6 / 31
5.牙を隠した元女傑がいるので
しおりを挟む
お茶会とはなっているが、私たち以外に招待客はいない。王太后が個人的に私たちに声をかけた、という形をとったのだろう。
王城につくと執事と騎士数名に王城の奥、王太后の住む邸へ案内された。
王城のどこよりも澄んだ空気と評される王太后邸の庭は、どこからか、川のせせらぎのような音が聞こえ、あちらこちらで小鳥がさえずっている。
庭がよく見える窓の大きな部屋に通された。調度品は細やかな手彫りの模様が入った美しい物ばかりで椅子に座ることすら緊張する。
「よくいらしてくださいましたね」
王太后、アン陛下がほほ笑みながらゆったりと歩いてくる。その凛としたたたずまいに思わず私も背筋が伸びる。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「えぇ、会えてうれしいわ」
陛下は私の挨拶を受けた後、レイに体を向ける。
「あなたが、レイ・ディレイン外交官ね。初めまして」
「お会いできて光栄です。陛下」
私とレイに順にあいさつを交わすアン陛下。その穏やかな雰囲気に張りつめていた気持ちが少しほどけた。
レイは一通り外交官としての挨拶を終えると、席を外すことを願い出る。
「パラディオの国母である陛下にお目通りできた栄誉で十分でございます」
レイの言葉を聞き入れた陛下の指示で別室が用意された。いや、おそらく、レイとともに行くと返事を書いた時点で用意される予定だったと思う。
もとより、私と二人で話したかったのであろうことは、招待を受けたときからわかっている。だから、兄は連れていけなかった。
意図を組んで動いてくれるレイは本当に頼りになる。
「彼は随分優秀な方なのね」
「はい、トリトニアでも指折りの外交官だそうです」
私の当たり障りない返答に陛下は穏やかに微笑んだ。
*******
「息子と孫が、ずいぶん迷惑をかけたわね」
お茶が用意され定型文の挨拶ののち、そう切り出された。
わかっていたし、話す内容も事前に決めてきていた。けれど、実際にアン陛下を前にすると、すこし緊張する。
「不幸な行き違いでございました」
アン陛下は私の言葉に首を横に振る。
「孫が愚か者だったことに変わりはない」
陛下は額に指を軽く当てて少し下を向く。
「話は全て聞いています。ラクシフォリア伯爵令嬢、あなたは精一杯イアンを支えようとしてくれていたわ」
「身に余るお言葉です」
「イアンは、昔から考えなしで動くことがあったけれど。こんなことになるなんて。本当にごめんなさいね」
「陛下。謝らないでくださいませ。国王陛下からも謝罪をいただいております」
公的な謝罪はすでに受け取っている。イアンも王族を離れた。これ以上の謝罪を受けいれれば軋轢を生む。
そう思って口にした言葉を、アン陛下は少し驚いたような顔をした。
「あなたは、ずいぶんとわかっているのね」
「……いえ、まだまだ知らぬことの多い小娘でございます」
陛下は面白そうに目を細める。目の奥に女傑の片鱗が見えた。
私は及第点をとれたらしい。
王城につくと執事と騎士数名に王城の奥、王太后の住む邸へ案内された。
王城のどこよりも澄んだ空気と評される王太后邸の庭は、どこからか、川のせせらぎのような音が聞こえ、あちらこちらで小鳥がさえずっている。
庭がよく見える窓の大きな部屋に通された。調度品は細やかな手彫りの模様が入った美しい物ばかりで椅子に座ることすら緊張する。
「よくいらしてくださいましたね」
王太后、アン陛下がほほ笑みながらゆったりと歩いてくる。その凛としたたたずまいに思わず私も背筋が伸びる。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「えぇ、会えてうれしいわ」
陛下は私の挨拶を受けた後、レイに体を向ける。
「あなたが、レイ・ディレイン外交官ね。初めまして」
「お会いできて光栄です。陛下」
私とレイに順にあいさつを交わすアン陛下。その穏やかな雰囲気に張りつめていた気持ちが少しほどけた。
レイは一通り外交官としての挨拶を終えると、席を外すことを願い出る。
「パラディオの国母である陛下にお目通りできた栄誉で十分でございます」
レイの言葉を聞き入れた陛下の指示で別室が用意された。いや、おそらく、レイとともに行くと返事を書いた時点で用意される予定だったと思う。
もとより、私と二人で話したかったのであろうことは、招待を受けたときからわかっている。だから、兄は連れていけなかった。
意図を組んで動いてくれるレイは本当に頼りになる。
「彼は随分優秀な方なのね」
「はい、トリトニアでも指折りの外交官だそうです」
私の当たり障りない返答に陛下は穏やかに微笑んだ。
*******
「息子と孫が、ずいぶん迷惑をかけたわね」
お茶が用意され定型文の挨拶ののち、そう切り出された。
わかっていたし、話す内容も事前に決めてきていた。けれど、実際にアン陛下を前にすると、すこし緊張する。
「不幸な行き違いでございました」
アン陛下は私の言葉に首を横に振る。
「孫が愚か者だったことに変わりはない」
陛下は額に指を軽く当てて少し下を向く。
「話は全て聞いています。ラクシフォリア伯爵令嬢、あなたは精一杯イアンを支えようとしてくれていたわ」
「身に余るお言葉です」
「イアンは、昔から考えなしで動くことがあったけれど。こんなことになるなんて。本当にごめんなさいね」
「陛下。謝らないでくださいませ。国王陛下からも謝罪をいただいております」
公的な謝罪はすでに受け取っている。イアンも王族を離れた。これ以上の謝罪を受けいれれば軋轢を生む。
そう思って口にした言葉を、アン陛下は少し驚いたような顔をした。
「あなたは、ずいぶんとわかっているのね」
「……いえ、まだまだ知らぬことの多い小娘でございます」
陛下は面白そうに目を細める。目の奥に女傑の片鱗が見えた。
私は及第点をとれたらしい。
325
お気に入りに追加
765
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

令嬢は大公に溺愛され過ぎている。
ユウ
恋愛
婚約者を妹に奪われた伯爵家令嬢のアレーシャ。
我儘で世間知らずの義妹は何もかも姉から奪い婚約者までも奪ってしまった。
侯爵家は見目麗しく華やかな妹を望み捨てられてしまう。
そんな中宮廷では英雄と謳われた大公殿下のお妃選びが囁かれる。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

“足りない”令嬢だと思われていた私は、彼らの愛が偽物だと知っている。
ぽんぽこ狸
恋愛
レーナは、婚約者であるアーベルと妹のマイリスから書類にサインを求められていた。
その書類は見る限り婚約解消と罪の自白が目的に見える。
ただの婚約解消ならばまだしも、後者は意味がわからない。覚えもないし、やってもいない。
しかし彼らは「名前すら書けないわけじゃないだろう?」とおちょくってくる。
それを今までは当然のこととして受け入れていたが、レーナはこうして歳を重ねて変わった。
彼らに馬鹿にされていることもちゃんとわかる。しかし、変わったということを示す方法がわからないので、一般貴族に解放されている図書館に向かうことにしたのだった。
実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います
榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。
なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね?
【ご報告】
書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m
発売日等は現在調整中です。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした
カレイ
恋愛
「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」
それが両親の口癖でした。
ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。
ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。
ですから私決めました!
王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる