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7.あだ名のついた兄がいるので

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「あなたは案外大胆なことを言うのね。意外だったわ」
 楽しそうに笑っている陛下にそう言われて小さく首をかしげる。
「……そうでしょうか」
「えぇ、とてもいいと思うわ」
「ありがとうございます……」
「それはラクシフォリア伯爵の影響?」
 陛下の問いに、私はどう答えるか考える。少し考えてありのままを答えることにした。

「兄は私の安全地帯なのです」
「また面白い話が聞けそうね。安全地帯って?」
「兄は私が屋敷の外で何をしてどうしていようがいいんです。最後に兄のもとへただいまと帰ってくればそれで100点。どんな失敗をしても、たとえ誰かを傷つけてこようとも、兄にとっては私が生きているだけでいいんです」
「随分優しいのね」
「えぇ、優しいです。私はこの優しさがあるから、なんにでも挑戦してみようと思えます」
「なんにでも……それはなにもできない婚約者の尻拭いとかかしら?」
「一世一代の大挑戦でしたわ」
 いたずらっぽい目をした陛下の言葉に間髪入れずそう答えると、陛下は目を丸くしてそのあと笑い出した。

 笑いが収まると、陛下はお茶を一口飲んで口を開く。
「ラクシフォリア伯爵は随分、あなたを大切にしているのね」
「まだ、小さな子供だと思っているのですよ」
 陛下は私の返答に小さく笑った。
「子はいくつになっても子だけれど、妹もいくつになっても妹なのね」
「そのようです」
 私は微笑んで、紅茶に口をつける。

「伯爵のお話は、社交界でもよく聞くわ」
「兄は少し、変わっているので。どんなお話を聞かれたのか……不安ですわ」
「心配しなくても大丈夫よ。そうね。若いご令嬢たちが放っておきたくない人、そんな話ね。ふふ、素敵な愛称で呼ばれているのね」
「……お恥ずかしい限りです」
 何を聞いたのか把握して顔が熱くなる。
 
 確かに兄はアプローチや縁談に事欠かない。しかし、毎回向こうから断られている。何においても私を優先する、というのもあるが、社交界での兄と、実際の兄のギャップが激しすぎると言うのが一番だ。
 
 社交の場で多くを語らないように、そう話す兄の必死な顔を思い出す。
 兄は人前での発言に対し、古傷を抱えたまま社交界で生きてきた。
 パートナー必須の夜会にはめったなことでは顔を出さず、出席すれば、ほぼ聞き手に回る。
 その姿は微笑みを絶やさず、何を言っても優しく受け入れる紳士的な男性、そう見えるらしい。中性的にも見えなくもない見た目も相まって、いつの間にかついたあだ名は、菖蒲あやめ様。立ち姿がどうだとかラクシフォリアの名前だとか、由来色々はあるようだが、詳しいことはわからない。というか、深く聞かないようにしている。
 しかし、社交界の花々は容赦がない。“菖蒲様”の情報を妹である私から聞きたくてたまらないのだ。
 ただ、兄が花に例えられているのを聞いて恥ずかしくならない妹がどこにいるのかは考えていただきたい。

「よい呼び名だと思うわ。菖蒲、美しい花よ」

 陛下のフォローはあまり意味をなさない。微笑んで礼を口にするだけにとどめた。
 そういえば、先日の兄の大立ち回りは菖蒲様に憧れる令嬢の目にどう映ったのか、気になってきた。今度レイに聞いてみよう。

「美しい花を飾るときは、一緒に飾る花にも気を使わないといけないわね」
「えぇ、互いを引き立てあう花を探さなければなりませんね」

 私の返答に満足したのか、陛下は軽くうなずいた。
 
「シャーロットと呼んでもよろしいかしら?」
「光栄にございます」
 
 私の返答を聞き陛下は最初に挨拶したときのような笑顔を見せた。

「シャーロット。あなたが困った時は私を頼りなさい。あなたの兄よりは頼りないかもしれないけれど、力になるわ」
「あ、ありがとうございます」
 
 あまりにも突然の言葉に返事がおぼつかなくなった。陛下は気にする様子もなく窓の外を見た。窓から差し込む日の光の角度が随分変わっている。

「とても楽しい時間だったわ。ありがとう」

 陛下が椅子から立ち上がる。私も慌てて立ち上がり礼をした。最後の口上がちゃんとできたかあいまいだったが、陛下の穏やかな笑顔を見た気がするから、粗相はなかった。そう思いたい。

 陛下が部屋を出ると、数分でレイが案内されてきた。
 行きと同様、執事と騎士に案内され、帰りの馬車に乗り込む。
 レイと二人になった馬車でやっと一息付けた。

「お疲れ」

 レイに声をかけられて私は大きく息を吐いた。

「どうだった?」

 話さなくてはいけない事がいくつかあるが、それは兄も一緒に聞いてもらおう。レイにだけ言わなくてはいけないことはただ一つ。

「アン陛下も、兄さまのあだ名知ってた」
 
 レイの眉間にあっという間にしわが寄って思わず笑ってしまった。
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