上 下
28 / 31

22.許せない私がいるので

しおりを挟む
「それは普通だ」

 レイが果実水を豪快に飲み干して言った。パトリシアが経営を任されているカフェ。個室もあり使いやすく、よくレイや兄と出かけた後に使っていた。
 今日も陰鬱な気分を晴らすためレイと買い物に出た帰りだ。

 ********

 あの日倒れた兄は、あの後、診に来てくれた医師に傷がふさがるまでしばらくベッドから起き上がるなと言われた。傷と疲労が重なったせいか、高熱が続き、こちらも生きた心地がしなかった。
 体温が高い状態で食事も満足に取れず、果実水にとろみをつけて何とか飲ませた。

 三日ほど意識がもうろうとしている状態が続き、不安でどうしようもなかった。

 四日目の夕方、やっと熱が引いて、会話ができるくらいになった。

 兄を呼びかけると、こちらをみて弱弱しく笑った。
 
「シャル、朝ご飯は、食べたかい?」

 力が抜けた。誰かの咳払いが聞こえる。
 なぜ、ご飯。なぜ、私の心配。なぜ、朝ご飯。

「兄さま……私の心配はいいから。しっかり休んで治して」

 私は笑顔を作ってそう言って、部屋を出た。
 あぁ、そうだ。兄はこういう人なんだ。
 部屋に戻ると、少し涙が出た。
 
 兄の意識が戻ってうれしかったはずなのに、兄の言葉を聞いたら、作り笑顔しかできなかった。
 それが、たまらなくショックだった。
 
 ********
 
 その話をレイにしたら、この普通だとの回答である。

「というか、オレもかなり怒ってるぞ。今回のこれは」

 兄はその後順調に回復して、ベッドから起き上がる許可も出た。今では少しずつ体力を戻す訓練をしている。
 レイと出かけてくると言うと、少しうらやましそうな顔をしたが、すぐに行ってらっしゃいと笑って送り出された。

 最近、兄とは距離がある。大部分は私のせいだ。

「……でも、兄さまの怪我だってわざとじゃない。隠してたのだって私のことを考えて……それなのに私は、一人で怒って」

 考えがまとまらず、とりとめもなく話しているが、レイは何度も頷いて聞いてくれている。

「兄さまは心配されたくないのかもしれないけど……」

 そこまで言うとレイは言葉を選ぶように口を何度か小さく開閉した。
 
「デイヴィットなりに、シャルを想っての行動ではあっただろうな。……でもそれでシャルはどう思った?」

 レイに言われて少し考える。
 あの傷を見た執務室を思い出す。
 あの時確かに、心配が怒りに変わった。
 不満が苦しみに変わった。
 憧れが寂しさに変わった。
 
 けれど、一言で表すなら。
 
「……悲しかった」

 レイは私の答えに、頷く。

「それをあいつにぶつけてやればいいよ」
「え?」
「今まで、兄妹喧嘩なんてしたことないだろ」

 ぽかんとした顔をしているだろう私に、レイは笑う。

「言いたいことを全部言って、言われて。喧嘩して。そんで一日寝たら終わりだよ」

 兄妹なんてそんなもんだよ、レイはそう続けた。
 
「オレもデーブとは結構喧嘩したけど。大体そんなもんだっただろ? 大体最後はシャルが泣くか、寝たら終わり」
 
 いつの話をしているのか。
 そしてレイと兄は兄弟ではない。色々思うところはあるが、レイは四人兄弟の末っ子だし、兄とも兄弟のように育っている。兄弟喧嘩はかなり先輩かもしれない。というか喧嘩前提にはしたくない。
 
 よくわからず、いまだ呆けている私に、お菓子も食べようとメニューボードを見せてくる。

 レイがクッキーの盛り合わせ、私がタルトを頼んだ。

 レイが店員と話している間、メニューの一番上、季節の果物を使ったケーキに、ベリーのチーズケーキを見つけた。
 どちらも兄の好物だなと思った。
 じっと見ていた私の視線の先に気が付いたレイが、持ち帰り用にチーズケーキを二つ頼む。

「喧嘩のあとは甘いものがいい」

 私と兄がこの後喧嘩する前提で話を進めているのがおかしくて笑う。
 けれど、レイは一つ勘違いしている。
 退室しようとした店員を呼び止める。

「チーズケーキは、二つじゃなくて三つでお願いします」

 にっこりと笑い、了承の意を示してから個室を出て行った店員の後姿を少し目で追って、レイの方に視線を戻す。

はレイもいないとね」

 そう言うと、レイは楽しそうに声をあげて笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

今更「結婚しよう」と言われましても…10年以上会っていない人の顔は覚えていません。

ゆずこしょう
恋愛
「5年で帰ってくるから待っていて欲しい。」 書き置きだけを残していなくなった婚約者のニコラウス・イグナ。 今までも何度かいなくなることがあり、今回もその延長だと思っていたが、 5年経っても帰ってくることはなかった。 そして、10年後… 「結婚しよう!」と帰ってきたニコラウスに…

「自分より優秀な部下はいらない」と国を追い出されました。それから隣国で大成した私に「戻って来て欲しい」なんてよく言えましたね?

木山楽斗
恋愛
聖女の部下になったレフィリアは、聖女以上に優秀な魔法使いだった。 故に聖女は、彼女に無実の罪を着せて国から追い出した。彼女にとって「自分より優秀な部下」は、必要がないものだったのである。 そんなレフィリアは、隣国の第二王子フォルードによって救われた。 噂を聞きつけた彼は、レフィリアの能力を買い、自国に引き入れることにしたのだ。 フォルードの狙い通り、レフィリアは隣国の発展に大きく貢献した。 それを聞きつけたのか、彼女を追い出した王国は「戻って欲しい」などと言い始めた。 当然、レフィリアにとってそれは不快な言葉でしかない。彼女は王国を批判して、その要求を突っぱねるのだった。

陰謀は、婚約破棄のその後で

秋津冴
恋愛
 王国における辺境の盾として国境を守る、グレイスター辺境伯アレクセイ。  いつも眠たそうにしている彼のことを、人は昼行灯とか怠け者とか田舎者と呼ぶ。  しかし、この王国は彼のおかげで平穏を保てるのだと中央の貴族たちは知らなかった。  いつものように、王都への定例報告に赴いたアレクセイ。  彼は、王宮の端でとんでもないことを耳にしてしまう。  それは、王太子ラスティオルによる、婚約破棄宣言。  相手は、この国が崇めている女神の聖女マルゴットだった。  一連の騒動を見届けたアレクセイは、このままでは聖女が謀殺されてしまうと予測する。  いつもの彼ならば関わりたくないとさっさと辺境に戻るのだが、今回は話しが違った。  聖女マルゴットは彼にとって一目惚れした相手だったのだ。  無能と蔑まれていた辺境伯が、聖女を助けるために陰謀を企てる――。  他の投稿サイトにも別名義で掲載しております。  この話は「本日は、絶好の婚約破棄日和です。」と「王太子妃教育を受けた私が、婚約破棄相手に復讐を果たすまで。」の二話の合間を描いた作品になります。  宜しくお願い致します。  

令嬢は大公に溺愛され過ぎている。

ユウ
恋愛
婚約者を妹に奪われた伯爵家令嬢のアレーシャ。 我儘で世間知らずの義妹は何もかも姉から奪い婚約者までも奪ってしまった。 侯爵家は見目麗しく華やかな妹を望み捨てられてしまう。 そんな中宮廷では英雄と謳われた大公殿下のお妃選びが囁かれる。

処刑される未来をなんとか回避したい公爵令嬢と、その公爵令嬢を絶対に処刑したい男爵令嬢のお話

真理亜
恋愛
公爵令嬢のイライザには夢という形で未来を予知する能力があった。その夢の中でイライザは冤罪を着せられ処刑されてしまう。そんな未来を絶対に回避したいイライザは、予知能力を使って未来を変えようと奮闘する。それに対して、男爵令嬢であるエミリアは絶対にイライザを処刑しようと画策する。実は彼女にも譲れない理由があって...

あなたのおかげで吹っ切れました〜私のお金目当てならお望み通りに。ただし利子付きです

じじ
恋愛
「あんな女、金だけのためさ」 アリアナ=ゾーイはその日、初めて婚約者のハンゼ公爵の本音を知った。 金銭だけが目的の結婚。それを知った私が泣いて暮らすとでも?おあいにくさま。あなたに恋した少女は、あなたの本音を聞いた瞬間消え去ったわ。 私が金づるにしか見えないのなら、お望み通りあなたのためにお金を用意しますわ…ただし、利子付きで。

後妻は最悪でした

杉本凪咲
恋愛
新しい母と妹は私を容赦なく罵倒した。 父はそれを知っていながら無視をした。 全てを変えるために、私は家を飛び出すが……

処理中です...