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6.爪を研いでる女傑がいるので
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「ラクシフォリア家はずっとパラディオ国を支えてくれていた。それに加えて、先代からの目覚ましい活躍は私の耳にも届いています」
「陛下のお言葉を父や兄が聞けば大層喜ぶことでしょう」
和やかな会話と定型文的返答のようでいて、一言でも気を抜けば食われてしまいそうな陛下の笑顔の圧に背筋が凍る。
「そうかしら」
陛下の目に鋭い光がともった。
「ラクシフォリア家を侯爵に、という声があるの」
動揺を顔に出さないようにするのが精いっぱいだった。
トリトニアとパラディオ両国間の交易を活性化させたのを理由に数年前、伯爵へ陞爵したのだ。こんな短期間で侯爵になんて、ありえない。
パラディオはトリトニアからの支援をどうしても切られたくない。両親がトリトニアに移住した今、私たち兄妹がラクシフォリア家、そしてパラディオ国を出ていくことをどうにか阻止したいのだろう。
「私の口からは……何もお答えできません」
「えぇ、そうね。でもあなたの口添えは絶大な効果があるんじゃなくて?」
私は言葉に詰まる。地位や名誉といったものに兄が興味ないのは周知の事実。伯爵への陞爵だって子爵だと、外交関連で何かと不都合が出るようになったから仕方なく受けたのだ。
ただ、兄は私の言葉に弱い。当時、デイヴィット・ラクシフォリアを伯爵にしたい周囲の人々は私を懐柔しようとあれこれ手を回していた。あらかたは兄とレイが露払いしていたようだが、すり抜けてくるものもある。それを躱すのは慣れていたが、それとこれとは重みが違う。
そもそも、私が今ここで首を縦に振るのは違う。トリトニアとの国交の要であるラクシフォリア家の人間としても、そして、パラディオの国民としても。
「我が祖国トリトニアと貴国との友好な関係は終わりのようです」
陛下の表情が凍てつく。それはそうだ、私はそういうことを言った。
「兄が、先日言った言葉です」
「えぇ、息子もずいぶんと肝を冷やしたそうよ」
あの発言のとき兄はパラディオ国のラクシフォリア伯爵ではなく、トリトニア国の王弟家門直系としての権力を行使した。
これはトリトニアとパラディオに何かあった時、ラクシフォリアはトリトニアにつくと宣言したのと同義だ。
そして、ラクシフォリアに何か“良くない事”があった時、ラクシフォリアはトリトニアに助けを求めることが可能であることを明確に提示したのだ。
今回の陞爵は、侯爵家につく王騎士団の護衛が真の目的だ。国からの護衛という名の監視をつけるつもりだろう。
「兄は、あの言葉に偽りはないと申しております」
撤回できる機会などいくらでもあった。王子が排除されるのを黙って見ていた兄の判断は、私怨も含まれていただろうが、私たちの母国の未来を思ってのことだろう。私怨の割合はかなり多めだろうけれど。
「……何を言いたいの?」
アン陛下の言葉に小さな棘が混ざる。
「兄はトリトニアを祖国と呼びました。これまで祖国であることを足掛かりに、トリトニアとの友好関係を維持してきました」
「えぇ、そうね。それが牙をむくとは思わなかったようよ」
「失礼ながら申します。私どもの目的は母国の民の豊かな生活、さらなる発展でございます」
「……母国?」
私は小さく息を吸う。ここからは賭けである。
「私たちの母国はパラディオ国、ただ一つでございます。これが事実かどうか、兄の今後の働きを見てからご判断いただければ」
“兄は陞爵にふさわしい功績をあげ侯爵になる”言外にそう言ったし、自信のありそうな顔を作った。
陛下が一瞬目を見開く。そして、口元がゆっくりと弧を描いていった。
「面白いことを言うわね」
「ありがとうございます」
「その言葉遊びに免じて、この話は終わりにしましょう。甘いものはお好きかしら?」
「はい、とても」
どうやら切り抜けたらしい。陛下はメイドを呼ぶと茶菓子を持ってくるように指示を出す。
「もう少し時間はあるかしら?」
陛下の言葉を肯定すると陛下は嬉しそうに笑った。
「陛下のお言葉を父や兄が聞けば大層喜ぶことでしょう」
和やかな会話と定型文的返答のようでいて、一言でも気を抜けば食われてしまいそうな陛下の笑顔の圧に背筋が凍る。
「そうかしら」
陛下の目に鋭い光がともった。
「ラクシフォリア家を侯爵に、という声があるの」
動揺を顔に出さないようにするのが精いっぱいだった。
トリトニアとパラディオ両国間の交易を活性化させたのを理由に数年前、伯爵へ陞爵したのだ。こんな短期間で侯爵になんて、ありえない。
パラディオはトリトニアからの支援をどうしても切られたくない。両親がトリトニアに移住した今、私たち兄妹がラクシフォリア家、そしてパラディオ国を出ていくことをどうにか阻止したいのだろう。
「私の口からは……何もお答えできません」
「えぇ、そうね。でもあなたの口添えは絶大な効果があるんじゃなくて?」
私は言葉に詰まる。地位や名誉といったものに兄が興味ないのは周知の事実。伯爵への陞爵だって子爵だと、外交関連で何かと不都合が出るようになったから仕方なく受けたのだ。
ただ、兄は私の言葉に弱い。当時、デイヴィット・ラクシフォリアを伯爵にしたい周囲の人々は私を懐柔しようとあれこれ手を回していた。あらかたは兄とレイが露払いしていたようだが、すり抜けてくるものもある。それを躱すのは慣れていたが、それとこれとは重みが違う。
そもそも、私が今ここで首を縦に振るのは違う。トリトニアとの国交の要であるラクシフォリア家の人間としても、そして、パラディオの国民としても。
「我が祖国トリトニアと貴国との友好な関係は終わりのようです」
陛下の表情が凍てつく。それはそうだ、私はそういうことを言った。
「兄が、先日言った言葉です」
「えぇ、息子もずいぶんと肝を冷やしたそうよ」
あの発言のとき兄はパラディオ国のラクシフォリア伯爵ではなく、トリトニア国の王弟家門直系としての権力を行使した。
これはトリトニアとパラディオに何かあった時、ラクシフォリアはトリトニアにつくと宣言したのと同義だ。
そして、ラクシフォリアに何か“良くない事”があった時、ラクシフォリアはトリトニアに助けを求めることが可能であることを明確に提示したのだ。
今回の陞爵は、侯爵家につく王騎士団の護衛が真の目的だ。国からの護衛という名の監視をつけるつもりだろう。
「兄は、あの言葉に偽りはないと申しております」
撤回できる機会などいくらでもあった。王子が排除されるのを黙って見ていた兄の判断は、私怨も含まれていただろうが、私たちの母国の未来を思ってのことだろう。私怨の割合はかなり多めだろうけれど。
「……何を言いたいの?」
アン陛下の言葉に小さな棘が混ざる。
「兄はトリトニアを祖国と呼びました。これまで祖国であることを足掛かりに、トリトニアとの友好関係を維持してきました」
「えぇ、そうね。それが牙をむくとは思わなかったようよ」
「失礼ながら申します。私どもの目的は母国の民の豊かな生活、さらなる発展でございます」
「……母国?」
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「面白いことを言うわね」
「ありがとうございます」
「その言葉遊びに免じて、この話は終わりにしましょう。甘いものはお好きかしら?」
「はい、とても」
どうやら切り抜けたらしい。陛下はメイドを呼ぶと茶菓子を持ってくるように指示を出す。
「もう少し時間はあるかしら?」
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