アイとユウキの物語

須賀和弥

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アイとユウキの物語

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「あなたの冒険はまだまだ始まったばかりです」


 その小さな家は深い深い森の中にありました。
 天にも届きそうなほどに巨大な樹の根本に建つ小さな家には一人の少年が住んでいました。
 彼の名はユウキ。栗色の髪の元気な少年です。
 ユウキの父は有名な冒険家で、今も世界中を旅しています。彼はお母さんと二人で暮していました。
 ユウキの家は人里離れた村の中にありました。
 ユウキは外の世界を知りません。彼が外の世界を知る方法はたった一つ。それは彼のお父さんが残してくれた「冒険の日記」だけでした。
 十四歳の誕生日を迎えたその日に、ユウキは決断をしました。

「冒険に出発しよう!」

 ユウキは心配するお母さんに見送られて冒険の旅に出ることにしました。

「さあ、出発だ!」

 村を出てしばらくすると大雨が降り出しました。ユウキは荷物袋が濡れないように抱え込むと森の中を雨をしのげる場所がないか探し回りました。そしてついに大きな洞穴を見つけ。雨宿りをすることにしました。
 洞穴に入ると突然、ユウキは声をかけられました。

「おや、こんな森の中で人間に会うなんて珍しいことだ」

 ユウキが目をこらすとそこには若いロバがいました。

「なんだ、盗賊かと思ったらロバさんじゃないですか」

 ユウキの言葉にロバはびっくりして目を見開きました。ユウキは動物の言葉が分かるのです。

「これはまた珍しい。君は私の喋っていることが分かるのかい?」

 ユウキがうなずくとロバは嬉しそうに鳴きました。

「人間と話すのはいつぶりだろう。あのキボウとかいう人間以来だ」

「それはボクのお父さんだ!」

 ユウキとロバはすぐに仲良くなり一緒に旅に行くことになりました。
 山を越え谷を越え、街や国をめぐり、時には嵐にあいながら一人と一頭の旅は続きました。
 やがて、ユウキは雲海に到着しました。
  見渡す限り真っ白な雲が広がっています。その中にぽつりぽつりと小さな島が浮かんでいました。

「あれが雲海の浮島!」

 ユウキは冒険の日記を広げながらキラキラとした目で叫びました。


●ユウキの物語

「目標よし!」

 丘の上でボクはグライダーをかかげる。後ろでロバが心配そうに鳴いた。目の前には浮島。ゆっくりと移動している。タイミングは今しかない。

「風よし!」

 顔に感じる風は向かい風。下から吹き上げる上昇気流も問題ない。
 チャンスはこの瞬間だ!

「それじゃ、行ってくる!」

 ボクの後ろでロバが心配そうにないた。
 走り出し飛び出す。それだけでボクの体は浮き上がった。はじめは安定して飛んでいたけど、浮島に近づくにつれて気流が不安定になる。何とか体勢を安定させながら浮島に近づく。
 今まではるか下に見えていた大地から緑豊かな森が目の前に現れた。
 ボクはついに浮島に到着したのだ。
 この方法はボクが考えたものじゃない。お父さんが実際に試した方法だった。グライダーは組み立て式で村にいる間に密かに作っていたものだ。
 ボクがこうして冒険ができるのもお父さんの日記のおかげだった。
 森がどんどん目の前に迫ってくる。
 森の上にたどり着いた瞬間、突然に風が消えた。

「うわあああぁっ!」

 失速&急降下。ボクは墜落してしまった。
 木の枝がクッションになって、怪我はしなくてすんだ。グライダーもどうやら無事みたいだ。
 見上げれば空をおおいつくそうと木々が枝葉を広げている。
 どこからか鳥の鳴き声が聞こえてきた。
 ここが本当に浮島なのか疑いたくなるほどに、ここは「普通の森」だった。

「あなたは……どうしてそんなところにいるの?」

 下の方から声がした。声からして女の子みたいだ。
 ボクは下を見下ろす。
 そこでボクは天使に出会った。
 いや、絵本に出てくる天使みたいだとボクが思っただけで、彼女が天使でないことくらいボクにも分かった。
 ボクと同い年くらいの女の子。
 ボクを見ると彼女は手に持っていた水桶を思わず落としてしまうくらにびっくりしたみたいだった。

「こわがらないで、ボクの名前はユウキ」

「……ユウキ。本当に……現れたのね」

 彼女は不思議なことを言った。とても辛そうな表情になったと思ったのは気のせいか。

「ボクは冒険家さ」

 冒険家とつい口にしてしまったけど、意外としっくりしていた。そうだ、ボクは今冒険をしているんだ。 

「冒険家?」

 ボクの言葉に彼女は首をかしげた。

「ボクは冒険をすることが大好きなんだ!」

 彼女の名前はアイ。この浮島の最後のお姫様だった。
 ボクはアイと色々な話をした。その中で分かったことは。この島はかつての超古代文明で造られた島だということだ。かつてこの島のように空を漂う島は無数にあり、その力は星まで到達する程だった。でも、力におぼれた古代人たちはやがて互いに戦争を起こすようになり、今ではこの島だけが唯一残っている島ということだった。

「ねえ、外の世界はどんな世界なの?」

 アイはきらきらと瞳を輝かせて聞いてきた。
 アイが住んでいるのは森の中の小さな家だった。
 ちょっと故郷の家を思い出してちょっとだけ帰りたいなと思ったことは内緒だ。
 ボクは今まで訪れた街や国の話しをした。

「島の外には相棒のロバさんがいてね、今はボクの帰りを待っているんだ」

「……そうなのね」

 アイはうらやしそうな同時に悲しそうな顔で一言だけつぶやいた。

「アイはこの島は嫌い?」

 ボクの言葉にアイは首を振った。
 そして、笑顔を見せるとボクに提案をしてきた。

「あなたは冒険家なんでしょ。だったら冒険をしないとね。私がこの島を案内してあげるわ」


●アイの物語

 小鳥の声で私は目を覚ました。
 窓から差し込む陽の光が少しだけまぶしい。
 起き上がって顔を洗う。
 外着に着替えてから、水桶を持って近くの川に向かった。
 いつもの日常。何の変化もなく平坦な毎日。
 この島には誰もいない。私だけが生き残った。私だけが生かされた。
 私はこの島の……いいえ、この国の最後の生き残り。最後の国民にして最後の女王……いいえ、姫。
 国民もいないのに姫なんて馬鹿みたい。せめて、家臣か国民でもいればいいのに。

 そんな時に彼女は現れた。
 深紅の瞳が印象的な白い衣をまとった髪も肌も真っ白な少女。
 何の前触れもなく突然に。
 彼女は私に言った。

「私は死神のミライ。姫様、あなたの命は残り三日となりました」

 冷たい声。でも、今の私にはそれでもうれしかった。
 人と話すなんて何年ぶりかしら。
 でも、ちょっと待って。
 少しだけ冷静になる。
 私の命が三日間?

「私の命が三日しかないってどういうこと?」

「三日後に姫様がこの世からいなくなるということです」

「そういうことじゃなくて!」

 思わず叫んでしまった。叫んだことなんてもしかしたら生まれて初めてのことかもしれない。

「あなたは何者なの? どうやってこの島に来たの? 私の命があと三日だなんてどうしてあなたに分かるの?」

 ぜーはーと息を乱してしまった。
 そんな私の態度に全く動じたふうもなく彼女は淡々とした態度で。

「私の仕事は死を伝えるコト。そして、死ぬ前にひとつだけ、あなたの願いを叶えるコト」

 言っていることの意味が分からなかった。
 いや、意図することは分かるんだけど、そもそもどうして彼女がそんな事を知っているのか。それが本当の事なのか今の私には分からない。

「信じる信じないはあなたの自由」

 彼女の言葉に私は目の前が真っ暗になる。
 正直嫌だった。彼女の言葉を信じるわけではないけど、それでも死の宣告を受けて平気でいられるはずがない。

 怖い。

 死というものを改めて意識してしまうと、それがいかにもろいガラスの上にあったものだと感じてしまう。
 あるということが当たり前なのではなく。それが奇跡の上に成り立っているのだと気づかされた。

「死ぬ前にひとつだけ、あなたの願いを叶えます」

 彼女がそっと私の手を握りしめた。
 その冷たい手に触られた瞬間に私は直感する。
 ああ、この人はこの世の人ではないのだと。

「あなたの願いは何ですか?」

「私の願いは……」

 私は彼女の瞳をのぞきこんだ。不思議と今までのざわついた気持ちは消えていた。静かな波のない水面のような澄んだ気持ち。
 もう迷いはない。私はまっすぐに前を見た。

「私の願いは「冒険」をすること!」

 それは叶わない願い。
 絵本のような心おどる冒険がしてみたかった。
 国や街を回り、冒険や恋をしてみたかった。
 どうせ死ぬのなら、先のない命なら、望みが叶うのであれば、私の願いはただ一つだけだ。

「でも、あなたの言うことが本当かどうかなんて私にはわからないわ」

「それなら」

 彼女は私の瞳をのぞきこむ。
 その瞳をものすごく怖いと思った。

「今日、あなたはユウキという少年に出会う。あなたがその少年と一緒にこの島を出ようとした時に、姫様は死ぬことになる」

 そうなら簡単な話ね。そのユウキに会わなければいいんだわ。


●管理者ヲーレンの物語

 ワシはこの国を管理する者じゃ。
 もう千五百年もの間この国を管理し運営している。
 もちろんワシは人ではない。
 モノを考えることのできる。「考える機械」というやつじゃ。
 ワシの身体は浮島のほぼ中央。白く大きな宮殿の中にある巨大な紫のクリスタル。それが古代技術の結晶であるワシの本体だ。
 ワシはこの島を管理している。他にも国の領土としての浮島はあったが、長い年月の間に機能を停止してしまっていた。
 管理者もワシ以外は連絡を取ることができない。みんな機能を停止しているようじゃった。
 ワシ以外の管理者は誰もいない。残っているのはこの浮島の国とたった一人の王族の姫様のみ。
 国民はいない。
 これから先、この国がどうなっていくのか。
 国民がいなくなった時、この国は亡ぶ。
 そういった意味では、すでにこの国は滅んでいた。 
 ワシにはそれを止めることができなかった。
 あらゆる策を考え実施したが、その時すでに人口は五十人にも満たなかった。
 そして今やたった一人。
 先祖の方々になんとおわびすればいいのじゃろう。
 姫様には幸せになって頂きたい。
 しかし、それは叶わぬ願いだ。

「ヲーレン!」

 姫様の声が室内にこだました。
 息を弾ませながら姫様がワシのところに駆けてくるところだった。
 水汲みの途中なのか、手には水桶を持っている。

「お早うございます姫様。どうやらお急ぎのご様子。どうしたのですかな?」

 朝食にしては遅く、勉強の時間にしては早すぎる。
 いったい何を急いでいるのやら。

「おはようございます。ヲーレン」

 姫様はいつもはつらつとしていて、聡明な方だ。
 ワシは姫様のためなら、不可能を可能にできますとも。
 何でもご相談ください。 

「私、三日後に死ぬみたいなんですけど、どうしたらいいのでしょうか?」

 ――姫様は何やらとんでもない悩みを抱えていらっしゃるようですな。
 

●ユウキとアイの物語

 島に到着してから二日間、ボクはアイに島のあちこちを案内してもらった。
 その間に島の管理者ヲーレンも紹介してもらった。
 ヲーレン曰く「姫様をお願い致します」ということだ。
 昼の間はアイに案内されながら食材採集や水くみを手伝ったり、一緒に食事を作ったり。そして寝る時にはボクの冒険の話をいっぱいした。

 そして三日目。今日もボクはアイに島を案内してもらっていた。

「ユウキここからの景色は最高なの!」

 アイの案内でボクは島の中を進み見晴らしのいい丘にたどり着いた。
 そこからは島全体の様子がよく見える。

「この丘は「希望の丘」って呼ばれているのよ」

 アイは楽しそうに奥に見える宮殿のことやこの国のことを語ってくれた。彼女の話では彼女はこの国の姫で、そして最後の国民だということだった。数年前に起こった疫病で王族を含めた彼女以外の全ての国民が死に絶えたのだ。

「みんな死んでしまった。私だけを残して」

 アイは悲しそうに顔をふせた。ボクはそんな彼女を見たくはない。アイにはいつも笑っていてほしい。
 なぜアイだけが無事だったのかは分からないみたいだった。アイは自分だけが残ったことをとても悔やんでいるみたいだった。

「私だけが生き残った……」

 アイがボクの手を握ってくる。ボクはその手を強く握り返した。

「一緒に冒険をしない?」

 アイがボクの顔を不思議そうにのぞきこんだ。その顔は期待にきらきらとしている。

「この島は素敵だと思う」

 ボクはこの島を気に入っていた。暮らしていくには十分な環境だと思った。でも、何かが足りない。
 ここには人との出会いがなかった。アイはこんな世界でずっと一人で暮らしてきたんだと思うと胸がしめつけられる。

「もちろん、この島には帰ってくるよ。だからしばらくの間いっしょに冒険しない?」

 アイは少しの間考えているみたいだった。そして、小さくうなずく。

「わかった。一緒に冒険しよう!」

 アイは泣きそうな顔で、それでも笑顔でボクに抱きついてきた。

「ずーっと、ずーっと一緒にいようね!」

 どうしてアイがそう言ったのか。どうして悲しそうな顔をしたのか。
 その時のボクは分かっていなかったんだ。本当に馬鹿だった。

 すぐにボクたちは家に戻った。
 アイとボクは荷物をまとめる。アイの荷物はびっくりするくらい少なかった。

「それだけでいいの?」

「うん。そんなに必要ないから・・そうよね。これは運命なのよ・・」

 不思議に思いながら、ボクはアイと家を出る。
 しばらく進むと、島のはっしっこに着いた。
 はるか下に見える大地を見るとこの島が空に浮いているんだと改めて感じることができた。
 置いてあったグライダーを広げ準備をする。
 ロバにはずっと島を追いかけてくれるように頼んでいたからきっとグライダーを見つけて追いかけてきてくれるはずだ。
 指笛を鳴らすと遠くでロバのいななきが聞こえた。これで大丈夫。
 ボクとアイをひもでしばって落ちないようにする。
 グライダーは一人乗りだけど、荷物だけ先に落としてしまえば何とかなるだろう。

「今から飛ぶけど、大丈夫?」

 風は安定して吹いている。無理さえしなければそれほど難しい飛行ではないはずだ。

「……ごめんなさい。ユウキ」

 アイはひもをほどいてしまった。

「どうしたの?」

 やっぱり怖くなってしまったのだろうか。

「わたし、やっぱり行けない!」

 あんなに楽しそうにしていたのに。もしかしたら、怖くなったのかな。それとも……

「私はあなたと一緒に冒険がしたい!でも、無理なの・・」

 アイは悲しそうに涙をぬぐった。
 どうしてそんなに悲しそうな顔をするの?
 どうしてそんなに辛そうな顔をするの?

「姫様はこの島を離れることができませんのじゃ」

 目の前にヲーレンが現れた。その姿は半分透けている。「立体映像」という技術らしい。

「姫様はこの国の唯一の王族にして、唯一の国民。この国を出ることはできませんぞ」

「アイは冒険をしたがっているんだ!」

 ヲーレンの前に立ちふさがった。
 管理者が何だ。何の権限があってアイをこの島にしばりつけようとするんだ。

「姫様、あなたがこの島を出るということがどういういうことかお分りでしょうな?」

 念を押すように、静かな口調でヲーレンは問いかけた。
 それは先程までの強制的な口調ではなく。アイの真意を確認するかのような、覚悟を値踏みするような。そんな感じがした。
 アイはボクを見た。その瞳には決意のようなものが感じられた。
 アイはボクの手をにぎる。僕はそれを強く握り返した。

「……はい。私はこの島を出ます。これが私の最初で最後のわがままです!」

 アイはボクを見る。
 それは決意した目だった。

「そうですか。あなたはこの国の姫君にふさわしくない。もう、あなたは王族でも何でもない!」

 ヲーレンの宣言が響く。
 アイはゆっくりとボクを振り返った。はればれとした表情だった。

「最後に冒険ができました。もう、思い残すことはありません。ユウキどこに行っても、私の事・・・忘れないでね」

 アイの言葉、浮島の最後の姫君の言葉。
 そして……

 アイの瞳から光が消えた。

 その場に崩れ落ちるアイ。
 ボクは呆然となる。何が起こったのか理解できなかった。 

「アイ……どうしたの?」

 恐る恐る体をゆする。反応はない。
 どういうことだ。何が起こったんだ。
 ボクの腕の中でアイがどんどん冷たくなっていく。

「姫様の命は今日までだったのです」

 そんな話は知らない。アイは何も言わなかった。

「姫様はこの国の最後の姫君。王族であるということはこの国の加護を受けるということ。王族であることを放棄するということはすなわちこの国の加護を失うということ」

 ひざから力が抜ける。
 何の冗談だ。そんなことがおこりうるのか。

「姫君は王族であることをやめ、国民であることをやめました」

 震えが止まらなかった。

 ◆ ◆ ◆ ◆ 

 ここはどこだろう。

 周囲は光に包まれていた。

「あなたの魂は今、身体を離れてこの世とあの世の境目にいます」

 死神のミライが目の前に現れた。

 そうか、私は死んでしまったのか。
 悲しいし、とっても残念だった。
 ユウキには悪いことをした。
 ユウキとの三日間は本当に楽しかった。
 こんなところで死にたくない。
 まだまだやりたいこともいっぱいあるのに!
 
「ユウキ……ごめんなさい」

 ユウキの泣きじゃくる姿が見える。
 私の体を何度もゆすってしがみついて、泣き続けている。
 ああ、私はユウキにこんなにも思われていたんだ。
 胸が熱くなった。

「私は……ユウキのそばにいたい」

 たとえ触れることができなくても、語りかけることができなくても、彼と一緒に冒険がしたい。
 それが私にできる最大のつぐない。
 私にできるユウキとの「冒険」

 ミライは私の言葉に満足したようにうなずいた。

「あなたのその言葉、彼に直接伝えてあげなさい」

 ミライの言葉の意味が私には分からなかった。

「それは……どういうこと?」

 ミライが笑む。それは優しい笑みだった。
 周囲が光に包まれ、そして……

 ◆ ◆ ◆ ◆ 

 ボクはアイを抱きしめたまま声を殺して泣いた。
 アイはこの島の姫だった。その姫がこの島を離れるということは、全てを捨て去るということだ。
 それがどういうことなのかを、ボクは今知った。今更知ってしまったんだ。
 アイはそれでもボクと一緒に冒険すると決めてくれた。
 それが嬉しくもあり、悲しくもある。
 アイはずっと心の中で死の恐怖と戦いながら、ボクには笑顔でいてくれたんだ。
 それがとっても愛おしかった。

「王族も国民もこの島からはいなくなりましたのじゃ」

 ヲーレンはボクを見た。

「……つまり、ここにいるのは王族でも国民でもないただの冒険家が二人ということになりますのじゃ」

 ヲーレンの言葉の意味をゆっくりとかみしめる。

「冒険者が……二人?」

 ボクの腕の中でアイが動いた。ぬくもりがわずかずつ戻ってくる。ボクは胸が張り裂けそうになった。

「アイ!」

「ユウキ?」

 驚いたようなアイの顔。きっとボクの顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。
 それでもいい。

「私は……ユウキのそばにいたい!」

 アイが抱きついてきた。
 ボクは慌てたけどアイはぎゅうぎゅうと抱きついたままはなれない。 

「もうこの国の国民はいなくなってしまいました。しかし……」

 ヲーレンはアイとボクを見つめた。

「いつでも帰ってきてくだされ。お客様としていつでも大歓迎ですぞ」

 ヲーレンの言葉にボクたちはうまずいた。
 改めて準備をして、グライダーを準備する。

「「ありがとうヲーレン」」

 ボクたちは大地をけって飛び出した。
 風が体を持ち上げる。
 これからボクたちの冒険が始まるんだ。

●浮島の国の物語

 二人が空に飛び立つのをワシは複雑な気持ちで見送りました。
 王族であり、国民でもあった人間がいなくなってしまった。それは、ワシの存在する意味がなくなってしまったということ。
 しかし、同時に安心もしていましたのじゃ。
 姫様はやっと一人の人間として自由になったのだと。

「アイ様、お幸せに……」

 二人はきっと帰ってくる。その時までにこの島をより良いものにしなければ。住民がいなければ集まるようにすればいいのですじゃ。

「これで、良かったのです」

「そうね。型破りな方法ではあったけど、二人の望むようになったみたいね」

 ワシの前にひとりの白い少女が現れた。
 見えてはいるのに存在の確認ができぬ者。熱も重量も確認ができませんのじゃ。不可思議ですが「そういうもの」とワシは割り切しましたのじゃ。

「姫君であるアイ様は死にました。しかし、それはひとりの人間としてのアイ様の誕生を意味します」

 王族の姫様としての死、ひとりの人間の誕生。
 それは、ワシの願い。この国民の最期の願いと希望。

「あなたがアイ様に死の宣告をされたのは、国民の方々の願いを叶えるためでは?」

 ワシの言葉に白い少女はただ微笑むだけ。

「私は自分の役割をまっとうしただけです」

「そうですか……違う気もしますがのう」

 ワシにはそれで充分じゃった。

 この島が一大観光地として脚光を浴びるようになることはまだまだ先のお話。
 二人の若い王が即位するも、冒険にあちらこちらと旅立ちワシが苦労ばかりするのもまだまだ分かっていなかった頃のお話。
 すべては浮島の風と共に自由気ままに吹いていくのですじゃ。
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