
え?
「毎朝毎朝、あんなに抱きつかれちゃってさ。
ちゅうちゅうされるわ、トイレには一緒にいくわ、帰りも一緒に帰るわ、鈴木んちに引きずりこまれているわ」
まとめて聞かされるとつらい。
「初瀬は柔道とかうちで習ってるんだろ。
本気を出せば、鈴木をひきはがすこともできるじゃん」
「武道を習っているからこそ、通常はそれを使ってはならぬと」
「あのさー、初瀬、わかってる?」
田中がぐっと距離を縮めてきて言った。
「通常じゃないだろ。
おまえの貞操の危機、だろが」
て。
て。
貞操の危機……
あ。
血が引いていくのを感じながら、田中が続ける言葉を聞く。
「やっと気づいたか、バカモノめ。
流されやすいにもほどがあるよ」
まだまだ田中が言い募ろうとしたときだった。
「やーん、俺がいないときを狙って田中といちゃいちゃしてるの?
初瀬は俺でいいでしょー?
ね?」
いつの間にか田中と俺の間に鈴木が割り込んできた。
そんなことより自分の貞操の危機だ。
生命の危機と同じくらい重要問題ではないか。
「俺は羽瀬を心配してんの。
好き放題にも程があるよ、鈴木」
「えー、なによ。
俺、ワルモノ?」
「羽瀬も流されてばかりいるなよ」
田中はそう言うと、自分の席へ戻っていった。
「どしたの?
田中になにか言われたの?
心配しなくても、俺はちゃーんと羽瀬のこと、大好きだからね!」
鈴木は無邪気に言ってぎゅうぎゅうと抱きついてきた。
「や、やめろ」
「やだ」
ほら、言ってもやめないじゃないか。
「羽瀬ー、わかってんの?
今、とっても不安そうな顔してるよ。
だから、だめ。
それに」
鈴木が言葉を一旦区切り、吐き出すように言った。
「俺が不安だから、だめ」
それまでそんなことを鈴木が言ったことがなかったので、大いに驚いてしまった。
どうした、鈴木、大丈夫なのか!
思わず自分も鈴木の背中に腕を回して抱きしめていた。
「きゃーーーー!
羽瀬が学校で抱きしめてくれたー!
見て見てーーーー!」
鈴木の声に、はっと我に返った。
「ミナちゃん、ノノちゃん、写真撮ってー!
もうこんなこと2度とないかもしれないもん。
俺のスマホに送ってー!」
「ん、いいよ。
あんたら、ほんとに仲いいね。
最初は意外だったけど、今ではすんごいばかっぷるだもんね」
「わーい、ほめられたー!
ミナちゃん、さんきゅー!」
「羽瀬くんも笑って笑って!
鈴木くん、ほんと幸せそう。
うらやましいですぅ」
「そだよー、俺、すっげー幸せ!
ノノちゃん、ありがとー」
鈴木と仲のよい女子がわらわらとスマホを構えてこちらに向ける。
「離せ、馬鹿者ー!」
「やだーーー!
もうないかもしれないから、できるだけいっぱいぎゅうってしとくの!」
「今回だけだと決めつけなければいいだろ」
「じゃあ、1日1回、羽瀬からぎゅうってしとくれる?」
「わかった!
わかったから離せ」
「やったーーーーー!!!
どうしよう、羽瀬が学校でもぎゅうってしてくれるってー!
聞いた?」
「聞きましたぁ!
素敵ですぅ!」
「ありがとー、ノノちゃん!」
あ。
は。
遠くから冷たい視線を感じる。
田中だ。
「流されやすいな」と顔に書いてある。
「馬鹿者ーーーー!」
俺は鈴木を突き放し、教室から走って出ていった。
半分、泣きそうになっていたかもしれない。
とにかく走りまくった。
いつも、その自信はどこからくるのかと疑問に思うほど自信満々でいる鈴木が、急に「不安だ」と言うから心配してしまっただけだ。
コ、コイビトが不安なのを心配してなにがいけないんだ、馬鹿者ーーーーー!!!
つづく
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