あめふるそらに

めらめ

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あめふるそらに

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晴空(夏に差し掛かって日差しが暑くなってきたある日の事。僕は少し離れた神社まで散歩をしに来ていた。
神社の名前は時雨神社。
その真ん中に立っている御神木の傍には、1人の女の子が佇んでいた。思わず見とれていたらこちらに気づいたようで、頬を赤らめながら少し驚いた様子で、でもどこか嬉しそうな顔でコチラに近づいてくると彼女は微笑んでこう言った)

雫「私が見えていますか?」


晴空(あめふるそらに)

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晴空(僕は一瞬何を聞かれているのか分からなかった。
見えていますか?何を当たり前なことを聞くんだ彼女は。見えているに決まっている。見えてなきゃ普通に考えておかしい。だけどそんな疑問も次の瞬間全部吹っ飛んでしまった)

雫「みょん♪みょん♪テッテレー!」
《雫は隠していた狐の耳としっぽを晴空に見せた》

晴空「ブフォぉお!」

雫「わぁ!すごい反応!こっちもびっくりしちゃう」

晴空「耳!耳がある!猫の!……いや!」

雫「しっぽもあるよ」

晴空「キツネだァァァァァァ!」

雫「わぁあああ声おっきいよォ!」

晴空「いや、いやいやいやだって、あ!あれですか?コスプレ的な。うん!いやぁ~それにしても最近のコスプレってすごいリアルなんですねぇ!すごい自然に動くというかー……」

雫「むぅ!コスプレじゃないです!本物です!ほら!フリフリ~」

(きつねのしっぽが腕をくすぐってくる)

晴空「うわっちょっちょ!……え、うそ、本物?」

雫「だから言ってるじゃん!」

晴空「……妖怪?」

雫「んーま、そんな感じ?」

晴空「う、うぁぁぁぁああ!!」《走り出そうとする》

雫「ちょちょちょ逃げないで!話聞いてよ!」

晴空「いやいやいやいやいや、怖いし!」

雫「怖くないよ!別に取って食おうなんてしないし!ほら見て?私可愛いでしょ!?」

晴空「(ひ、否定は出来ない……)ゴホン、でなんの用ですか?」

雫「あのね、私妖怪なんだけど、ずっとひとりぼっちで、仲間とか居なくて人間にも姿とか見えないしだから、ね?その、私に気づいてくれたのが、嬉しくて、だから!お話、してくれませんか?」

晴空(少し緊張した様子で彼女はそう言った。
僕は、断る気にもなれず彼女のお願いを聞き入れてしまった。
これが、僕の不思議な物語の始まり)

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雫「じゃぁ、まず、名前聞いていいかな?私の名前は雫。君は?」

晴空「僕は、天野 晴空だけど……」

雫「晴空……晴空かぁ!いい名前だね!」

晴空「えっと……ありがとう」

雫「私ね、ここにずっと住んでるの。この街が大きくなる前からずっと」

晴空「そう、なんだ、え、何歳なんですか?」

雫「むぅ!女の子にそれ聞く?」

晴空「え、いや、そうですよねごめんなさい」

雫「ふふっそうだなぁ、数えるのやめちゃったからなぁ」

晴空「え、ほんとに何歳なの!?」

雫「ねえ!晴空はさ、何か好きなことはあるの?」

晴空「……好きなこと?」

雫「うん!読書が好きとか料理が好きとか」

晴空「……歌が好き、です」

雫「へぇ!歌好きなんだ!聴いてみたいな!」

晴空「え、いや、歌うって言うか、聴くのが好きなんです」

雫「え、そうなの?あっじゃあさ!この歌知ってる?」

晴空「え」

雫《短く息を吸う》

晴空(そう言うと彼女は歌を歌い始めた。どこかで聞いたことあるような、懐かしい歌。彼女の歌はそんな歌だった。透き通った美しい声は耳から心に伝わってくる。心地のいい彼女の歌声に僕は目を閉じて聴き入っていた)

雫「ふぅ……どうだった?」

晴空「すごい、上手でした。」

雫「やった!褒められた!」

晴空「とてもいい歌です」


雫「でしょでしょ!いい歌だよね!私のお気に入りの歌なんだ!1人の時ずっと歌ってたの」

晴空「なんて言う歌なんですか?」

雫「おてんきあめだよ」

晴空「おてんきあめ……」

雫「そう。おてんきあめ。知ってる?おてんきあめの日にはね恋を願うとその恋が叶うって言い伝えがあるんだよ」

晴空「え、そうなんですか?聞いたこと無かったです」

雫「ふふっあくまでこの時雨神社の忘れ去られた古い言い伝えだけどね」

晴空「なるほど」

雫「あ、そろそろ時間」

晴空「時間?」

雫「私ね、ここにずっといるって言ったけど、ここに入れるのは夕刻のちょっとの間だけ。その時間以外は意識がなくなってここにいられないの」

晴空「そうなんですね」

雫「私ね、今日晴空に会えてよかった。久しぶりに誰かとお話しできて嬉しかった。ありがとう。」

晴空「い、いえ僕はたまたま……」

雫「ふふっ。あのさ……良かったらまたここに来てくれないかな……。またお話したいなって……」

晴空「……いいですよ。明日また来ます」

雫「ほんと?良かった……じゃぁ、待ってる」

晴空「はい」

雫「あ、それと!敬語は無し!普通に喋っていいからね!」

晴空「あはは、頑張ります」

《雫は少し下を向くとすぐに晴空の方を見て微笑みながら》

雫「ふふっまたね」

晴空(そう呟いた。そして雫は静かに姿を消した。最後の表情はとても寂しそうだった)

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雫(私は妖怪。きつねの妖怪。
この神社にずっと住んでいてこの街をずっと見てきたの。
でも長い間ひとりぼっちで私の姿を見ることができる人間なんて居なかった。
そんな時現れたのが晴空だった。
最初は私の事怖がってたけど、話を聴いてくれてすごい優しくて何回も話ていくうちに友達みたいになれて、私、こんな事になるなんて夢にも思ってなかった。
ずっと、ひとりぼっちだったから、すごい、嬉しかった。晴空は時々歌を聴きたいって言ってくれるからいつしか私は、晴空が来るのを歌って待つことにしたんだ)

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雫「あっ晴空!いらっしゃい!今日は早いね!」

晴空「1本早い電車に乗れたからさ。何してたの?」

雫「うんとね~ふふっ晴空もこっちきて!」

晴空「え、なになに」

雫「じゃじゃーん!ここから見える夕日!どう?凄いでしょ!」

晴空「わぁ、ほんとだ……!綺麗」

雫「昔はここも人が沢山いて賑やかで楽しかったんだけどなぁ」

晴空「そうなんだ。昔はどんなところだったの?」

雫「見た目はあんまり変わんないよ。でも昔は不幸な神社とか言われてたっけ。私が目を覚ました時はもう人はほとんど寄り付かなくなってたかな。
それにここも大分古くなってきたからいつ壊れてもおかしくないしね」

晴空「そんな……ここがなくなったら雫はどうなるの?」

(雫はすぐには答えなかった)

雫「…………」

晴空「……?」

(一瞬曇った表情を見せたかと思うとすぐに切り返して笑顔で答えた)

雫「わかんない!だってまだ無くなったことはないんだもん!」

晴空「……あ、そうだね、そうだよね」


晴空(何回か雫のところに来ていると緊張は解けてきて普通に喋れるようになっていた。妖怪だったなんて忘れてしまうほどに。
それくらい彼女は普通の女の子だった。
雫はすごいおしゃべりでなんでも笑って話してくれる。
まるで今まで1人だった時間を取り戻すように。
でも時折見せる寂しげな表情は隠しきれていなかった。
そんな雫の一面に僕はまだ触れられずにいた)

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雫「いらっしゃ~い!」

晴空「相変わらず元気だなぁ」

雫「だって晴空が来てくれるのが嬉しいから!」

晴空「……/////」

雫「何照れてんのッ」

晴空「照れてないし!」

雫「うっそだ~耳赤いよ~」

晴空「え、嘘!」

雫「あっはは晴空わかりやす~い」

晴空「うるさいなぁ……そんなこと言うなら今日はもう帰ろうかな~」

雫「あぁあごめんなさい!ごめんなさい!晴空様帰らないでくださいまし!私が悪かった出やんす」

晴空「動揺しすぎて語尾変になってるし。雫もわかりやすいよね」

雫「むっ分かりやすくないもん!」

晴空「いいやわかりやすいね~嬉しい時も悲しい時も感情表現はいっつも全力だもん」

雫「それ褒めてるの??バカにしてるの??」

晴空「バカにはしてないよ、ただ可愛いなあ~って」

雫「……///バカ!へんたい!不愉快です!」

晴空「ちょっと言い過ぎじゃない!?」

雫「……///」

晴空「……ひょっとして照れてる?」

雫「照れてないし!」



晴空「わっかりやす~」

雫「バカぁ!」


雫(私は、このたわいもない時間が好きになった。
少し前まではひとりぼっちで。ただ寂しいだけの時間を過ごすだけだったのに。
今は、私の言葉に返事をしてくれる人がいる。笑ってくれる人がいる。
それがとても幸せだった。
人と喋ったのなんて何時ぶりだろう。
君に見つけてもらえてよかった)

雫「晴空はさ、普段何してるの?」

晴空「普段は……学校行って、バイトして、普通に生活して」

雫「なにそれ……つまんない」

晴空「ド直球だね!そっちから聞いてきたのに!」

雫「何か夢とかないの?」

晴空「夢、か……」

雫「……」

晴空「音楽の先生になることかな」

雫「えぇーすごい!音楽の先生かぁ!あ、そういえば歌が好きって言ってたもんね!」

晴空「うん。今はその勉強をしてるよ」

雫「そうなんだ~!あ、ねぇ?やっぱり私、晴空の歌聞いてみたいな!」

晴空「え、いやそれはちょっと……」

雫「もーう!なんで~!いいじゃーん!晴空のうた聴きたい~!」

晴空「また、今度!そのうちに、ね!」

雫「むぅ……ケチ」


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晴空(雫に出会ってから二ヶ月が経って何回も喋っていくうちに僕は心を開くようになっていた。今日も時雨神社に向かうためにいつもの道を歩いていると、聴きなれたメロディと声が聞こえてくる。雫の歌だ。いつ聞いても綺麗な歌声は優しくて、聴き入ってしまう。すると雫はこちらに気づいたようで)

雫「あ、もう!着いたら声掛けてって言ってるのに!」

晴空「ごめんごめん!つい雫の歌を聴いてたら聞き入っちゃって!」

雫「ん~嬉しいから怒りづらい……」

晴空「ははっごめんって、いい歌だったよ」

雫「……ありがとう」

晴空「どういたしまして」

雫「晴空はさ、なんで歌わないの?ずっと私だけが歌って、私、晴空の歌聴きたい!」

晴空「いや僕は下手だから……」

雫「下手なんて関係ないと思うんだよなぁ。私、楽しめればいいと思う」

晴空「恥ずかしいから、また今度ね」

雫「ケチ~いいじゃん、減るもんじゃないし」

晴空「ふふっなにそれ。雫はさ、ずっとここに住んでるって言ってたよね」

雫「うん」

晴空「外の世界には行ったりしないの?」

雫「あぁ……それがね、行けないの。外」

晴空「え?」

雫「何回も試したんだよ?どっかに抜け道ないかな~ってでもダメだった。見えない壁が邪魔して外に出られないの」

晴空「そうなんだ……窮屈じゃない?」

雫「そりゃ窮屈だよ?行きたいところとかやりたいことあるのに何も出来ないんだもん。海に行って泳いだり、森に遊びに行ったり、人間の街を見て回ったり。この季節になると夏祭りの準備が始まるでしょ。夏祭りの最初は私もここから眺められるけど最後まではいられないから、毎回凄く寂しい」

晴空「……」

雫「でも今は晴空が話し相手になってくれるから寂しくないよ」

晴空「……」

雫「晴空?」

晴空「……明日、いいもの見せてあげる」

雫「え?」

晴空「楽しみにしててよ」

雫「まだ内緒?」

晴空「内緒」

雫「うん。わかった楽しみにしてる」

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晴空(翌日、今日も雫のところに向かう。でも今日は雫へのプレゼントを買いに少し寄り道をした。雫、喜んでくれるといいなぁ。そう思いながら走っていると、ふと頭に疑問が浮かんだ。この僕の気持ちはなんだろう)

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晴空「お待たせ雫」

雫「あぁ!晴空!もう待ちくたびれちゃったよ!」

晴空「ごめんごめん。その代わり約束通りいいもの見せてあげる」

雫「うん!」

晴空「じゃーん!これなんでしょう!」

雫「あぁあああああ!もしかして花火!?」

晴空「正解!雫、お祭り最後までいられないって言ってたから花火見たいんじゃないかなって」

雫「うん!見たかった!よくわかったね!!晴空すごい!!」

晴空「手持ち花火だけどね、これでも良ければ一緒にやろう」

雫「うん!全然大丈夫!すごい嬉しいよ!ありがとう!」

晴空「どういたしまして」

雫「わぁ~沢山ある!見て見て!変な花火もある!すごーい!なにこれ!」

晴空(雫が無邪気な笑顔を浮かべる。それを見て僕は雫にずっと笑っていて欲しい。そう思った。)

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晴空「じゃぁ……火付けるよ?」

雫「うん……」

晴空「よっと」

(雫は唾を飲みこむ)

晴空「ん」

雫「わぁぁぁぁ……」

晴空「……」

雫「綺麗……」

晴空「……そうだね」

雫「懐かしいなぁ……まさかまた花火見れるなんて……」

晴空「喜んで貰えて良かった」

雫「うん……すごい嬉しい……。ありがと」

晴空「ふふっ」

雫「……」

晴空(バチバチと音を立てながら火花が飛び散る。雫は花火にすっかり見とれていた。でも僕はそんな雫の楽しそうな顔に見とれていた。あぁ……この気持ち。やっぱり恋なんだ)

雫「晴空!次の花火!早く早く!」

晴空「あ、うん」

雫「うーんどれがいいかなぁ~こっちがいいかなぁ~。ねぇ晴空!どっちがいいかな!」

晴空「え、あーじゃぁこっち」

雫「じゃぁそうする~早く早く~火つけて~」

晴空「気をつけろよ~」

雫「大丈夫!うん!きっと大丈夫!よいしょ……わぁああ~この花火も綺麗……」

晴空「うん……すごい……綺麗だ」

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雫「晴空ありがとう!花火が見れて、私とっても楽しかった!」

晴空「どういたしまして、僕も楽しかったよ」

雫「いつまでもこの時間が続けばいいのに」

晴空(僕もそう思う。雫ともっと話がしたい。もっと遊びたい。もっと色んな景色を見させてやりたい。
だから……だから僕が)

雫「続いて欲しいのに」(ボソッと)

晴空「ん?今なんか言った?」

雫「……」

晴空「雫……?」

雫「……晴空、あのね」

晴空「うん」

雫「ふふっ、やっぱ何でもなーい」

晴空「え、なんだよ。気になるじゃん」

雫「なんでもないって~」

晴空「ええ……めっちゃ気になる……あ、」

雫「あ……時間、だね。ねぇ晴空」

晴空「何?なんでもないは無しだよ?」

雫「違うよ!その……歌、うたってくれる気になった?」

晴空「……恥ずかしいから、また、今度ね」

雫「むぅ……意地悪……」

晴空「あっはは」

雫「明日も……来てくれる?」

晴空(雫の言葉が僕の心に鳴り響く。揺れる想いは淡い色となり、僕の心を染めていく)

晴空「うん……もちろん」

雫「ありがとう……」

晴空(そのありがとうは心からのありがとうだったのだろう。でも喜んでくれていることはわかっているのに、何故か、雫の言葉が、悲しそうに聞こえた。そして次の日。僕は、約束を守ることが出来なかった)

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晴空「はぁ……はぁ……クソっ……間に合わなかった……」

 晴空(その日電車の遅延で神社に着くのが遅れてしまった。雫はずっと待っていたはずなのに、僕は約束を守れなかった。昨日の雫の最後の顔が忘れられない。あの寂しそうな今にも泣き出しそうな顔が)

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雫(私は気がついたらこの神社で倒れていて、目覚めた私は倒れる前の記憶を何一つ覚えていなかった。
そして、ある日子供たちの前に姿を現したら妖怪だって言われた。
多分そうなんだろうと自分でも思った。だから私は今まで妖怪として生きていた。
最初は子供たちには怖がられて煙たがられていたけど、ある日1人の少年が私と遊んでくれた。
それからは毎日が楽しかった。でもみんな大人になってやがてこの神社に来る回数が減ってきて、ある日私はみんなから見えなくなっていた。
それから、この神社は忘れ去られる様に人が滅多に来なくなった)

晴空「雫……ごめん。約束守れなくて……」

雫「……」

晴空「雫……?」

雫「バカ……」

晴空「ごめん」

雫「私ね、昔仲良かった子がいてね。でも大人になるにつれてみんなこの神社に来なくなって気がついたらみんないなくなってた。だから怖かった……晴空が来なくなったらどうしようって、またひとりぼっちになったらどうしようって……私、怖かった、怖かったよぉ……」

晴空「ごめん……」

雫「うぅ……うぅ……」

晴空「大丈夫、大丈夫だから、だから泣かないで、僕は、ここにいるから」

雫「うん……」

晴空「……」

雫「……」

晴空(どれくらい時間がたったのだろう。
いつも元気な雫が時折見せる表情の理由はこういう事だったのだろうか。長い間ひとりぼっちで誰とも会話をすることも無く何百年。その苦痛は想像できたものじゃない。怖いのも当然だ。夕暮れ時の彼女の涙は僕の胸を締め付けた)

雫(どれくらい時間がたったのだろう。私は抑えきれない涙を晴空の前で流していた。孤独が怖い。ひとりぼっちが寂しい。もう、1人になりたくない。そんな想いが込み上げてきて抑えきれなかった)

晴空「……落ち着いた?」

雫「うん……ありがとう」

晴空「ううん。ごめんね約束守れなくて」

雫「いいの。今日、また来てくれたから」

晴空「うん……」

雫「私、晴空に会えてよかった。ありがとう。私を見つけてくれて」

晴空(彼女は笑った。涙で腫れた目を笑顔に変えて。夕日に染まる彼女の笑顔は儚くも綺麗だった)

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晴空「雫……言いたいことがあるんだ……聴いてくれる?」

雫「……うん」

晴空「僕……雫の事……す……好きだ……!」

晴空(やっと伝えれた、僕の気持ち。人生で1番勇気を出した瞬間だった。雫の顔が見れない。恥ずかしいのと怖いのと、緊張がせめぎ合って、時の流れが遅く感じる。雫の返事を待つ。心臓の鼓動がうるさい。緊張で倒れそう。そして、声が聴こえる)

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雫「嬉しい……好きなんて言葉、初めて言われた……今までずっと……ひとりぼっちだったから……だから、そんなこと言って貰える日が来るなんて……。私……嬉しいよ……」

雫(ようやく止まりかけていた涙が、またポロポロと落ちていく。私はもう、ひとりじゃないんだ。)

雫「ありがとう、晴空。私も晴空が大好き」

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晴空(彼女のその言葉が僕を緊張から解放してくれた。彼女の涙を見て僕もまた泣いていた。
僕は知っている。この涙が幸せな涙な事を。
これから彼女と過ごす時間はきっと今まで以上に愛おしく、大切になるだろう。
だけど、僕はもうひとつ知っている。
時間なんてものは、所詮人が作った概念でしかないのだと。
人が作ったものに、永遠なんて存在しない。
故にこの物語は、ハッピーエンドにはならない)


雫(私は知っている。晴空と過ごした時間、そしてこれから過ごす時間が私の長い時間の中で1番大切な物だということを。
だけど、私はもうひとつ知っている。
否、知ってしまった。私の本当の存在を。
故にこの物語は、ハッピーエンドにはならない)

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晴空(あれから1ヶ月が経ち、僕は雫を外の世界に連れて行ける方法を探しに図書館に来ていた)

晴空「街の文献や昔の新聞を漁ってもなかなか出てこないもんだなぁ。てかそもそも、途方が無さすぎる……」

晴空(図書館に来たは良いもののその本の多さに目を丸くしていた。
図書館の職員に本の場所や新聞を調べてもらったけどそもそも時雨神社自体が古く忘れ去られているため一筋縄ではいかなかった。そして雫との時間が間近まで迫ってきた時のこと職員さんが声をかけてくれた。どうやら見つかったようだ)

晴空「この中に……時雨神社と街の文献が」


晴空(少し緊張しつつ、雫を連れ出せる可能性を信じて僕は本を開けた。その本にはこの街の歴史。古くからの言い伝えや行事についてびっしりと書いてあった。そしてあの神社の事も)

晴空「これは、あの神社の歴史……時雨……」

晴空(その時、街の時報が鳴り響いた。時計を見るといつの間にか雫に会いに行く時間になっていた)

晴空「しまった!早く行かなきゃ」

晴空(職員さんにお礼を言い僕は図書館を飛び出した。時雨神社の歴史をもって)

晴空「はぁ……はぁ!そんな……はぁ……まさか……そういうことだったなんて……はぁ……はぁ……だから雫は……」

晴空(僕は走った。ただ雫に会いたい。その一心で。その時声が聞こえたんだ)

雫「晴空……大好き」

晴空「え……」
 

━━━━━━━━━━━━━━━


雫(昔々、この街がまだ小さな村だった頃、この神社が建てられました。
初めは活気があり毎年豊作を祈ってお祭りが開かれていました。
そしてそんな神社に1人の女の子がいたそうです。その女の子は1人でずっと神社で遊んでいました。
そんな女の子の元に村の子供たちがやって来て、子供たちは女の子を遊びに誘いました。
それからというもの、女の子達は毎日のように遊んでいました。
そしてある日女の子は1人の少年に恋をしてしまいこの神社を出ていこうとしてしまいます。
その時、大きな雷が落ちてきて女の子達を襲いました。
その頃からこの神社は不幸な神社と言われるようになり、目が覚めると女の子は記憶を失ってまた1人ぼっちになっていました。
それからしばらく経ったある日の事。いつものように1人で遊んでいると知らない子ども達がやって来て妖怪だと言ってきました。
最初は女の子の事を怖がっていましたが、1人の男の子が手を差し伸べて一緒に遊んでくれました。
しかし、いつの間にか街は大きくなっていき、気がついたら女の子は一人ぼっちになっていました。
次にあの男の子が来るまでは。
その男の子は女の子を見るや、怖がって逃げ出そうとしますが女の子は必死に訴えかけます。怖くないよと。
それからというもの男の子と女の子は互いの事を話し合い、遊び、時に涙して、恋をして幸せな時間を過ごしていました。
ですが、女の子は気づいてしまいます。
この神社にいる理由と、自分の本当の存在に。
あの日、雷が落ちてきて不幸な神社と呼ばれる前、時雨神社は別の名前で呼ばれていたそうです。
豊作を祈り、良縁や病気の平癒を願って建てられ、人々に恵みをもたらした神社。その名前は)


晴空「時雨稲荷神社……」
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晴空「はっ…………」

《辺りを見回す晴空》

晴空「ここ……は……病院……?え、、なんで……?」

晴空(状況が理解できない。そもそも僕は何をしていた……?)

晴空「外は……夜?今、何日なんだ?」

晴空(カレンダーを見る。僕は目を疑った。僕の記憶が正しければ最後に雫に会ったのは夏が終わったばかりの少し暑い季節だったはず……。でもカレンダーのページは)

晴空「12月……どういう事だ……」


晴空(翌朝、病院の人に何があったのか詳しく教えてもらった。どうやら図書館を飛び出したあの日、交通事故に巻き込まれて意識不明のまま昏睡状態に陥っていたらしい。目が覚めた翌日、実家に住んでいる家族が駆けつけてくれて、泣いて僕を抱きしめてくれた。僕は色んな人に迷惑をかけたみたいだ。
事故と寝たきりの生活でリハビリをしないと歩くことができず次に僕が神社に行けたのは1月の末の頃だった。でも……)

晴空「嘘……だろ……?なんで……?どうして……?どうして何も無いんだよ……!神社は……?ここにあった時雨神社は!?雫は!?……なんで何も無いんだよ!どこに行っちゃったんだよ!雫……雫!!」
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雫「晴空、あのね」

……

雫「ううん、やっぱ何でもなーい」

……

雫「なんでも……ない……」

……

雫(あの日、晴空が花火を見せてくれた日の少し前。晴空がこの神社に来る少し前に珍しく大人の人が来て、話しているのを聞いてしまった。
その話の内容は、この神社は昔、稲荷神様を祀っていて豊作や健康を願っていた事。雷が落ちてきて災いをもたらすようになり不幸な神社と呼ばれるようになった事。不幸な神社と呼ばれる前は、時雨稲荷神社と呼ばれていた事。この神社には、稲荷神様の使いがいたという事。そして、街の行政により、この神社が取り壊されることになった事。
私はその時、全てを思い出した。
記憶を失う前の私は稲荷神様の使いで、この神社を見守る事が御役目だった。それなのに私は、人間の子供に恋をして、御役目を忘れこの神社から出ていこうとした。それを稲荷神様は赦さなかった。
この神社を出ていこうとした私に稲荷神様は雷を落とし、私だけでなく一緒にいた子供たちまで巻き込んでしまった。それからというもの、不幸な神社と呼ばれる様になり信仰がなくなってしまった稲荷神様は私を残して神様の世界に帰ってしまった。しばらく経って私が目覚めた時には人は滅多に寄り付かなくなっていた。目覚めた後記憶のない私に手を差し伸べてくれた男の子も、大きくなるとこの神社を置いて何処かに行ってしまった。それから私の長い長い孤独の日々が始まった)

雫「嫌だ!やめて!私まだ晴空と離れたくない!まだ話したいこと、やりたい事沢山あるの!だから、やめて!やめてよ……うぅ……どうして……誰にも私の声が聞こえないの……こんな事なら、ずっと1人が良かった……。誰かと触れ合う時間なんて知りたくなかった……だって……こんなの……耐えられない……晴空……助けて」

《雫の助けての一言で晴空は勢い良く目覚める》

晴空「だぁ!はぁ……はぁ……ここは…………」

晴空(そこは、いつも雫と話していた場所。時雨神社があったはずの場所だった。僕はいつの間にか叫び疲れて寝てしまっていたらしい)

晴空「寒い……」

晴空(それもそのはず。今は1月。厚着をしているとはいえ体は冷えきっていた)

晴空「雫……どこいっちゃったんだよ」

晴空(あたりはすっかり暗くなっていて澄んだ空には綺麗な星とお月様が浮かんでいた。ポケットに入れていたスマホを見ると日付が変わっている。時刻は深夜の二時を回っていた。)

晴空「帰ろう……」

晴空(僕はやるせない気持ちを抱えながら帰路にたった)

晴空「(ごめん……雫……僕はまた……雫を1人にしてしまった)」

雫「(ねぇ……歌、歌ってくれる気になった?)」

晴空「え」

晴空(それは僕がずっと先送りにしていた質問。雫は僕の歌が聴きたいと言っていたのに、僕は恥ずかしさからそのお願いを聞いてあげることが出来なかった。こんなことになるんならと今更後悔をする。
遅すぎる後悔。僕は、唇を噛み締めた後掠れた声を振り絞り、空を見上げて口ずさんだ。あの日雫が僕に歌ってくれた歌。初めて聴いた曲なのに何故か懐かしい気持ちになった歌。僕を待っている時に雫が歌っていた歌。
雫が大好きな歌。おてんきあめ)

晴空(次の瞬間、頬に一粒の水滴が落ちてきた。そしてまた次々に水滴がこの街に降り注ぐ)

晴空「雨……」

晴空(それは間違いなく雨だった。しかし雨が降る空には雲はほとんどなく、満天の星々と大きく光り輝くお月様が空に浮かんでいる。それなのに雨は止む気配もなく小雨ほどの強さにまで降り始めた。)

《雫の言葉が頭をよぎる》

雫「知ってる?おてんきあめの日にはね恋を願うとその恋が叶うって言い伝えがあるんだよ」

晴空(僕は願った。ただひたすらに。雫に会いたいと。真冬の中雨に打たれながら何度も、何度も)

晴空「雫……!」

雫「バカ……遅いよ……」

晴空「……!」

晴空(聞き覚えのある声。何度も聴いた声。世界で1番好きな人の、声。雫の声が聴こえた)

雫「こんな寒い中雨に打たれてたら風邪ひいちゃうよ……晴空」

晴空「雫……」

雫「ありがとう……私をまた見つけてくれて」

晴空(雫は瞳に涙を浮かべながら、でもどこか嬉しそうな顔で、微笑みながらこう言った)


雫「私が、見えていますか?」

晴空(見えているに決まってる。じゃなきゃおかしい。だって僕は、君が大好きだから)

晴空「雫ぅう!会いたかった!会いたかったよぉお!!」

雫「バカ……それはこっちのセリフだよ……」

晴空「ごめん……また1人にして……ごめん……!僕……約束全然守れてない……!」

雫「そんな事ない……だって、ずっと私を想ってくれてた事知ってるもん……それに、また私を見つけてくれた」

晴空「ごめん……ぐすっ……ごめんね……」


雫「晴空……ありがとう」


晴空(雫はしずかに僕を抱きしめてくれた。
1人にしたのは僕なのに……)

━━━━━━━━━━━━━━━


雫「落ち着いた?」

晴空「……うん」

雫「もう……1人にされたのは私なのに、晴空が私よりなくんだから、私どうすればいいのよ」

晴空「……ごめん」

雫「いいよ。私こそごめんね。いつの間にかいなくなっちゃって」

晴空「ううん……何があったの?神社は……?」

雫「そっか知らないもんね」

晴空(神社は、古くなったため取り壊されることが決定したらしい。神社があった場所は状況を見るに今は売地になっているのだろう)

雫「私……怖かった……。晴空にもう会えないんじゃないかって……でもまた会えた。だから私すごい幸せ。嬉しい……」

晴空「僕もだよ……これからは……どうなるの?一緒にいれるの?」

雫「……」

晴空「え、なんで……何も言ってくれないんだよ……?一緒に……いれるんだよね?そうなんだよね……お願い……だよ……」

雫「晴空……よく聞いてね?」

晴空「え……」

雫「私、晴空が大好き。晴空に会えたことすごく嬉しかった。でももうお別れ……ごめんね、ずっと一緒にいれなくて。でも、晴空なら大丈夫。きっともう1人で歩いて行ける。歌も上手だったよ。すごいね晴空。私、驚いちゃった。」

晴空「ダメだよ……言わないでよ……」

雫「私さ、晴空一緒に見た花火絶対に忘れない。晴空一緒に過ごした日々、忘れない。晴空に、好きって言われた事、晴空を好きになったこと絶対忘れない」

晴空「なんでそんなこと言うんだよ……!まるで……お別れみたいじゃないか……」

雫「晴空……ごめんね」

晴空「嫌だ……そんなの嫌だ……!ずっと一緒にいよう……!これからも」

雫「私も……できるならずっと晴空のそばにいたい……けど……私は神様のお使いだから……御役目を終えたから……生まれ変わらないと行けないの……」

晴空「そんな……」

雫「だから最後に……晴空に言わせて」

晴空「……」

雫「晴空出会えて本当に良かった。ありがとう」

雫「愛してる」

晴空(雫はそう言うと僕の顔を覗き込み目を閉じて─────────)

━━━━━━━━━━━━━━━


晴空(狐の女の子が大好きな人と愛を誓う時におてんきあめは降り注ぐ。そしておてんきあめにはもうひとつ名前がある。昔から言い伝えられている言葉で
それは不幸なのか幸せなのかは分からない伝承。そのおてんきあめのもうひとつの名前は、こう呼ばれている。狐の嫁入り、と)

雫(私は知っている。この物語がハッピーエンドを迎えることはできないと。でももうひとつ知っている。
ハッピーエンドで終わる事の無い物語が必ず、バッドエンドを迎える訳では無いと。
私と晴空の物語はバッドエンドなんかじゃない
晴空が、私を愛してくれたから)

晴空(今でも僕は、音楽の先生を目指して勉強している。難しいことも沢山あるけど、歌う事を恥ずかしがっていた僕はもう居ない。雫が歌を歌う事の楽しさを改めて教えてくれたから。だからこの物語は、バッドエンドにはならない)
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