龍王の姫 世紀末の世界で救世の姫と呼ばれ

須賀和弥

文字の大きさ
上 下
10 / 16
第一章 龍王の姫

庭師総括長 フローラ・ヴァイタル

しおりを挟む
 イグニスたちは中庭へとやってきた。

「これはこれは、王がこんなところに来るとは珍しい」

 子供のような声。コロコロと笑うその姿はアメリアと同年代の女の子にしか見えない。
 緑の髪、緑の瞳。自然界全てを統べる緑樹龍族の族長。
 緑樹龍族長、フローラ・ヴァイタル。今は宮殿周辺の森の管理を行っている。森の全てが彼女自身と言ってもよかった。森で起こる全ての事象は彼女に筒抜けなのである。

「お前もそんなことを言うのか?」

 うんざりとしたようにイグニスはため息をついた。

「キャハハ! 王がよく王宮を逃げ出すことは周知の事実! 何をいまさら!」
「最近はおとなしく宮殿にいるぞ!」

 胸を張るイグニスの隣でハボリムがうんうんと首を振っている。

「それは可愛いアメリアちゃんが宮殿にいるからでしょ!」
「うぐ……っ!」

 図星をつかれイグニスが言いよどむ。
 脱走癖のあったイグニスがアメリアの誕生を境にすっかりと鳴りを潜めたのは宮殿内では有名な話だった。

「まったく。逃亡癖のある王なんて聞いたことないよ」
「今はきちんとしているんだから大目にみろ」
「それにやっぱり僕はここを『宮殿』って呼ぶのには違和感があるんだけど」

 フローラは小さくため息をつく。本来であれば王がいる宮殿であれば王宮と呼ばれる。その呼び方をあえて否定したのはイグニス本人だった。
 宮殿は、王族や皇族などの君主やその一族が居住する御殿を指す。

「俺は龍族の代表だが、別に君臨するつもりはない」

 王としての心構えをフローラに聞かれたときイグニスの答えはそっけないものだった。
 
「それにしても、最近リーフリンダちゃんは元気してる?」
「ああ、先日も迷い込んだ子供を看病してもらったばかりだ」

 樹霊リーフリンダはフローラの使役する樹霊だった。イグニスはその樹霊を借りているに過ぎない。

「魔人族の……子供のことだね」

 フローラは目を細めてイグニスを見る。

「本当に大丈夫なのかい?」
「さあな、俺にも正直よくわからん」
「よく分からない……って」

 フローラがイグニスの答えにフローラが目を丸くする。その後ろではハボリムも同じように呆然とした顔で王たる男を見つめている。

「何、見た感じ悪意を感じなかったぞ。ちと妙な感覚はあったが……」
「妙な感覚とは?」
「それがよく分からんのだ」

 答えはいつにもましてあいまいなものだった。イグニスはこう見えても龍王と呼ばれるほどの男。その男が分からないというのであればそれ以上の追求は無意味だった。

「リーフリンダちゃんも分からないって?」
「ああ」

 少年が寝込んでいる間。イグニス部下たちにできる限りの情報を集めさせた。アメリアと一緒に看病を続けるリーフリンダにも少年についてできる限りのことを調べさせたが、返って答えは「分かりません」という答えだけ。
 魔人族ということは分かるのだが、そもそも周辺に魔人族の集落などない。
 霊峰セレスティアルピークを越えてきたということは分かるが、ここは越えたからといってたどり着ける場所などでは決してない。結界にはいるだけでも必ず何かしらかの反応があるはずだ。
 特に森の結界を維持・管理しているのは目の前にいるフローラなのだから。

「この子の侵入には私も気づかなかったんだよね」

 庭師総括長フローラ・ヴァイタルだけでなく、宮殿統括長エアリス・ソアラの二人の龍族長の結界を抜け魔人族の子供は侵入したことになる。

「あの魔人族の少年にそれだけの力があったのか……もしくは……」
「何者かが、この宮殿に入れるように手配したか……」

 フローラの言葉にイグニスは沈黙で答えた。

「注意しなよイグニス」

 フローラはいつになく真面目な声で言った。

「みんなが僕らみたいに強いわけじゃない」
「分かっている」
「この宮殿内で一番弱いのはアメリアちゃんだよ」
「ああ、だからリーフリンダにもリヴァにもアメリアの護衛を任せている」

 樹霊リーフリンダと風霊リヴァは本人には内緒だが常に行動を共にしてもらっている。何かがあれば彼女たちがアメリアを守ってくれるだろう。

(そうならなければ一番いいのだがな)

 イグニスはそっと独白した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL
SF
異世界転生も転移もしない異世界物語……(. . `) よろしくお願い申し上げます 男は過眠症で日々の生活に空白を持っていた。 医師の診断では、睡眠無呼吸から来る睡眠障害とのことであったが、男には疑いがあった。 男は常に、同じ世界、同じ人物の夢を見ていたのだ。それも、非常に生々しく…… 手触り感すらあるその世界で、男は別人格として、「採掘師」という仕事を生業としていた。 採掘師とは、遺跡に眠るストレージから、マップや暗号鍵、設計図などの有用な情報を発掘し、マーケットに流す仕事である。 各地に点在する遺跡を巡り、時折マーケットのある都市、集落に訪れる生活の中で、時折感じる自身の中の他者の魂が幻でないと気づいた時、彼らの旅は混迷を増した…… 申し訳ございませんm(_ _)m 不定期投稿になります。 本業多忙のため、しばらく連載休止します。

超一流ヴィランの俺様だが貴様らがどうしてもというならヒーローになってやらんこともない!

阿弥陀乃トンマージ
SF
 若くして広大な銀河にその名を轟かす、超一流のヴィランの青年、ジンライ。  漆黒のパワードスーツに身を包み、幾つもの堅固な宇宙要塞を陥落させ、数多の屈強な種族を倒してきた、そのヴィランに課せられた新たな任務の目的地は、太陽系第三番惑星、地球。  広い銀河においては単なる辺境の惑星に過ぎないと思われた星を訪れた時、青年の数奇な運命が動き出す……。  一癖も二癖もある、常識外れのニューヒーロー、ここに誕生!

絶世のディプロマット

一陣茜
SF
惑星連合平和維持局調停課に所属するスペース・ディプロマット(宇宙外交官)レイ・アウダークス。彼女の業務は、惑星同士の衝突を防ぐべく、双方の間に介入し、円満に和解させる。 レイの初仕事は、軍事アンドロイド産業の発展を望む惑星ストリゴイと、墓石が土地を圧迫し、財政難に陥っている惑星レムレスの星間戦争を未然に防ぐーーという任務。 レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。 ※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

ワイルド・ソルジャー

アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。 世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。 主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。 旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。 ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。 世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。 他の小説サイトにも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

年下の地球人に脅されています

KUMANOMORI(くまのもり)
SF
 鵲盧杞(かささぎ ろき)は中学生の息子を育てるシングルマザーの宇宙人だ。  盧杞は、息子の玄有(けんゆう)を普通の地球人として育てなければいけないと思っている。  ある日、盧杞は後輩の社員・谷牧奨馬から、見覚えのないセクハラを訴えられる。  セクハラの件を不問にするかわりに、「自分と付き合って欲しい」という谷牧だったが、盧杞は元夫以外の地球人に興味がない。  さらに、盧杞は旅立ちの時期が近づいていて・・・    シュール系宇宙人ノベル。

闇に飲まれた謎のメトロノーム

八戸三春
SF
[あらすじ:近未来の荒廃した都市、ノヴァシティ。特殊な能力を持つ人々が存在し、「エレメントホルダー」と呼ばれている。彼らは神のような組織によって管理されているが、組織には闇の部分が存在する。 主人公は記憶を失った少年で、ノヴァシティの片隅で孤独に暮らしていた。ある日、彼は自分の名前を求めて旅に出る。途中で彼は記憶を操作する能力を持つ少女、アリスと出会う。 アリスは「シンフォニア」と呼ばれる組織の一員であり、彼女の任務は特殊な能力を持つ人々を見つけ出し、組織に連れ戻すことだった。彼女は主人公に協力を求め、共に行動することを提案する。 旅の中で、主人公とアリスは組織の闇の部分や謎の指導者に迫る。彼らは他のエレメントホルダーたちと出会い、それぞれの過去や思いを知ることで、彼らの内面や苦悩に触れていく。 彼らは力を合わせて組織に立ち向かい、真実を追求していく。だが、組織との戦いの中で、主人公とアリスは道徳的なジレンマに直面する。正義と犠牲の間で葛藤しながら、彼らは自分たちの信念を貫こうとする。 ノヴァシティの外に広がる未知の領域や他の都市を探索しながら、彼らの旅はさらなる展開を迎える。新たな組織やキャラクターとの出会い、音楽の力や道具・技術の活用が物語に絡んでくる。 主人公とアリスは、組織との最終決戦に挑む。エレメントホルダーたちと共に立ち上がり、自身の運命と存在意義を見つけるために奮闘する。彼らの絆と信じる心が、世界を救う力となる。 キャラクターの掘り下げや世界の探索、道具や技術の紹介、モラルディレンマなどを盛り込んだ、読者を悲しみや感動、熱い展開に引き込む荒廃SF小説となる。]

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

処理中です...